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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
王都に響き渡る唄
34/45

第2話:魔法の修行

「うーむ。点検してみたけど特に問題はなさそうだな」


 侑人は石造りの建物から外に出ると空を見上げた。まだ夕方には少しだけ早そうだが、そろそろ西の空が赤くなる気配を感じる。

 今の時刻は後二の刻半(午後五時)だ。大体後一刻(二時間)程で日の入りを迎えるのだが、マリアとアンナはまだ戻ってきていない。

 黒髪の勇者として生きる事を決めた侑人は、マグナマテルに召喚された際にこの世界に持ち込んでいた太陽電池式の腕時計を堂々と身に付けている。黒髪の時点で十分すぎる程目立っているので、今更小物の一つや二つ気にしても仕方ない状況なのだ。

 時間把握が難しい旅の道中で正確な時が判るメリットは大きいので、瑣末な問題には目を瞑っているとも言うが。


「今日は他の人の姿も見えないし、久々に戦闘訓練でもするかな」


 侑人達一行が野営する際に、他の旅人と一緒になった事が過去二回程ある。

 旅は道連れ世は情けって訳でもないのだが、そうなった場合は簡易的な石造りの建物を提供してあげるのが侑人の常だった。

 その理由は単純で明快だ。単に侑人が小心者なだけだ。

 慎ましく野営をしている他人の横で、優雅にバカンス気分を満喫する事はさすがに心苦しいかったのだ。とは言っても侑人が他者を気にする必要など全くなかったのだが。

 旅の道中は全て自己責任であり、盗賊や魔物に襲われるといった緊急時以外は他人の力を借りないと言うのが暗黙の了解だ。情報交換やちょっとした娯楽の為に夕食を共にする事はあるが、寝具の設置や周囲から身を守る場を構築する事に関して他人に任せる事などしない。勿論寝ずの番も旅に同行している仲間内で完結させる。

 信用できる人物かどうかを判断するのも自己責任の内に含まれ、仮に旅の空の下で多少の縁を得た者に世話を焼かれないと旅ができない愚か者なら、いずれ酷い目に遭い最悪の場合はこの世から旅立ってしまうだろう。

 野営地がたまたま一緒になっただけで相手は赤の他人。お互いの安全の為にも過度な干渉はしない。これが旅の不文律だ。

 そういう世間一般の常識に囚われない侑人の行動はアンナを呆れさせ、偶然出会った旅人達からはたいそう驚かれ多大な感謝の言葉を受け取った。侑人の正体が黒髪の勇者だとばれると、今度は神の使いの様な扱いを受けたりもしたが。


 簡易的なテントの中で寝る事ができるなら上等な環境。大抵は木の下に雨風を凌ぐだけの野営地を作り毛布に包まって寝るのだ。

 簡易的とはいえ石造りの建物の中で比較的安全に睡眠を取れるのは、この世界の常識に当てはめると街や村の中でしかできるはずはない。もはや上等を通り超えて何かの冗談だとしか思えない厚遇。罠があるんじゃないかと疑われても仕方ない状況だった。アンナが呆れたのはこの辺が理由だ。

 なお王国中に広まっている黒髪の勇者の名声が侑人の信用度を高めていたので、トラブルなど皆無だったが。

 ちなみにマリアやアンナの身の安全を考慮した結果、他の旅人用の建物を建設する際は、少し離れた所に雨風を凌げる程度の場を提供すると侑人は決めている。一応侑人も侑人なりに考えてはいるのだった。


「“身体強化(インテンシオコープス)”」


 侑人の身体から少しだけ魔力が溢れ出す。今日の戦闘訓練は少しだけ変わった形にすると決めた侑人の表情は真剣だ。気合が入りすぎて無意識のうちに魔法名を呟いていたりもする。

 侑人の左手にはアルクィンから借り受けた(・・・・・)漆黒の太刀が握られている。実際には譲り受けたのだが、侑人は借り物として丁寧に扱うと決めていた。小心者なので仕方ない。


