2話
世界中の洞窟には未知が詰まっている。そこでは多くの発見がある。新たな種であったり、かつての人間の痕跡を見つけたり。
それは、自然史を書き換えるだけではない。考古学も書き換えるし、民俗学も興味を持つことはある。
奈良県のとある洞窟には、ある秘宝が隠されている。そんな情報が入ってきたのは、つい先日。戦国時代に織田信長や豊臣秀吉、そして徳川家康などそうそうたる面々の前に現れたといわれる幻術師、果心居士の用いた幻術剤――微光水がその洞窟にある、との情報。
日本国内の超常現象を研究している各所は色めき立った。
しかし、なぜ今頃。という、なんとも真偽疑わしい情報。その所員たちは誰も彼もが行きたくない、と思っていた。
そして、運の悪い二人がその業務に着くことになる。
一人は、フルフェイスヘルメットを被り、黒を基調としたライダースーツにグローブ。そして、ブーツを着込んだ長身の男であった。ライダースーツは胸や肩の部分が筋肉によってむりやり押し上げられている。腰の部分も、その重量のある上半身をがっしりと支えることができるように太い。そして、その下半身もまた、その上半身に負けないくらいに大きかった。しかし、その全身を見ても太いというイメージはわかない。完璧に均整のとれた肉体である。先を行く平均的な身長の男より、頭二つ分ほど大きい。そして、その黒いシルエットからは文字通り迫力が圧力として発されているように感じる。
その男は、今回の案件が回されたとき、自身の力を奮う事はなさそうだと嫌がった。しかしダメであった。
もう一人は、切りそろえられただけの黒髪、黒目が小さく白目がちな目をした男。奇抜なパーカー、腰に円匙――シャベル、もしくはスコップと呼ばれるもの――を佩いた男。顔はまだわずかに幼さが残るが、それでも一人の男としての威厳があった。身体の方は、フルフェイスの男に比べれば物足りなく感じるが、それでもその肉体には十分な筋肉が備わっている。しかし、元々肉のつき方が悪い自身の身体を理解しており、軽い体重を補助するべく足に履く靴は恐ろしく硬いソールを使用し、さらにその中に鉄板を仕込んだワークシューズを特注して使用している。
その男が、この案件を聞かされた時、しなければならないことがあると嫌がった、がダメだった。
そんな男二人は、件の洞窟を彷徨っている。その姿はなかなかに滑稽だ。
入り口からは数百メートル入ったところであろうか。時間としては二時間程度は立っているはずだ。
洞窟壁面は、湿っておりコケが生えていたり、ぬめっていたり。外の世界は初夏の陽光に包まれていたが、ここでは効果はないようだ。
また、足元も水たまりがあり、また、岩が転がっている。慎重に歩いていても、転倒しそうだ。この二人に限ってはそんなこともないだろうが。
二人は、頭をぶつけないように、腰を屈め、時折小さく喋りながら――ほとんどは、今回の作戦の愚痴だが――先を目指す。
「貧乏クジ引いた…… こんな怪しい情報で…… 明日テスト最終日なんだぞ! 落ちたら労災も下りるかな……」
「くっだらねぇこと悩んでんなぁ。それより、間違ってんじゃね? この道」
二人の会話に入っていなかった為、一瞬何の話かと思ったが、フルフェイスの男、遊人が私に話しかけたのだ。
「地図に間違いがなければな。ただし、私の知っている地図にはないはずのルートをもう何本も通ってしまったから、なんとも言えんな」
役立たず、に近い意味の発言が聞こえる。心外な話だ。
「私は今回のために、与えられた情報は完璧に理解し、記憶している。もし、その情報に間違いがあったならば、それは情報を出した側のミスであり、私の埒の外だな」
私はフンと鼻を鳴らしたが、遊人にその意味が伝わったか疑わしいところである。
「後ろは?」
次に、パーカーの男、連慈が話す。連慈は話しかけるとき、ノックするのでわかりやすい。
「後ろ?」
しかし、私の返答よりも先に遊人が口を出す。
「てめぇが、鉢合わせた途端ぶちのめした奴らの残りだ、ダボ」
連慈の発言に、あれか。と合点がいったのか、遊人がケラケラと笑う。
奴ら――先ほどこの洞窟内で遭遇し、遊人が問答無用でぶちのめした奴らの事だ。
