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コッコラの実の誘惑 9

 エティに撃たれながら、グルダは自身の中の違和感と戦っていた。

 目の前の貧弱な魔力の存在に圧倒されている現状、常識が全て破壊されている状況よりもなお、先ほどの攻撃を往なしたあの槍。

 全力ではなかった。

 自身の魔力を増幅して放ったに過ぎないものだが、最早、何人分の魔力が込められているのかわからないほどの人数を費やして造ったものだ。それを防がれて、有り得ないという考えが脳を支配する。

 同時に、それを受け入れている自分がどこかにいるのだ。

 アレ(・・)は仕方がない、と。

 アレが相手では―――――。

「っ!?」

 瞬間的に爆発したグルダの魔力から、慌ててエティが離脱する。

「エティさんっ!」

「……あぶなっ、火傷するとこだった」

 ルリルラの叫びに振り返ることなく手を振って無事をアピールするが、口調ほど顔に余裕はない。表情が様変わりしたグルダを静かに見据える。

「そう、か」

 ぽつりとグルダが呟いた。

「手広くやりすぎたか、いや、それはないな。偶然か…。なら、丁度良い」

「何ブツブツ言って…」

「試そう」

 歪んだ笑みでそう口にした途端、ぞわり、と総毛立つほどに周囲の気配が変わる。

 先ほどの怒り任せで放たれたそれとは非にならないほど、生理的に拒絶する、呪いの、死の、臭い。

「これ…」

 エティの表情が悲痛に歪み、その視線はグルダではなくその手に握られた赤黒い石へと向けられている。

「魔力だけでなく、血肉に怨念まで取り込んだか。ふざけた呪いの塊だ」

「褒め言葉と受け取るよ。赤領どの(・・・・)

