表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
王都に響き渡る唄
40/45

第8話:暗闇の邂逅

 王都セビルナは眠らない。


 とはいえ、文明が発達し都市の隅々まで電力の恩恵を受けている地球の現代都市と比べると、木材や油もしくは可燃性のガスを燃焼させた炎で闇を照らすしかないセビルナの街は、夜の帳に覆われているエリアも多いのだが。

 ちなみに魔法の力で闇夜を照らす事も出来るのだが、対費用効果の関係上街中ではめったに使用されない。

 しかしマグナマテルで最大規模を誇る大都市は、様々な者達の思惑を内包しながらこの瞬間も活動を続けていた。

 仄かな灯りに照らされた場所では人々の賑やかな声が響き、闇に閉ざされた場所では不詳な者達が謀を巡らせる。

 大自然に抱かれ水と大地と共に生きる者達が大多数を占める地方の小村とは違い、王都セビルナでは様々な生き方が許容されているのだ。


 昼には昼の活動が。

 夜には夜の情動が。


 確かに昼の雰囲気と比べてしまえば夜のセビルナは快活さに欠ける。だが間違いなく何かしらの行為が成されているのだ。

 その全てが王都セビルナを形成する欠片であり、まるで都市自体が巨大な生き物として蠢いている様にも思えた。


 王都セビルナは眠らない。完全に眠る事を許されていないとも言える。

 生き急ぐ者達の聖地。それがセビルナ王国の王都の本質なのだ。


 しかし丑三つ時には草木すら深い眠りに付く長閑な田舎暮らしが染み付いてしまった侑人の身体は、王都の雰囲気に直ぐに馴染めずベッドの上でゴロゴロと転がっていた。


「うー、寝れん……」


 耳を澄ませば小さな音が室内と廊下とを隔てる扉の向こう側から断続的に聞こえてくる。普通の生活を送る上ではあまり聞き慣れない類の音だ。


「うるさい訳じゃないけど、この気配の多さはちょっと落ち着かん……」


 侑人が魔力を極限まで絞った“探索の風(クワイレレ)”でコッソリと周囲を探ると、自身に与えられた客室の扉の前に二人の衛兵が立ち塞がり、厳重な警護をしている様子が脳裏に映し出された。

 各客室を結ぶ廊下では二人一組となった衛兵達が巡回を続け、物々しい雰囲気を辺りに撒き散らせている。わざと騒がしい音を立てている訳ではないのだが、甲冑を着込んでいる関係上どうしても金属同士が擦れる音は響いてしまうようだ。

 セビルナ王国にとって侑人達は要人中の要人であり、仮に本人達の強い希望があったとしても警護の手を緩める事などできはしない。そんな事は侑人も十分に理解している。

 むしろ余計な要望を伝えてセビルナ王城で働く人達に迷惑を掛ける事を恐れ、侑人はされるがまま流されるがままの状態だ。


「王様と会うのは三日後の予定だけど、さすがに昼までダラダラ寝てるってのは立場上まずいよなぁ」


 侑人は頭をガシガシと掻きながらベッドから立ち上がり、開けっ放しにしてある窓へと向かう。夏真っ盛りのマグマテルの夜空には、少しだけ欠けた双月が青白く輝いていた。


「う、多少風があるとはいえやっぱ蒸し暑いな」


 大自然に抱かれているティルト村とは違い、大都会であるセビルナ王都の風はやけに生温い。

 今までかなり恵まれた環境に居た事に感謝しつつ、侑人はおもむろに窓を閉めた。侑人に貸し与えられた客室が暗闇に閉ざされる。


「忠告してくれるアンナには悪いと思うがさすがに我慢できん」


 侑人はそんな事を呟きながら目を瞑り意識を集中させた。かなり加減をし控えめではあるが、侑人の魔力が部屋の中に満ちていく。


「範囲は室内に限定するからこんな感じかね。“外界拒絶(ディナイアル)”」


 室内の様子が一変する。先ほどまで扉の外から聞こえていた音が一切届かなくなり、それどころか人の気配が全く感じられなくなったのだ。


 “外界拒絶(ディナイアル)”。


 この魔法は外部からの状況確認を阻害し、あらゆる魔法効果を受け付けなくする高度な結界魔法の一種だ。似たような魔法がエディッサ王国にあるハルモ教正教会などにも掛けられているが、建築物に施されている魔法効果の発動には複雑な魔法構文の術式と大量の魔石が必要となり、個人で発動する魔法と比べると一線を画す物だと言える。

