コッコラの実の誘惑 5
両手足をしっかりと縛られた状態のまま、エティは其処へと連れて来られていた。
「在り来たり過ぎる。地下牢なんて、減点」
無造作に床に投げ落とされ、誘拐犯達が去った後でぽつりとエティが呟く。
「あなた、意識があったのね」
女の声が一つ、薄暗い闇の中に響いた。
声は一つだけだったが、気配を辿れば少なくとも10人はいる。
「うん」
あっさりと答え、エティはむくりと躰を起こした。
「でも、気絶してても両手足を拘束したままだったから、油断してないって事でプラスマイナスゼロくらいにしておいてあげるか。拘束解いたらシメようと思ってたけど」
「そんな事を考えてたの?」
「あたしも最初はそー思ってたよ」
「旅の人?」
「残念だけど、此処からはきっと出られないよ。そういうの、捨てない限りね」
矢継ぎ早にかけられた声に、
「えーと、みんな、誘拐されて来た人?」
明かりが牢の外の蝋燭だけというベターな状態なので、顔の判別は付かないが、暢気な口調で回りを見回すようにして問い掛ける。
「そう」
「他にもいるさ。今、外に出てるヤツらもいるしね」
「そうなんだ。女の人ばかりみたいだけど、ええと……誘拐犯はハーレムでも作りたいのかな? 私みたいなのが部類するとは思えないけど、色気がないってほぼ毎日言われてるし。ま、色合いは珍しいかもしれないけど」
「…黒に見えるけど、そうなの?」
「うん。髪も眼もね。稀少って訳でもないけど、誘拐しても問題ないって辺りで該当しちゃう部分では希少価値なのかな」
「そうね、きっと、それが理由」
離れた所から、優しげな女の声が届いた。
気配の感じなかったその方向へエティは顔を巡らす、牢の外、更にその向こうに、同じようにして格子が見えた。
「この牢、魔力で封じてあるんだね」
「ええ。外に、その存在を感知させないために」
「ただの誘拐犯って訳じゃないんだ。それなりに金と権力を持ってて、こういうつまらない事に回る頭も持ってるヤツなんだ」
「そうね」
「彼女は特別扱いだから向こうに入れられてるんだよ。あたしらと違って、自分の意志で捕らわれてるんだから」
「どういう事?」
「見ればわかるよ」
女の声に、対側の牢の声の主が、格子のすぐ傍まで歩み寄っていた。
僅かな蝋燭の明かりの元に浮かび上がった姿は、エティにとって親しみのある姿。
「ドラクリアのヒトか。なるほどねー、確かに、西のこっちでは珍しいもんね。今日はツイてるな~。西方でドラクリアのヒトに二人も会っちゃったよ」
「私以外にも…? もしかして、あなた、マツイラ村から…?」
「うん。そーだけど?」
「それでは、きっと、あなたが会ったのは、私の兄です。ルグルス、という名なのですが、違いますか?」
「そー言ってたよ。妹さんか、えっと、ルリルラさん、だったよね?」
「ええ、そうです」
「おにーさんの作ったコッコラの実のお団子、すごく美味しかったよ~。でも、何でこんなトコにいるの? おにーさん、一人でお団子屋さんと宿屋さんと兼任してて大変そうだったけど」
「それは…」
言葉を濁し、俯いた姿にエティは小首を傾げた。
「無駄話をするな!」
突如割って入ってきたのは、男の声。薄暗いから顔の判別は付かないが、図体が大きく、がっちりした体型というのだけはわかる。
牢の前まで歩いてきて、双方の牢を睨むようにしてから、エティを一瞥する。
「新入り、生意気な口を利いてられるのも今の内だけだ」
「私は、話したい時に話たいヒトと話をするんだよ。おじさんにどうこう言われる筋合いないよ」
「おじっ…威勢がいいのは構わんが、痛い目を見たくなければ大人しく言う事を聞いてろ」
「どうせ大人しくしてたって痛い目を見るんじゃないの? おじさん、頭も悪いね? ついでに言うと眼も悪いね? 更に言うと顔も悪いね?」
「小娘が!」
いきりたった姿を冷ややかな目で眺める。
「怒ってるね、図星なんだ。―――それと、確かにおじさんから見たら小娘かもしれないけど、この程度で私を閉じ込めておくなんて無理なんだよね~。残念でした」
変わらぬ口調でそう告げて、両手を勢いよく左右に広げる。
ぶちぶちぶちっ。
太さ5センチはあろうかという縄を、更に、魔力が行使されて縛られていたはずのそれを、エティは容易く引き千切った。
場が、沈黙する。
そもそも魔力の込められた縄で、大して魔力を帯びぬエティに切れるモノではないし、魔力が込められていなくともそれだけの太さを魔力行使なしに引き千切るのはよほど屈強な肉体でも持っていない限り無理な話だからだ。
その後で足の縄を両手で掴むと、まるで紙くずのように引き裂いた。
更に沈黙した空気が流れる中、視線だけがエティに集中していた。信じられないモノを目にしたような顔を全員がしているのはいうまでもないだろうが。
「んじゃ、アレだね。女のヒトをこーんな暗くてじめじめーっとしたところに閉じ込めておくとか、有り得ないから。全員出させてもらいますね~。あ、ルリルラさん、ちょっち危ないから奥へ下がってて」
あくまでも一人、マイペースを貫いて立ち上がる。エティの言葉に、目を瞬きつつもルリルラは牢の奥へと後退した。
「ば、馬鹿な事を! この檻は、魔力によって強力に封じられている。幾ら拘束具を引き千切ろうとも、何の魔力行使もなしに破れるほど容易い代物ではない!!」
牢の外で、半ば焦りつつも周知の事実を口にするその目の前で、牢の出入り口の前に立ったエティに表情の変化は見られない。
その距離、僅か50センチ程度。
「第一、その牢には魔力を封じる呪文がかかっている。その中にいる限り、これを破る魔力を解放する事など出来ない! つまりは出れないという事だ」
「おじさーん? ホント、頭悪いね? これを破れるだけの魔力が私にあるように見えるの?」
「わ、わかっているのなら話は早い。大人しくして 「ま、こんなの魔力なんかいらないし」
つまらなげに呟き、軽く腰を落としてから――――思い切り蹴り上げた。
どがぁんっ、がんっ、ごどん。
牢の入り口の小さく区切られた格子が丸ごとその接続部を離れ、対の牢へとぶつかり、落下した。
「楽勝♪」
小さくガッツポーズを決めて、驚きで妙な顔になって間抜けに口を開けたままで落ちた格子を見つめる男の姿に、
「おじさーん、邪魔」
「うぐぇ」
ちょっとそこ通るから避けて下さい、という口調で、今しがたその威力の大きさを示したばかりの蹴りを腹部に叩き込む。
男はマンガみたいに平行に飛んで、壁に激突してその場に落下した。
そのままピクリとも動かないし、呻き声も最初の1度だけだった。
「みんな出て~。こんなトコ、さっさとおさらばだよ!」
へらっとした暢気な声で告げながら、ルリルラの入っていた牢を蹴り壊した。