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目が覚めると、窓の外は朝だった。
遠く東から、もうすぐ太陽が昇ってくる、そんな匂いがした。まだ、遠くの地平線が、白くかすんでいるだけで、太陽は顔を出していないのに、私はこの時間を朝と感じる。高校生になって、そう感じるようになった。
弁当を、作らなければならない。
昨晩倒れ込んだ布団の、その柔らかさに後ろ髪をひかれつつ、私はベッドを後にする。
家族は、まだ寝ている。暖かなスープの湯気、焼けたトーストの香り。そんなものは、焦がれても、手に入りやしない。とっくの昔に、知っている。
赤の薬缶を手に取る。中身は、空。冷たい鉄の質感が、朝の暖かな体にしみる。
湯を沸かしている間、パソコンを開いてみた。ふいに、昨日無視したメールのことを、思い出したからだ。起動音が、刺されっぱなしのイヤホンの向こうで、小さく鳴く。
メールボックスには、未読のしるし。届いたときと同じマークが、不思議と古ぼけて見える。
『私は前は七時に起きていたのに、今は五時起きなんです。考えてください』
メールを送る時間を指定する文。
暗い部屋の、明るいデスクトップが映しだした、吐き気のする言葉。
『ふざけないでください』
一度、打ち込んだ。そして、デリートキーを連打する。伝えようとして、諦めた。
何度、繰り返しただろう。何度、言おうとしただろう。あの子にこれを送ったところで、私の気持ちが理解してもらえるわけもない。佐伯さんは、佐伯さんが普通だと思っている、普通ではない家庭の中で、ぬくぬくとまだ寝ているはずだ。
なんて小さな世界に生きているのだろう。まるで、弁当箱のようだ。冷めきっているのに、色鮮やかで。艶は失っていないのに、新鮮さがない。箱の中で、小さくおさまっている。
世界が、小さいままで完結している。
自分の知る世界が『標準』で、それ以外は『おかしなこと』だから、理解できない。だから、私のことも、理解できないのだろう、きっと。
「くそったれ」
毒づく。
そして、想像した。
彼女の朝を、想像した。起きたときにはきっと、私の家の夕飯のように、豪華な料理が用意されているはずだ。佐伯さんの父と、母と、弟と、それから彼女自身が、そろって朝を迎える。騒がしく洗面台を取り合って、慌てて家を飛び出す。彼女の母が「忘れ物はない?」と、尋ねながら。
私の知らない、遠い世界の物語だった。
昨日洗った弁当箱に、冷凍食品と、少しのウインナーを詰めて、おにぎりを握る。たった二十分、昼のために、時間を削る。
玉子焼きを、電子レンジで解凍する。私は、玉子焼きだけは、どうしてもうまく焼けない。あの四角い形にならないで、分離してしまう。それを見かねて、母が休日のうちに作って、冷凍保存をしてくれる。
太陽が、東から顔を出した。開け放した窓から風が吹いて、カーテンを揺らす。風は、寝ている家族の頬を撫でて、私の身体からは穏やかに熱を奪ってゆく。
電子レンジが、軽いベルを鳴らす。解凍されたばかりの玉子焼きは、温かい。
せめて、この玉子焼きの温かさは、失われませんように、なんておかしなことを考えて、ひとりで笑った。久しぶりに、自然な笑いが出た。
「冷めなければ、弁当には入れられないじゃないか」
つぶやいて、一人。
その音の静けさと、小ささに、自分でもぎょっとした。
この暖かさを、母の温もりのように感じてしまう。
ああ、たった一品、この形のいい卵焼き一つを以て、この弁当は私の母が作りました、と言えたなら。
ひとり、点のようになって、キッチンに立ち尽くす。
ぼんやりと、湯気と、皿の向こうを見つめる。何も見えやしないのに、何かが、見えた気がした。
母の作る弁当というのは、冷めているのに、どうして、あんなに温かいんだろう。
私は無意識に、唇を強く、強く噛み締めていた。
初投稿作品でした。最後までお読みいただき、ありがとうございました。
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