 メリットの部分だけ抜き出すと最強の防御魔法の様にも思えるのだが、結界内部で発動した魔法も外部へと影響を及ぼさなくなるという弊害と、目視されている状況では阻害効果が殆ど見込めないという欠点がある。

 さらに物理攻撃に対する耐性が全く無いという致命的な欠陥と、効果を及ぼす対象を選別する事が出来ないという使い勝手の悪さから、単独で物陰に隠れ続ける状況でしか使えないというレッテルを貼られ、大昔に歴史の表舞台から姿を消していた。


 端的に表現すると、失われた過去の遺物ともいえる古代魔法だ。


 とはいえ、“外界拒絶(ディナイアル)”を戦闘で使用する事など考えていない侑人にとっては、列挙した欠点など瑣末な物だといえる。

 だが、侑人が“外界拒絶(ディナイアル)”を習得した事を知ったアンナは、過剰とも思える反応を示した。人前でむやみにこの魔法を使うなと、かなりの勢いで食って掛かったのだ。

 類稀なる魔法知識を有しているアンナは、“外界拒絶(ディナイアル)”という魔法を知っていた。しかし魔法属性や発動の仕方に関しての情報が遠い過去に破棄されており、“外界拒絶(ディナイアル)”を使用する事はできない。


 マグナマテルにおけるロストテクノロジーの復活。


 侑人が成した事は魔法研究者達が狂喜乱舞し、世の為政者達が最も危険視する内容であり、アンナが危惧する問題点もこの一点に集約されていた。

 過去の遺物と化した魔法を復活させた侑人の能力は、状況によっては世の中を混乱に陥れる可能性を多分に秘めているのだ。

 ちなみに侑人が“外界拒絶(ディナイアル)”を使いたいと考えた経緯は脱力物だったりもする。


「多少布団とか湿るけど背に腹は変えられないって事で。“困惑の霧(ネブラ)”」


 周囲に霧を発生させる水の魔法の一つである“困惑の霧(ネブラ)”を、エアコン代わりに安全に使用したかった。ただこれだけの理由で“外界拒絶(ディナイアル)”を復活させてしまったのだ。

 “困惑の霧(ネブラ)”には敵や追跡者を惑わす効果がある。そして魔法は基本的に戦闘技能の一種であり、効果が高ければ高いほど一流の使い手として世の中に認識されていた。

 幸か不幸か侑人の放つ魔法は効果が非常に高い。アンナの魔力量を学習し、マグナマテル全土で考えても指折りの魔力量を誇るのも理由の一つだが、先入観無く魔法のイメージを行えるといった侑人個人の特異性がそれに拍車を掛けていた。

 だが侑人にとってこの事実は非常に都合が悪い。問答無用で襲い掛かってきたハルモ教正教会の司教や、模擬試合を申し込んできたクリスと対峙する際には本来の魔法の使い方をしたのだが、日々侑人が目指している魔法の使い方は、日常生活をより快適に過ごす為の便利ツールの一つとして活用する事。

 “炎の魔弾(フランマブレット)”や“鎌鼬(カエサレア)”、そして“圧水噴射(ヒュドラウルス)”に関しては使用する魔力量を調節する事で出力を落とし家事に使用していた。与える燃料を少なくすれば効果が小さくなるので、魔法の使い方を学んだ侑人の技能を持ってすればコントロールは比較的容易い。

 しかし“困惑の霧(ネブラ)”に関しては考え方が根本的に異なる。“困惑の霧(ネブラ)”の効果を使用したいのではなく、発生する小さな水滴の気化熱を利用して温度を下げたいだけなのだ。行使する魔力量を落とすと十分な水滴は発生せず、かといって魔力量を上げてしまうと効果が高まってしまい、本来の効果である周囲を惑わす力が発揮されてしまう。


 それはある蒸し暑い日の晩に起こった。

 数週間に及ぶ旅の空の下で判断力が鈍った侑人は、効果を焦るがあまり“困惑の霧(ネブラ)”を強めに使ってしまったのだ。その結果建物内だけに魔法効果範囲が収まらず、街道まで漂ってしまった“困惑の霧(ネブラ)”のせいで、行き交う旅人や行商人達に迷惑を掛けてしまうという事件を起こした。

