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コッコラの実の誘惑 4

 深夜になって、隣室からの物音でデューは目を覚ました。

 訝しむよりも早く、ベットから飛び起きるとそのままの勢いで部屋を出て、隣の部屋のドアノブに手をかけるが、回らない。

 当たり前だ。就寝時に施錠しないほどエティは抜けていない――筈だ。

「エティ!」

 夜中だと言うのに大声で名を呼び、それに返ったのは「誰か来た」「急げ」その他のお約束的な科白。しかも男の声だ。

 ちっ、と小さく舌打ちし、ドアから半歩離れて思い切り蹴り飛ばす。

 勢いよく開いた――壊れたドアの向こうで窓から外に身を翻す姿を捕らえ、慌てて窓辺へと走り寄って見下ろすも闇夜に紛れたのかそこには静寂な村の夜の姿しかなかった。

 額に手を当てて、デューは肩ごと大きな溜息を吐き出す。

「…ったく、面倒な」

 心底そう思う声。

 その後で慌しく二階へと上がってくる足音を耳が捉えて振り返る。

 壊れたドア――二箇所の留め金のうち、下のそれが壊れ、斜めに傾いているドアと並ぶようにして部屋の入り口に立ったのは、ルグルス。

 ドアに気付いてないのか、窓際に立つデューに驚いた顔を哀しげに曇らせた。

「すまない、ドアの修理代は後で支払う」

「え…?」

「鍵が掛かっていたので無理に入った結果、壊れた」

 デューの指差した先、ルグルスは一瞥するように左側を見やるが、すぐに視線を戻す。

「あの、エティさんは…?」

「恐らく、3人だな。たった今、誘拐された」

 事も無げに――疲れた顔はしているが――あっさりと告げるデューに、ルグルスの顔が更に曇る。

「心配するな。後でと言いつつ踏み倒したりはしない」

「いえ、そうではなく…。ドアの事は別にいいのです、非常事態だったのですから。それよりも、エティさんの方が」

「それこそ心配ない。あのじゃじゃ馬を誘拐なぞ、何処の物好きやら。痛い目を見るのは、誘拐した方だ」

「デューさん、無理はしないで下さい」

「いや、してない」

「知人が、いえ、一緒にいる方、しかもエティさんはまだ若い上に女性です。心配しない筈がありません」

「いや。エティを心配するのは無駄だよ。こういった場合はな。むしろ、誘拐した側が心配だ」

「デューさん。私自身も決して上等とは言えませんが、エティさんも魔力をさほど感じませんでした。こういった状況において、それを打破出来るとは到底思えません。それに、心配が不要だと言うのであればそもそも誘拐される筈が 「だからいらないと言ったんだ。エティを誘拐出来るヤツが、こんな所にいる訳はない。それに」

 そこで言葉を止め、室内を見回す。

「本気で抵抗して誘拐されてるなら、部屋がこんな綺麗な状態な訳がないからな。わざと誘拐されたんだろう」

 肩を竦めた。

「そんな馬鹿な! 好き好んでそんな事をする者がいる筈ありません!!」

「いるんだよ、それが」

 げんなりとした声呟いてからルグルスに背を向ける。

「嫌な予感がするな、これは」

「そんな暢気な…」

「日中、ぶらぶらと村を歩いたのは団子が目的は目的だろうが、コレも兼ねてたんだろう。エティの外見は、目立つからな」

 視線は空へと向けたままだ。

 口では何と言いつつも心配なのだろう、背を向けているから表情は読めないが、ルグルスはその行動をそう解釈した。

「デューさん、あの」

「心配は無用だ」

「…そうではなく。いえ、それもそうですけど、誘拐犯の事ですが」

「ああ、まだ移動しているな。マツイラ村の者ではないらしい、もう村の外だろう」

 その科白に、あからさまに驚いた顔をルグルスは浮かべる。

「わかるのですか?」

「ああ。犯人が何処の阿呆か知らないが、エティの位置だけはな」

「そうですか…。あの、デューさん。誘拐犯は、恐らく、カエオト家の者かと思います」

 ルグルスの言葉に、空を見上げていたデューがゆっくりと振り返った、その顔は怪訝そうな表情に変わっている。

「誰に聞いても答えてはくれません。知っていても言わないでしょう。この村には、カエオト家の恩恵を受けている者が多いですし、話した後の事が怖いでしょうから」

「どういう事だ?」

「此処10年、この辺り……ルイーナラオ地方では、誘拐事件が度々起こっています。けれど、大きな問題になっていないのは、攫われても、時が経てば家に戻るからです」

 その科白に、デューはエティが口にしていた「調べたい事がある」という科白を思い出した。

「全員、帰されているのか? それだと誘拐する理由がわからないが」

「…全員ではありません、この近辺に住む者だけです」

「それはつまり、アレか。エティみたいなのは帰って来ない、と?」

「はい」

「それを知っていて、お前は宿屋を経営しているのか? 恩恵ってのは、誘拐対象を確保しておくかわりに、生活保障とか、生活安全とか、金品やら何かが、そのカエオト家から齎されている、と?」