「“飛翔(ウォラーレ)”」


 周囲の砂塵を撒き散らしながら侑人の身体はゆっくりと上昇していく。やがて大木の頂点と同じ位の高さまで上昇した侑人は、おもむろに漆黒の太刀を抜いた。

 黒い鞘から刀身を抜いた侑人の目には、記憶の中の太刀とは違う綺麗な木目模様が刻まれた黒っぽい金属が映っている。魂まで吸い込まれそうな妖艶な輝き。そんな表現が相応しい芸術的な光だ。

「万が一にもこれを護身用で使うなら、壊れないようにしないとだな」

 漆黒の刀身を見つめながら侑人は呟く。

 自分の物であれ借り物であれ、侑人にとって漆黒の太刀の耐久性強化は必須事項だ。

 色の違い、そして多分鍛造の仕方にも違いはあるだろうが、侑人が手にしている武器はいわゆる日本刀と呼ばれる物の一種。この武器は普通に使うのにも修練が必要であり、振り方一つ取っても相当に癖がある。

 重さに任せて適当に振り回していれば、すぐに刀身が歪み刃こぼれして使えなくなってしまう。黒鋼がどういった材料特性を持つのか侑人には判らないが、どう扱っても破損しない魔法の鉱物という訳ではないだろう。

 一応クロウ・ミナトが使用していたとされるミナト流剣術書に太刀の振り方や手入れの仕方が記載されているのだが、文献を読み解き素振りをするだけではかなりの不安が残る。結局不安を取り除くのには経験を積むしかなく、破損を気にしなくて良い練習用の捨て武器がないのは結構致命的なのだ。


「“素材強化(コンフォータンス)”だと上手くいかなかったんだよな」


 土属性の“素材強化(コンフォータンス)”はその名の通り物質を強化する魔法だ。土の様な柔らかい部材を強化する時にはかなり便利なのだが、元々硬質な部材に使っても恩恵は殆ど得られない。

 そもそも黒鋼は魔力に影響されにくいという素材特性があるらしく、軽く魔力を込めてみても全く変化を起こさないのだ。

 考えに煮詰まった侑人がアンナに相談したところ『何かの属性魔法を付与して武器を強化すれば良いのではないかの?』というアドバイスを貰ったのだが、その後にあれこれと聞き出した結果その案は却下した。

 魔法剣は確かに魅力的だ。男の子の心の琴線にがっつりと響く強力な何かを持っている。

 しかしそれを行った場合攻撃力の強化は見込めるが、攻撃力に反比例して武器の耐久性が落ちるという欠点があった。

 侑人が求めているのは攻撃力の強化ではなく、武器の耐久性の強化なので本末転倒だ。

 アンナにもこれ以上の案はないらしいので、この世界の魔法では解決できない問題だという事だけは判った。状況は全く改善しないのだが。

 結局侑人は刀身自体を魔力で覆って無理やり強化してしまえばいいという、単純明快な方法……言い換えれば単なる力技を選択した。だが実戦で使えるレベルまで昇華するにはもう少しの時間が掛かりそうだ。


「やってできない事はないんだけど、これやるとかなり疲れるんだよな……」


 試行錯誤を重ねた結果、膨大な魔力をつぎ込んで無理やり強化する事までは既に辿り着いていた。後は効率化を図るという大きな問題を解決するだけ。

 とは言っても魔力伝達を向上させる為には、魔力使用の技量を上げるだけでは駄目そうだ。刀身部分の黒鋼はどうにもならないが、柄の部分に魔力伝達を補助する機構を設けるのが手っ取り早い。侑人は最終的にそう結論付けていた。


「勝手に改造する訳にもいかないし、そもそもそんな技術を俺は知らん。王都に着くまで問題は棚上げか……」


 侑人は軽く溜息を吐くと目を瞑り意識を集中し始める。

 石造りの建物を作る際に使用した魔力はおよそ三割程度。生命維持的理由からも残り七割全てを使う訳にはいかないが、多少の魔力を消費しても問題はなさそうだ。

 そんな事を考えながら侑人は魔力を一気に開放した。


「“素材皮膜(コーティング)”」


 侑人の持つ膨大な魔力量の二割近くを消費する、普通の魔導士なら即倒しかねない魔法が発動される。瞬間的に放たれた膨大な魔力を敏感に察知した野鳥の群れが慌てて飛び立ち、周囲が少しだけ騒がしくなるが侑人は涼しげな表情のままだ。ヨーゼフも暢気に寝ていたりする。

