第7話:狐と狸の化かし合い
「いやー、何とい「お話の腰を折って済みません。まだ謝らねばならない事があるのです。もう少しだけお時間を頂いても宜しいでしょうか?」」
「わらわは構わんぞ。ユート、せっかく宰相殿が忙しい中来てくれたのじゃ。焦る気持ちも判らんではないが、黒髪の勇者らしくもう少し落ち着いたらどうじゃ?」
「お、おう。すまん。アルクィンさんお先にどうぞ」
慌てた侑人が取り繕おうとした言葉をアルクィンが強引に遮る。
何かを察したアンナもアルクィンの話に乗っかり、無理やり会話の転換を図ってきた。侑人もそれに合わせる形で会話を進めていく。
「ありがとうございます。私が謝らねばならない事は少将の……クリスの事になります」
「エルの事ですか?」
「はい。ご存知の通りクリスは裏表の無い性格をしておりますので、かなり辛辣な言葉をユート殿にぶつけてご立腹させていないのかと、内心危惧しております」
「へっ? 俺は特に気にしてないというか、無理やり戦わされるのは勘弁かなとは思ってますけど、特に嫌な気分になどなっていませんよ?」
侑人のその言葉を聞いたアルクィンは、ホッとした笑みを一瞬だけ浮かべた。それは会話の流れが上手くいった事に対する安堵の表情だった。
そこまでクリスの事を気にしてるのかなと侑人は呑気に考えたのだが、次のアルクィンの言葉を聞いてその真意を察する。
「正直は美徳ではありますが、状況によっては害悪にもなります。特に戦いの場ではそれは顕著に表れ、敵に妙な情報を与えてしまえばそれだけで戦局が左右されかねません」
アルクィンは机の上を指差しながらそう言い切った。まるで此処が戦場であると断言する様な素振りで。
この話は比喩だ。
侑人は直感的にそう判断した。冷静に考えればクリスの話をこの場で出す必要性はまず無い。
アンナの正体の話題より優先度が高い話など殆ど無いとも言えるが。
「とは言いましても、普段の状況ならばクリスも自制して、状況を正確に読んでいますので心配はしておりません。ただ、ユート殿が絡むと多少そのたがが外れ掛ける恐れが高いなと考えております。クリスは厳格な貴族の家に産まれ、幼い頃から英才教育を受けてきました。直接言葉を交わせば清廉潔白で実直な性格をしていると判って貰えるとは思いますが」
「確かに直接会話を交わせば、クリスの性格はよく判ります。かなり頭も切れるタイプですよね」
何気ない会話を装いながらも、侑人の頭はフル回転している。
今のアルクィンの言葉には二重の意味があるはずだ。クリスの事を話している様に装っているのだが、真意は別の所に間違いなくある。
「確かに会話を交わせば人となりは判断できるとわらわも思う。じゃが、巧妙に装えば判らない事もあるはずじゃ。例えば恋心などはその際たる物。人に決して漏らさないと固く決意した物事は、意外と隠し通せる事も多いはずじゃ」
アンナは右頬に手を当てながら、挑戦的な眼差しでアルクィンを見つめている。
既にアンナはアルクィンの言いたい内容を正確に掴んでいる様だ。
魔法の腕もさる事ながら、頭脳戦もまだまだアンナには敵わないな。
そんな事を考えた侑人は、今の会話の主導権をアンナに譲り渡す。
アンナ自身の話が主題である事は明確であるので、当事者同士に場を委ねた方が上手くいきそうだとも考えたのだ。
「恋心ですか。そちらに関しては私は無作法者ですし、いまだに独身を貫いておりますので確かに判らないかもしれません。ただ、それ以外の物事であれば、周囲を取り巻く環境や情報を精査していけば自ずと答えに導けるものですよ」
「取り巻く環境と情報……。確かにそれはその通りじゃな」
「自身の目が届かない距離の物事を知る手段は、皆様の想像以上に数多くあるものです」
思った以上にアルクィンはアンナの事を把握しているようだ。
ひょっとするとアンナが帰還していない事で、クーラント魔国に何か動きがあったのかもしれない。
それらの周辺情報とアンナの人となりを総合して考え、アンナがクーラント魔国の第一王女だという結論に達したと考えると筋が通る様に思えた。
確かにアンナは同じ位の歳の少女達と比べると、物事に精通し考え方も老成している。まさに王族といった風格も十二分に備えており、世情に詳しい者ならば正体を見切ってもおかしくない。
「成る程のう。流石宰相殿は見識の高さがそこら辺の有象無象とは違うの。わらわも勉強になったぞ。では話は変わるのじゃが、この国の王はいまだに后を迎え入れていないと聞き及んでおる。右腕のそなたまでその様では、後々問題も出るのではないかの?」
アンナの雰囲気が突如変わった。満面の笑みを浮かべてはいるが、両手を肩の上に上げ、まるでお手上げといった様子だ。
会話の展開も多少強引であり、侑人達と世間話をしている時に近い。
