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弁当の温もり  作者: 27
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 佐伯さんと出会ったのは、今から三年前の春。中学校の、入学式の日だった。

 近所の人からもらった、くたびれたセーラー服を着て、一人、見慣れた門をくぐる。兄も通った学校。知らない場所は、一つもない。不安なんて、なかった。そのぶん、期待もなかった。

 クラスを確認して、教室を上がる。二組、十四番。

 教室は、数人の人影があるだけで、まだがらんとしていた。当然だ。まだ皆、下の方で、クラスを確認している。誰と同じになれただとか、仲のいいあの子は何組だとか。


 ばかばかしい。


 そう感じて、さっさとここまで上ってきた。他の誰かを気にして、なれ合っている暇はない。この、浮かれた雰囲気が、大嫌いだ。その点、この教室は、よそよそしく、静かな空気が漂っている。こっちの方が、いくらかましだ。

 自分の席に、腰かける。隣の席には、女子生徒が、ちょこんと座っていた。


 不細工ではない。けれど、美しくない。


 その女子生徒に初めて抱いた思いは、その二つだった。

外見で人を判断するのは、よくないことだ。知っている。知っているけれど、見た目でわかることもいくらかある。街の外観から治安が見て取れるように。物の外観から、それが何に使うものか、想像できるように。

 ぼんやり、隣の女子生徒の横顔を眺める。口元に、品のいい小さなほくろがあるのを見つけた。すると一瞬、目が合ったので、小さく会釈をする。

 普通なら、それでおしまいだ。初めてのあいさつなんて、そんなものだ。経験上理解している。けれど、あのときの彼女の眼が、私には忘れられなかった。

 明らかに、私の目を見て怯えていた。黒い瞳がゆらゆら揺れて、私の眼を、まともに映してはいなかった。


 けだものを見るような目。

 昔、警察官が、私の父を、母を、兄弟を見た目と、同じものだった。

 その女子生徒に抱いた思いが、ぐにゃり、ねじ曲がって行く音を、私は確かに自分の内で聴いた。



 この隣の席の少女とは、隣の席というだけで、多くの接点を持つことになった。彼女の苗字が『佐伯』というのを知ったのも、私と誕生日が近いということを知ったのも、身長が同じだと知ったのも、全部、隣の席だったからだ。授業でも組まされるし、体育の授業でも組まされた。体育祭、二人三脚で走った。合唱コンクール、同じパートだった。

 彼女と関わりを持つうちに、私は、彼女のことを、いくらか理解するようになった。


 頭が良くて、運動もできる。

 目上の人の言うことと、社会が決めたルールには、絶対に逆らわない。大人の言う、模範生のそれだ。

 不明瞭な口調、いつまでも合わない目線。幽霊のように下を向いて、足早に歩く。


 何だ、この人は。


 席が隣でなければ、話す機会なんて一度もなかっただろう。そうだったら、きっと私は、この人を避けただろう。

 なぜだか、佐伯さんのことを理解するうちに、私は彼女の傍を離れたくなった。

 反吐が出る。

 この一言に尽きた。私と佐伯さんとでは、理解できないほどの大きな違いが、絶対にある。その違いが何なのか、このときは知りもしなかったというのに。

「くそったれ」

 ひとり、小さく毒づいた。


改善点、誤字脱字等何かありましたらご連絡いただけると嬉しいです。

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