 ちなみに魔力で無理やり刀身を覆うだけなので厳密に言えば魔法なのか判らないが、侑人はこれを魔法と定義してオリジナルの名前を付けていた。

 なお独自の魔法詠唱に関しては、過去の厨二的な記憶が心を蝕むので考えない事にしてある。

 とにかく所詮気休めなのかもしれないが、明確な目的を持って名を付ければ効率が上がるはず。そんな考えの元での行動だった。


「ちょっと制御に自信はないけど、とりあえず“飛翔(ウォラーレ)”を使いながらここまではできたかな。後はどれだけ速く立体的に動けるかって感じか。でもあいつの動きは反則だからかなりしんどいよなぁ……」


 旅の間に鍛錬を続けている侑人が目下のところ仮想敵に設定しているのは、セビルナ王国軍の少将であり近衛師団の団長を努めている、クリステル・エディエス・フロレンツィア・バーレイ女伯爵。ちなみに通称はクリスで愛称はエル。

 とにかく限りなく負けに近い引き分けに、何とか持ち込むのが精一杯だった女剣士に勝つ為に侑人は努力を続けている。

 今後セビルナ王都での生活を送るなら、間違いなくあのバトルマニアは嬉々として再戦を申し込んでくるはずなのだ。辿り着いた当日は勘弁して欲しいところだが。

 それどころか化け物じみた戦闘能力を誇るクリスが最強と認め、セビルナ王国軍の准将であり近衛師団の副団長を務めている、ミスティ・エディエス子爵とも手合わせする可能性は高い。


「エルはともかくとして、エディエスさんに勝てるイメージは全く沸かないし、一歩間違うと確実に死ぬよな。王都に行くって決めたのはやっぱ間違いだったか? 実戦で使った事すらないのに、ぶっつけ本番であの化け物達相手に通用するかな? うーん、どう考えても無理だな……俺だけ村に引き返すのも手か……って駄目駄目」


 不吉な未来が見えた気がして侑人の顔色は多少悪くなったが、頭を振って雑念を追い払う。

 繊細な魔力操作が必要な作業を行う為には集中力を高めねばならない。普段地上で行っている演舞を空中戦闘で使えるまで昇華するにはまだまだ鍛錬が足りないのだ。

 侑人はおもむろに漆黒の太刀を両手で構える。するとその瞬間に予想外の出来事が起こる。


 ドカン


 侑人の背後にある森の中から突如爆発音が響く。

 あまりの轟音に侑人の身体は一瞬だけピクリと縮こまったが、即座に持ち直して戦闘態勢を整える。

 漆黒の太刀の柄を両手で握り締めながら、侑人は音の発生源へ振り返り鋭い眼光で睨みつけたのだが、事態は明後日の方向へと進んでいく。


「なっ!?」


 巨大な熊? むしろ梟?

 振り返った侑人の脳裏にまず浮かんだのはそんな事だった。

 侑人の三倍はありそうな巨大な体躯を誇るこげ茶色の物体が、ものすごいスピードで迫ってくるのだ。しかも手足に生えている硬そうな爪は侑人の顔とほぼ同じ大きさを持ち、あんな物で攻撃されたら間違いなくただでは済まない事が想像できた。

 元の世界の生物で無理やり例えれば、熊の胴体に梟の頭を持つ猛獣といったところか。しかも二つの目の焦点が全く合っていないところにかなりの恐怖感を覚える。


「うおっ!」


 侑人に備わった生存本能が身体を強制的に動かす。このまま何もしなければ間違いなく命に関わるはずだ。

 無意識のうちに無我夢中で放った真正面からの袈裟斬りが、熊と梟のハイブリッド巨大生物へと何とか迫り――何故かそのまま炸裂した。


「え……?」


 侑人に斬り捨てられた巨体は呆気なく地面へと激突し微動だにしない。迫ってきた勢いは何だったのかと思えるほどだ。

 さすがのヨーゼフも目が覚めたのか、恐る恐るといった様子で成り行きを見守っている。


「道中が平和だったから油断したなぁ。つうか何だったんだ一体」


 戦闘態勢を解かないまま侑人は巨大生物の近くに降り立った。そして手にしている太刀で恐る恐る突ついたのだが反応はなく、既に事切れているようだ。念の為魔力で探ってみるが魔力反応もない。