この後どうするつもりなのだろうと侑人は考えつつも、このまま見守る事に決めたのだが。
「痛い所をお突きになりますね。確かに陛下のご婚約は、この国の行く末を大きく左右する問題だと考えております。ただ、王族ともなりますと、王妃となる人物の人となりだけでなく、釣り合う血筋といった障害もございまして、なかなかに難しい」
「人となりと血筋の問題か。確かに厄介じゃのう……。お、そうじゃ。それを満たす者をわらわは一人知っておるぞ」
「本当ですか? 黒髪の勇者様の従者であらせられるアンナ殿のご推薦ならば、一考の価値は十二分にあります。一体どなたなんでしょうか?」
何やら会話が妙な方向に進み始めたのだが、アルクィンは構わずその流れに乗ってきた。
ある意味アンナとアルクィンは曲者同士なので、何か通じ合う物があるのかもしれない。
するとアンナは椅子から勢いよく立ち上がりつつ、自身を指差してこう言い切った。
「わらわじゃ!」
「はっ?」
「へっ?」
「なんと!」
アンナのとんでもない宣言を聞いた侑人とマリア、ヨーゼフは思わず声をあげた。
アンナの正体がばれかけてる時の会話として、不適切極まりない内容なのだ。
これではアンナがクーラント魔国の第一王女だと宣言しているのと同じ事ではないか。
「「「あっ!」」」
そこまで頭が回った侑人達三人は、再び揃って声をあげた。
「そういう事か……」
侑人は誰にも聞こえない位の小さな声で呟く。
アンナはアルクィンに正体を明かすと決めたのだ。確かにアルクィンを相手にして、下手に誤魔化しても状況は良くならない。
多少博打気味ではあるが、秘密を共有する仲間に引き入れてしまった方が得策とも言える。
今の会話を外部から聞かれたとしても、黒髪の勇者の従者が、セビルナ王国の后になっても良いと言っただけにしか過ぎない。それはそれで別の問題を孕みそうな気もするが。
とにかくアンナの正体云々の話は、この場で一言も言葉に出していないのだ。
後はアルクィンが上手く会話を繋げてくれれば場は上手く収まるのだが、
「確かに……。黒髪の勇者様の従者であれば、ある意味唯一にして高貴な血筋と言えるかもしれませんね。しかしご自身で言い切るとは流石アンナ殿です」
マグナマテル随一の知恵者と呼ばれるアルクィンに問題など無かった。
「まあ、わらわの今の状況では無理じゃがの。ほら、この通りじゃ」
アンナはそう言うと徐にその場から姿を消した。侑人の中に戻ってみせたのだ。
『こやつはわらわの予想以上に頭が切れおる。手の上である程度転がそうとも思ったが、わらわの力量では全力で相対して互角に持って行ければいい方じゃ。なんとしても味方に引き入れるのじゃ』
『了解。心しておく』
『独断で秘密を明かして済まなかったの。状況は判って貰えるとは思うが……』
『気にするな。俺だったらここまで上手くはやれない。流石アンナだよ』
『たわけ』
侑人と脳内での短いやりとりを終えたアンナは再び姿を現す。
そして侑人との密談など無かったかの様な軽い調子で、アルクィンに再び話し掛けた。
「こんな感じで何かある度に他の男の中に引き篭もる存在では、一国の王の補佐を務める事など出来はしないであろうな。残念ながら他を当たった方が良かろう」
「そうですか……。これでセビルナ王国も安泰かと思ったのですが残念ですね」
色々な真意を含んだ危険球スレスレの会話は、こうしてひと段落をみせた。
後は別の会話でこの場を繋げてアルクィンからある程度の情報を仕入れられれば、本日の会談の目的は一通り達成させられたと言えるだろう。
情報を伝えてくれるかどうかでアルクィンの立ち位置も判断出来るというメリットもある。
そんな場の雰囲気を察したヨーゼフが和やかに話し始める。
「恋心だの婚約だのと、老体の身には羨ましい話が続きますのぅ。とは言っても、わしの亡き妻への愛情は誰にも負けませんがな。あっはっは」
「おじーちゃん……」
何やらマリアがウットリし始めた。会話の変更は上手く行ったのだが、このままだと妙な方向へと会話が流れ続けかねない。
しかしそこは百戦錬磨のヨーゼフである。見事に進めたい方向へと話を転換させた。
「とまあこんな風に、愛情とは何ぞやという内容で皆が盛り上がれる世の中にしたいですなぁ。この国は一応平和な様に見えるのじゃが、マグナマテル全域で考えますと戦火の火種はあちらこちらで燻っておる。戦争を知らない世代を産み出すのが我らの役目かもしれませんのぅ」
「ヨーゼフ殿のおっしゃる通りです。私も微力ではありますが、平和な世の中の為に力を振いたいと考えております。その為に宰相の任を受けたと言っても過言ではありません。先程私が言った様な、正直な言葉が美徳ではあり得なくなる環境など、考えたくも無いのが本音です」
「さっき話してた戦場で余計な情報をって話ですか? 俺は平和ボケした生活を送ってましたので、いまいち実感が湧きませんが」
