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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
王都に響き渡る唄
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第12話:勇者の処遇

 奇妙な一行を優雅な一礼で見送ったアルクィンは、開け放たれたままの扉を静かに閉めると、カルロス王の机の前まで移動する。そして机の上から一枚の茶色の紙を手に取ると、先ほどカルロス王が座っていた上座へと腰を下ろした。


「騒がしくて申し訳ありません。陛下はいつもああいう調子ですが、そのうち慣れるとは思いますけど」

「この部屋から出ないとまずいんじゃないか? 立ち入り禁止って言ってたし」

「陛下の命令は絶対ですので従うべきですね。通常では……ですけど」

「セビルナ王国も一枚岩では無いと言う事かの……」


 思わず呟いたアンナの言葉に無言で頷くアルクィン。

 カルロス王の圧倒的なカリスマ性と宰相であるアルクィンの深謀遠慮のもくろみで、表ざたは平穏を保っているセビルナ王国だが、内実はその他の国とほとんど変わらない権力闘争が繰り広げられているのだ。


「今のは俺達の影武者って事なのか?」

「そういう事になります。とはいってもどこまで通じるかは判りませんけどね。でも少なくとも陛下が自らユート達らしき存在を案内しているので、それを無視する者はいないはずです。短時間の目くらまし程度の効果はあるかと」

「カルロス王の味方は少ないという事かの? あれだけの才気を放つ王を擁いておるなら、アルクィンのような者達が勝手に支えようとすると思うのじゃが」

「陛下を好意的に捉えている家臣は半数を超えますが、陛下はそういった物差しで誰かを重用する事を嫌います。各々が持つ実力に応じた役割をバランスよく割り振り、お互いに切磋琢磨しあうのが国の為になるとのお考えのようです。まあ、陛下をよく思わない者達同士がお互いに牽制しあう状況を作り出して、それを上手くコントロールしているとも言えますけどね。そんな訳で陛下の側近と呼べる者は少なく、私と先ほどの二人の他には数名といったところです」

「でもアルクィンさんはすごいね。陛下が何を考えているのか聞いていないのに、全部判ってるみたいだったから。私にはそんな事できないです」

「マリアも相手がユートでしたら、あれこれ言われなくても考えが判るのでは? 私と陛下もそれと同じ事ですよ」


 あまりにもサラッと言われた為、マリアはアルクィンの言葉に無意識で頷いていたのだが、言葉の真意を察した瞬間に真っ赤な顔でうな垂れてしまう。

 そんなマリアを暫くの間、微笑ましく見つめていたアルクィンだったが、一つだけ咳払いをすると真面目な表情に戻り三人の顔を順番に見回した。


「今後の流れを手短に説明しますので、質問があるようでしたらその都度お願いします。まずユートの待遇ですが、セビルナ王国の相談役をお願いする事になります。陛下と相談した結果、それが最善ではないかという結論に達しました。ちなみに相談役は正式な役職ではありませんが、陛下や私それに大臣達に対して進言を行うのが主な役目となります」

「俺の役目なんか何もなくてもいいんだけどな。自分の使命を見つける事で精一杯だし」

「私達はできる限り干渉しない様に心掛けますので、完全に自由な立場でユートが感じたままに動いてもらって結構です。日々の小さな出来事に関する内容でも、セビルナ王国の改善案でも構いません。勿論もっと大きな事柄でも歓迎致します」

「判ったよ。ただ話し掛ける相手はアルクィンになると思う。さすがに王様相手は緊張するからさ」

「判りました。私で良ければ何なりと言って下さい。そして少しだけ不自由を掛ける事を最初に謝っておきます。迷惑を掛けますが宜しくお願いします」

「俺の方が迷惑を掛けてると思うんだが……」

「まあ、できるだけユートには自由な立場で居て貰いたいのですが、状況を考えるとそうもいかないのです。今のユートの立場は黒髪の勇者というものを除けば、今度司教になるヨーゼフ殿の親族……正確には違いますが、体外的にはそんな位置付けになります。ですがその立場はかなりあやふやな為、色々と付け入る隙を与えかねません」

