表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
黒髪の奏でる唄
14/45

第14話:姫君の召喚

 風の月の第八週の四日。マグナマテルの全土は恵みの雨の季節に差し掛かりつつある。

 本来であれば雨期は水の月に入ってから訪れるのだが、今年は例年より一週間ほど早く季節が移り変わったようだ。

 そのせいなのかここ数日間の天候は異常だった。雨期本来の雨の降り方は、日本の陰性梅雨のようにシトシトと弱い雨が降り続くはずなのだが、四日前から大嵐になっている。

 強い風と雨がマグナマテル全土を吹き荒れ、長引く嵐の影響で各地で被害が出始めていた。


「はぁ……」


 早めの夕食を終わらせたホラント家では、マリアが一人で暇そうに留守番をしている。窓の外からは断続的に強い風が吹きつける音が聞こえていた。

 侑人が修理するついでに自身の能力をフル活用して補強を行ったこの家は、大嵐の中でも多少揺れるくらいの強度を誇っている。そのせいもありマリアはこの嵐の中でもいたって暢気な様子だ。

 ヨーゼフは村の男達と一緒に村内の見回りに行っていた。侑人が代わりに行ければ良かったが、いまだ姿を隠している侑人では村人と一緒に行動できない。

 そして本来であればマリアと一緒に家にいるはずの侑人も、強風で何かがぶつかって破損した薪小屋の修理を行う為、この大嵐の中外へと飛び出し律儀に補修作業を行っていた。

 ちなみにクロウは最近ホラント家を訪れていない。とは言っても何かが起こった訳ではなく、単純に天候が悪いから来れないだけだ。

 森で保護された日から数えて五日ほどは家で大人しくしていたが、六日目からは天気が良ければいつもの様にホラント家を訪れ、とりあえずは元通りと言ったところか。

 相変わらずクロウは侑人に纏わりつき、朝から晩まで剣の修練に明け暮れている。変わったところがあるとすれば、侑人の呼び方と接する態度だ。

 侑人の事を師匠と呼び、心から尊敬しているといった素振りで指示に素直に従っているクロウの姿を、マリアは面白いものを見るような目で眺めていたりもする。

 なおクロウの祖母の容態だが、今のところは安定しゆっくりではあるが回復の方向に向かっていた。アルプレスの肉を食べたから大丈夫だというクロウの言葉に侑人はかなり驚いていたのだが、そんな事はこの世界では常識だ。

 マグナマテルに生息する魔物は、普通の動植物が何かのきっかけで魔力の影響を受け、突然変異を起こした物であり、大きさはともあれ基本的な構造は元の動植物とほぼ同じである。

 元がウサギのアルプレスの肉は食用に向いているのだが、魔力で突然変異を起こした副次的な効果で滋養強壮の薬としても扱われているのだ。

 そこそこの価格で取引されている商品だったらしく、レサク村長がお礼のために改めてホラント家を訪れた際に、アルプレスの肉の代金を支払っていった。特に興味を持たなかった侑人とマリアは金額を聞かなかったが、ホクホク顔のヨーゼフの姿を見れば大体の想像はつく。


 余談であるがアルプレスの場合は肉より角の方が高く売れる。正確に表現すると角と同化している魔石が売買の対象になるのだが。

 魔石は外部から魔力を蓄える性質があり、魔力を扱う様々な物品の中核パーツとして重用されている。破損していなければという制約はあるが、魔力を放出してしまった魔石に再度魔力を込めれば再利用も可能。かなり使い勝手が良い物質だ。

 アルプレスの場合は角と同化しているが、基本的に魔石は魔物の心臓付近にある事が多い。

 ティルト村のような地方の小村では殆ど普及していないが、王都では街灯の動力や室内の灯りの動力として使用されており、貴族や王族といった裕福層に至っては、家事を軽減する魔石を利用した便利家具を所持していたりもする。

 魔石は充電電池のような扱いだと考えれば大きなズレはないだろう。電気の代わりに魔力を蓄えるという違いはあるが、基本的な用途と求められている性能の面で考慮すれば大きな差はない。