 異様な雰囲気に気づいたアンナの機転のおかげで大事にならなくて済んだのだが、その事が侑人の心の中に重く圧し掛かる。


 エアコン代わりの“困惑の霧(ネブラ)”を封印すべきか。しかし熱帯夜には勝てない。どうしたら良いのだ。


 そうした経緯で侑人が出した結論が“外界拒絶(ディナイアル)”だった。正確に言えば“外界拒絶(ディナイアル)”を目指した訳ではなく、魔法効果を周囲に及ぼさない為にはどうしたら良いのかという試行錯誤が、古の魔法“外界拒絶(ディナイアル)”に行き着かせたのだ。

 最初に侑人が試した魔法は、光の魔法の“聖光障壁(クラウディバント)”と闇の魔法の“暗黒障壁(クラウディバント)”だった。しかし結果は大失敗だったと言える。

 この二つは外部からの魔法や攻撃を遮断する障壁系の魔法なのだが、魔力の消費量が激しいという欠点があった。それどころか大量に消費される魔力に反応した周囲の魔物が活性化し、周囲にかなりの影響を及ぼす事が判明したのだ。

 魔力の消費量問題は力技で解決出来るかもしれないが、周辺に迷惑を掛けるとなると話は別だ。侑人は即座に方向転換を図る。

 次に試したのは風の魔法の“遮音の風(プラキドゥム)”だ。この魔法は音を遮断しある程度の攻撃を阻害する効果がある。しかしこれも失敗だった。

 “困惑の霧(ネブラ)”を周囲に漏らさない程の効果を出す為にはかなり強めに行使する必要があり、その強さで“遮音の風(プラキドゥム)”を使用すると周囲にとんでもない影響を及ぼしたのだ。地を抉り砂塵を撒き散らし全ての物を吹き飛ばす……そんな光景を想像して貰えれば何が駄目だったのか直ぐに判ると思う。


 前述の様に既存魔法をあれこれ試していた侑人だったが、ある時複数の魔法の同時行使をすれば良いのではないかという考えに至った。

 風の魔法と光の魔法を同時に使ってみたり、通常ではありえない光の魔法と闇の魔法を同時行使してみたりと、侑人の試行錯誤は続いていく。

 挙句の果てにはイメージさえ出来れば何かの魔法は発動するといった乱暴な考えに行き着き、ひたすら魔法を弾く壁のような物をイメージして成功させたのが“外界拒絶(ディナイアル)”だったのだ。

 そのせいなのか“外界拒絶(ディナイアル)”を復活させた侑人自身も、この魔法の属性や使い方の詳細がよく判っていない。アンナにあれこれと問い詰められたのだが、某球団の名誉監督の様な説明しか侑人にも出来なかったのだ。

 ちなみに侑人の説明は『つるっとした壁のような物をイメージしながら魔力をぐぐっと出しながら途中でふっと力を抜くと“外界拒絶(ディナイアル)”が成功する』という内容だった。それを聞かされた時のアンナの反応は割愛する。


