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異能X  作者: さかまき
20/24

20話

 そこは、リノリウムらしき緑の床の研究所然とした通路であった。薄暗く、最低限足元と隣を歩く絵瑠の鼻に寄せたしわがわずかに見える。

「なんなの、あの不愉快な男は」

「うるせぇ、俺だって可能ならあの男に、ダメなら俺の頭に鉛玉ぶち込みたくなる気持ち押さえてんだ」

 そういいながら二人はひょいと床の赤い水たまりを避ける。隣には連慈の望んだとおりになってしまったのか、頭の半分がなくなった死体が倒れていた。

「やけに派手にやったわね。さすが国のお墨付きってところかしら」

 連慈はそれに返事をせずドアに手をかける。中に誰もいないと踏んだのか、ゆっくりと扉を開く。中から、血と硝煙の香りが漏れ出し、絵瑠はそれに眉根をひそめる。しかし、連慈は気にしたそぶりも見せずに、その中に入っていく。十五畳程度の広さのその部屋には、警備員であったらしき肉塊と、それが見ていたのであろうモニター類が所狭しと置かれている。

「どこだよ、編花は」

 ここではなかった、と退室しようとした連慈であったが、その背中に絵瑠の声がかかる。

「ちょっと待ちなさい」

 死体を、一度手を合わせ拝んでから、ずらすと、モニター、そして計器類に向き直る。

「これ、まだ生きてるわ。画面を切り替えていくから左の方見てて」

 連慈の眼球が忙しなく動く。絵瑠の瞳はどこか遠くを見ている。二人は一切の見逃しがないように集中する。切り替わる画面には死体と、それになりかけたものが多く映る。しかし、それらは一切無視される。連慈が目ざとく見つけた研究所内の見取り図らしきものを私が記憶し終えたとき絵瑠が声を発した。

「見つけたわ」

 右上部のモニターには編花が一人で立ち尽くしている。水槽らしき巨大な何かに対して立ち尽くしている。その状況を見て、分析するよりも早く連慈と絵瑠は同時に部屋から飛び出す。

「二つ目の角を右だ」

 私の案内で右折するとそこに戦闘服が一人いた。相手は、こちらの出現に慌てた様子はなかった。恐らく足音から我々を見つけていたのだろう。曲がった瞬間にその足音に向かって発砲する。しかし、連慈もまたその男の出現を予想していた。男の予想よりはるかに下、這うかのように疾駆していたのだ。弾丸が頭をかすめるように通り過ぎる。共学に目を見開きながら再度狙いをつける男であったが、その狙いが合うよりも先に男の元に到達した。今度は上昇し、右拳で顔面を狙う。男は、足を滑らせるかのようにその拳を眼前で避ける。とそれと同時に連慈はその身を横に飛ばした。突然いなくなった連慈の背後に男の視界が捉えたのは銃を構えた女であった。絵瑠は正確に右肩を打ち抜く。ライフルを取りこぼした男の横をすり抜け連慈が男の後ろを取る。右腕で後頭部の頭蓋を掴むと、そこに直接電撃を加える。バチンと破裂音がして、男は白目をむくと、口から泡を垂らしながら膝から崩れ落ちた。

「私が肩狙った理由わかる?」

 走りながら絵瑠がぼやく。

「運が良ければ生きてるだろうよ」

「次の扉を開けろ」

 私の言葉に連慈はあいまいに答えると扉を勢いよく開ける。そして、中も確認せずに飛び込んだ。絵瑠は舌打ちながら銃を構え滑り込む。

 中は、上層部に住居部分があるとは思えない造りであった。先進的な研究所のように見えた。広さは連慈の通う学校のホール程度あるが、天井がはるかに高く地下であるとは思えない。床にはケーブル類が床面に何かの文様のように、張り巡らされている。また何らかの画像や様々な数字列を表示したモニター類や、計器類が壁面に配されている。