「ハルモ教正教会からの介入が考えられるという事かの?」

「そういう事です。司教の身内が正教会へと身を置くのは当然である。そんな論調でユートの身柄の引渡しを求めてくる可能性があります。仮にそうなった場合、ユートが今の自由な立場のままでは、我が国がそれに抵抗するにはいささか分が悪すぎるのです。仮にユートの意志で拒んだとしても、セビルナ王国が身柄を拘束したなどという言い掛かりを付けられかねません」

「うーん、アルクィンさんが言いたい事は判るんですけど、ユートが相談役になっても結局は同じ事が起こるんじゃないですか? 私やアンナ、そしておじーちゃんはユートの身内みたいな目で見られてるから一緒に居ても不自然に思われないけど、セビルナ王国がそういう目で見られる事はないと思うんです」

「確かにその通りです。ハルモ教とハルモ教法王庁教圏国家群の関係はかなり複雑で、最悪の場合ですが国が立ち行かなくなる事すらありえます。これは誇張ではなく紛れもない事実です」


 ハルモ教正教会の手から逃れる為には、セビルナ王国の庇護下に入らなければならないという理屈は正しい。しかし少しでも対応を間違えると、セビルナ王国に致命的な傷を残す恐れがあるのだ。

 ハルモ教法王庁教圏国家群の国王とハルモ教法王の関係は、微妙なバランスの上に成り立っている。表面上は友好な関係を築いているように見せてはいるが実情はかなり違っていた。

 国王は世襲制であり、慣例として現国王は自身が死去する前に、国王の直系の血を引く者、もしくは王族の血を引く者の中から後継者として一人を指名する。基本的には王族の男子が優先されるのだが現国王の指名が何よりも優先され、現国王が死去した際に指名されていた者が新国王になる。

 法王は新王が即位する際に、ハルモ教の神の祝福を与えるのが役目であり、新王がハルモ教の敬虔な信者だという事を、ハルモ教の信者である国民全員に宣言する事により、新王の即位が承認される形だ。

 形式上の事と言ってしまえばそれまでだが、国民全員がハルモ教の信者である、ハルモ教法王庁教圏国家群では話が少々違ってくる。国王がハルモ教の敬虔な信者であると言う事が、国の統治に対して大きく影響するからだ。

 また法王は国王が信者としてふさわしくない行動を行った場合、その他のハルモ教法王庁教圏国家群の国王の承認を必要とするが、ハルモ教から破門する事ができる。仮に国王がハルモ教から破門されてしまうと、ハルモ教の信者である国民の信頼が一気に失墜し、国王の政治的地位が根本から脅かされる事になるのだ。


 ではハルモ教法王庁教圏国家群の国政に大きな影響力を持つ法王は、どのように任命されるのか。実はその任命方法がハルモ教と国家のバランスを微妙に保っていた。

 ハルモ教の頂点に君臨する法王は、世襲制ではなく各地域の司教の中から選ばれる。現法王が死去すると司教全員がハルモ教正教会に集まり、新法王が全員の投票で選ばれる形だ。

 また司教任命に関しての権利は法王になく、各地方の自治に任されている。これは法王就任の際の不正をなくし、ハルモ教内部の腐敗を防ぐ為に設けられた制約だが、この事がハルモ教法王庁教圏国家群との関係をより複雑にしていた。

 各地域の自治に任されているとはいえ、司教はその地方の貴族や有力者の意向に沿って任命される事が多い。権力者の後ろ盾がある者が司教なった方が何かと都合が良いからだ。

 そして地方の貴族や有力者の上に立つ者、それはその国の最高権力者であり国を統治する国王である。各国の国王は表立って行動はしていないものの、自分の意のままに動く司教を任命し、法王に対しての優位性を確立しようとしていた。

 国王と法王は味方でもあり敵でもある関係なのだ。


「ですからユートが自発的にセビルナ王都へと赴き、そのまま滞在したという形を取りたいのです。名目はそうですね……大恩のあるヨーゼフ司教がセビルナ王都で民の為に尽くすなら、我が力もその側で生かしたい。こんな感じでしょうか」

