第二話
ここは、魔法の世界のとある森の中・・・
この森には、一人の木こりが住んでいた。
数百年前、魔王が倒されてからというもの、魔法はさらに進歩し、この世界の住人は以前よりも魔法を使用するようになっていた。
だが彼は、なぜか魔法が普及化している世界に住みながら、魔法を嫌い、道具というものを使って暮らしていた。
木こりの歳はすでに30代後半だ。こんな森の中では、若い女性に会うこともなく、そういったイベントを送らずに森の中でひっそりと生活していた。
毎朝毎朝、早起きしては森の中に木を切りに行き、十分な量の木を切ったらそれを材木屋に売りに行く。
そんな、魔法とは縁遠い生活を彼は送っていた・・・
**********
チュンチュン
小鳥の鳴き声で、木こりは目を覚ました。
毎朝同じ時間になくこの鳥の鳴き声を、彼は目覚ましがわりに活用していた。
木こりが住んでいる家は、自分で木を切って作ったログハウス風の家だ。
木こりは、台所に行き昼食用のおむすびを作ると、いつものポーチの中に入れた。
そして、いつもの作業着に着替え、相棒の斧を片手に持ち、腰にノコギリを下げると小屋から出ていつもの森へと向かった。
木こりがいつも起きている時間は、まだ朝早く、霜も晴れていない。
今日の木を切るスポットに着くと、一本の木の前に立ち両手で斧を構える。
木こりが斧を一回振るうと、その木の幹の半分ほどまで斧が貫通する。
そして、もう一度先ほど斧を入れた位置に斧を振るうとその木が切れて倒れる。
倒れた木を、今度は背負子に乗せるためのサイズにするべく、ノコギリで切っていく。
ギコギコギコギコ!
木をノコギリで切る音が、誰もいない静かな森の中に響き渡る。
木を切り倒す自体はあまり時間がかからないが、ノコギリで背負子に乗せるサイズにするのは別だ。
同じような作業を三回繰り返すと、もう昼の時間になる。
【木こり】「そろそろ休憩の時間だな」
木こりはそう呟き、背負子に満タンになるほどの木を乗せると、それを背中に背負い、昼食を取るべくいつもの昼食スポットへと向かった。
広く、迷いやすい森の中を慣れた足でどんどん進んでいく。
この森は、すでに木こりにとっては庭のようなものだ。
いつもの昼食スポットにつくと、ずっと前に自分で作った木の簡単な椅子に腰を下ろす。
横に、重い背負子を置き腰に下げたポーチから竹の葉に包まれたおむすびを出す。
目の前には、大きくて綺麗な湖が広がっていて木こりの疲れた気分を癒してくれる。
竹の葉を取り、木こりがおむすびを自身の口の中に運ぼうとした瞬間だった。
いきなり強い風が吹き、不覚にも木こりはおむすびを地面に落としてしまった。
【木こり】「まずい!」
地面に落ちたおむすびは、湖の方向に地盤が少し傾いているせいかどんどん転がっていった!
捕まえても、この土だらけの森の中を転がったおむすびではすでに食べ物としての機能がないことがわかってはいたが、ポイ捨てというのも気分が悪いので、木こりはおむすびを追いかけた。
【木こり】「待て!」
木こりの意思とは反対に、おむすびはどんどん土をまとって転がっていく。
ボチャン!
そして、ついに湖の中へと落ちてしまった。
【木こり】「マズイな・・・」
湖に落ちてしまったものは仕方がない。
木こりは、自分にそう言い聞かせると仕事に戻るべく、後ろを振り向いた。
ブクブクブク
その瞬間、木こりの背後、つまり湖から何かの音が聞こえた。
ほぼ反射的に後ろを振り向いた木こりは言葉を失った。
そこには、なんと!湖の上に女の人が立っていたのだ!
木こりは直感した。これは、女神に違いないと・・・
木こりの予想通り、この女性は女神なのだ!
女神は、木こりの目を見つめてにっこりと微笑むと、口を開いた。
【女神】「あなたが落としたのは・・・」
女神がそう言って、右手の人差し指を上にくいっとあげると湖の中から、先ほど木こりが落としたおむすびが浮き上がり、女神の右手に着地した!
湖に落としたというのに、ふやけて崩れたりなどはしていなく、さらに土まみれだったものが綺麗な状態になっている。
さすがは女神だ!
