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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
秘める決意の唄
21/45

第2話:運命の誘い

「少し遅くなりました」

「「ただいまー(なのじゃ)」」


 侑人達の声がホラント家に響く。しかし普段と違い家の中は妙な雰囲気に包まれていた。

 なぜなら好々爺といった様子で、侑人達を暖かく出迎えてくれるヨーゼフが一向に出てこないのだ。不審に思った三人がリビングへ行くと、両手を組んだ姿勢で机上の一点を見つめ、うんうんと唸っている姿が見えた。

 普段と違うヨーゼフの仕草を目の当たりにしたマリアとアンナは、怪訝そうな表情を浮かべて目配せしあう。侑人はそんな二人の姿を見つめつつ、複雑そうな表情を浮かべていた。


「どうしたの?」


 マリアが心配そうに声を掛けても、ヨーゼフは気づいていない。顎鬚をときどき弄りつつ考え込んだままだ。

 結局ヨーゼフは、困った顔のマリアが肩を揺するまで悩んだままだった。


「わしではちょっと判断付かん事が起こったのじゃ。まずこれを見て貰えるかの?」


 マリアが四人分の飲み物を用意し終わるのを黙って待っていたヨーゼフは、おもむろに話を切り出す。

 ヨーゼフの右手には封蝋の跡が残る、茶色の封書が握られている。その封書はそれなりの立場の者から送られてきた物なのか、かなり丁寧な造りをしていた。


「また俺の事で何かが起こったんです?」

「それが何ともいえんのじゃ。とにかく読めば判る」


 封書を侑人に手渡したヨーゼフは、目の前に置かれたヌハ茶を口に含む。そしてそのままゆっくりと喉を湿らせると、深い溜息を吐く。

 そんなヨーゼフの姿を侑人は静かに見つめていたが、両脇から注がれる好奇の視線に催促され、封書の裏側に目を通した。


「アルクィン・ウルヘル? 何か聞いた事があるようなないような。どこで聞いたかな」


 侑人の右側から覗き込んでいるマリアがそんな事を呟く。


「うーむ、わらわもその名を聞いた覚えがあるぞ。しかも祖国にいる時にじゃ」


 侑人の左側ではアンナが考え込んでいた。どうやら二人には聞き覚えがある名前らしい。

 生まれも育ちも違うマリアとアンナが知っているなら、これはかなり有名な人物から差し出された封書という事になる。

 勿論侑人には心当たりなどない。しかしヨーゼフの言う通り、中身を見れば内容は判るはずだ。

 意を決した侑人が封書を開けようとした時、両側から驚きの声が上がった。


「アルクィン・ウルヘルって宰相様だ! なんでそんな人から手紙が!?」

「思い出した! セビルナ王国宰相のアルクィン・ウルヘルじゃ!」

「へ? セビルナ王国最小?」


 ボケとも本気とも取れる侑人の言葉を聞いたマリアは愛想笑いを浮かべ、アンナにいたっては小馬鹿にした様な素振りを見せる。

 そんな二人の態度を見た侑人は、頭を掻きつつ話の続きを促した。


「アルクィン・ウルヘル様は、この国の王様、カルロス・ディートフリート・デア・クローゼ様が六年前に即位した時、いきなり宰相に抜擢された人なんだよ。確か宰相になった時は二十歳位だったかな。歳が若すぎるのに大丈夫なのかって、私が子供の頃周りの大人達があれこれ言ってた記憶がなんとなくあるよ」

「結果としてその心配は杞憂じゃったな。今では国境を接していないクーラント魔国にまでその名が轟いておる。魔国の姫であるわらわが言うのもなんじゃが、賢王と名高いカルロス王の右腕であり、マグナマテル全域に名の知れ渡っている知恵者じゃ」

「なんかすげえ人なんだな。つうかそんな人の手紙がなぜここに?」

「うーん、私にも判んないけど、とにかく中身を読んでみるしかないんじゃない?」

「マリアの言う通りじゃな」


 ハルモ正教会からの刺客をなんとか退けたと思ったら、今度はセビルナ王国の宰相が登場するとは。侑人自身にその気はなくても、黒髪の勇者というネームバリューが平穏を許してくれないのか。