「俺が自発的にセビルナ王国に関わろうとするだけで、そんなに状況が変わるのか?」

「我が国はユートの意向を尊重して受け入れただけというスタンスを取ります。仮にハルモ教正教会が我が国に何かを言ってきた場合は『我が国は黒髪の勇者様のご意向に沿っているだけです。しかし不思議ですね、なぜ黒髪の勇者様はハルモ教正教会へと自らの意思で赴こうとしなかったのでしょうか』とでも返せば、確実に追求は緩くなります。多分何も言ってこないと思いますが」

「ククク……。なかなかの言い回しじゃの。黒髪の勇者に対して害意を向けた事実を公表できないハルモ教正教会はたいそう困るじゃろうな。はっきり言わないところがまた嫌らしくて良い感じじゃ」

「アンナが悪い顔になってる……」

「マリアもなってるぞ……」


 あえてペッカートが起こした黒髪の勇者襲撃事件を公表せず抑止力として使用すれば、弱みを握られたハルモ教正教会を効果的に黙らす事ができる。

 勿論事実を公表してハルモ教正教会と全面的に対決する事も可能だが、事を荒立てれば間違いなく平穏な生活は戻ってこない。

 最近の侑人の行動で高まった黒髪の勇者の名声はかなりのもので、その影響力は計り知れないが、わざわざ表立った敵を作る必要はないだろう。

 そんなアルクィンの考えを理解した侑人達は、皆一様に頷いていた。


「ではなぜ相談役という中途半端な形になるのか。今度はその説明が必要ですかね」

「アルクィンの事だからそれも必要なんだろ? まあ、俺が今後どう動けばいいのか知りたいから、説明してくれるのはありがたいけどさ」

「信用してくれてありがとうございますユート。ちなみに個人的な希望だけを言えば、私の代わりに宰相の座へと着いてもらっても構わないと考えています。しかしそこまですると、今度は別の問題が発生する恐れもあるのです」

「別の問題? なんだろね」

「うーん。ハルモ教正教会以外に面倒な存在が居るってのは、俺とすれば勘弁してもらいたいんだが」

「状況から考えると、他のハルモ教法王庁教圏国家が黙っていないという事かの? それと国内の有力者の立場を鑑みてってとこじゃとわらわは思うのじゃが……」

「アンナの言う通りです。黒髪の勇者を一国が独占するのは、ハルモ教法王庁教圏国家群全体の利益にならない。特にハルモ教正教会が置かれているエディッサ王国がこんな事を言い出しかねません。人の物を欲しがる子供の様な論調ですが、他の国がそれに同調する可能性は高いのです。国内はまぁ……どう転んでも陛下がどうにかしそうではありますが、念には念をという形ですね」

「なんだかとても面倒な話だね。私にはそこまで考えられないや」

「俺もだよ。自分の事のはずなんだけど、ここまで大げさになるとは想像できなかった」


 侑人が考える以上に黒髪の勇者という存在は、ハルモ教法王庁教圏国家群にとって大きな影響力を持っている。ある種のジョーカー的な扱いだと言っても過言ではない。

 仮に侑人自身に何の能力が無かった場合でも、国家に黒髪の勇者が所属しているという事実があるだけで、黒髪の勇者が持つ名声や影響力を内外に行使できるようになるのだ。

 多少の無理難題が起こったとしても、黒髪の勇者の意向だと言うだけで大抵の者達は素直に従い、信心深い者であれば己の死すら受け入れる可能性も高い。

 他国との協議の場においてもそれは同様の効果がある。黒髪の勇者の意向に背く事はハルモ教に弓引く事と等しい。そんな風に受け止める層が自国民の中に一定数存在するのを判っていて、黒髪の勇者と対立する道を選べる統治者など居ないのだ。


「ですからユートが自発的に王都へと赴き、しかも正式な役職ではない相談役を望んだという形が一番丸く収まると思われるのです。我が国は黒髪の勇者を独占している訳ではないと言えますから。かなり強引な論調だという事は認めますが、嘘ではなく紛れもない事実ですので」

