第11話:王の判断
カルロス王との謁見を無難に終えた侑人達は、休む暇もなくアルクィンに連れられて王の私室に集められた。
王の私室は全体的に赤と金色の調度品で纏められているのだが、嫌味な派手さは全くなく、どちらかといえば落ち着いた雰囲気を湛えている。
侑人達がこの部屋に集められたのは、本日に執り行われる晩餐会用の衣装合わせをする為らしいのだが、その事を説明するアルクィンの歯切れはいまいち悪い。
普通に考えれば王の私室と衣装合わせは結びつくはずもなく、カルロス王がアルクィンに無茶を言い、侑人達を呼び寄せたのが真相ではないかと侑人は考えている。
「うーん、王様の部屋にまで入るとは夢にも思わんかったぞ。どうにも落ち着かないんだけど」
「私もだよ……。ていうか、何で私までこんなとこにいるのかな」
「気にする事などないぞ二人とも。招かれたのだから堂々としておれば良いのじゃ」
突然王の私室へと連れ込まれた侑人とマリアはかなり動揺していたが、クーラント魔国の姫君であるアンナの態度は威風堂々といった感じであり、慣れというものはこんな所にも表れている。
とはいっても一番疲れた顔を見せているのはアルクィンであり、カルロス王の性格が聞かされていた以上に豪快だという事がなんとなくだが伺えた。
「いまさらこんな事言うのもなんだけど、俺達がこんなとこに居て大丈夫なのか?」
「そうだよね。衣装合わせって聞いてたから、衣装部屋とかそういうところに行くと思ってたよ」
「勝手にあれこれ触らなければ問題ないじゃろう。ユートやマリアも楽しんだらどうじゃ? このヌハ茶はなかなかに美味じゃぞ」
金の糸で豪華な刺繍が施された柔らかそうな赤いソファーに深々と腰掛けたアンナは、従者が淹れてくれたヌハ茶を優雅に楽しんでいる。
しかし場の雰囲気に飲まれてしまった侑人とマリアは困惑する様子を隠せず、お互いに顔を見合わせるばかりだった。
「いやはやなんと言いますか、我儘に付き合わせてしまい大変申し訳ありません。本来であれば陛下の私室への立ち入りを許可されているのは、宰相である私と陛下の身を守る近衛師団に所属する者達、そして特別に選ばれた従者のみになります。しかしユート達に関しては陛下ご自身のご希望ですから、何も気にせずお過ごし下さい」
「えっ、いやいや、こっちの方こそなんか申し訳ない」
「私も何が何だか判らなくて。ごめんなさい」
「わらわはくつろいでおるぞー」
のんきなアンナの態度を目にしたアルクィンの表情が緩む。
アルクィンは軽く頷くと、目の前のヌハ茶に手を出そうとしない侑人とマリアへ向かって微笑みかけた。
「アンナの様に気を楽にして下さい。お呼びだてしたのはこちらの方ですから。しかしいきなりユート達に迷惑を掛けるとは……全く困ったお人です」
「誰が困った奴なんだ?」
「陛下以外に誰が居るのですか?」
突如声を掛けられたにも関わらず、アルクィンは澄ました様子で切り返す。
呆れた顔で見つめるアルクィンの視線の先には、口の端をニヒルに釣り上げたカルロス王の姿があった。
「アルクィン以外の皆は待たせて済まなかった。あれこれ煩い石頭共の相手をしていたら遅くなったのだ。まあ、ゆっくりと……はできないかもしれないが、気楽にくつろいでくれ」
「こんな場所にいきなり呼び出されてくつろげる者はそうは居ません。まあ、何を考えられているのか何となく察しが付きますが、もう少し別の手段を選ぶべきではありませんか?」
「まどろっこしい事は苦手なんだよ。お前だったら判るだろ?」
「全てを理解できると思わないで欲しいのですが」
「アルクィンが理解できない事などあるのか? 判らん事などないと思っていたのだがな」
「まだまだ私は若輩者ですので、奇妙奇天烈な性格を相手にするのはいささか荷が重いのです。まあそれは良いとして、時間があまり無いのではありませんか?」
「それもそうだな。アルクィン、俺のヌハ茶を用意させたら全ての従者をここから払え」
目の前で繰り広げられる普通の主従ではありえないやり取りを目にした侑人達は、呆気に取られたまま無言で二人の姿を眺めている。表面上ではアルクィンがカルロス王の事を軽く見ているようにも見えるが、二人の間には確固たる信頼関係が結ばれていると感じたのだ。