 うつ伏せで倒れこんでいるので良く判らないが、危機は去ったと考えても良さそうだ。


「大丈夫そうだよな。死んだふりとかそういうのはなしだぞ……ってやばい! 勢いに任せて斬っちまった!」


 酷く慌てた様子で太刀の刀身を調べ始める侑人。何も考えず全力で斬りつけてしまったのだ。下手をすれば刀身が歪んで使い物にならなくなっている。

 だが“素材皮膜(コーティング)”の効果が高かったのか、侑人の剣筋が良くなったのかは判断付かないが、漆黒の太刀は使用する前と変わらない妖艶な輝きを放っていた。


「焦ったー。でも実戦で使えるって事になるのかね。良かったのか悪かったのかよく判らん状況だけど前向きに考えるしかないか」


 今まで素振りなどでは漆黒の太刀を使用していたが、実際に魔物を斬ったのは今回が初めてだった。“素材皮膜(コーティング)”の精度に自信がなかったので試し切りをしなかったという理由もあるが、そもそも今までの旅路の中で魔物に襲われる事がなかったという事がこの事態を招いている。

 ちなみに狩りに行く際には弓を使っていた。太刀を持ち歩いてはいるがあくまで護身用であり活躍した事は今のところない。

 武器をいきなり破壊せずに済んだ事を理解した侑人は心底ほっとした表情を浮かべている。

 そしておもむろに刀身を懐紙代わりの布切れで拭うと、流れるような動作で鞘に収めた。ちなみに鞘入れだけはかなり練習を積んでいて達人の域まで達している。気分は時代劇俳優だ。


「ユートに怪我はなかったかの?」

「はい。いきなりの事だったのでびっくりしましたけど、問題はそれだけですね」

「なら良かったのじゃが、いきなり空中にいるユートが襲われた時には肝を冷やしたわい」

「俺もですよ。しかしこんなでかいのが空を飛んで襲ってくるなんて旅も結構危険ですね。こいつの名前は何ていうんです?」

「ん? ふむ」


 ヨーゼフは倒れている巨大生物をまじまじ見つめている。何時の間にか手にしていた木の棒で顔の辺りを持ち上げたり、凶悪な爪を持つ手を持ち上げたりしながら正体を見極めようとしているようだ。

 やがてヨーゼフは一つだけ深く頷くと、この巨大生物の正体を侑人に告げた。


「こやつはオウルベアーじゃな。普段の気性はそんなに荒くはないが、子育ての時期は凶暴になって並みの人間では手が付けられんようじゃ。どうやらここ最近数が増えてきたらしく、国から発見し次第駆除するようにお達しが来ていたと思う。とは言ってもティルト村の近辺ではまず出会う事がない魔物ゆえ、わしも間近で見るのは始めてじゃがな」

「やはり魔物ですか」

「うむ、しかし変じゃな。オウルベアーは飛ぶ事などできんはずなのじゃが」

「へ? でも飛んできたんですけど……」


 オウルベアーが飛ぶはずがないと言われても実際に目の前で飛んでいた。これは紛れもない事実だ。

 だがオウルベアーも魔法の鍛錬を積めば、“飛翔(ウォラーレ)”を使えるようになるのかもしれない。

 侑人がそんな事を考え始め、思考が明後日の方向へと進みかけた時、再び事態は動き始めた。


「ユート! ヨーゼフ殿! 怪我はないかの!?」


 突如かなり慌てた様子のアンナが森から飛び出してきたのだ。背中にはぐったりとしたマリアを背負っているので普通の状態ではない。

 全開で“飛翔(ウォラーレ)”を使っているのか、アンナはかなりのスピードで侑人達の前まで辿り着くと、地に伏しているオウルベアーを見つめホッと一息を吐いた。


「既に事切れておったか……安心したのじゃ。まあ、多分大丈夫じゃとはわらわも思っていたのじゃが、こういう事はきちんと確認せん事には安心できんからのぅ。あ、ちなみにマリアは大丈夫じゃぞ。魔力の使いすぎで寝てるだけじゃから安心せい」