「俺が他国からの相談まで受ける羽目になる気がするんだけど」

「確かにその可能性は残ります。しかし瑣末な用事で黒髪の勇者を呼び出す国家はまずないでしょう。それにそれらの申し出は陛下と私が対応しますし、適当に理由を付けて断る物は断っておきます。ただ、大きな問題が起こった際には相談しますので、その時はお願いします」

「何から何まで申し訳ないけど、そんな感じで頼む」

「その代わりと言ってはなんですが、我が国の問題の相談には乗って下さい。結構忙しいかもしれませんけど」

「加減してくれると助かるかな」


 その後の話し合いの結果、本日執り行われる晩餐会の場でカルロス王がヨーゼフのセビルナ司教就任を改めて発表し、その直後に侑人自身の口から自分の意志でセビルナ王都に留まりたいと申し出る事が決まった。侑人の相談役就任もその際に宣言してしまう算段だ。

 他の勢力からの接触がないうちに、侑人が自分の希望を口に出す事で相手の動きを牽制できると判断した。公の場で周知の事実として認識させた方が、効果がより高いのは明白だ。

 いまだ予断を許さないが、現時点でできる一通りの外部対策を決めた侑人達が次に取り掛かったのは、セビルナ王国内部に対する対応を話し合う事だった。


「とりあえずこれを見て下さい」


 机の上に広げられた茶色い紙には、様々な人物の名が書かれていた。

 名前の他には爵位が書かれているだけであり、その人物に関する情報等は一切記入されていない。


「ユートにこれを差し上げます。ですがこれを紛失した事を考慮に入れ、名前と爵位のみの記載に留めています。とはいっても、ある程度の事情を知っている者が見ればどういった内容なのか判ってしまいますが、念のための処置ですので了承して下さい」


 茶色い紙の左上から、カルロス・ディートフリート・デア・クローゼ王、アルクィン・ウルヘル宰相、クリステル・エディエス・フロレンツィア・バーレイ女伯爵、ミスティ・エディエス子爵と書かれており、その先数名の名前が書かれた下で一本の線が引かれている。

 そして引かれた線の下からはまた数名の名が書かれ、ある程度の所でまた一本線が引かれていた。そんな繰り返しで総勢四十名ほどの名が記載された紙が意味するものは何か。

 先ほどのカルロス王達のやり取りを踏まえて思考を巡らせた侑人は、これがセビルナ王国内の派閥を示す物だと気づき、食い入るようにその紙を見つめている。


「本来であれば全て記憶して貰いたいのですが、さすがに晩餐会までの時間では足りないと思い――」

「よし覚えた。アンナにとりあえず渡しとくけど落とすなよ。とにかくマリアと一緒にこの名前を覚えたら、念の為に俺の中に保管しておいてくれ」

「判ったのじゃ。わらわに任せておけば大丈夫じゃ」

「相変わらずユートの記憶力は凄いよね」

「はい? 覚えたって全ての名前をですか? それに自分の中に保管とは一体どういうことですか?」

「こういう暗記系の作業は得意なんだ。後はまあ保管の件だけど、ある程度の大きさの物なら召喚と逆の事ができると思ってくれれば間違いない」


 マリアとアンナにとってはいつもの事だが、侑人の“どんなものでも理解できる能力”を初めて間近で見たアルクィンは驚きを隠せない。

 しかもアンナを戻す時に物を持たせ、侑人の中に収納するなんて芸当ができるとは想像すらしておらず、改めて黒髪の勇者のでたらめさを実感していた。


「ま、まあ、ユートの凄さを今ここで実感できたのは良い事だと思いますが、その能力はできるだけ隠した方が良いと思いますよ」

「ヨーゼフさんからもそう言われてるから、信用できる奴にしか教える気はないよ」

「私を信用して下さると……。面と向かって言われると照れるものですね」

「いまさら何を言ってるんだか」


 当然の事をしたまでだと言わんばかりの侑人の態度に押され、アルクィンは珍しく照れている。人の事をいつも気に掛けているのに、自分が気に掛けられるのには弱いらしい。

 しかし和んでいる暇などなかった。晩餐会までの時間はあと僅かしかないのだ。真面目な態度に戻ったアルクィンは、この紙を渡した真の意図に関しての説明を始めた。

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