 今までのヨーゼフの態度や二人から得た情報から、厄介な問題が再び発生した事を理解した侑人は、肩を落としつつ封書から中身を取り出した。

 丁寧に漉かれた少し茶色い紙の上に、流麗な文字が綴られている。字の綺麗さや丁寧さから書き手の品性や知性を感じる事ができるなら、間違いなく送り主は一流の人物のように思われた。

 三人で覗き込むには大きさが不足しているので、真ん中にいる侑人が代読する。


「尊敬し信頼するヨーゼフ・ホラント様へアルクィン・ウルヘルがご挨拶を申し上げます。当方は未だそのご尊顔を拝する機会がございませんが、時が来ればもっとお近づきになれるものと確信し……雨季を過ぎ初夏を迎え、木々の緑も日増しに深くなる折、ご一同様にはなお一層……お忙しいところ大変恐縮ではございますが、ヨーゼフ・ホラント様のお時間を……なお、ご家族様のご同席を願えるならば幸いではございますが、ご都合がつく場合に限りご列席を賜れ……時節柄、ご自愛専一にご精励下さい」

「これはまた随分と丁寧な文章じゃの。何と表現すれば良いのかわらわにも判らんが、セビルナ王国宰相という肩書きと、この文面が上手く結びつかんような気もする」

「あー、アンナが言いたい事は私にも判るよ。おじーちゃんは私から見ても立派な人だとは思うけど、宰相様からここまでの扱いを受ける理由が上手く見つからないかな。勿論おじいちゃんを悪く見てる訳じゃなくて、相手が宰相様だとちょっとね」

「単にアルクィン・ウルヘルって人が、他の人より丁寧なだけじゃないのか?」


 侑人の疑問はもっともだ。謙譲の美徳が尊重される日本ではよく見られるものであり、自分を実際より低く見せることによって相手の地位を高める手法は、社交辞令といった言葉で表される。

 しかしここは日本ではなく、マグナマテルにあるセビルナ王国。自分が知る常識とは違うのかと侑人が考え込む素振りを見せると、それを察したアンナがこの封書の違和感を説明し始めた。


「ユートには馴染みがないかもしれんが、簡単な手紙だったとしても書き方には明確な決まりがあるのじゃ。例えば身分が上の者に対しては相手の名前を必ず先に書くとかの。細かい説明はこの際省くが、この封書の書き方だとかなり目上の者に対して書く内容となるのじゃよ。まあ、セビルナ王国宰相がそれを知らんという可能性もなくはないが、さすがにその考えは無理があるとわらわは思う」

「お願い事がある場合には丁寧な文章を書くこともあるよ。でも宰相様からおじーちゃんにお願いする事ってなにがあるのかな? ユートに会わせて欲しいって事かもしれないけど、この内容だと違う気もするし」


 セビルナ王国の宰相と元神官という、二つの身分の間には大きな隔たりがある。普通に考えれば封書が送られてくる事すらありえない事だ。

 マリアが話してくれたように、ヨーゼフに対して何かのお願い事がある可能性は残る。しかし仮にも一国の宰相が、人格者とはいえ何の権限も持たない一般人へとお願いする内容が判らない。