「ええ。とは言いましても、此処でもティルト村と同じ様な生活を送って頂きたいと心底思ってますし、それを実現する努力を惜しむつもりはありませんよ」
侑人達は思わずお互いの顔を見合わせた。今のアルクィンの発言には大きな意味がある。
アルクィンが発した言葉の真意は、王城では決して気を抜くなという事だ。不用意な発言や情報を敵に与える事は極限まで避けろと。
平和ボケした生活を送れる努力を惜しまないという言葉を別方向から捉えると、現状ではそういう生活を送れないという事になる。
そうなると最大の問題はアルクィンが本当に侑人達の味方かどうかという事になるのだが、実際のところは図りきれない。状況的には味方の様に思えるのだが、過信は禁物だ。
そんな侑人達の葛藤を見越したかのように、アルクィンは笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。
「まあ、私は皆様の為なら何でもするつもりですので宜しくお願いしますね。こんな風に」
徐に机の上に置いてあった羊皮紙をアルクィンは掴むと、力強く握り潰した。
アンナの正体が何者であっても構わない、アルクィン自身が責任を持って対処すると言外で伝えたのだ。
「そう、こんな風に陛下との謁見に関する重要な書類であっても……ってああ! つい興奮して握り潰してしまいました。ぐしゃぐしゃになってしまいましたが、これは今後のスケジュールですので皆様で必ず目を通しておいて下さい。後お手数をお掛けしますが、頭に入れた後は処分をお願い致します。陛下のご予定は国家機密に当たりますので」
「わかりました。必ず処分します」
多少わざとらしい演技だったが、アンナの事が書かれた羊皮紙をアルクィンから受け取った侑人は、軽く目を通す素振りを見せるとマリアに手渡した。
場の空気を察したマリアも軽く目を通す素振りを見せ、今度はヨーゼフに渡す。
「ふん。今後の予定じゃと? 今後は書面になど残さず、宰相殿が直接来られてわらわ達に伝えた方が安全ではないのかの? わらわの手を煩わせるでない」
最後にヨーゼフから羊皮紙を受け取ったアンナはそう言いつつ、右手でそれを握り潰した。
そして小さな暗黒球を発生させ羊皮紙を包み込むと、跡形も無くこの世からそれを消し去る。証拠隠滅は完了だ。
「確かにそうですね。しかし既に陛下から書面を預かって来てしまいました。歓迎の挨拶ですので重要度は然程高くはありませんが」
そんな事を言いつつ二枚の羊皮紙をゆっくりと開くアルクィン。
確かにこの羊皮紙は王の書簡だった。しかも今後の予定まで書かれている丁寧な内容だ。今までのアルクィンの発言は、王の書簡の内容まで計算に入れた見事なものだった。
「失礼を承知でわらわは問いたいのだが、無礼な発言を許して貰えるかの?」
見事な場のコントロールを見せたアルクィンに対して、多少呆れた空気を纏いつつアンナが問い掛ける。
それに相対するアルクィンは、涼しげな雰囲気を崩さずにこう返事した。
「大丈夫ですよ。アンナ殿から改まって聞かれると緊張してしまいますけど」
「おいこら、許可があっても失礼な事を言うなよ」
侑人のツッコミに対して『黙っておれ』と悪態を付きつつ、アンナは徐に言葉を紡ぐ。
「この国がどうとかとは、今のところわらわにとってはどうでもいい事なのじゃ。わらわは宰相殿が、わらわ達に何を求めているのか知りたい。何も求めてないという返答は無しじゃぞ」
「おいおい……」
あまりに不躾なアンナの物言いに侑人は少々不安になるのだが、アルクィンはそんな事を全く感じさせない。
それどころか楽しげな雰囲気を纏いつつ、笑顔でこう言い切った。
「もし許されるなら、友人という関係になって貰いたいと考えています」
「へっ?」
「えっ?」
「何と!?」
またもやアンナを除く三人の声が重なる。
一国の宰相という、言うなれば雲の上の立場の者が望むのが、友達という関係とは夢にも思えなかったのだ。
「くくく……。面白い。そなたは面白い奴じゃな。良かろう、今後はわらわの事をアンナと呼ぶがよい。その代わりわらわもアルクィンと呼ばせて貰うがの」
「おい! マジで言ってる「ありがとうございます。今後とも宜しくお願いしますねアンナ」」
侑人のツッコミは今度はアルクィンに遮られた。それどころかアルクィンは、侑人とマリアの顔を期待に満ちた眼差しで見つめて来るのだ。
流石にヨーゼフには以前断られたのでアルクィンも強引に迫らなかったが。
「えー、あー、宜しくなアルクィン」
「私も宜しくお願いしますアルクィンさん」
「こちらこそ宜しくお願いしますね、ユート、マリア」
アルクィンの押しの強さに侑人とマリアも陥落した。
こうしてセルビナ王国の宰相アルクィンと侑人達の交友関係は始まったのである。




