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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
黒髪の奏でる唄
16/45

第16話:暗い兆候

 水の月の第七週の二日。大嵐の翌日に少しだけ晴れた空は、自分の仕事を忘れてしまったかのように二日ほどその状態を保っていたのだが、やがて本来の自分の姿を思い出したのか、例年通りの天候に落ち着いている。

 そのまま本格的な雨季に入ったマグナマテルの大地には、日々シトシトと恵みの雨が降り続いていた。だが今日は珍しく雨季の合間の一休みといった感じで、厚い雲の合間からほんの少しだけ晴れ間が覗いている。

 侑人が堤防決壊の危機からティルト村を救ったのは七週間ほど前の事だ。

 村はいつも通りの平和な雰囲気を取り戻しつつあり、嵐の晩に突如築かれた巨大な石堤の存在がなければ、村の存亡の危機など起こらなかった様にも思える。しかしこの状態に落ち着くまでの間には、かなりの紆余曲折があった。


 原因は侑人の存在だ。


 黒髪という事だけでも話題性は十分なのに、その黒髪の侑人がティルト村の窮地に突如現れ、人とは思えない程の能力で救ったとなれば目立たない訳がない。

 八百年ぶりに降臨したハルモ教の黒髪の勇者として、侑人が信仰の対象になりかけるほどの騒ぎが村中で巻き起こったのだ。村人達からは尊敬と畏怖の対象に見られ、年配の方々には神の使いとして拝まれる事もあった。

 しかし侑人が地道に村人達との交流を図っていった結果、黒髪の勇者としての扱いはどうしても変えられなかったが、一人の人間としての立場をなんとか村内で確立する。今では名誉村民として、普通に生活する事ができる様になっていた。


「村に馴染めたのは嬉しいけど、さすがに目立ち過ぎたよなぁ」

「全くだ! 俺が内緒にしてたのが全部無駄だぞ。師匠は派手にやりすぎなんだよ」


 隠れる必要のなくなった侑人は、この世界で唯一の存在の証である黒髪を隠す事もせず、ティルト村のあぜ道を歩いている。

 その傍らには、少しだけ不機嫌な顔をしながら木剣を振り回し、侑人に向かって悪態をついているクロウの姿があった。


「つうかさぁ、もう少しどうにかならないのかよー」

「うーん。しかしどうすりゃ良いのか俺にも判らんのだよ」


 充実した毎日を送れるようになった侑人だが、少しだけ困った事態に陥っている。その内容は村内の問題事の解決のお願いが、日々侑人のところに舞い込んで来る事だ。

 村人の力になる事には何の問題も無かったが、そちらに割く時間が大幅に増えた為、ホラント家の雑事に割く時間が激減していた。

 そんな状態を知っているマリアとヨーゼフは、家の事は気にしなくても大丈夫だと言いながら、村の用事で出かける侑人を笑って見送ってくれる。

 しかしそんな二人の優しい性格に甘えてしまっている侑人は、二人に感謝しつつも日々恐縮しながら生活をしていた。


「マリアとヨーゼフさんに申し訳ないよな」

「俺もだよ! たまには剣の相手をしてくれよ師匠!」


 俺の事も忘れないでくれとアピールするクロウをなだめつつ、この数週間の事を侑人は思い返す。正体がばれてしまった侑人の環境は大きく変わったが、それと同時にホラント家の状況もかなり変化していた。

 侑人を尋ねてくる村人達の数は多いので、迎える側のホラント家はかなり慌しくなっている。しかしそれ以上に騒がしくしているのは、自由に実体化できるようになったアンナの存在だ。

 相も変わらず侑人の事を玩具にしてからかう事を辞めはしないが、最近はマリアやヨーゼフとも積極的に交流している。

 年が近く性別が同じせいなのか、マリアと一緒に居る時間がかなり長い。当初アンナはマリアの事を小娘呼ばわりし、最初の出会いで言い合いまでしていたが、さっぱりとしつつも面倒見の良いマリアとは直ぐに打ち解け、今では魔法を熱心に教える仲になっていた。