 だが一見すると万能で便利に思える魔石にも負の面はある。兵器としての利用はその際たるものだ。

 地球において科学技術の発展と戦争は切り離せない表裏一体の関係だが、マグナマテルにおいての魔石利用もまったく同じ。

 むしろ兵器として利用する事を前提に研究や調査が進められてきたと言っても過言ではない。最先端の技術は全て国家や軍部の管理下に廻され、凡庸化され一般的に知られた技術のみが表社会に流通していた。

 とにかく魔石はおおいに必要とされ金になるのだ。しかし侑人は真正面からアルプレスを攻撃して叩きのめしてしまった為、角は砕けて回収不能になっていた。

 知っていたら倒し方を変えたのになどと侑人は呟いていたが、さすがにあの状況では無理じゃないかなとマリアは考えていたりもする。


「そうだ!」


 最近の事を思い返すのにも飽きてきたマリアは、ふと侑人の様子を見てこようと思い立ち、脇に掛けてあったフード付きのコートを着込み外に出る準備を始める。

 そしてマリアが玄関に向かおうと移動しかけた時、間が良いのか悪いのか侑人が作業を終えて家に戻ってきた。


「こんな嵐の中どこか行くの?」

「お出かけしようかと思ったけど、用事が済んじゃったからもういいかなぁ……あはは……」


 マリアは苦笑しながらリビングへと戻り、玄関先で待っていた侑人に体を拭くタオルを渡す。

 侑人は室内を濡らさぬようその場で濡れた体を拭きながら、マリアに向かって薪小屋の状態や実際に見てきた外の様子を詳しく話し、今まで話し相手が居なくて退屈していたマリアは、相槌を打ちながら楽しそうに聞いていた。


『相変わらず甲斐甲斐しい小娘だの。こやつを嫁にしたらどうじゃ?』

「なっ!」

「ん? どうしたのユート」

「な、何でもない。ちょっと外の音にビックリしただけだから気にしないで」


 絶妙なタイミングで突っ込みを入れてきたアンナの声に驚いた侑人は、動揺のあまり思わず奇声をあげたが、訝しげな表情をしているマリアに気づいて何とか誤魔化す。

 マリアの手前平静を装っているように見せかけつつ、侑人は心の中でアンナに対して文句を山ほどぶつけていた。張本人のアンナは心底愉快そうにケラケラと笑っていて、全く堪えていないのだが。


「時々ユートっておかしいよね。最近独り言も多いし、魔力も増えたり判らなくなったりと忙しい感じだし」

「はは……そんな事はない……はず」

『これほどおかしな存在は、世界に二人と居ないと思うのじゃがな』

『アンナは少し黙って!』

『まあこの小娘も少し普通ではないから、似たり寄ったりでお似合いじゃの』

『だからアンナは少し黙っ……普通でないってどういう事?』

『黙らんと不味いのではないかの? どっちなんじゃ?』

『いいからどういう事?』


 もはや定番となったアンナのからかいをスルーしつつ、侑人は話の続きを促す。

 最初のうちは少々もったいぶった素振りを見せていたアンナだが、侑人の雰囲気が普段と違いかなり真面目な事を察しておもむろに語る。


『この小娘はよい魔導士になれるやもしれん。わらわと比べればまだまだじゃが、かなりの魔力を有しておる。魔力量だけならわらわの半分近いかの』

『あー、魔力量の事は前にマリアから聞いたぞ。魔力量が生まれつき多いからなんか修行させられたりもしたけど、結局魔法が上達しなかったから諦めたってさ。思いっきり魔力を込めても薪に火をつけるのが精一杯だと』

『魔法が使えるか使えないかは才能の有無に左右されるのじゃが、使えるようになってしまえばおのずと魔法は魔力量にも影響されるはずじゃ。小娘がその気になればこの家などふっ飛ばせるほどの火力を出せるはずなんじゃがおかしいのう。魔法の相性の問題かのぅ……』

