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異能X  作者: さかまき
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1話

 フィリピンの警察官、エフレンが、昼飯代わりのサンドウィッチをかじりながら、その巨体を車に押し込めて、いつものパトロールという名のドライブに出かけたのは三十分前である。

 そして、怪しい車両を発見したのは十分ほど前だ。


 エフレンの勤めている警察署はフィリピンの南部、デルベオラにある。この街の治安の悪さはフィリピンでは五本の指に入る。

 そんなこの街で怪しい車両と言えば、ほぼすべての車両に当てはまるのだが、その中でもその車両は違った意味で怪しかった。

 その車両は白いSUV、フォレスターである。運転手は、ほとんど見えなかったが、男であるように見えた。

 しかし、そのどれもあまり気にする必要はない。

 その辺のどこにでも転がっている光景だ。


 では、なぜエフレンの目に留まったのか。

 それは、傷一つなかったからだ。

 新品であったといってもいい。


 この街にある車のほとんどは、盗難車である。

 小汚い車体に小汚い人間が乗っている。それ以外は、ギャングの持ち物であり、エフレンはギャングすべての車種と、その持ち主を記憶しているといってもいい。

 そして、その記憶をいくらさらっても同様の車体が出てこなかった。


 エフレンは、この街の情報を、警察が知っている以上のレベルで知っている。

 それは、決して市民のためではない。

 それらの情報を手に入れた手段は、脅しや拷問に近いものまである。そこまでして手に入れた理由は、この街で警察署長になるためである。


 この男が警察署長になれば、賄賂が当たり前のハーレムになってしまうであろう。

 そして、このエフレンはそれが当然であると考えていた。

 身の安全は金で買う。

 一般人だろうが、悪人だろうが、神の使いだろうが、金を使うことこそが正しい安全保障であると考えていたからだ。

 そして、自分はその頂点にいたいと思っていた。


 エフレンは、その車両のあとを尾ける。

 長年の経験から、金のにおいがすることはもう気が付いていた。

 エフレンの口角は、知らず知らずのうちにひん上がる。


 相手の車両はその尾行に気が付いていないらしく、素直に道を通っていた。

 そして、一つの工場跡に到着。

 何年も前に潰れた薬品工場の跡地である。

 アメリカに本社がある会社であったが、治安悪化を理由に撤退した工場の一つだ。

 壁面には、名前も知らない蔦が工場を捉えたかのように張り巡らされている。

 また、ヒビやペンキのはがれ、また、金属部分は錆びつきがひどい荒れ果てた工場である。


 エフレンは車に据え付けられた時計を確認した。

 アナログ表示の時計は午前三時を指し示している。

 舌打ちをし、腕につけられた金色のブランド時計を確認すると、警察署を出発してから一時間ほどたった時間を針が指示していた。

 辺りを見渡すが、人影はない。


 エフレンは、ハンドル傍に取り付けられた通信機を引っ張り出すと同僚機に無線を飛ばす。


「おい、マルコか?」


 雑音が混じった後で、低い声が帰ってきた。


「エフレンか。どうした。ポーカーの負け分をやっと払う気になったか」


「おう、その通りだ。しかし、払うわけじゃない。

 今から言うところに来い。金になる話が聞かせてやる。

 そうだ、アメリカのMPの……

 ボブだったか、あのデブッチョには金返してやるからケツ洗って待ってろって伝えておけ」


 エフレンは場所を伝えると、マルコの返事も聞かずに無線を落とす。

 そして、後ろの座席からトンファーを取り出すと、ドアを開け外に出た。

 海が近い場所のため、風に乗ったわずかな潮の香りが鼻をつく。

 エフレンはこの匂いが嫌いだった。

 貧乏漁師だった両親を思い出すからである。

 その思い出を吹き飛ばすかのように、ふんっと鼻を鳴らした。


 そして、腰につけてあった拳銃、SAG―F612を手に取る。

 そして、マガジンを取出し中身を確認するともう一度挿入。

 スライドを引くと薬室に弾丸の送られた手ごたえ。

 エフレンは、一度両手でねらいをつけてみる。

 そして、満足そうに笑ってみせた。

 この銃もまた、ギャングを見逃す代わりに手に入れた拳銃である。


 エフレンは、先ほど尾けていたフォレスターの横を通り抜けると、工場の隅にある金属製の扉に手をかける。

 荒れ果てたその外見には似合わず、そこだけ新しく据え付けられたかのような、その扉には鍵がかかっていない。