【女神】「この、おむすびですか?」
木こりは、はいそうですと即答しようとした。
だが、それよりも先に女神の言葉が発せられた。
【女神】「それとも・・・」
(それとも?俺が落としたのはあのおむすびだけのはずだ!)
木こりが、この湖に何かを落としたのはこのおむすびが最初で最後のはずだ!
木こりは嫌な予感がした。
女神は今度は左手の人差し指を上に上げるのではなく、少しかがんで湖の中から何かを引っ張り出した!
ザバァァァ!!!
おむすびの時とは違い、今度は大きなもののようだ。
それは、よくよく見ると人のように見えた。
【女神】「この、少年ですか?」
女神は、その少年の服の首の後ろの部分を持ち上げながら、にっこりとした笑顔を崩さずにそう言った。
(・・・何を言っているんだこの人は?少年?意味がわからん)
木こりは、唖然としてしまった。
そんな木こりのことは気にせずに、女神はにっこりとしたまま当たり前のように言葉を続けた。
【女神】「さあ、どっちですか?」
(俺が、落としたのはおむすびだ。少年は、俺には関係ない。関係ない、関係ない)
木こりは、自分にそう言い聞かせると、はっきりと答えた。
【木こり】「お、おむすびです」
木こりは、知らなかった。正直者に訪れるフィナーレを・・・
【女神】「そうですか。あなたは、正直者ですね。そんな正直者のあなたには両方差し上げましょう」
【木こり】「ありがとうございます!・・・・・・・・・・なんだと?」
木こりが、その言葉の意味を理解した時にはすでに遅かった。
女神は、少年をゆっくりと地面に置き、木こりに綺麗なおむすびを手渡しすると、最後までスマイルを崩さずに湖の中へと帰ってしまった。
残された木こりは、しばらくの間その場でぽかんとしていた。
**********
女神に渡された(謎の)少年と、材木を背負い、木こりは小屋に帰った。
普段から体を鍛えているため、少年1人増えたぐらいでは、そうきつくはない。
ログハウス風の家のドアを開け、自分が普段使っているベッドに少年を寝かせた。
少年は、この世界には存在するはずのない剣を背負っている。
木こりは、少年の剣を少年が寝ているベットの横に立てかけるようにして置くと、そのまま家から出て行った。
**********
気分が良くなる木の香り・・・風が揺らす木の葉の音・・・
刀磨は、すっきりとした気分で目覚めた。
(俺は、寝てたのか?)
次第に視界がくっきりとしてくる。
刀磨の視界には知らない天井が映った。
(・・・何!)
最初こそはボーッとしていたが、刀磨の思考回路が通常に戻る。
【刀磨】「ここはどこだ?」
辺りをキョロキョロと見渡す。
木でできたどことなくリラックスできるような部屋に刀磨はいた。
(どういうことだ?俺は確か、湖に落ちてそれから・・・)
そこからは記憶にない。なにせ刀磨はその後気を失ったままだったのだから仕方のないことだ。
そして刀磨は違和感に気づく。
あるはずのものが背中にない。それは、生まれてすぐに親から与えられ、もはや体の一部と言っていいほど毎日のように持ち歩いた、刀磨たち剣の世界の住人にとって命と同価値と言っていいものが・・・
【刀磨】「剣がない!」
背中に両手を回し、触ってみるがそこには何もない。
(まずい!まさか、湖に落としたんじゃ・・・)
刀磨は、ここがどこで自分の身に今一体何が起きてるのかを忘れ、その家から出ようとベットから跳ね起きた。
ゴトッ!
その時、床に何かが落ちる音がした。
刀磨が勢いよくベットから跳ね起きたせいで、何かが床に落ちた、もしくは倒れたようだ。
(なんだ?)
刀磨は、落ちたものの正体を探ろうと床を見た。
そこには、堅い木で出来た鞘にきちんと収納された剣が倒れていたのだ!
【刀磨】「俺の剣!」
嬉しさのあまり、刀磨はものすごく大きな声でそう叫ぶと剣を拾い抱き上げた。
【刀磨】「ごめんな!でも見つかってよかった!」
剣が答えるわけはないが、刀磨は剣に向かってそう言った。
【刀磨】「もうなくさないからな!」
鞘についている紐を肩から下げて、背中に剣がちょうどくるように調整しいつものスタイルになる。
【刀磨】「やっぱこれがないとな」
ズドーン!