 しかし、一番に目を引いたのは水槽であった。中を赤い液体で満たしたそれは、細かな粒子を流しているようだ。

 そして、その中には人間が一人。身体のラインが独特の曲線を描いているため女性だと理解できる。しかし、その女性には腕がなかった。脚がなかった。口腔内や鼻腔、そして、眼球を取り除かれたその場所に様々な管を通され、腹を開かれ最低限の内臓しか残されていなかった。

 まずは、男女よりも人間であることを理解するのに難があった。

 それと目でもあったのか、絵瑠は息を飲み込み、ピタと止まる。

 連慈もそれを見たのであろうが、それを一切無視すると、叫ぶ。

「編花!」

 その声に絵瑠もまた意識を取り戻し、銃を構え編花の後ろにいた男に銃口を向ける。

 少女は動かない。怪我をしている風でもない。編花は動かない。少女はその水槽を見ていた。床面には、吐瀉物が撒き散らされている。

 反応したのは男だけであった。男は編花に銃弾を向けたまま絶叫に近い叫びをあげる。

「なんなんだよ! 上は大火事、下も大火事。何の冗談だよ!」

 男は頭を掻き毟る。その動きに薄汚れた黒スーツは埃を舞い上げる。短く刈り込んだ頭髪は、汗で頭部にペタリと張り付けた状態で、嘆きと怒りをはらんだ表情でこちらを睨みつけてくる。

「あんた、リか? リ・ラウギか?」

「なんで、おめぇみてぇなクソガキに名前呼ばれなきゃなんねぇんだよ! こいつか? こっちのクソガキのせいか?」

 苛立つリは編花の腕をつかむと強引に引き寄せた。人質にするらしく、編花の脇を片手で抱えると、拳銃を頭に当てる。

「編花ちゃん!」

「黙れ! 動くなよ!」

 編花は、連慈と絵瑠の叫びにも、銃口を押し付けられても反応しなかった。顔の筋肉を失ったかのように表情がない。

 黒く輝いていた瞳はその輝きを失い焦点が合っていないのか瞳孔が開ききっていて、涙の跡が残っている。少女らしい色合いのあった唇はいまや青く染まってしまっており、時折、まま、と動くだけだ。

「お前、その子に何した」

 連慈は低く問う。空気が張り詰める。連慈の視線がリを貫く。

「知るか! 上の奴らとやってたらこっちもやべぇとかなって…… どうなってやがんだ! くそったれ!」

 どうやら、リは先ほどまで上階で内諜なり公安なり自科研なりと戦闘していたらしい。ところが、今度はこっちにサイディスが乗り込んできたため慌てて戻ってきたのであろう。そしたらこの有様である。苛立ちを露わにしたリは、編花を盾の要領で抱えると扉に向かって歩き出す。絵瑠は狙いを定められず舌打つ。

「国とも連絡とれねぇし、姉さんも連絡くれねぇし!」

 リが扉に到着。絵瑠は引鉄に力を込める。発射された銃弾がリの頭の脇を掠め、扉の縦枠が弾ける。絵瑠の銃の腕前はかなりのものだが、さすがに人質を避けながらは難しかったようだ。

「動くなっつったろうが!!」

 編花を持ち上げると連慈達に向かって放り投げた。瞬間絵瑠は連続的に発砲。リが閉めた扉に弾痕を穿つ。連慈もまた編花に向かって走り出す。足元にあった書類など一切合切を蹴り飛ばし、テーブルを飛び越え跳躍。編花の頭を抱えるように抱きかかえる。そして、そのまま、モニター類にぶつかりながら壁に背中から突っ込んだ。