 エフレンがゆっくりとノブをひねると、何の抵抗もなく押し開けることができた。


「おい、誰かいるか。警察だ。いいか、俺は警察だ」


 エフレンは、トンファーを肩に担いで中を観察する。

 そこは、うっすらと明かりがあり、かなり広い空間であった。

 あちらこちらにダクトが張り巡らされており、また、地面にはコード類が何らかの文様でも描くかのように張り巡らされている。


 エフレンは、外の荒れようからは予想していなかった、その整然とした雰囲気に少し落胆した。

 おそらく、どこぞのギャングが薬の取引や、倉庫に使っていると考えていたからである。

 その現場を押さえて押収し横流しするか、口止め料を手に入れる算段がふいにされ怒りすら湧いていた。


 しかし、その怒りはすうっと消える。

 そう、これと似たものを見たことがあったからだ。以前抑えた麻薬工場がこれにそっくりだったのだ。

 エフレンは、思わずこぼれる笑みを取り繕うこともせずに歩き始める。

 遠くにコンテナが見えたのだ。


 ――きっとそこには宝物がある。


 エフレンはそのように思った。


「誰かいないか? いるよな?

 今ならそうだな、百だ。それで勘弁してやる。

 だが、俺が一歩歩くごとに一ずつ増えていくからな。

 ほら、もう百十だ。早く出てこい」


 と、エフレンの足が突然止まった。

 行く先に水槽が見えたからである。

 エフレンはその赤い水の入った水槽から目が離せなかった。

 中には腕も足もない人間が数人浮いている。

 それぞれに体内から管が伸びていた。

 顔の造形は悪意のある童子が作ったかのように、目玉がくりぬかれており、それがあるべき場所にはただただ黒い穴が開いていた。

 鼻もなくそこにはただ二つの穴が開いている。

 歯など当然なかった。

 そして、すべての人間らしきそれらにはその処置が施されている。


 やっと目をそこから離し、エフレンはまた驚愕した。

 目指していたコンテナの中にいた男と目が合ったからである。

 しかし、その男は微動だにしない。

 当然であった。

 その男の胴体は、首の下から股間の上まで切り裂かれていたからである。

 さらに、その中にあったのであろう内臓類はそっくりなくなっており、背骨が見えている。


 エフレンは陰惨な死体を何度も見たことがあった。

 拷問の末に手足の指のすべてを切り落とされたあげくに頭の先からつま先にかけて何本もの釘を刺され殺された男や、ガンぎまりした薬中に乳房と性器を切り取られた娼婦など気にもならなくなるほど見たことがある。

 しかし、ただただ人間を何の感情もなく枝肉のように扱った死体を見たことがなかった。

 エフレンは胃液が逆流してくるのをとどめることができなかった。

 精神は落ち着いていたのだが、その状況を肉体が拒否したのである。


 歯に引っかかったレタスを指で取りながらエフレンは、入り口に踵を返す。

 走るような速度で移動するその目の端に黒い男が立っているのが見えた。

 エフレンは、十メートルほど離れた場所に立っているその男に対して、反射的に銃を構える。

 そして、警告の声を発することなく発砲。

 薄ら明かりの中でマズルフラッシュが三度瞬いた。

 乾いた音が耳朶を打つ。


 エフレンは、その男の腹部と右肩部が弾けたのを見て取った。

 次に黒い男が崩れ落ちると予想をしていたが、その光景はなかなか訪れない。

 そして、その男は予想外の動きをした。


 撃たれたことなどないかのようにエフレンに向かって疾走を始めたのだ。

 足元のケーブル類やその他の障害などないかのように走る。

 十メートルあった距離は一瞬に詰め寄られる。

 エフレンの心臓が飛び出そうなほどの鼓動をした。


 エフレンは恐怖で身体を動かし、その挙動を冷徹な精神で制御する。

 思考するよりも早く拳銃を放ると、すぐさまトンファーを構えた。

 そして、男の突撃に向かってトンファーを振りぬく。

 豪と肉を打つ音がした。

 疾走していた男が振り上げた右腕にトンファーがあたったのだ。

 その感触を感じながらエフレンはさらに目を見開いた。

 肩から両手が生えている。

 しかし、叩いた右腕はそれではない。

 脇腹からもう一対生えた腕の右腕を打ち据えたのだ。


 そう、その男は、腕が四本生えていた。


 エフレンの口が呪いの言葉を吐く。


 エフレンが最後に見た光景は、その黒い男が大きく右腕を引き振りぬいた拳であった。

 最後に感じた感触は、鼻骨を中心に顔面の骨が砕ける感触であった。

 最後に聞いた音は、キィキィと細かいガラスを耳の中に注ぎ込まれたような音であった。


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