 勿論黒髪の勇者関連ならありえなくもないが、侑人に会わせて欲しいという文面はこの封書のどこにも書いていないのだ。


「うーん。確かに妙な感じだな。でも用があるからこんな物を送ってきた訳だし。ん? ひょっとして?」


 実は過去に個人的な繋がりがあったのではと思い立ち、侑人はヨーゼフの方へと視線を向ける。しかし、

「わしにも心当たりがないのじゃよ。会った事すらないのじゃからな」

 そんなヨーゼフの発言で侑人の考えは一蹴された。

 宰相はヨーゼフとの接点もないし、封書には黒髪の勇者関連の内容も書いていない。こうなると今回の一件は侑人とは関係のない出来事のように思える。

 侑人がそんな事を考えていると、同じような結論に達したアンナがおもむろに口を開く。


「うーむ。この手紙とユートの関連はないのかもしれんの。わらわにはそうとしか思えんのじゃが。ひょっとすると宰相はユートがここにいる事を知らんのではないかの?」


 マリアも頷きながら聞いているので同じ考えに至ったようだ。しかしそんな三人とは違い、ヨーゼフは首を左右に振っている。


「それがそうとも言えんのじゃよ。封書の内容だけで考えるとわしもそう判断しそうになるのじゃが、手紙以外にも届けられた物があるのじゃ。お、よく考えれば夕食もまだじゃし丁度いいかもしれん。マリア、厨房に届け物を置いておいたので料理をお願いできるかの?」

「届け物って食材なの?」

「そういう事じゃ。この封書を届けてくれた女性……多分騎士じゃとは思うが、アルプレスの肉を置いていったのじゃ。しかも『大変な事があったようだからこれで滋養をつけると良い』と言いながらの。あの様子じゃとユートとハルモ教正教会が対立した事を詳細に知っていると思うのじゃよ」


 マグナマテルに生息する魔物であるアルプレスの肉は、かなり美味ではあるがそれ以上に滋養強壮に効果があり、病気や怪我などの回復期にうってつけの食材だ。

 アルプレスの肉をわざわざ置いていったのは好意からの行動とも受け取れるが、それ以上に侑人が倒れた一連の事件を把握しているという可能性を示していた。


「うわっ、このお肉って凍らせてあるけどかなり新鮮だよ。たまたま売りに出ていたのかもしれないけど、ひょっとするとわざわざ届ける為に狩りに行ったのかもしれないね。これならシンプルな味付けで焼いた方が美味しいかな」


 厨房で驚きの声を上げながら、鼻歌交じりで料理を始めるマリア。最近では侑人やアンナも料理を少しだけ覚えたが、マリアの腕前に届くまでには至っていない。

 マリアはアルプレスの肉をサイコロ状に切り分けつつ、元の世界の塩と似た調味料のヨシネと、胡椒に近いマソオで下味を付けて手早く串に刺し、そのまま火で炙り始めた。

 辺りに肉が焼ける良い匂いが漂い、空腹を刺激された侑人の腹の虫が大きく鳴る。そんな侑人に笑顔を向けつつ、マリアは手早く夕食の支度を進めていく。

 肉が焼きあがるタイミングと合わせ、ホホ豆をネフネという赤く酸味がある野菜で煮込んでスープを作り、朝のうちにエトの粉を練って焼き上げたパンを添えて皆の所へと戻る。しかし三人はいまだに考え込んだままだった。


「考えるのもいいけど先に夕飯にしない? せっかくいいお肉が手に入ったんだから、冷めちゃったら勿体ないよ」

「そうだね。さっきから俺の腹も鳴りっぱなしだし、続きは食事をしながらにしようか。アルプレスの肉がどんな味なのか興味あったんだ」

「多分美味しく焼けたと思うよ。元が良い材料だから味付けはシンプルだけどね」

「ではわらわもありがたく頂くのじゃ。空腹じゃと良い考えも浮かばんしの」


 アルクィン・ウルヘル宰相からの手紙の意図を探る話し合いを一時中断し、マリアが作った夕食に舌鼓を打つ一同。

 シンプルな味付けで調理されたアルプレスの肉は予想以上に美味しく、それだけで明日への活力が生まれてくるようだった。

 満足のいく夕食を終えた侑人達は、食後のヌハ茶を楽しみながら談笑していたが、話の内容は徐々に例の手紙の件へと移っていく。


「ふむ……読めば読むほど、どう受け取ればよいか判らなくなる内容じゃの。マリア、そちはどう思う?」

「うーん。私はてっきりユートに会わせてくれって書いてあると思ってたけど、この内容だと間違いなくおじーちゃんが目当てだよね。私達は居ても居なくてもよさそうな感じかな」