「いいえ、そのような事は…っ、すみません、ない、とは断言出来ません。けれど、物品は何も貰っていません。ただ、此処に住む事を赦されている、それだけです。本来ならば、周囲から差別を受け虐げられたりもしますが、私は、表立ってそういった事はされませんから」

「宿の客が、そのための提供品か」

 何故か面白げに、薄い笑みをデューは浮かべた。

「違いますっ!! このような事、一度も…。此処に宿を取られた方には、手を出さない筈なんです。それなのに」

「まぁ、エティの色見は珍しいと言えば珍しいからな。それで? 差別を受けない、虐げられたりもしない、だが誘拐には協力していない。どういう事だ?」

「私は差し出したつもりも、それを認めた事も、一度もありません…。けれど」

 悲痛な顔になってルグルスは視線を落とした。

「私には、妹がいます。この外見です。この国では目立ちますが、幼少の頃に世話になった方が住んでいまして、病を患ったという話を聞き、4年前、私達は兄妹で此処より南のサカイラ村へとやってきました。その方を見舞うつもりだったのですが、独り身でご高齢という事もあって、身の回りのお世話をと」

「それで何で、別の村に住んでる?」

「私達は目立ちますから。2ヶ月が過ぎた頃だったかと思います、妹に、カエオト家から声がかかったのは。勿論、そんな事のためにいた訳ではありませんし、妹は断りましたが」

「脅された、か?」

 溜息を吐き出すように問い掛けたデューに返事はなかった。

「なるほど。それで、妹はお前達の身の安全を保障してもらう代わりに、そのカエオト家とやらへか。その世話になったという者はどうした?」

「亡くなりました」

「そうか。―――それで、そのカエオト家が誘拐犯と繋がる根拠は?」

「妹は、声がかかるより以前に3度、攫われかけています。それだけで犯人とは言い切れませんが、妹の身の安全を保障する代わりに此処に住むよう言われました。その時に、此処に住んでいた方は誘拐に荷担する事を拒み、村を追われて空家になったと聞きました。事実、3年前に移って来た時は、この家だけ随分と荒れ果てていました。前の家主の件があって誰も住みたがらなかったらしいですから」

「その程度の理由で人が寄り付かない訳ないだろう? 此処で殺されたんだな」

 厭きれ返った声であっさりと断言する。

「宿屋にしてはマイナスイメージだからな。商売も上手く行くかどうかわからないし、同じ村にしろ余所にしろ、そういう所で生活するのはよほどの覚悟が必要だ。上手く利用されたな、ルグルス?」

「いえ…。私にとって、大切なのは妹ですから。私がもっとしっかりしていれば、妹にそんな目にあわせずに済んだのだと。情けない話です」

「馬鹿が多いと苦労するのは、まともなヤツラだからな」

 否定も肯定もせず、デューは苦笑した。

「話を聞いている間に、移動も終ったらしい。―――その、カエオト家とやらの位置は、ここより南西へ69キロといった所か?」

「はい、そのあたりの筈ですが…。そんな正確に解るものなのですか?」

「エティの現在地がわかるんだ。……始めから誘拐されるつもりだったんだろうな、やはり」

 大きな溜息を吐き出して、デューは懐から、紅い石を取り出した。

「それは…?」

 まばゆいばかりに輝きを放っている訳ではないが、何処か神秘的に紅く輝く石。それと同じモノをルグルスはこれまで目にした事がなかった。

「迷子探索機だ」

 にべもなく言い切ると窓へと躰後と向き直り、

「―――修理代は、戻ってからで構わないか?」

 思い出したかのようにそんな事を問い掛ける。

「え、あ、はい。いえ、それは、別段いつでも構わないのですが」

「助かる。エティが問題を起こす前に現場到着しておかないとマズイからな」

 言うと、そのまま窓枠に手をかけて身を翻し、夜の闇へと溶けて行った。

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