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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
王都に響き渡る唄
35/45

第3話:結果報告

 セビルナ王国。


 マグナマテルの中で最大の勢力を保持する、ハルモ教法王庁教圏国家群の中の一国家だ。

 国境がハルモ教法王庁教圏国家群としか接していないという恵まれた立地に加え、三代続けて良き国王に恵まれた事で、セビルナ王国の権勢は世に鳴り響いている。

 三代続けて輩出された賢王の中でも、六年前に若干二十六歳の若さで即位したカルロス・ディートフリート・デア・クローゼは民衆の評価が高い。

 前例を打ち破る様々な改革を断行し、セビルナ王国全体の繁栄を加速させていったのだ。

 特に個人の能力を重視した人材登用は徹底していた。人族、しかも爵位を持つ貴族のみに開かれていた要職への門を、平民どころか亜人族へも解放した事は大きな反響を呼んだ。

 年若きダークエルフながら内政面で頭角を現しつつあった、アルクィン・ウルヘルを宰相へと抜擢した事を始めとし、国家の治安を左右するセビルナ王国軍の軍制改革にも着手し大きな成果をあげている。


 しかし軋轢もそれなりにあった。

 既得権益を奪われた貴族の一部が反発し、数年前に大規模な反乱が起こる一歩手前まで国内が混乱したのだ。幸運にも事前に確信的な情報を得る事ができたカルロス王は、先手を打つ事でそれを阻止したのだが、その火種はいまだ王国内で燻り続けている。


 それに加えてハルモ教正教会との関係も微妙なものとなった。

 人族至上主義的な側面を持つハルモ教の教義と相容れない改革を断行するカルロス王は、教会関係者から見れば忌々しい存在。

 カルロス王が単なる田舎の一領主であれば、教会の権勢を笠に着て押さえ込む事ができるのだが、セビルナ王国という国家の力は相当なものだ。

 国力の高まりは国家間での影響力や発言力の増大を意味し、今のセビルナ王国を正面から糾弾すれば問題は一国の話で収まらないだろう。状況によってはハルモ教法王庁教圏国家群が崩壊する可能性すらありえるのだ。

 その為ハルモ教正教会は水面下での工作を続けながら、雌伏の時を過ごしていた。


 そんな様々な思惑が交差するセビルナ王国の中心に王都セビルナはある。北東に位置するティルト村からは馬車で二週間程の距離だ。

 豊かな国には有能な人材が集まり、有能な人材が国を更に富ませていく。歯車の噛み合った王都セビルナは、今では人口四十万人に迫る規模にまで拡大を続けていた。


 街の北側にそびえ立つ王城も、巨大なセビルナの街に勝るとも劣らない規模を誇る。とはいえ華美な装飾はほとんど施されておらず、機能性を第一に考えて設計されていた。セビルナ王国のお国柄が偲ばれる建物だ。

 地下一階、地上九階の層から成る王城はセビルナの街を眼下におさめ、威風堂々とした出で立ちでそびえ立っていた。


 王城の中の区分だが、地下一階と一階は主に王城を守る兵士と使用人の宿舎が集中している。一般兵士用の食堂は一階にあり、王城に勤める者達の胃袋をガッチリと掴んで離さない。

 二階は兵士を指揮する士官達の宿舎があり、王が閲兵式を執り行う閲兵室もこの階にある。三階は城で働く文官達の宿舎があり、文官達が仕事を行う政務室もこの階に集中していた。

 四階は来賓の為の客室のフロアになっている。来賓用の各個室は防犯上の理由から、全てが廊下で区切られた形になっていて、随時衛兵が巡回している物々しさだ。またこの階からさらに上階へ行く為の階段は中央部分に一つしか設けられておらず、常に衛兵達が目を光らせ蟻の子一匹逃がさない警備体制を布く。

 五階は広いホールになっており、国賓を招いての晩餐会などが開かれるパーティ会場のような作りになっていて、他の階よりも天井が高く作られている。王族や閣僚に使える従者の為の宿舎もこの階に併設されていた。

 六階は閣僚が詰める大臣室があり宰相や大臣達の私室もこの階にある。仕事熱心な大臣がこの階に数日篭る事もざらにあり、食堂や息抜きの為の簡単な娯楽用の施設もこの階には併設されていた。王の身を守る近衛兵団の詰め所もこの階に存在し、もし仮に賊達の侵入を四階まで許したとしても、セビルナ王国最強の戦闘力を誇る彼らが最終防波堤の役割を果し被害を水際で防ぐ形だ。