『だから普通じゃないって事か』


 マリアが持っている魔力量から考えると、行使している魔法の威力が低すぎてバランスが取れていない。しかし意識的に加減をして魔法を使っているようにも見えないとアンナは指摘する。

 魔法初心者の侑人は特に疑問も持たずあるがままのマリアを受け止めていたのだが、言われて見れば確かに不自然な点もあるなと納得していた。


「確かにおかしいか」

「ん? とうとう自分で認めた?」

「え? あー、今のは俺の事でなくて」

「ユートの事じゃなければ何のことなの?」

『おぬしの事じゃよ小娘』

「そうそうマリアの……って……」

「私がどうかしたのかしらユート」


 侑人はさりげなく会話に混ざってきたアンナの言葉に釣られ、条件反射的に思わず本音を漏らす。失態に気づいて慌てて口を塞いだが既に手遅れだ。

 マリアが非常にいい笑顔を浮かべて侑人との距離をゆっくりと詰めてくる。浮かべている表情と正反対のオーラがかなり怖い。


「ユート?」

「ハイナンデショウ」

「私がどうしたのかなー?」

「えっと……その、とても可愛らしいと思います。はい」


 侑人が苦し紛れに口に出した言葉は紛れもない真実だが、できれば隠しておきたい内面を如実に表していた。

 命の恩人であるマリアをそういった目で見てはいけない。侑人が己に科した制約が焦ったせいで外れてしまったのだ。


「「…………」」

『やれやれ見ておれん……』


 侑人の目には朱に染まったマリアの顔が映り、マリアの目には真っ赤な顔をした侑人の顔が映っている。

 お互いに沈黙したまま見つめあい、妙な空気が二人を包み込んでいたのだが、そんな均衡を破ったのはマリアの方だった。


「お、お茶、お茶飲む!?」

「えっ、あっ、うん! 頼む!」


 マリアは手足の関節が幾つか無くなってしまったような、かなりぎこちない動きで厨房へと向かい、侑人もそんなマリアに負けず劣らずの動きで椅子へと座る。

 そんな二人の雰囲気を察したアンナが、やっぱ小娘はユートの女ではないかとぶつくさ呟いていたのだが、侑人にはその言葉は全く届いていない。

 大嵐の中でもホラント家では普段と同じ平和な空気が流れていた。しかしその雰囲気を一変させる出来事が突然起こる。


 バタン


 マリアが侑人にヌハ茶を手渡そうとした時、突然家の玄関が大きな音を立てて開き、誰かが家に駆け込んで来たのだ。


「あっ!」

「ユート!」


 その音を聞いた侑人は急いで先ほど脱いでしまったコートを着込んで咄嗟に顔を隠し、マリアも侑人の顔を隠そうと慌てた様子でその前にわざとらしく立つ。

 しかし突然の訪問者はそんな二人の様子を無視して、かなり焦った顔をしながらまくし立てるように二人に話し掛けてきた。


「マリア! ユート! 急いで家を出るのじゃ!!」


 突然の訪問者は村人と一緒に見回りに行っているはずのヨーゼフだった。普段の冷静沈着で温和な姿からは全く想像できないほど取り乱している。

 そんな珍しいヨーゼフの姿を見たマリアは少し不思議そうな顔をし、侑人は言い様のない悪い予感を胸に湧き上がらせながらも表面上は普通に振舞う。


「どうしたのおじーちゃん?」

「一体何がどうしたんです?」


 ある意味普段通りの二人の姿を見て少しだけヨーゼフも落ちつく。少し天然気味のマリアと基本的に冷静沈着な侑人の存在を今日ほど心強く感じた事はない。

 深呼吸を数回繰り返して呼吸を落ち着けたヨーゼフは、真剣な表情をしながら二人を見つめ、目前に迫る危機を淡々と伝えた。