 その代わりにマリアからあれこれと家事を習っているようだ。上達しているのかは定かでないが、本人が楽しそうなので特に聞いてはいない。


「ここかな」


 目的地にたどり着いた侑人は歩みを止め周囲を見渡す。付近はスコップや一輪車を用意する村人達でごった返していた。かなりの人数が借り出されているようだ。

 侑人はレサク村長に頼まれて、決壊を食い止めた堤防とその脇に走る道路の改修工事を行なう為に河原に来ていた。


「堤防の使い勝手を良くして、道路を砂利舗装すればいいんすかね?」

「ユート殿を頼ってばかりで大変申し訳ないとは思っているのですが、なにぶん私達の知識と技量ではこれと同じ物はなかなか作れないのです」


 侑人の姿を見たレサク村長は恐縮した態度で終始オドオドし、黒髪の勇者にこんな事を頼むのは失礼に当たるのではと心配している。

 そんな態度を取るなら仕事を頼むんじゃねえよと悪態をつくクロウの頭を小突きつつ、思い切り引きつった笑みを侑人に向けていた。

 元の世界の進んだ技術を知る侑人と、技術的に数段劣っているこの世界の住人とでは元々の知識の量が全く違う。

 浪人生の侑人が土木工事の専門知識など持っている訳はないが、実物を知っている事は大きなアドバンテージとなる。この世界の土木関係に従事する者と比べても、スタートラインが圧倒的に異なるのだ。

 しかも大掛かりな工事を行なうのに必要な重機はこの世界に存在しない。木製のスコップや土を運ぶ為の一輪車は存在するが、人力で土を運び手作業で岩を加工して石堤を築造すると数十年がかりの大事業となる。

 侑人は膨大な魔力量で強化した魔法を使い、その問題を無理やり解決してしまっているので気にもしていないが、魔法を使えない村人達にとっては大問題だ。その事を十分に把握している侑人は、レサク村長の恐縮する言葉に対して笑顔で答えた。


「魔法の練習にもなるから、あんま気にしないで下さい」

「ありがとうございますユート殿」


 自分にとってはたいした事ではないとか、時間が余っているから大丈夫とか、そういった理由で引き受けてしまうと、レサク村長が余計に恐縮してしまいそうだ。それにせっかく村人達との関係が上手く行っているのに、変に断ってギスギスさせる事は得にならない。

 そんな事を考えた侑人は、自分の魔法の練習の為に行なうという理由を付けて、レサク村長の頼みを快く引き受ける。

 しかしレサク村長をはじめとする村人達は、人知を超えた力を有しているはずの黒髪の勇者が、一般人に敬意を払って接してくれている事に驚きを感じていた。

 無償で村民の為に力を振う侑人の姿を見て、さすが黒髪の勇者は一味違うと村民全員が感動し、人々の更なる尊敬を自分の知らない所で集める侑人だった。


「危ないから少し下がって貰ってもいいっすか?」

「こらクロウ! お前も離れていなさい」


 堤防の整備から手を付ける事に決め、魔法を使う為に自身の魔力を開放した侑人の体から、周囲の景色を歪ませるほどの圧倒的な魔力が溢れ出す。

 一流の魔導士の何十人分にも相当する魔力を感じた村人達は、さすが黒髪の勇者様だと口々に褒め称えつつも、尋常ではない魔力量を持つ侑人に対して畏怖の念を抱いていた。

 そんな村人達の雰囲気を感じた侑人は、アンナから教えて貰った魔力を抑える技術を体得した事が無駄ではなかったと改めて認識している。侑人は日常生活において、魔力をほとんど感じさせないレベルまで抑え続ける事に成功していた。

 今の侑人の魔力量は、全力を出したアンナと同じくらいの膨大な量を誇る。その為普段の生活では魔力を抑えないとかなり目立つどころか、恐怖感を他人へと与えかねないのだ。


「行きます!」


 魔力を開放した侑人は、まず決壊を防ぐ為に作った大人の背丈の三倍はある石堤から、船着場までの間を緩やかな勾配を付けた同じ形式の石堤で繋いでいく。全てを同じの高さで囲ってしまうと村の景観が著しく悪くなるので、危険箇所以外は基本的に大人一人分ほどの高さに抑えて作成した。

 また船着場を石堤で塞いでしまうと漁に出る際に困るので、船着場の周囲を囲う形で堤防を作成し、船着場の出入り口には天井のない小部屋のような石作りの空間を作り、扉を二ヶ所付ける。大雨の時にはその扉を閉めて小部屋に土嚢を詰めれば浸水しない作りだ。

 ついでに小部屋の横に土嚢置き場を作成し、緊急時の備えを万全にする。魔力を完全に制御しきれている自信がなかったので天井部分は村人達にお願いしたが、壁に関しては物質変換魔法で土から岩に変えておいた。