 七階には広い謁見の間と、王が詰める執務室がある。八階以上は王族専用の住居や教養の為の書庫や寝室などが完備され、最上階である九階は王の私室になっていた。

 なお八階以上に立ち入る為には仮に王の許可があっても、一人以上の閣僚の許可が合わせてなければ立ち入る事が許されない区画とされている。ただカルロス王自らがこの規則をしばしば破る為、その度にアルクィンが奔走しているのは言うまでもない。




 侑人がアンナとのドタバタ騒ぎを演じていた頃、宰相のアルクィンと近衛師団団長のクリスそして副団長のエディエスは、王城の九階にあるカルロス王の私室へと招かれていた。


「入れ」


 国王付きの従者により音もなく扉が開かれると、三人はまず深々と一礼し私室へと入っていく。そのまま王の前まで静かに移動した三人は頭を垂れ王の言葉を待った。


「まあ、用件は判ってるとは思うがまずはそこに座れ、楽にするといい」


 カルロス王は部屋の中心付近にある応接セットを指差しながら笑みを浮かべている。

 王の言葉に従いアルクィンは静かに席に着くのだが、クリスとエディエスは頭を上げただけで微動だにしない。

 まあ、頑固者の二人が目上の者の前で座らないのは何時もの事なので、カルロス王もアルクィンも対応には慣れたものだ。特に言葉を発しないまま、従者がお茶の用意を終わらせて退出するまで軽い談笑を続けている。

 やがて従者が退出し扉が閉められると、カルロス王は目の前に置かれたヌハ茶を一口だけ口に含み飲み干した後、おもむろに言葉を発した。


「本当はもっと早くに呼び出したかったのだが、なかなか時間が合わず待たせてしまったな」

「滅相もございません陛下。私の方も不在の間の書類がかなり溜まっておりましたので、今日まで時間を頂けたのは非常に助かりました。ただ、書類自体をある程度処理して下さっていればもっとありがたかったのですが」

「お前の仕事を俺がやるわけにはいかんだろ。何事も適材適所というやつだ」

「半分以上は陛下宛の書類だったような気がするのですが」

「俺の判断が必要そうな書類は全て片付けたはずなんだが何か問題はあったか?」

「いいえ。陛下の手を煩わせるのも馬鹿らしくなるほどの雑多な案件でしたので問題ありません」

「まあそんな事よりもだ」


 カルロス王は身を乗り出しながら話を一旦切ると、三人の顔をぐるりと見回した。

 面白い話を持ってきただろうなという、無言のプレッシャーが三人に襲い掛かるが、それもやはり慣れた事。ある程度の太い神経を持っていなければカルロス王に仕える事すらできない。


「報告書には目を通したのだが、やはり例の件の詳しい報告は直に聞こうと思ってな。まずは司教台下に関してだが問題はありそうか?」

「予想以上の傑物といった誤算はありましたが概ね大丈夫です」

「アルクィンがそこまで評価するか……。此度の件は良い判断だったみたいだな」

「広い視野、急な事態でも動じない胆力、そして偏見にも柔軟に対応できる適応能力。これらが備わった上で、陛下のお心に沿うような人材が見つかったのは喜ばしい事です。仮にヨーゼフ殿以上の人材を探すのであれば、十年単位の時間を掛けて各地を廻るか、一から教育を施すかのどちらかをしないと無理だと思います。見つかる可能性もそう高くはありませんが」


 アルクィンの方向を受けたカルロス王は大きく息を吸い込みながら腕を組んだ。そして数回小さく頷くと満足そうな笑みを浮かべる。


「予定通りヨーゼフ殿にセビルナ司教を任せる事とする。彼らが王都に到着したら丁重にもてなす様に」

「陛下の仰せのままに」

「でだ……、予定外のおまけの件なのだが……」

「随分と豪勢なおまけですね。下手をすればメインの品物よりも価値がありそうです」

「価値がありすぎるのが問題なんだ。この世に一つってのはある意味王族以上だぞ」

「ハルモ教正教会からすると、間違いなく陛下以上の価値です」

「俺もその辺は判ってるからほっとけ」


 カルロス王は再びヌハ茶に口をつけるのだが、今度はかなり難しい表情を浮かべている。

 ヨーゼフのセビルナ司教就任に付随してきた大きなおまけ。黒髪の勇者である侑人への対応を誤ると、簡単に国の情勢が変わる恐れがあるのだ。


「選択肢などほぼ最初からあってないような物だが、一応黒髪の勇者殿の事が詳しく知りたい。まず戦闘に関しての能力は実際にどの程度のものなんだ?」

「それに関してはクリステル少将が実際に手合わせしているので彼女に聞くのが早いでしょう」


 アルクィンに促されたクリスは恭しく一礼するとカルロス王と目を合わせた。王が頷くのを確認した後におもむろに口を開く。


「恐れながら申し上げます。ユート……失礼致しました、黒髪の勇者殿の戦闘能力ですが、単なる手合わせ程度の戦いならば私とほぼ互角かそれ以上といったところでしょうか。ただし五週間前の情報ですので、現時点ではそれ以上の能力を保持していると考えられます」