「“氷塊生成(グラキエース)”を使うって手もあるけど、あれは冷えすぎて寒いからな。やっぱ夏には“外界拒絶(ディナイアル)”と“困惑の霧(ネブラ)”だよね」


 夏にはビールと枝豆だよね的な軽いノリを見せつつ、侑人はベッドへ向かって歩を進めていく。一仕事終えた侑人の顔は満面の笑みを浮かべていた。


 そのまま布団の中へと潜り込んで夢の中へと旅立つだけだ。


 侑人は気楽にそんな事を考えていたのだが、予想外の展開が襲い掛かり状況は一変する。


「誰だ!?」


 客室の中に漂う強烈な違和感に気づき侑人は思わず声を上げた。

 歩みを止めた侑人は即座に戦闘態勢を取ろうとする。しかし己の意思に逆らうかのように身体がいう事を聞いてくれない。

 両手は震え両膝には力が入らないのだ。背中に流れる冷たい汗が侑人の焦りを徐々に増幅していく。


「――ここは良い場所なのね」


 ふいに侑人の耳に届いたその声は不思議な音を纏っていた。

 幼き頃まどろみの中で聞いた優しい母の声の様な、絶世の美女が耳元で囁く甘美な誘いの様な心を揺さぶる音。

 だが侑人の第六感は最大限の警報を鳴らし続けている。


「――忌々しい雌猫共を気にしなくて良いのはとっても楽なのね」


 声の主は客室と廊下を隔てる扉の側に居るようだ。しかしそれは状況的にありえない事だった。

 “外界拒絶(ディナイアル)”で廊下との間に結界を敷いている状況とはいえ、物理的に扉を開けて部屋に侵入しようと思えば普通に出来る。だが扉が開いた形跡は皆無なのだ。

 侑人は“外界拒絶(ディナイアル)”を使用する関係上、扉が閉まっているか事前に確認していた。不用意に人目に付いて古の魔法を使った事に気づかれる事が無い様、万全の注意を払っていたのだ。

 “困惑の霧(ネブラ)”を使いホッと一息吐く瞬間まで扉から注意を逸らさなかった。扉が一度も開いていない事は侑人自身が確認している。

 もちろん周囲を“探索の風(クワイレレ)”で探る事も忘れていない。天井裏から階下までの気配を探ったが、怪しい気配など全く無かった。

 そしてベッドに向かう為に、意識を外した時間はほんの一瞬。その刹那の間に突如謎の気配が客室内に現れたのだ。


「お前は……誰だ?」


 扉の方を睨みつけながら侑人は問い掛けた。先ほどよりも小さな声なのは侑人の内面が如実に現れているからに他ならない。

 漆黒の闇に閉ざされた室内では相手がどういう存在なのか視認する事など出来ないが、間違いなくそこに居る事だけは判った。


 他の追随を許さない圧倒的な存在感。


 謎の気配を放つ存在の事を説明するならば、この表現が相応しいだろう。

 侑人の周囲に居るアンナやクリスやエディエスといった実力者達ですら足元に及ばないであろう圧迫感が侑人に襲い掛かっている。


「――お高く留まった馬鹿の気配が気に入らないけど些細な事なのね」

「うっ」


 視線が突き刺さるような気配を感じた瞬間、侑人の動きが制限された。瞬きすら許されない重圧感で侑人の意識は今にも飛びそうになっている。

 敵意とも悪意とも判断付かない感情を正面から浴びせられた侑人の鼓動はどんどん早くなっていく。

 しかし倒れる事は出来なかった。ゆっくりとその気配が侑人の方に近づいてくるのを感じるのだ。


「――でもこの距離が限界なのね。馬鹿の臭い匂いで鼻が曲がりそうなのね」


 圧倒的な存在と相対し、必死に抵抗する侑人の意識が今にも飛びそうになった瞬間、その気配の動きが突如止まった。

 暗闇に視界が慣れてきたのだが、未だに侑人にはその存在が何なのか把握できていない。焦りの感情が侑人の内面を覆いつくしていく。


 このままでは何も出来ない。下手をすればこの世から消されてしまう。


 そんな事を侑人が考えた時、事態は新たな局面を迎えた。


「――でも隙があるから大丈夫なのね」

「ぐぁ!」


 動く事さえ許されなかった侑人の身体が活動を再開した。反射的に動いてしまったと言い換えた方が正解かもしれないが。

 焼けるような痛みに襲われた左胸を抱えて侑人は蹲る。視界は赤く染まり甲高い耳鳴りが両耳に襲い掛かっていた。

 何がどうなっているのか侑人にはさっぱり判らないのだが、自分自身の大切な何かが蹂躙されている様な感覚が全身を駆け巡っている。


「うわぁぁぁぁー!」


 このままでは自分自身の存在が保てない。


 そんな危機感を侑人が覚えた時、左胸を襲う痛みは突如消えた。


「こ、これは洒落にならん……ってあれ?」

「――匂いがマシになったからもう少し近寄る事にするのね」


 侑人は座り込んだまま左胸の上に右手を当てた。手の平に熱を感じるが痛みは既に感じなくなっている。

 あまりの状況に混乱の局地に陥った侑人はしきりに首を捻っていた。しかしその状態も長くは続かない。


「――今はこれが限界なのね」

「あっ!」


 頭上で響くその声を聞いた侑人は、即座に自分が置かれている環境を思い出したのだ。


「お前は誰なんだ!」

「――やっと会えたのね。エド」


 未だに室内は暗闇に閉ざされている。

 しかし侑人には、自身を射抜く漆黒の瞳がはっきりと見えていた。

2014/10/19:修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