「おいコラ。ひょっとしてオウルベアー飛翔事件の黒幕はアンナか? って何故狩りの途中にマリアが寝る破目に陥るんだよ」

「むー、順を追って説明するゆえ一息吐かせるのじゃ。さすがのわらわでも人一人背負って飛ぶのは疲れるのじゃよ」


 アンナはそう言うと背中のマリアを侑人に任せ、ガーデンテーブルの方へとトコトコ歩いていく。そしておもむろにティーセットに手を伸ばすと、既に冷めてしまったであろうヌハ茶をカップに注ぎこみ美味そうに飲み干した。

 対する侑人はすぐにでもどういう事なのか問い詰めたかったが、自分の腕の中で気持ち良さそうに眠っているマリアを放置する訳にもいかず、しぶしぶと言った雰囲気で石造りの建物の中へと運んでいく。

 マリアの容態を心配したヨーゼフも侑人の後に続いて建物の中に入ってきたので、マリアをベッドに寝かせた後の世話をヨーゼフに任せ侑人は再び建物の外へと戻っていった。


「で、どういう事なんだ?」


 侑人が建物内に居るうちにオウルベアーの側にアンナは移動したらしい。アンナの身長の四倍はありそうな巨体をひっくり返して何やらゴソゴソと作業をしていた。

 侑人の問いかけを受けたアンナはそのまま作業の手を止めず、少々めんどくさそうに返答を返す。


「どういう事も何も狩りをしていただけじゃぞ。今はその戦利品を得ているところ……ってあったのじゃ。おー、なかなかの大物じゃのう」


 アンナはオウルベアーの心臓辺りを切り開き魔石を取り出していた。何かの魔法でも使っているのかアンナの手は全く汚れていない。

 嬉しそうに魔石を見せびらかすアンナの顔には満面の笑みが浮かんでいるのだが、それに相対している侑人の顔はどんどん厳しくなっていた。


「聞きたいのはそんな事じゃねえよ。マリアが寝てる事と、オウルベアーがぶっ飛んできて俺に襲い掛かってきた事に対してどういう事だって聞いてるんだ」

「マリアが寝ている理由は単なる魔力の使いすぎじゃとさっき伝えたじゃろう。それにオウルベアーがユートに襲い掛かった時の事じゃが、わらわはここにはおらんかったのでそれこそ判らんぞ」

「あー、俺の聞き方が悪かったな。じゃあ最初に聞くけど、今のところ小さな“炎の魔弾(フランマブレット)”しか使えないマリアが魔力の使いすぎで寝る意味が判らん」

「それはわらわが手助けして、ちょっと無理やり別の魔法を使ったからじゃよ」

「手助け?」

「うむ。ちょっと荒療治なんじゃが、マリアの魔力量なら問題ないだろうとわらわは判断したのじゃ」


 マリアは結構膨大な魔力量を保持していて、普通に考えればもっと多種多様な魔法が使えてもおかしくないのだが、過去のトラウマが原因なのか別の問題があるのか判らないが、現状では薪に火をつける程度の“炎の魔弾(フランマブレット)”しか使えない。

 当初アンナもそんなマリアの状態に付き合って地道に魔法の鍛錬を行おうと考えていたのだが、進展がない事に焦りを感じて多少強引な手段に出たらしい。


「セビルナ王都に着くまでに多少の魔法を使えるようになっていた方が安全じゃからの」

「ん? 宰相さんとかが味方だから今までよりは安全になるんじゃないか?」

「馬鹿たれ。王都というものは、表面上は平穏であっても裏では魑魅魍魎が跋扈しているいわゆる魔境じゃぞ。金や権力や女に魅入られた化け物達が、互いに騙し合っている決戦の地じゃよ。そんな場所に非力なマリアが行ったら敵の思う壺じゃ」