一応侑人とアンナも対外的には主従関係にあるが、実際には共生関係であり二人の立場はほぼ等しい。マリアも名目上は黒髪の勇者につき従う従者の扱いにはなったが、出会った頃からの立ち位置が変わった訳でもない。
そんな関係が三人の中で成り立っているので、お互いに気安く振舞えているのだ。侑人達の間には主従という格差は存在しておらず、むしろ家族といえるような絆で結ばれている。
しかし目の前の二人は主従という立場を明確にしつつも、今の関係を形作っていた。お互いの事を信頼し、家族の絆ではない別の何かで強固に結びついているように見える。
「こやつらはかなりの曲者じゃな。今のやり取りで、お互いの意図を明確に把握しあっておる」
「ああ、正直驚いた。こりゃここに呼ばれたのもはっきりとした理由がありそうだな」
「なんかすごい人達みたいだね。私なんかここに居て大丈夫なのかな」
アンナの言う通り、目の前の二人は短いやり取りの中で意図している事を正確に察知しあっているように思えた。以心伝心という言葉で簡単に表す事ができる関係かもしれないが、実際に目の当たりにするとその絆の強さに圧倒される思いだ。
感心しつつも今度は別の事で緊張感を隠せなくなった三人の姿を、カルロス王は面白そうに眺めながらゆったりした動作で上座へと座る。その後ろへ音も無く移動し静かに佇むアルクィンの姿とも相まって、二人の姿は有名な絵画の一枚のようにも見えた。
先ほど姿を現した時とは違い、侑人達の目の前に居る二人は沈黙を守っている。
余裕な態度をめったに崩さないアンナですらただひたすらに黙りこみ、侑人とマリアにいたっては乾いた笑みを貼り付けたままガチガチに固まり微動だにできない。
場の空気を一瞬で統括する圧倒的な雰囲気を放つ二人の言葉を、侑人達はただ静かに待ち続けた。
やがて従者が用意したヌハ茶を旨そうに一口飲みつつ、カルロス王はおもむろに口を開く。
「単刀直入に聞かせて貰うが、黒髪の勇者殿……じゃなかったな、ユート殿の目的は何だ? 勿論言いにくい内容なら言いにくいとはっきり言ってくれて構わない。返答次第でどうこうしようと考えている訳ではないからな」
「私の目的ですか」
「ああ、はっきり言って伝承の存在がどういった考えを持つ者なのか、俺には図りきれないんでな。何かの使命があるなら教えて欲しいし、何もないならそれでもいい。あと口調はいつも通りで構わん。下手に取り繕った言葉では正確に伝わらんかもしれないからな」
「私……俺は正直に言って自分の事がよく判っていません。元の世界に戻る事がもしできないなら、この世界で平和に暮らせればそれで満足だって事しか考えていなかったです。俺の存在意義がどういったものなのかを自分なりに考えた事はありますが、正解だって自信は全くないです」
侑人はカルロス王に向かって、ティルト村の河原でマリアに語った自分の考えを素直に伝えた。面と向かって話すのは初めての相手なのに、逆らう気が全く起きなかったのだ。
緊張のあまりに所々噛みながらも何とか考えを伝える侑人の姿を、カルロス王は左手を顎に手を当てたまま静かに見つめている。何かを探るような目をする事も無く、ただ淡々と侑人が語る言葉に耳を傾け続けていた。
「なるほどな……」
侑人が語り終えた時にカルロス王が発した言葉はそれだけだった。そして顎に手を当てたままヌハ茶を二口ほど口に含み飲み干すと、黙ったままアルクィンへと視線を投げかける。
その視線を受けたアルクィンは一回だけ軽く頷く。
二人の間で何かの意思疎通が行われたらしいが、侑人達には意図する内容が判らない。
妙な緊張感が王の私室を取り巻いていたのだが、それを破ったのはカルロス王の力強い言葉だった。
「我が国はユート殿だけでなく、ここに居る者達全員を全面的に支援する。誰が何と言おうが何が起ころうが俺が全責任を取る。アルクィンはここにいる皆が動きやすいように知恵を貸せ。ユート殿の敵は俺の敵だと心して対応しろ」
「陛下の仰せのままに」
「えっ? いいんですか?」
