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人を笑わす青春

≪序章≫



2009年11月、俺は部屋の整理をしてる時、イッパイ埃を被った

大学ノートを5冊発見した。


 一番ボロボロの大学ノートの表紙には「ネタ帳A」と記してある。


 中をパラパラ開いてみると汚い字で、「絶対天下とったるねん!俺らがNo.1や!BY前田辰哉&藤川信介」と書き殴ってあった。


 俺はイッパイ笑いそして泣いた、あの頃を思い出し部屋の整理の手を止めた。





≪1≫

 1997年8月。深夜1時過ぎ。

 終電の終わった線路上。田舎の冷たい夜風が頬に当たり心地良い。俺はいつものように幼なじみの藤川信介と向かい合わせに座り喋っていた。


「なあー前田」藤川が声をかけてくる。「お前、先の事とかって、何か考えとん?」


「なんや、改まって」と、俺は苦笑した。意味は無いが空を見上げてみる。昼間は雨が降っていた。黒のキャンバスに茶色い絵の具を中途半端に垂らしたような色合いで、星がまばらに散る夜空だ。

「俺は高校も辞めたし」俺は投げ遣りな口調で続けた。

「ろくでもない未来が待っとるんちゃうか」


 俺は高校を辞めてプー太郎、藤川は工業高校に通っていて、来春卒業予定の3年生だ。


「藤川はどないしよ思ってるん?」

と、藤川に視線をやる。藤川は長い脚を折り畳み、窮屈そうに胡座をかいている。

「高校卒業したらどーすんの?」


 藤川が「俺な」と、整ったシャープな顔に真剣さを滲ませて俺を見つめてきた。

「今夜はお前に思い切って打ち明けたい事があんねん!」


「まさか……おい、やめてくれよ!」

俺は言って、尻を両手で押さえる。「心もケツも開かんぞ! 俺は」


「なんでやねん! 違うわ!」藤川は呆れ笑いを浮かべ、「もうええ、言うぞ」と、頭を振った。藤川のサラサラヘアーが夜闇の中で揺れる。

「前田、お前、俺と越本興業行ってお笑い芸人ならへんか!?」


 藤川が何を言っているのか、よくわからず、「越本? お笑いの?」と俺は訊ね返す。「お前、毎日楽しいか?」

藤川は続ける。

「楽しいないやろ。それは夢も目標もないからや! 俺と一緒にデッカイ夢見ようぜ!!」


「ちょ、ちょお待ちぃな」

俺は両手を上下させて、藤川を宥める。

「突然どないしたん? ほんで、なんでまたお笑いなん?」


「何か持ってると思うねん」

藤川が遠くを見ながら、言う。


「誰が?」と、俺は首を巡らせる。


「お前や」と藤川が右腕を俺の方へ真っ直ぐ伸ばす。脚同様、藤川は腕も長い。

「お前のなんかオモロイ、ずんぐりむっくりした体型、規格外のでかい頭に坊主頭、決して男前ではないけど、鼻ぺちゃな親しみを感じる顔」


「ちょっと待てや!」

俺は大きな声で藤川の言葉を止めた。

「悪口やんけ! なんや、自分はちょっと背ぇ高くて、男前に生まれてきたからって」


「とにかくお前は」

藤川が俺の両肩を掴む。

「笑いの神に愛されとんのや。お笑いをやる為に生まれてきたんや」


「大袈裟な」と、俺は吐き捨てる。


「大袈裟と違う!」

藤川が唾を飛ばす。それが俺の鼻先に当たり、少し嫌だな、と感じた。

「前田、お前は生まれてきた時から、人を笑わせるんが、使命や」 俺は呆れていた。そして同時に驚いていた。


 藤川は友人達の間でもあまり前へ出るタイプではない。時々やらかす天然ボケで周囲を笑わす、いや、笑われる事はよくある。彼は長身、サラサラヘアーの男前だが、どんくさくて、間抜けなのだ。


 そんな藤川がこんなに必死に、しかもお笑いの世界に俺を誘ってくるとは俺の18年間の人生ベストスリーに入る意外な出来事だ。


「使命なぁ」俺は言って、朧な街灯に照らされた踏切遮断機を見上げる。


――今日も1日、電車が来る度、腕の上げ降ろし疲れたなぁ。


 遮断機の声が聞こえた。ような気がした。


――でもそれが僕の使命だから、気持ちいいや。あれ? あれあれぇ。あそこに使命を果たせていない人間が居るぞ。若いくせに働きもせず、食って寝るだけの人間が居るぅ。


 俺は瞬きを多くして、幻聴を掻き消した。何の仕事も長続きしない劣等感からか、時々こういう事があった。


「さぁ、早く返事をくれ!」藤川が線路に大の字になった。

「お前が俺と一緒に芸人になる言わな、俺は始発の時間までこうしとくぞ!」


「藤川、やめろって」俺は藤川の言葉を鵜呑みにしたわけではないが、一応言った。


「俺な」大の字のまま藤川がポツリポツリ口を開く。

「お前と遊ぶんが一番面白いねん! お前と居ったら他の誰と居るより楽しいんや! だから、そんなお前と何かデカイ事をやりたいって、ずっと思っとったんや」「藤川、わかったよ」


 藤川が起き上がり、

「ホンマに!」と、目尻を裂く。


 俺は顎を小さく引いた。

「人生大博打のつもりでやってみよか」


「やったー!」立ち上がった藤川が拳を夜空に突き上げた。

「さすが前田や! やったろうぜ! 俺とお前でお笑い界の頂点目指そうな! 大丈夫、絶対に前田は笑いの神に愛されとる」


 テンションの高い藤川を見ながら、俺は苦笑した。藤川とコンビを組んでお笑い芸人。遊びの延長。半分、そんな気持ちだ。


 ヒュゥーンと、か細い音がしたのは、その時だった。


「イヤッホー」とハシャグ藤川の後頭部に何かが直撃した。


「ぐえっ」と、藤川は奇妙な声を出し、頭を押さえて、うずくまる。


 藤川の傍らに何かが落ちている。俺はそれを拾った。拾い上げたそれは、ロケット花火だった。


「タダシ、どこ向けて撃ってんねん。人居ったら危ないやん」

少し離れた公園から若い男の声が聞こえる。

「大丈夫やって。あっち線路やし、こんな夜中やで」


 深夜1時。離れた公園からロケット花火が飛んできて後頭部直撃。ミラクルだ。


「藤川」俺はロケット花火を眺めながら、言う。「お前の方が笑いの神に愛されてんちゃう」


藤川が顔を上げて、照れ臭そうに微笑んだ。

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