「そんなもんかねぇ」

「うむそうじゃぞ。ユートはもっと自分の立場を考えないといかん。ユートを利用する為に周囲の者を巻き込む事など、謀略の中では初歩の初歩じゃぞ」

「その辺は一応心しておくさ」


 とにかくマリアの身を案じたアンナは、自身の持つ類まれなる魔法の知識を使い行動を起こした。勿論マリアの意思も尊重した上での行動だ。

 マリアに無理やり魔法を覚えさせようとした方法は一見すると簡単なように思えるが、繊細な魔力の調整を必要とするアンナならではの方法だった。


「他人に無理やり魔法を使わせる方法はいくつか存在するのじゃが、相手に魔法を覚えさせる目的で行うならやり方は一つしかないの。簡単に説明するなら相手の魔力に自分の魔力の波長を合わせ、外部から魔力に干渉して魔法を使うって感じかの。これをする事によって、魔法を行使する感覚が掴めるのじゃよ」

「ちなみにそれ以外の方法って何だ?」

「闇属性の“精神操作(デスペラティオ)”を使って操るとか、一回生を奪っておいて“死体傀儡(モルス)”でアンデッドとして使役するとかかの」

「…………。えっと、聞いた俺が悪かった。説明を続けてくれないかな……」

「ふむ。でな、マリアはハーフエルフじゃろ? じゃからエルフの得意属性である、風や水の魔法を使うのが本来の姿じゃとわらわは予想したんじゃ。じゃが、水属性は例の件があるんで選択肢は風しかないじゃろうなと。ここまでのわらわの判断は正解じゃったと自負しておる」

「エルフの得意属性は風と水ねぇ……。ちなみにヴァンパイアは何が得意なんだ? やっぱり闇か?」

「勿論闇属性じゃな。じゃが、基本属性魔法なら各々の得手不得手はあるが、ほぼ全部使える偉大なる種族じゃぞ」

「光以外全部ってすごいな。ヴァンパイアは魔法特化種族って事か」

「全属性どころか妙な魔法まで使えるユートに褒められても、わらわ的にはちと微妙じゃがな」


 アンナはマリアの魔力と同調し、風属性の魔法の一つである“探索の風(クワイレレ)”を無理やり唱えさせたようだ。

 そして何回か失敗を繰り返したようだが最終的には成功し、これで大きな一歩を踏み出したと二人で喜んだのだが、予想外の事態がここで巻き起こった。


「何とか“探索の風(クワイレレ)”は発動したんじゃが、その際に周囲に気を配るのを失念しておってな。気付いたらオウルベアーがすぐ側まで迫っておった」

「なんとなく話が判ってきたぞ。多分そのまま魔法をぶっ放したんだろ?」

「おお! よく判ったなユート。魔力の同調を切る暇がなくて少々慌てておったわらわは、思わずそのまま風属性の“吹き荒れる暴風(テンペスタース)”を結構な強さで使ってしまったのじゃ。今考えれば“風の魔弾(ウェントゥスブレット)”程度で抑えればよかったかもと思うが、結果的に無事じゃったから万々歳じゃな」

「あのなぁ……」


 今の話で全てが繋がった。アンナに過失があるかないかを考えなければ、今回の件は運の悪い事故だ。

 通常の魔導士数人分を誇るマリアの魔力で放たれた風属性の大魔法、“吹き荒れる暴風(テンペスタース)”がオウルベアーに直撃してそのまま空へと吹き飛ばされ、それが運悪く修行していた侑人に向かって一直線で飛んできたって事になる。


「そういう事だったのか……なんか疲れた」

「運が悪かったって事じゃな。これは事故じゃのぅ」


 偉そうに腕を組みながら頷いているアンナに納得がいかないが、あまりきつく責める問題でもなさそうだ。

 結局侑人はそう考え納得しようとするのだが、やはりどうしても釈然としない。このまま貧乏くじを引きっぱなしというのは寝覚めが悪すぎる。


「はー、まあ、今夜の寝ずの番をアンナが全部やるって事と、そこに転がってるオウルベアーの死骸の処理を一人でやるって事で勘弁してやるよ」

「ちょっと待てユート! わらわに悪気はないって判ってるじゃろ!」

「判った上で納得してない感じかな。まあ頑張れ」

「それは理不尽なのじゃー!」


 アンナの慟哭が夏の空に吸い込まれていく。

 侑人達の旅は後一週間程度で終わりを迎える事となるのだが、取り巻く雰囲気は普段と全く変わっていなかった。

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