その時、窓の外から大きな音がした。
(外からか?)
刀磨は、剣を見つけた喜びをその音にかき消され、窓の外を見た。
窓の外には、他に家などはなくただただ森が広がっていた。
(とりあえず、ここから出ないとな)
窓から離れ、部屋を出た刀磨は家の中を歩き、外への扉を発見した。
ズドーン!ズドーン!
外に出ると、先ほど聞こえた音がさらに大きく聞こえてくる。
どうやら、一定のリズムで何かを叩いているような音だ。
音の正体を探るために、刀磨は耳を澄ました。
ズドーン!ズドーン!
音の方向がわかった。
(あっちか)
刀磨は、万が一のために背中の剣を握りながら一歩一歩音が聞こえてくる方向へと歩いて行った。
深い森の中で、道に迷いそうになるがそれでもなんとか音を耳で捉える・・・
ズドーン!!!ズドーン!!!
聞こえる音が最大限に達した時、同時に刀磨の視界に1人の男が映った。
(誰だあれ?)
見たことのない顔だ。そして、 刀磨の世界では使うものが滅多にいない斧を持っている。
男は、斧を両手で持ち勢いよく目の前の大木に向かってそれを振るった。
ズドーン!!!
(音の正体はあれか)
一発で大木を半分まで切るところを見ると、男が相当な筋力の持ち主ということがわかる。
男はもう一度、その気に向かって斧を振おうとした・・・
だが、男は途中で何かに気づき動きを止めた。
【木こり】「目が覚めたのか?」
それは、陰でこっそりと見ていた刀磨に対する言葉だった。
【木こり】「そこにいるのはわかってる。なあに心配はいらない。俺はただの木こりだ」
自らを木こりと名乗った男は、嘘をついているようには思えない。
だが、刀磨は一つ疑問があった。
(気配を完全に立ったのにあいつはなんで俺に・・・)
刀磨は、気配を断つ術などはすでに身に染み付いている。そんな刀磨に気づいた木こりは只者ではない。
刀磨は、隠れていた木の陰から出て木こりに近づいていった。
【刀磨】「おじさん誰だ?ただの木こりじゃないだろ?それにここどこだよ」
【木こり】「そういっぺんに質問するな。それより、具合はどうだ?」
【刀磨】「もしかして、おじさんが俺を助けてくれたの?」
【木こり】「まあ、半分はな」
半分ってどういうことだ?と思ったが、刀磨はスルーすることにした。
【刀磨】「ここってなんていう場所なの?俺湖に流されてここまで来ちゃったみたいでさ。自分の家に帰りたいんだけど」
刀磨の言葉を聞いた瞬間、木こりの表情が険しくなった。
【木こり】「お前はもう家に帰れないんだ」
【刀磨】「はあ?なんで?」
刀磨は意味がわからなかった。どんなにここが自分の知っている土地ではないにしろ、湖に流された距離などたかが知れている。
【木こり】「お前は信じないかもしれないが、ここはお前の住んでいた世界ではない。
一言で言うと、異世界ってやつだ」
【刀磨】「俺をバカにしてんの?」
刀磨の反応は自然なことだ。誰だってここが異世界ですと言われて、はいそうですかと受け入れられるわけがない。
【木こり】「いや、俺はいたって真剣だ。お前、魔法って信じてるか?」
【刀磨】「魔法?あー、本で読んだことはあるよ。あんなの空想上のものだろ?」
【木こり】「ああ、それはあくまでもお前の世界だけの話だ。この世界の住人は、生まれつき全員が魔法を使える。そして、お前が背中に背負っている剣というものはこの世界に存在しない」
【刀磨】「剣が、存在しない?ありえないね。じゃあ何か?俺は魔法が存在するおとぎの世界に湖に流されてきちゃった。とでも言いたいのか?」
【木こり】「そういうことだ。理解が早くて助かる」
【刀磨】「俺は信じてないっつーの!」
刀磨の渾身のツッコミが決まる。
【木こり】「ったく、聞き分けのないガキだな・・・そうだ!お前、その背中の剣抜いてみろ」
【刀磨】「剣を?」
一体木こりは何を考えているのだろうか?