装備から所属はわからなかったが、黒の戦闘服に、アサルトライフルと弾薬の所持。どこかの戦闘部隊なのは間違いない。
三人組で動いていた相手を、遊人が一人仕留め、驚いた隙に、連慈がもう一人絞め落とした。最後の一人に色々と聞くはずが、遊人が追撃してしまったため聞けなくなってしまったのだ。
なお、その三人は二人が丁重に縛って放置してある。
「ばらけていた足音が集まっている。三人組は解消したらしい。彼我の差もさっきより近い。五分もとどまっていれば捕捉されるな」
私は、聴覚から知り得た状況――私の聴力は二人の比ではない。先ほどの三人組も私の聴覚があったから先手を打てたのだ――を伝える。
「ったく。とりあえず先に進むか」
「そうしよう。間も無く目的の場所に着くはずだ。多分な」
私の言葉に二人は歩を速める。
さらに歩を進めた所で、開けた場所に出た。頭を打ちそうな低い天井から解放され、二人は伸びをする。天井にはいくつか穴が空いているらしく、淀んだ空気は抜け、通路よりも明るい。とは言え光量はかなり少ないが。
「これじゃね? 豊明の言ってた奴」
いつのまにか見つけたらしく、目当ての物――らしき――小瓶を掴み、振り返る。微光水、名前通りほんのわずか光っている。それを発見した遊人が声を出す。なかなかの大きさだ。
「うるせぇよ! ばれる!」
連慈が慌ててその声を遮る。こちらもかなりの大音量である。
先ほどまで聞こえていたゆっくり、慎重にといった足音が確信を持ってこちらに向いた。
「ほらみろ、遊人のせいでばれたじゃねぇか!」
「いやいや、でかかったじゃん。連慈の方が」
そういうと遊人は、小瓶の乗っていた台に腰掛ける。その遊人の軽い声からは、確実に聞こえているはずの大量の足音など相手にしていないようだ。椅子の上であっけらかんと笑っている。
そして、到着する人影。洞窟の入り口に数人の影が現れた。
「やっと追いつきましたね」
先ほど仕留めた三人組と同じ装備の男達をかき分け小柄な軍服の男が出てきた。
身の丈は、周囲の人間より頭一つ分ほど小さい。
ブラウンの髪を七三に分けており、青い目は自信の強さを表すかのようにまっすぐと連慈に向けられている。
軍服は旧イタリア陸軍のものだが、それに着く勲章はアメリカ、ドイツ、フランス、ロシア等など多種多様であった。
私は心の裡で、意味がわからない、と呟く。
「こんなところでピクニックか何かですかい?」
連慈が声をかける。
いやに陽気に。
しかし、身体には気を張らせており、いつでも動ける体勢を整えており、眼球は油断なくあちらこちらに動いている。
一方の遊人は、連慈とは正反対に、んなわけねぇじゃん、とケラケラ笑うだけで慌てた様子はない。
相手は七人。
軍服の男を挟み左右対称に、入り口をふさぐように立っている。
軍服の男は無手だが、左側の三人は遊人に、残りは連慈と私にアサルトライフルを向けている。
「いえいえ、ピクニックするには殺風景でしょう」
軍服の男は両手を上げ見渡した。
苔生した洞窟壁。
土塊と角張った岩の突き出る足元。
ほんの僅かに取り入れられた光。
淀みカビの舞う空気。
なるほど、魅力される人間など数少ないだろう。
「いやはや、まさか、まさか、こんな所で追いかけっこするなんて思ってませんでしたが、あなた方と私達の目的はどうやら同じようですね。
これは奇遇だ。実に愉快だ」
そういうと、遊人――正確には遊人の持つ小瓶――を指差す。
それにしても、演劇のような台詞。服装もあいまってなんとも胡散臭い。同じ感覚なのか、連慈は右手で構えていた円匙の柄で背中をかく。
「これ? これか。これだって! どうするよ」
遊人はその小瓶を持ち上げて、連慈に声をかける。
その動きに反応した戦闘服の男の一人が銃を構えなおすが、遊人が何も気にした様子はない。
軍服の男は、まぁまぁと言いながら銃を構えた男を制し、懐から銃を取り出す。
「ご覧ください。この銃」
戦闘服の男達が、おぉ、と声をもらす。
「神の手と呼ばれた、とある銃匠に作らせたカスタムメイドです。
常人では扱えぬ高威力を実現した長銃身! 羽毛よりも軽いこの引鉄!