 侑人が頼まれた堤防整備の仕事内容は以上で終わりなのだが、ものはついでと石堤の所々に上部に上がるための緩勾配の傾斜や階段を設置していく。

 これは新たな観光名所的な意味合いもあったが、工事途中の村人達が上部で作業する時の安全面も考慮に入れた侑人の提案である。

 堤防の上でマラソンをしている映像を見た事があったので思いついただけなのだが、侑人の言葉を聞いたレサク村長は終始感心した表情で頷いていた。


「こんな感じっすかね?」

「十分すぎると言いますか、国家事業でもここまでのものはでき上がらないと思いますよ」

「すげえ……」


 呆気に取られるレサク村長やクロウを尻目に、大まかな堤防の作成を終えた侑人は、細かい仕上げ工事を村人に任せて、道路の砂利舗装工事に取り掛かる。

 とは言っても、こちらの工事は堤防を作成する時に抉ってしまった地面を、石つぶてで埋めるだけの作業なので特に手間はない。仕上がりから少し下がった高さまでを大きめの石で埋め、残りの部分を細かい砂利で埋めるだけである。

 突き固めて地面を締める作業は村人達が分担するので、侑人に任せられた村内の改修工事は一日掛からず終了した。魔力の消費は四割程度で収まり、身体への負担も特にない。


『自分の魔力だけでこれだけの回数の魔法を行使できるとは、さすがユートじゃの』

『アンナも少しは手伝ってくれよ』


 一通り工事を終えた侑人の脳内でアンナの暢気な声が響く。

 今日はマリアの側に居なかったので、多分侑人が土木工事をしている間もずっと身体の中に居たはずだが、作業を終えるまで話しかけて来る事も無く、今まで何をしていたのかは一切不明である。


『わらわは繊細なので、こういった肉体労働はユートに任せると決めたのじゃ』

『そうっすか……はぁ』


 侑人の抗議に対してアンナはしれっと答えた。侑人はそんなアンナの態度に少し呆れているのだが、元が姫なので仕方ないかなとも感じている。

 しかし少しは手伝う素振りを見せて欲しいものだと思い直し、とある提案をしたのだが、その事がとんでもない事態を招く。


『俺の中で引き篭もり生活ってのも良いかもしれんが、そのまま魔法が使えるようになれば楽して手伝えるんじゃないか? まあ、できるかどうか俺には判らんけどな』

『確かにそれもそうじゃの。閉じ込められている訳ではないしできるやもしれん。確かにそれが可能なら色々と役に立ちそうじゃ』


 侑人の提案に乗り気になったアンナは、召喚される前の状態で魔力を高めていく。

 この場所で何をする気なのか問いかけようとした侑人の言葉は、ほんの少しだけ間に合わなかった。


『アンナ? こんな場所――』

『全てを覆いつくす漆黒の闇よ――かの者を滅ぼさん――暗黒の魔弾(テネブリースブレット)


 かなり物騒なアンナの詠唱が聞こえたと思った瞬間、侑人の目の前に暗黒の球体が現れ、地面スレスレの高さを凄まじい速さで飛んでいく。

 アンナの放った暗黒魔法はかなりの威力を誇っていた。せっかく埋めた道路を下の岩盤層ごと粉砕し、そのまま完成間近の堤防に大穴を開け、川の水面に当たって特大の水飛沫をあげる破壊力を見せつけられた侑人は絶句している。


『…………』

『どうやら今なら使えるようじゃな……』


 村人達は作業の手を止め硬直し、唖然とした表情で侑人の様子を伺っていた。その視線に気づいた侑人はふと我に返り、まず怪我人がいないかどうかを確認した後、微妙な笑顔を浮かべながら破損箇所を直し始める。

 さすがのアンナも今度は黙って侑人の手伝いをしていた。召喚前でも魔法が使えると把握できた事は大きな収穫だが、それと引き換えに色々な事を学んだ侑人は思わず溜息をつく。


『すまんかったのユート。調子に乗りすぎたようじゃ』

『怪我人が出ないようにしたのはいいけど、さすがに目立ちすぎ』


 黒髪の時点で十分すぎるほど目立ち、何をしたって対して変わらんと突っ込みを入れてくるアンナの言葉を聞き流しつつ、侑人は黙々と作業を続ける。

 そんな侑人の姿を見つけたレサク村長が、少し離れた木の下から声を掛けてきた。


「ユート殿。お茶を用意させましたのでこちらで休憩して下さい」

「おお! 茶の用意ができたのか。わらわも行くぞ」


 村長の言葉を聞いたアンナは勝手に実体化し、レサク村長が居る木の下に走って行ってしまう。最近のアンナは黒髪の勇者が召喚する従者として村人達全員から認知されているので、突然姿を表しても特に驚かれない。