 壁からその衝撃に砕けたガラスが降り注ぎ、千切れたコード類やモニターが火花を上げる。

 連慈が、編花を抱えたまま立ち上がると、絵瑠が駆け寄ってくる。

「大丈夫?」

 連慈が頭を振るとガラス片やプラスチック片が飛び散る。

 その大丈夫の問いかけに対し、返答しようとしたのか口を開くが、その問いかけの向かった先は自分でないことに気がつき口をへの字に閉ざす。

「絵瑠…… さん……」

 編花の口が動く。その編花を絵瑠は抱きしめる。

「次こそ本当に息の根が止まるぞ」

 絵瑠の胸の中でもがく編花を連慈は再度救い出す。その連慈を見やり編花は名前を呟く。それに対し、連慈は編花の額に汗で張り付いていた前髪をかきあげてやった。連慈が口を開くのと同時に編花の目に光が戻る。それが涙であることは、眉間と鼻に寄った皺でやっと気がついた。

「ママが…… ママが……」

 編花はまた絵瑠の胸に顔を埋めた。人差し指の先には水槽。そして、四肢を切断された女性。血の繋がりからかあれを母だと断定したらしい。生死は不明であるが、例え生きていたとしても長くはないであろう。連慈は思わず目をそむける。

 それを追いすがるように編花の指が連慈の腕に触れる。

「ママを…… ……こ……して……」

 編花の声は、喉に引っ掛かって口の端から零れ落ちていく。連慈が視線で聞き返す。編花は、目を固く瞑った。

「ママが殺してって……」

 連慈は立ち上がる。そして、編花の頭に手を乗せた。編花の連慈を見る眼が、さらに赤みを増している。子供らしい赤みのあった頬からは血の気が引いている。

「すまん」

 連慈は水槽に近寄る。ポケットから白いチョークを数本取り出すと、それを口に押し込む。いつもの歩行速度を遥かに下回る、這っているような速度。連慈に敵対する相手であれば、連慈はこのようなことにはならないであろう。悪意に対する防衛ではないそれを、憐憫で行う経験は連慈にはなかった。笑う膝を連慈は睨みつけた。怯える腕を連慈は歯を食いしばって水槽に添えた。

「すんません」

 連慈はもう一度謝罪した。次の瞬間、水槽の中の水に閃光が走り、周囲に雷鳴が轟く。編花が絵瑠の胸に顔を押し付け、声を殺しながら叫ぶ。女性に繋がれていたケーブルが黒く変色し千切れる。絵瑠の背に回された編花の指は、力の入れ過ぎで青黒く変色している。水槽では、電気による分解が起きており、連慈の手の周辺から泡が発生しだす。女性の身体がビクンビクンと水槽内ではねる。そして、閃光が収まり、雷鳴も遠のく。絵瑠は編花にごめんねと言った。

 一番初めに気を取り直したのは編花であった。絵瑠の胸から顔をあげる。そして、絵瑠の服装を整え、頭に乗っていたゴミを取り除く。次に未だに水槽に手をついている連慈の側による。

 連慈は結果的に殺害したことはあっても、望んで殺したことはなかった。それが悪人であったとしてもだ。それがよりにもよって、見知った、しかも自身より幼い少女の母を殺した。その罪悪感に押しつぶされそうなのだろう。

 男は少女を見た。男の顔は酷いものであった。流れ出しそうな涙を開ききった瞼で押さえつけ、漏れ出しそうな嗚咽は、食いしばる奥歯で噛み殺した。

 少女は男を見た。そして、その奇妙な顔をした男に対して少女は笑ってみせた。両目から涙を流し、下唇を歪に歪ませ、それでも確かに笑ってみせた。少女は消え入りそうな掠れた声で言葉を継いだ。

「ありがとう」

 下げられた頭を少し見てから連慈は天を仰いだ。そして、長く細く息を吐く。

 意図した言葉ではなかったのであろう。そして、その意図した言葉を少女が発しないことは承知していた。連慈は、少女の頬に触れた。

 その瞬間であった。キィキィと音が聞こえてきた。耳奥に髪の毛ほどの小さな針が突き刺さるような不気味な音。連慈はすぐさま編花を背に隠し、その音のほうへ向きなおる。その音が何かの声だと気が付いたとき、先ほどリが走り去った扉が開く。


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