通常弾、特殊弾、魔法弾と何でも撃てる特殊な発射機構!
どうですか? この銃!」
発言の度にいちいちポーズを取る軍服男に、連慈は辟易を意味する溜息で応戦する。
戦闘服の男達はいつの間にか拍手し、口々に称賛の声をあげる。
なぜか、遊人も拍手の輪の中に入っていた。
「なんだ、ありゃ。新手の既知の外のやつか?」
「気がどうかしているのは間違いないだろうな」
私達が、軽口を叩いている間に軍服の男の演説――もしくは講演会――が終わった。
「どうしますか? ここでやり合うにはあなた方は不利ですよ」
そういうと、軍服の男は連慈に銃口を向ける。
戦闘服の男達もそれにならう。
向けられた三つの銃口を睨みつける連慈に、私は声をかけた。
「七人相手だが、行けるのか?」
私の問いかけに連慈が円匙をノックする。
「戦闘が主目的じゃねぇよ。かと言って相手が退く可能性もないがな」
互いの目的は、遊人の持つ小瓶。
ならば、ここでどれだけ問答を尽くそうが、穏便とは、数万キロ先の着地点しかない。
無駄の嫌いな連慈は軍服の男に話しかける。
それはそれは、悲痛――に見える――な表情と困惑――を思わせる――した手振りで。
「いやぁ、それは困りますねぇ。俺達も、こいつがないと死にかけのおじいちゃんが」
そういうと、目元を右腕で覆う。
そして、そのまま、左の手で隠していた閃光弾をばら撒いた。
カランと金属の転がる音が響いた直後、破裂音と激しい光が男達を襲う。
男達は反射的に顔を覆った。
がしかし、遅い。
180デシベルの大音量が、至近距離にいた男たちの鼓膜を叩き平衡感覚を奪い、190万カンデラに達する高光量が眼球に光を焼き付け闇を作り出す。
そして、爆発で生じた煙幕に紛れ、連慈と遊人が走り出した。
しかし、二人の次の行動は違った。
連慈は、戦闘服の男の一人の傍をすり抜け出口に向かうその瞬間、遊人は戦闘服の男の一人に飛びかかっていた。
「あんの戦闘狂いが!」
岩陰に隠れた連慈は毒づく。連慈はあわててノック。
「あいつはどうなってる?」
「一人伸した所だ。どうする? 置いていくか?」
「目的の物はバカが持ってる!」
私の提案に連慈は即却下を出す。
遊人が二人目を引き倒した所で散開の号令がかけられた。
男たちは、三人と軍服の男が遊人を取り囲み、残りの男たちが連慈を探すため、周囲の警戒を始める。
まだ、衝撃が残っているはずだが、それを見せないあたりきちんと訓練されているのであろう。
「今回は散々な任務だ!」
「散々以外の任務があったのか?」
私の問いかけに、連慈は悪態で応えると、私を片手に走り出した。
――紹介が遅れた。
我が相棒、六空目連慈が右手に持つ円匙。それが私だ。