 侑人はそんな事実を嬉しく思いながらも、村人達と楽しそうにお茶を楽しむアンナの元へと、ゆっくりとした足取りで向かっていく。

 せっかくの機会だからたまにはのんびりとお茶を楽しんで、村人達との交流を図ろうかななどと考えていたのだが、侑人の思いとは裏腹に事態は急展開を迎える。

 平和な日常は突如終わりを迎えたのだ。


「珍しいですねぇ」

「ん? どうしたんです?」

「何かあったのかの?」


 侑人がアンナの元へとたどり着いた時、何かを見つけたレサク村長が訝しげな声を出す。

 侑人の位置からでは木の影になっていてよく見えなかったが、先ほどでき上がったばかりの砂利道を複数の馬車が通り過ぎていったらしい。しかもかなり豪華な装飾が施された、この辺りでは見かけない様式の馬車だったとレサク村長は説明する。

 その話を聞いた侑人とアンナは、とうとう恐れていた事態が起こったと判断し、お互いに頷きあって村人達とのお茶会を切り上げた。

 念の為にアンナは侑人の身体の中に戻り、その間に侑人は帰宅準備を整えていく。全ての準備を終えた二人は、訪問者が来るであろうホラント家への帰路を急ぐ。

 ティルト村のあぜ道を足早で進んでいる侑人は、かなり真剣な表情をしていた。もう少しゆっくりしていけば宜しいのにと引き止める村人達に、もう十分楽しんだからと笑顔で答えた時の温和な表情は既にない。

 レサク村長が見かけたという馬車が侑人の危惧するものであるという証拠はないのだが、先ほどから嫌な予感が沸々と湧き上がり、侑人の足をどんどん早めていく。


「おい! どうしたんだよ師匠!」

「はっきり言ってよく判らんけど、一応クロウは家に帰っててくれ」


 何でそんなに急いでいるんだと問い掛けるクロウに向かって、詳しい説明を省いてとりあえず戻るように諭す侑人。しかしクロウは嫌だと即答し、早足で歩く侑人の側に張り付いて離れようとしない。

 侑人とアンナが一足先にお茶会から退席した際の妙な雰囲気を察したクロウは、この前助けてもらった恩を返そうと彼なりに考え、訳も判らないまま付いてくる事を選択したのだが、明らかにおかしい侑人の態度を見て少し不安を感じていた。


『小僧がいてもいなくても大勢に影響はない。とにかく誰が来たのか確認するのが先じゃ』

『妙な事にならんと良いけどなぁ』


 侑人に話し掛けるアンナの声色も妙に硬く、いつもの軽口を叩く余裕はなかった。何れにせよ、もし侑人を尋ねる為にあの馬車がティルト村を訪れたとすれば、訪問者はハルモ教と何らかの関わりを持っているはずだ。

 平穏な生活を望む侑人にとって良い状況になる事は想像しづらく、対応を誤れば今までの生活があっさりと瓦解すると容易に想像できた。


『勘違いかもしれんが、あまり楽観視するのも良くないか』

『まあ確認しない事には何も始まらぬ。想像が外れてくれれば良いのじゃがな』


 訪れた者が敬虔なハルモ教信者だった場合を想定し、その事が招く様々な弊害についてアンナは心配している。

 人族至上主義の人物がホラント家を訪れれば、エルフ人の血を半分引くマリアにとって良い事など何もない。しかしそれ以上に傷ついたマリアを目の前にした侑人が、どんな行動を取るのか予想できないのだ。


『ユート、何があっても冷静に行動する事を約束してくれんか?』

『判った』


 アンナが何を考えているのか何となく察した侑人は、感情のままに行動しない事を誓う。

 その後あれこれと議論を交わしつつ目的地への道程を急いでいた一行の目に、いつもの光景とは異なるホラント家の姿が映った。

 玄関の前には豪華な装飾のされた大きめの馬車が四台ほど整然と並び、数人の衛士が物々しく警護の任についている。侑人とアンナとクロウがホラント家の前へと辿り着いた時、普段の平和な姿とは程遠い異様な雰囲気に包まれていた。

2014/2/10:改訂

2014/5/25:魔法名追加

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