第12話:変わらぬ日々
「では色々とすっきりした所で片づけを始めましょー」
「おー……」
「えー、わらわはもう疲れたのじゃ」
「それを言うならユートの方が疲れてるはずだよ。いいからアンナは自分の私物を片付ける。ユートは……少し休憩かな。ちょっとお茶を淹れるからそこで待っててね」
「ありがとう……」
「ぶーぶー、横暴なのじゃ」
「勝手に捨てるわよ……」
「さて! わらわは片付けを頑張るのじゃ!」
マリアの恐ろしい笑顔に脅えきったアンナは、大急ぎで二階の自室へと戻っていく。侑人はそんなアンナの後ろ姿を、机に突っ伏したままで見送っていた。
クリスと模擬試合を行ったので身体的な疲れは勿論大きいのだが、今の侑人はそれ以上に精神力を根こそぎ持っていかれている。一糸纏わぬクリスに抱きつかれたと思ったら、続けざまにマリアにまで抱きつかれたのだから仕方ない。
男性冥利に尽きる展開だったが奥手な侑人にはかなり刺激が強すぎて、結局どうしていいのか判らずに為すがままになっていた。
「はいどうぞ。今日もお疲れ様でした」
「ありがと。ふー、生き返るー」
マリアが淹れてくれたヌハ茶は少々熱かったが、今の侑人にはこれくらいで丁度いい。身体の芯から疲れが抜けていくような心地よさに、そのまま暫く身を委ねていた。
しかしその平穏は一気に崩される。二階に上がったはずのアンナが、血相を変えて戻ってきたのだ。
「ないのじゃ!」
「ん? ないって何がだ?」
「わらわの枕じゃ!」
「枕? 俺はそんなもの知らんぞ」
「アンナの枕? そういえばおじーちゃんが戻ってきた時に、アンナが抱えてなかったっけ?」
「む? そういえばそうじゃな……」
アンナは腕を組んで考え込んでいる。過去の自分の行動を改めて振り返っているようだ。
さすがにアンナの枕がどこにあるかなど侑人には判らず、その姿を横目で見ながらヌハ茶を楽しんでいた。何かアドバイスしたい気分でもあるが、下手に話し掛けて邪魔をしたら本末転倒になるのだ。
やがてアンナは何かに気づいたように頷くと、おもむろにその場から姿を消した。
『あったのじゃ!』
『は? 枕が? どこにあったんだ?』
侑人の問い掛けに反応するように、アンナは再び目の前に姿を現す。アンナの顔はかなり高揚していて、よほど嬉しかったようだ。
その両手にはアンナのお気に入りらしい枕が抱えられている。アンナは暫く身体をモジモジと揺すっていたが、抱えていた枕を頭上に掲げると誇らしげに宣言した。
「ユートの中にあったのじゃ!」
「へ? 俺の中にってどういう事?」
「枕を持ったままでユートの中に戻り、そのまま忘れたせいやもしれん」
「へー、アンナの話を信じると、ユートの中に物を置けるって事なのかな?」
マリアは侑人の側に置いてあった漆黒の太刀をアンナに手渡すと、その代わりにアンナの手から枕を受け取る。
そんなマリアの真意を察したアンナは一瞬だけ姿を消すと、今度は何も持たずに姿を現した。
「間違いないようじゃな。ユートの中に物を保管できるようじゃ。よく考えてみれば服を着たまま入れるので、物を持っても同じ事なのかもしれん」
「凄いじゃない! 後はどの位の物を置けるか判れば、色々と王都に持っていけると思うよ」
「おおー、マリアとの喧嘩が一気に解決じゃの!」
「そういう事! よく見つけてくれたね」
盛り上がる二人を尻目に、侑人は足音を立てずにこの場を立ち去ろうとする。今までの話を総合して考えると、ろくな事にならないと本能が告げているのだ。
しかしそんな侑人の行動は、両肩から感じる重みで強制的に止められてしまう。引きつった顔で振り返る侑人の目には、マリアとアンナの満面の笑みが映っていた。
「ちょっと待て! 一日に何度も出入りされると俺がしんどいんだぞ!」
「大丈夫じゃ、死にはしないとこで加減するからの」
「ユートお願い。王都へ持って行きたい調理器具とか服とか沢山あるの」
「しかも入れた物はまた出すんだろ!? 王都に着いてもまた苦痛を味わうって事じゃん!」
「倉庫代わりに入れっぱなしになる物もあるから大丈夫じゃ。しかし黒髪の勇者は役に立つの。これも立派な使命なのじゃ」
「凄いよユート。黒髪の勇者の最初の使命が見つかったじゃない。ユートはいつでも私達の味方だよね」
「そんな使命は要らないっつうのー!」
ホラント家はいつもと同じ、騒がしくも暖かい空気で包まれている。
どんな事が起ころうと侑人達の雰囲気は変わらない。舞台をティルト村からセビルナ王都に移しても、賑やかに続いていくのは簡単に予想できる事だった。
2014/5/16:話数調整