刀磨はとりあえず言われるがままに背中に手を回し、剣を抜剣した・・・
【刀磨】「あれ?」
剣が鞘から抜けない・・・
【刀磨】「くそっ!このっ!なんで抜けないんだ!?」
どんなに力を入れても、鞘から剣が抜けることはない。
別に、体調が悪いわけではない。だが、抜けない。
【木こり】「どうだ?これで信じる気になったか?お前は、前までとは違うんだ。ここはお前の世界じゃないからな」
【刀磨】「まだだ!わかった、おじさん俺の剣に何か細工したな?」
【木こり】「はぁー。しつこいガキだ」
木こりはそう呟くと、刀磨に向かって手を伸ばした。
木こりに殴られると思い、刀磨はとっさに目をつぶった。
キィーン!
綺麗な金属音が鳴った!
聞きなれたその音を合図に、刀磨は目を開けた。すると、そこには自分の剣を持った木こりが立っていた。
【木こり】「どうだ?細工なんかしてないだろ?」
木こりは、刀磨の剣を刀磨に手渡しながらそう言った。
【木こり】「試しにその剣で何か切ってみるか?何も切れないがな」
【刀磨】「いいぜやってやるよ。目に物を言わせてやるからな」
【木こり】「楽しみだなー」
木こりが棒読みでそう言った。
刀磨は、それに苛立ちを感じつつも、一つの木の前にたった。
(これで証明してやるよ!)
いつも通りに剣を構えて、刀磨は思いっきり木を斬りつけた。
だが、木はビクともしない。
ついこの間までは、湖すらも斬れたというのに・・・
【木こり】「これでわかったろ。ここはもうお前が住んでいた世界じゃない」
【刀磨】「俺は・・・どうすればいいんだ・・・?」
剣の腕だけが、自分が唯一信じられるものだった。それだけが自信だった。刀磨は今大切なものを失ったのだ。
【木こり】「おい、ちょっとその剣貸してみろ」
【刀磨】「・・・・・」
刀磨はショックにあまり無言で木こりに剣を渡した。
【木こり】「いい剣だ。これなら・・・」
木こりは、そう呟くと剣を握り木に向かって軽く降った。
その直後!剣の先に生えていた木が地面の根の部分から上まで綺麗に真っ二つに斬れた!
木こりは、木に剣を当ててもいないのに・・・
【刀磨】「え、な、今なのが起こって!」
【木こり】「返すよ。いい剣だな。お前にぴったりだ」
木こりは、刀磨に剣を返すと手の汗を自分の服に拭った。
【刀磨】「すげぇ」
刀磨は驚きを通り越してそう呟いた。
【刀磨】「おじさんは、なんで剣を使えるんだ?」
刀磨ほどの実力者でも、魔法の世界では剣を抜くことすらできないのだ。それなのになぜ木こりはこんなにも剣を扱うことができるのだろうか?
【木こり】「まあ、経験の量ってとこかな。俺は木こりだからな、木を切るのが得意なだけさ」
木こりは誤魔化すようにそう言った。
【刀磨】「おじさん、俺・・・これからどうすればいいんだろう?」
【木こり】「元の世界に帰りたいか?」
【刀磨】「もちろん」
【木こり】「残念だが、俺は元の世界に返してやる方法を知らない。お前は、この世界で暮らしていくしかないんだ」
【刀磨】「・・・・・」
【木こり】「そこで提案なんだが、お前俺の手伝いをしないか?衣食住は提供するし、お前にとっても美味しい話だろ?」
【刀磨】「確かに」
この世界で暮らす以上、この世界の知識を身につけなければならない。
そのためには、教えてくれる人間が必要だ。そして不幸中の幸いと言っていいのか、刀磨の目の前には自分の事情を知っている大人がいる。
【刀磨】「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。
それとおじさん」
【木こり】「なんだ?」
【刀磨】「俺に剣を教えてくれ」
【木こり】「ちゃんと働いたらな。そうと決まれば、今日の分の仕事を片付けに行くぞ。っとその前に、お前名前は?」
【刀磨】「俺は刀磨。無頼刀磨だ。これからよろしくお願いしますおじさん」
【木こり】「俺はギルバードだ。呼び方は好きにしていい。
それじゃあついて来い」
【刀磨】「はい! ギルバード」
刀磨は、木こりの後に続き森の奥へと消えていった。