思わず驚きの言葉を口にした侑人に向かってカルロス王はニヤリと笑いかける。そんな王の姿を少し呆れた顔で見ているアルクィンもどこか晴れやかな様子だ。
思いもよらずセビルナ王国の支援を得る事になった侑人は動揺を隠せない。それはマリアやアンナも同じ様で、呆気に取られた顔のまま固まっていた。
「まあ、我が国としてもメリットがない訳ではない。ユート殿を迎え入れるという事はハルモ教への恭順を示すと共に、正教会への牽制ともなるからな。それに異界の知識を取り入れ更なる発展へと繋がる可能性を秘めていると思うのだ。とはいっても、デメリットもかなり大きそうだが――」
カルロス王はそこまで言葉を紡ぐとアンナの姿を視線に捉えた。
特に聞かれはしなかったが、どうやらカルロス王もアンナの正体に気づいているらしい。むしろアルクィンから報告を受けていると考えた方が正しいのかもしれないが。
「――まあ、困った事が起こっても、アルクィンが何とかするだろうからな」
「はあ……結局私に丸投げですか。いつもの事ですから慣れましたけど、上手く行かなくても責任など取れませんよ」
「大丈夫だ。責任は俺が取るから気にするな。最悪の場合はこの首を石頭法王にやれば事は収まるだろう」
「万が一そうなったら私もお供します」
そんな事を語りながら二人は笑っている。全ての困難を吹き飛ばすような強い意志を二人から感じるのだが、さすがに命を掛けるとまで言わせるつもりはない。
焦りを感じた侑人は、カルロス王の申し出を断ろうとしたのだが、
「これは我が国の決定事項だ。誰が何を言おうが俺達は勝手にやらせて貰う」
カルロス王にここまで言われてしまうと、もはや何も言う事ができなくなっていた。
「諦めて下さいユート。陛下はよく他人の事を石頭と評しますが、ご自分が一番頑固だと判った上で言っている、性質の悪いお人ですから」
「でも……」
「さすがのわらわもここまでして貰う理由が判らんのじゃが」
言葉を失った侑人の代わりに、今度はアンナが口を挟む。
ハルモ教の伝承の勇者である侑人が、ハルモ教法王庁教圏国家群に連なるセビルナ王国の庇護下に入るという事は理解できる。しかし敵対するクーラント魔国の姫であるアンナまで支援する理由が全く思いつかないのだ。
しかしそんなアンナの言葉を、心外だと言わんばかりの表情でカルロス王とアルクィンは否定する。それはとても単純で説得力があるものだった。
「アンナには私と陛下の関係がどう見えていますか?」
「普通の主従を越えた固い絆で結ばれているように見えるの。正直羨ましい限りじゃ」
「そう見えているなら結構です。ではハルモ教の教義と私達の関係に、若干の矛盾点があるのは判りますか?」
「あ、人族と亜人族の――」
今まで黙っていたマリアが思わず言葉を口に出すと、アルクィンは人差し指を自分の口に当てながらゆっくりと頷く。
「まあそういう事です。これ以上はまた時期が来たらという事にしましょう」
アルクィンの態度は、今ここでこの話をするのは限界だという事を示していた。
王の私室とはいえ誰が聞いているか判らないのだ。それほどまでにハルモ教の教義の話は繊細で難しいものらしい。
「まあユート殿やマリア殿、そしてアンナ殿の関係は俺達から見ると好ましいという事だ。そしてユート殿の考えも気に入った。だから勝手に支援させて貰う。それだけの話だ」
ヨーゼフをセビルナ王都の司教に迎え入れたカルロス王達の意図は、本当にハルモ教の改革で合っているのかもしれない。
完全に同じ考えではないかもしれないが、同じ方向を向く同志を得る事ができた侑人の顔は、自分でも気づかないうちに晴れ晴れとしたものになっていた。
「よし、ユート殿の表情も軽やかになった所で今後の話をある程度進めたいのだが……そろそろ時間が不味そうだな」
「そうですね。カルロス王が黒髪の勇者を自室に招き入れ、長時間に渡って密談していたなどという噂をばら撒かれますと、何かと不都合が出るかもしれません」
「まあそう言うなアルクィン。俺がこうやって呼び出さなかったら、予備知識も無しにユート殿達は有象無象の相手をする羽目になっていたのだぞ。王都での立ち振る舞いを学んでおかないと後で困る」