「村の側を流れる川の堤防が、あと数刻もしないうちに決壊しそうじゃ」

「えええ! 何で何で! それでどうしたら良いの!?」


 予想をはるかに超える深刻な事態を告げられたマリアは、お盆を胸に強く抱きしめながら動揺し、矢継ぎ早にヨーゼフに問い掛ける。

 マリアの反応はある意味予想通りで、ヨーゼフは少し苦笑しながらも最愛の孫娘を落ち着かせようとなだめ始めたのだが、マリアの思考は明後日の方向へと向かっていく。


「とにかく落ち着くのじゃ。最小限の荷物を持って高台に逃げるのじゃ」

「最小限ってどれくらいだったっけ!?」

「いいから慌てるでない。少しの着替えと食べ物と薬を持ち出せばよかろう」

「少しってどれくらいだっけ!?」


 もはや収拾が付かない状態まで慌てふためいていたマリアは、オウムの様に質問する事しかできなくなっている。

 混乱しているマリアに何を言っても無駄だと悟ったヨーゼフは、落ち着いていそうな侑人に全てを託そうと考え視線を侑人に移す。


「ユート、マリアの事を頼め――」


 しかしヨーゼフが侑人に話しかけた時、すでに侑人は玄関から表に出ようとしているところだった。

 何をするつもりなのかを即座に察したヨーゼフは、慌てて侑人を止めようとするが、それより一瞬だけ早く侑人の声が玄関先で響く。


「ヨーゼフさん、マリアを連れて早く高台へ!」


 侑人はそう告げるとヨーゼフが止める声を背後に聞きながら、嵐の中を風のように駈け出していった。




 分厚い雲に覆われた天空では雷鳴が轟き、根こそぎ倒れた木々や崩れかかったあぜ道が行く手を遮る。

 強風に煽られた雨粒は容赦なく肌へと突き刺さり、時折吹きつける突風によって飛ばされた色々な物体が身体を掠めていく普通に立っている事すら困難な大嵐の中、侑人は風のように疾け抜けていた。

 街灯がないティルト村は漆黒の闇に閉ざされ、視界は悪いを通り越えて零に近い。普通の人間なら、まともに歩く事すらできない過酷な環境だ。

 しかし侑人は走りながら探索の魔法を使い、同時に強化魔法を使う事で身体能力を底上げし、その問題を無理やり解決している。

 クロウを助けに行った時にはできなかった芸当だが、あれから続けた魔法の鍛錬の成果が表れたようだ。そんな事を侑人は考えていたが、実は魔法の常識を覆していた。


『この気配は火属性の身体強化(インテンシオコープス)と風属性の探索の風(クワイレレ)じゃな……普通ではありえんぞ……』

『どうかしたか?』


 アンナの呟きを聞いた侑人は怪訝そうに質問し、それを受けたアンナはどう答えようかとしばし考え込む。

 侑人から聞かれていなかったのでアンナは教えていなかったが、基本魔法の火・水・土・風には相関関係がある。例を挙げると火の魔法は風に強く水に弱いといった特性があり、土の魔法は水に強く風に弱いといった特性があるのだ。

 風の魔法は土に強く火に弱い特性がある為、通常では火の魔法と同時に行使する事などできないはずだが、目の前の侑人は苦もなく軽々とこなしている。

 暫くの間どうすれば良いのかアンナは悩んだが、現時点で侑人に事実を教えて悪影響が出る事を恐れ、問題を先送りした。


『そんな事よりもユート。おぬし一人でどうするつもりじゃ?』

『何ができるか判んないけど、黙って見ているつもりもない』


 今までホラント家に篭り基本的に外に出ていなかった侑人には、川がどこにあるのか正確に判らない。しかし判らないならしらみつぶしに探せば良いだけだと開き直り、村中を闇雲に走りまわる。