「でもさぁ、セビルナ王国の宰相がここに来る日に俺らが居ないってのは、なんか不味くないか? 俺もどう言っていいのか判らんけど、受け取られ方によってはめんどくさい事になりそうじゃない?」

「相手の真意がわらわには掴めん。マリアの言うように、参加しなくても問題なさそうに思えるし、ユートの言うように、顔を見せんとセビルナ王国を軽く見てると捉えられかねんとも言える。まあ、黒髪の勇者と呼ばれておるユートに興味が全くないとは思えんがの」

「とりあえずヨーゼフさんはどうするつもりなんです?」


 侑人の問い掛けをきっかけにして、全員の視線がヨーゼフへと注がれる。

 皆の話を黙って聞いていたヨーゼフは、腕を組みながらおもむろに一つだけ頷くと、自身の考えを語った。


「とにかく宰相閣下と会ってみようと考えておる。勿論ユート達にも同席して貰うがの。宰相閣下がわしにどのような話を持ち掛けてくるのかは判らんのじゃが、少なくとも礼節を保った態度なのは明らかじゃ。それにわしの勘でしかないのじゃが、今回の一件はユートにも利があるように思えるのじゃよ」

「俺の得になるんです?」

「うむ。ハルモ教正教会との一件は、表面上収まったように思えるのじゃが油断は禁物じゃ。この先どんな無理難題が起こるかは想像できん。それほどまでにハルモ教正教会の力は大きく、わしや村長の力だけでは対応しきれんのが事実じゃしのう」

「確かにそうですね。俺がどうにかできればいいんですが、さすがに相手が大きすぎてご迷惑掛けてます」

「じゃが、セビルナ王国の力を借りる事ができるなら、話は変わってくるはずじゃ。わしへの話を皮切りに、その辺の事を探ってみようと思うのじゃ」


 出たとこ勝負な面があるのは否めないが、何も行動を起こさないままでは現状は変わらない。

 それにハルモ教正教会への対応を個人で行うより、セビルナ王国という国家を通した方が、安全面だけで考えても桁違いの進歩と言える。


「勿論セビルナ王国がユートの力を妙な方向に使おうと考えているなら、この話は全てなかった事にするがの。多少のリスクをユートにも背負わせる形になってしまうが、わしも最善を尽くそうと考えておる」

「毎回済みません」

「わしは構わんよ。家族の為じゃからな。それよりもユートには気をつけて貰いたい事があるのじゃ。ユートが持つ魔力は既に村人達にも知られてしまっているゆえ、今回の一件では隠さなくても良いのじゃが、まだ他人には知られていない『どんなものでも理解できる能力』に関してだけは、信用できる者以外に決して漏らさぬよう細心の注意を払うのじゃ。相手が宰相閣下であろうとも例外ではないぞ」

「判りました。妙な真似をしないように気をつけます」


 その後の話し合いの結果、相手方の返答次第ではあるが、四日後にアルクィン宰相をホラント家へと招く事が決まった。相手の出方が判らない状況で、のこのこと相手方の懐へと飛び込む危険性をアンナが主張した為、ホラント家に呼び寄せる事にしたのだ。

 その事を村の外れに滞在しているアルクィンへと伝える為、マリアがヨーゼフの手紙を届ける事も合わせて決めた。


「わらわが思うに、会談の前にヨーゼフ殿が顔を会わせるのはおかしな話じゃし、ユートがいきなり顔を会わせるのも少々具合が悪いと思うのじゃ。消去法じゃがここはマリアが使者の役を務めるのが適任じゃと思う。わらわも付いていくので安心せい」

「うー、ちょっと緊張するけど頑張るね」


 セビルナ王国宰相アルクィン・ウルヘルとの会談が、今後の生活にどんな変化をもたらすのか全く想像できない。

 手紙を受け取ったヨーゼフだけでなく、侑人やマリアそしてアンナも、緊張の色を隠せない様子だった。

2014/5/16:話数調整

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