「報告書に書かれている以上の評価だな。だがこの前の戦いでは少将が優勢のまま引き分けたはずだ。口調は普段どおりで構わんからその辺を詳しく話してみろ」

「……判りました。確かに五週間前の手合わせの際には引き分けとはいえ、私が優勢のまま試合は終わりました。しかしそれはユートが私の戦い方に合わせた上での結果でしかありません。しかも私の戦い方が判らない状態での話です」

「それはお互い様だと思うがな。ふむ……では仮に手合わせでなく、本気で敵対した場合の能力については想像できるか?」

「そうですね……あの時の状況で考えると開始数秒で決着が付き、間違いなく私は敗北し……こうやってこの世に居る事は無かったでしょう」

「なっ、それほどの実力なのか?」

「私見ではありますが、ユートの本分は剣ではなく魔法です。禁呪さえも使いこなす可能性を秘めております。ただし剣の実力も本物ですので、本気のユートを相手にした場合は間違いなく私の手には負えません」

「准将の評価はどうなんだ?」


 カルロス王は驚きの表情を浮かべた。気位の高いクリスがあっさりと負けを認めるとは思ってもいなかったのだ。

 王の問い掛けを受けたエディエスは無表情のまま頷くとおもむろに口を開いた。


「あいつと敵対する場合、小賢しい手を使うのは逆効果だ。一見すると優男でかなり心が弱いようにも見えるが、ふとした時に見せる目がそれを否定した。あいつは間違いなく死地を見た事がある。そういう相手に腹を括らせると勝てる戦も勝てなくなるはずだ」

「能力的な考察はどうだ」

「剣だけなら勝てる。だが戦いは総合力の問題だ。なんでもありという状況なら、近衛師団どころかセビルナ王国軍の全滅すらありえる」

「まるで人外の存在ではないか……。だがグランツ共和国の祖と同等の存在だと考えればありえない事ではないか。ちなみにアルクィンはどう考える」


 冗談とも思えるクリスとエディエスの評価を聞いたカルロス王は、最後にアルクィンの意見を求めた。

 武人と違う目線では侑人の事がどう映ったのか興味があったのだ。大勢に影響はないと理解していたが。


「そうですね。まず敵対した場合の事を考えるのが既に無駄です。仮に膨大な被害を覚悟した上で黒髪の勇者殿を廃したとしても、その後に待っているのはセビルナ王国の衰退と滅亡しかありません。その時に陛下や私が生き残っていたとしても死は避けられないでしょう」

「確かにハルモ教正教会や、信者である貴族や民が一斉蜂起する絵しか想像できんな」

「搦め手で毒を用いたとしても、黒髪の勇者殿に従っている従者殿の存在がまた厄介です。諜報の報告によれば、魔法戦闘に関してだけなら下手をすると黒髪の勇者殿以上との事です。怒りに任せて暴れられたら王都は灰燼と化します。しかも従者殿は召喚された存在です。毒が通じるのかさえ判りません」

「人質を取ったらどうだ?」

「奪還されて報復を受けるのならまだましな未来ですね。もし人質を殺害してしまったら目も当てられません。大義名分はあちらにあり、戦力も相手が上の戦いに勝利できる者がいるとすれば、それこそ黒髪の勇者殿だけではないでしょうか。それ以前に人質を取る必要性がまずありません。黒髪の勇者殿はセビルナ王国へ保護を求めていますので」

「確かに黒髪の勇者殿を無理やりでも手元に引き寄せたい勢力でない限り、全く必要がない手段だな」

「最後に一つだけ言っておきます。仮に冗談だとしても、悪意を持って黒髪の勇者殿を試すような真似をすると痛い目に遭いますので止めて下さい。直接話をしましたが彼はかなり聡明であり先を見通す目を持っています。助言を貰えるだけでも大きな成果と言える存在に、万が一でも見限られてしまっては大損害ですので」

「判った判った冗談だ。黒髪の勇者殿に敵対するつもりなんて微塵もない。ただ、俺が認めるお前らが随分と買っているみたいなんで直接話を聞きたかっただけだ。後は直接話してみてから判断するが、決して悪いようにはしないと約束しよう」


 カルロス王は苦笑しながらそう伝えると三人に退出を促した。

 アルクィン達は深く一礼すると静かに王の私室から退出していく。


「伝承の存在か……」


 私室に一人残ったカルロス王はそう呟くと、カップに残っていたヌハ茶を一気に飲み干す。

 ぬるくなっていたヌハ茶は、いつもより苦い味をカルロス王に感じさせていた。

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