 やがて何とか侑人が川の堤防にたどり着いた時、村人の男達は今にも崩れそうな斜面を補強する為に土嚢を積んでいるところだった。


「俺にも手伝わせて下さい!」

「おっ、おう!」


 突然目の前に現れたフードをすっぽり被る怪しげな男に対し、村人達は警戒する。

 しかし決壊寸前の川をどうにかしなくてはならないこの逼迫した現状では、一人でも多くの手があったほうが助かると判断し、侑人に向かって助力を願い出た。


「ありがたい。早速この土嚢をあそこに積んでくれ!」

「わかりました」


 指示を受けた通りに土嚢を土手に運び、堤防を補強する作業を黙々と手伝う侑人。

 マリアとヨーゼフそしてクロウが暮らすこの村を守りたいという思いが、侑人を駆り立てる。


『無茶をするな! 正体がばれても良いのか!?』

『ばれない様に気をつけてるって!』


 しかしこの時の侑人は平常心ではなかった。本人はヨーゼフの目立つなという忠告を守っているつもりだったのだが、全然加減ができていなかったのだ。

 侑人は焦る気持ちに身を任せて、普通の成人男性が持てる重さをはるかに超えた分量の土嚢を、強化魔法を使ったまま力任せに一気に持ち上げてどんどん堤防に積み上げていく。

 そんな人知を超えた怪力を発揮する男を、村人達はしばし唖然として見つめていたが、今はそれどころではないと思い出し、この場を侑人に任せて追加の土嚢を取りに向かう。

 村人が土嚢を取りに行っている間少し時間が空いてしまった侑人は、土壁を生み出す魔法を使い堤防を補強しようと思い立つ。しかし行使しようとした瞬間、マリアとヨーゼフの真剣な顔が脳裏に浮かんだ。


「さすがに不味いか……」


 普通の生活を送れるように手を差し延べてくれる二人の好意を、勝手な判断で無駄にする訳にはいかない。ただでさえ正体がばれるギリギリの事を勝手に行っているのだ。

 考え直した侑人は再び村人達に混じって土嚢を積む作業を続ける。しかし猛威を振るう嵐の前では焼け石に水の状態であった。


「駄目だ……」


 村人の一人が呟く。

 目の前の堤防は皆の努力をあざ笑うかのように、どんどん決壊へと向かっていく。誰の目から見ても、今すぐ決壊してもおかしくないところまで状況は悪化していた。

 村人の間に諦めの空気が漂い、一人また一人と作業の手を止め呆然と堤防を見つめ始める中、侑人だけは諦めず作業を続けている。

 侑人は堤防と土嚢が置いてある場所を何度も往復し、土嚢を黙々と積み上げていく。

 鬼気迫る侑人の姿を村人達はしばらく間見守っていたが、やがて一人の男が侑人に近づき肩にそっと手を置いた。


「ありがとう見知らぬにいちゃん。でももう無理だ……逃げよう」

「えっ……?」


 侑人が見上げた村人の顔は何もかもを諦めた顔をしていた。その顔を見た侑人は全身の力が抜けそうになるが、歯を食いしばって自分を鼓舞する。

 このままでは何も解決できない事を理解しつつ、侑人は村人の男にそう声をかけられても作業を止めない。ただひたすらに何とかしようと足掻き続けた。

 何があっても手を止める訳には行かないのだ。休まず動き続ける侑人の脳裏にマリアとヨーゼフの笑顔が過ぎる。

 なす術もなく川を決壊させてしまえば、マリアとヨーゼフの生活に大きな影響を与えてしまう事は明白であり、どんな手を使ってでもそれだけは阻止したかった。

 しかしこのままでは遅かれ早かれ村に甚大な被害が出る。これといった特産品も無く農耕と狩猟で生計を立てているこの村では、田畑が全滅する事は死活問題だ。

 自分を救ってくれたマリアやヨーゼフも餓える事になるかもしれない。それだけは絶対に許容できない。


 そして侑人は決断する。


「ごめんマリア……ヨーゼフさん……」

『何をする気じゃ?』


 侑人は隠れる事しかできない自分自身に対して自己嫌悪していた。マリアやヨーゼフの優しさに甘えるばかりで、肝心な時に役に立てない駄目な男だと。

 今までの生活は温かくて心地よくてどこかくすぐったくて、異世界に放り出された侑人にとってもかけがえのないものだ。でも守られてばかりじゃ二人を、皆を救う事などできない。