 悠然としたグルダの科白に、デューの眉間に皺が寄る。

「魔王を滅すために練ったものだ。確実なものとするのに後50年は練りたかったが、仕方ない。完成してない訳ではないからね」

 掌の石を満足げに一撫でしたグルダが、

「起きて」

 優しく語り掛ける。

 それにエティが舌打ちして地を蹴り、デューが懐から昨晩エティより預かっていたモノを取り出すと、

「エティ!」

 どストレートに遠投。

 振り返りもせずにそれを左手で受け取ったエティの目の前で、薄っすらとグルダが笑みを浮かべる。

 勝利というよりは、どこか恍惚とした、壊れた笑み。

「開けゴマ」「爆ぜろ」

 場を無視したふざけた科白と、終幕の科白と、エティの右手が赤黒い石に届いたのは同時。

 そうして場にあふれたのは、――――――――濃密な、魔力。

 死でも、呪いでも、腐臭でもなく、ただただ、純粋な、濃い、魔力だ。

 そこに在るだけで他を圧する。

 それを感じるだけで膝を付かずにはいられなくなる。

 何もしていなくとも、ひれ伏したくなるほどに、許しを請いたくなるほどに。

「…あ、あぁ…。そ、んな…」

 すがりつきたくなるほどに焦がれる、そうさせるのは満ちる魔力。

「―――あぁ、アイラルネには耐性があるか」

 平然と呟くデューに視線を移し、ルリルラは平伏しそうになる体を留める。

 その背にいる女達は皆気を失っていた。さきの爆発と、今のこれで完全に。

 意識があるのは、ルリルラと、平然と立つデューと、

「エティ、さん…」

 それを発している本人と、その眼前で固まっているグルダだけだ。

「魔王を倒すための呪い、ねぇ。これで完成とか言うとは、どれだけ低く見られてたのかなぁ」

 口調は変わらない。姿かたちも変わらない。

 それなのに。

「……そん、な、馬鹿…な。お前、が」

「デューでも楽勝じゃないかなぁ」

 右手に力を込めてグルダの手より石を奪い取ると、じっとそれを見つめてから深いため息を一つ。

「酷いことをする。大地に還れない子がこんなに………。お疲れ様」

 いたわるようにささやかれた言葉の後で、軽く右手をふると、その手の石が四散した。

 さらさらと砂になって消えていく。

「……な、なっ……ば、かな」

 しりもちをついたままでずりずりと後ずさりする姿を一瞥し、

「ドゥルの分」

 短く呟いて蹴り上げた。

 勢いよく飛んでいくグルダを追って、

「レンルゥーの分」

 二発目の蹴り、というより踵落としが入って、背中から地面に叩き付けられる。

「次はー 「エティ! 殺すな」 ………大丈夫だよ。多分。領族だし。丈夫な筈」

 漂わせる気配も魔力も尋常ではない存在感なのだが、本人の佇まいと外見は相変わらず。そのギャップが逆に恐ろしさをかもし出すのだが、

今の(・・)お前がやったら大丈夫じゃないだろうが!」

「……じゃぁ、後2発だけ」

 科白と口調はお子様だった。

「死ぬだろう!」

「手加減するし!」

「嘘つけっ!」

「嘘じゃないもん!」

「……エティ。楽にしてやるな。きちんと己の罪を罰としてうけさせろ」

「―――わかってる」

 憮然とした声に、疑いの眼差しをデューが向ける。

「ルグルスさんの分」

 踵を鳩尾に思い切り叩き込んだ。思わず顔を覆うデュー、無理もない。

 その斜め後ろでルリルラはぱちくりと目を瞬いた。何故そこで兄の名が、と。

「最後は…、ルリルラさんの分!」

「え」

 後方に振り上げた左足がグルダにクリンヒットし、地面に弾かれるようにバウンドしながら壁に激突、一枚を突き破りその向こう側で停止した。

 余りにも見事なまでの土煙が舞ってあたりを覆ったため、それが今日一番の蹴りが炸裂したことを付け加えておく。

「……エティ」

 呆れ返ったデューの声に、たっぷり10秒の間を置いてから振り返ったエティは、やりきった感満載のいい笑顔で駆け寄って来た。

「この馬鹿娘っ!!」

 グルダへの蹴りと同等の雷がエティにも落ちる。

「~~~~っ!?」

 頭を抑えて涙目でうずくまる姿に、ルリルラは小さく苦笑した。

「勝てませんね…」

 その存在は特別であり、孤独である筈なのに、どこにでもいる芥の者達と変わらぬ姿に。

 呟きが聞こえたのか、すっくと立ち上がったエティは、少し涙の残る眼差しで見上げ、

「ルリルラさん」

「はい」

 応えて頭を垂れる。それに物凄く嫌そうな顔をエティがしたのだが、当然ルリルラは見えてない。

「えと、そういうのナシで…」

「かしこまりました」

 畏まって答えて顔を上げると、複雑な顔のエティが目の前にいた。

「後ね、みんなに内緒にしておいてほしいの。お願い」

 それは余りにも可愛らしい願いであった。命令すれば否やもないだろうに、と考えてから、改めてルリルラは内心で苦笑して「これでは勝てませんわね」と呟いた。

「かしこまりました」

 笑顔で応じて、思考する。

 ないものねだりをするために、己を隠しているのだから、その先に望むものは。

「エティさん。私からもお願いがあります」

 対等であること。

「え…。あ、うん! 私にできることなら!」

 なんでも言って、と声が聞こえた気がした。

 本気になったら、このクリフォロア大陸において右に出る者がいないであろう尤も力を持つものだ。色々な意味で。

「あなたの名前を教えてください」

 にこやかな科白に、場が沈黙した。エティの表情があからさまに強張る。

「…自殺願望でもあるのか?」

 訝しむような声。

 物の名前に力が宿るのと同じように、固体を識別する名前にも力が宿る。それは本人の魔力に応じて激しく上下するため、魔力が高ければ高いほど、濃度が濃ければ濃いほどに、その者の名前にも同様の影響が出るのだ。

「ルリルラさん、それは…」

「私の名前は、ルリルラです。ルリルラ・アイラルネと申します」

 一礼して顔を上げたルリルラは真っ直ぐにエティを見つめる。

 後には引けない。礼儀としては答えなければならない場面だ。

 だが、今回のことに限っては唯一、例外が許されているのがエティだ。

 ルリルラの申し出を無視(スルー)することも可能。

「………閉じよゴマ」

 場の空気を全力で無視した言葉がエティの口から告げられ、左手に握られていた鈍く赤い石が輝きを増していく。それにあわせてエティから発せられていた魔力が収縮するように消えていく。

 ぱちくりと目を瞬いたルリルラに、少しだけ困った顔のエティが、

「私はエティ。―――エスイストニーマントです」

 宣言したところ、ごっ、と一瞬だけ風が薙いだ。

 エスイストニーマント。

 今のクリフォロアで、尤も強く、尤も純粋な魔力を持つ存在だ。

 通称エティ。力持つ名は、―――第247代魔王エスイストニーマント。

「お目にかかれて光栄です、陛下」

 にこやかなルリルラとは対象的に、苦笑いのエティ。

「わかってるのに、聞かなくても」

「少なからず知られるのですから、この程度(・・・・)は痕跡があった方がよいですわ」

 周囲を見回すその先には、半壊しかけた塀や、ヘンに渦巻いてくぼんだ地面。

 先ほどエティが名乗っただけでこの有様だ。

「………流石はアイラルネ、か。堂に入ったものだ」

 感心した声にぱちくりとエティが目を瞬いた。

「デューどこで知ったの?」

「視ればわかる。ルサルラにそっくりだろう、魔力もその流れも」

「………面白くないなぁ」

 心底そう思う声で呟くと、眉間に皺を寄せてデューの背の向こうの空を見やる。

「時間切れだ。残念。デュー、後お願いね」

 にっこにこで告げられた科白に、一瞬、意味がわからないといった表情を浮かべてから、ひくりと頬を引き攣らせるのと同時に、デューの背後で破裂音が響く。

 思わず頭を抱えたい衝動に駆られつつ、背後を振り返り、続々と侵入してくる団体にこっそり溜息。

 知人がいないようにと祈るデューの願いも空しく、

「デュルクスライ様…?」

 と、老紳士風の男が驚いた声をあげて駆け寄って来た。

 げんなりするデューの背後で、エティが肩を竦め、色々と納得した顔でルリルラが微笑む。

「まさかと思いましたが、あなた様が、ここにいるということは間違いないのですね! 陛下がっ、魔王陛下がこ、ここに!! どこにいかれましたかっ、どちらの方へ!」

「お戻りになられた」

 短く返った答えに、老紳士は崩れ落ちた。

 実は本人がすぐ傍にいるだけに何とも滑稽であるが、はたして、知らないということは、幸か不幸か。

「またしても…お会いできずっ!!」

 悔しさしか滲んでいない叫びだった。

 この後、簡単な事情聴取やらを済ました女達はそれぞれの家やふるさとへと帰っていった。

 ルリルラはドラクリアには帰国せず、兄と共に宿屋と団子屋の経営に勤しむことになる。




 余談ではあるが。

 ルグルスの団子屋は後に、“魔王絶賛の団子”として、広くクリフォロアに広まる事になるのだが、それはまた別のお話というか、もう少し遠い未来のお話である。

ようやく完結しました。

お付き合いいただきました皆様、ありがとうございます。


「コッコラの実」はここで完結となりますが、また機会があれば、エティのお話は書いてみたいと思います。

ネタだけはあるシリーズなので…。


本当にありがとうございました。

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