「確かにこの国では陛下に対して文句を言える者など滅多に居ませんが、他にやり方があったのではないかと思います」
「アルクィンが呼び出しても同じ事になったと思うのだがな。むしろあれこれ煩い石頭共はここぞとばかりにお前を叩いてくるぞ。まあ、とにかくこの部屋は自由に使え。後は任せた」
「陛下はどうするのですか?」
「俺はユート殿達を連れて王宮の案内をする……という体裁を取る。ところであの二人は今どこにいる?」
「部屋の外で待たせております」
カルロス王との一連のやり取りを終えたアルクィンは、そのまま入り口の扉を開け、王の私室の前で控えていたクリスとエディエスを招き入れる。
二人は扉の前で右手を胸の前に当て一礼し、そのまま中に入ると膝を付き頭を垂れた。
「ふむ、よくよく考えれば一人足りんな。アルクィン、信用できる者でなおかつマリア殿と背格好が似ている者に心当たりはあるか?」
「近衛ではありませんが、ガイウス・マリウスという者はユートと親しくしております。私も話をしましたが、なかなか見所がある青年かと」
「男か……まあ良い。お前の目に叶ったのなら問題あるまい。ガイウスを今から近衛に取り立てるが、任命式や仕事の割り振りは後日決めるとする。取り急ぎ今日の所は特別任務について貰う」
「判りました。エディエス、ガイウス・マリウスは正門前の詰所に居るはずです。至急連れて来て下さい。ついでにエディエスもガイウスも鎧を脱いでから、再びここに来るように」
「ああ」
「クリスは私の部屋に行き、黒髪の勇者専属の従者服を二着持ってきて下さい。先日予備を作らせたのであるはずです。ついでにフード付きの外套を三着用意して下さい。あ、クリスも鎧は脱いでからここに戻るように」
「ん? 何やら判らんが了解した」
アルクィンの指示を受けた二人はカルロス王に向かって敬礼すると、そのまま足早に部屋を出て行く。
二人を見送ったカルロス王の顔はどこか楽しげであったが、アルクィンは何やら微妙そうな表情をしていた。
そして半刻後。
「鎧がないと落ち着かん」
「宰相……なぜ私がこんな格好をしているのだ? 私を侮辱しているのか?」
「自分の方こそなんでこんな格好を……。それ以前に、なぜ自分が陛下の私室への立ち入りを許されているのですか? 近衛じゃない自分がここに居て良いのですか?」
侑人達の目の前に、普段とは違う見慣れない格好をした三人の姿があった。
エディエスは全身黒尽くめの服の上に外套を着せられている。
クリスはマリアやアンナと同じ真っ黒な従者服を身につけ、その上から外套を纏っている。
そしてガイウスは……クリスと同じ格好をさせられていた。
「つべこべ言うな。あー、そうかエディエスは説明してなかったのだな。ガイウスは俺の一存で近衛に取り立てた。だから俺の部屋に呼ばれてもおかしくはない。だから気にするな」
納得がいかない素振りを隠さない三人だったが、カルロス王が言葉を発するとクリスとエディエスは即座に姿勢を正した。
ガイウスは呆気に取られた表情のまま固まっていたのだが、アルクィンが咳払いをすると慌てて姿勢を正し、カルロス王の言葉の続きを静かに待っていた。
「お前達に極秘任務を与える。内容は俺の後ろに着いて歩く事だけだ。しかし決して他人に顔を見られてはならん。言葉を発してもならん。後は俺の話に合わせて適当に頷いておけ。なお、任務完了後には本件に関しての守秘義務も発生する。判ったか」
「「「了解しました!」」」
「では行くぞ。俺に着いて来い」
「三人ともあまり固くならずに自然体でお願いしますね」
「アルクィンの言う通りだ。お前達の動きは固すぎる」
「「「はっ!」」」
「あーアルクィン、俺がこの部屋へ戻るまでの間は、八階より上層は立ち入り禁止とする。その旨は俺から近衛に伝えておくので心するように」
「陛下の仰せのままに」
フードを纏った怪しげな三人を引き連れ、カルロス王は足取り軽く私室を出て行く。
状況をよく掴めず呆気に取られたままの侑人達に向かって後ろ手で軽く挨拶をしつつ、アルクィンに一度だけ視線を投げかけ、カルロス王そのまま歩き去っていった。