「このまま……」

『やめろユート、妙な事はするな』


 過酷な状況に追い詰められ、苛立ちを感じた侑人は叫ぶ。


「このまま諦めたら男じゃねえだろくそったれ!」

『ユート!』


 パキン


 侑人が叫んだ瞬間、周囲の空気が変わった。

 自ら押さえ込んでいた魔力が全て開放され、圧倒的な魔力が身体から溢れ出す。

 周囲の景色を歪ませるほど放出されるその無限と思えるような魔力量に、村人達は今度こそ完全に言葉を失った。

 そんな周囲の雰囲気の中、侑人だけが冷静にある事を考えていた。侑人はマリアとヨーゼフの平穏な生活を守る為、即座に行動を開始する。


「下がって!」


 侑人は唖然として立ち尽くしていた村人達を一喝して後ろに下がらせる。

 それを横目で見ながら村人達の安全を確認すると、バックステップをして堤防の危険箇所を見渡せるだけの距離を取りそのまま目を瞑った。呼吸を落ち着け地面に手を置いて集中した侑人の脳裏に、とある物体をのイメージが浮かぶ。そして自分の頭の中で明確なイメージが組みあがった後は、強い意志の力で魔力を放出させるだけだ。


「危険だから伏せて!」


 侑人のその言葉と同時に両手から魔力が放たれ、膨大な魔力を受けた地面はその形状を一気に変化させた。

 目の前の地面は大きく抉れ、川との境には大きな斜めの壁のようなものができ上がる。その土壁の高さは大人の背丈の三倍ゆうに超え、幅がその五倍はある巨大な物だった。


「次は仕上げっと」


 今度はその壁に向かって右手をおもむろにかざし、大きめの平たい石を呼び出して土壁の全体を覆っていく。全開放した侑人の魔力は凄まじく、あっという間に立派な石堤ができ上がっていた。

 侑人は満足げに頷きながらできあがった石堤を見渡した後、自らの魔法で大きく抉ってしまった地面を石つぶてで応急的に塞ぐ。これで穴に落ちて怪我をする人はいないだろうと考え一息ついた。


「これでここは安心かな」

『過剰すぎた気もするがの。しかし良かったのかのユート』

『あ? あー後の事はなんとかなるだろ。多分』

『何ともならん気がするのは気のせいかの? まあ隠れているよりはユートの性に合ってそうだがの』


 やってしまったものは仕方ないと開き直る侑人に、いつもの調子で突っ込みを入れるアンナ。

 もはや侑人の存在を隠し続けるのは不可能な状況だが、それでも侑人の顔は満足そうな笑みを浮かべている。


「他の危険箇所は?!」


 しかしまだ安心はできない。侑人は厳しい表情に戻ると、周囲の村人に向かってそう問い掛ける。一仕事終えた満足感に浸っていたいところだが、ティルト村の危機はまだ去っていないのだ。

 だが村人達は目の前で起きた奇跡のような出来事に圧倒され、茫然自失となっていた。


「奇跡だ……黒髪の勇者が奇跡を起こした」


 村人の一人が呟く。その言葉をきっかけにして村人達の間にざわめきが広がり、その様子を見た侑人はやっと今の自分の姿に気づいた。

 無我夢中で魔法を行使していた侑人は、フードが脱げて黒髪や素顔が表に出ている事を失念していたのだ。いつの間にかこの場に来ていたヨーゼフとマリアは、そんな侑人の姿を見て苦笑していた。

 マリアやヨーゼフの姿を見つけた侑人は、二人の好意を思いっきり台無しにしてしまった事を察して少し焦りを感じたが、今はまだそれどころではないと考え再度気を引き締める。

 そして浮き足立つ村人を落ち着かせる為に、少し大きめの声で全員に語りかけた。


「今はそんな事どうでもいい! とにかく他の危険箇所を!」


 その言葉を聞いた村人達も現状を思い出したようだ。この場所より危険なところはないが、それでもこのまま放置すればいずれ決壊する箇所はまだあった。


「川上の方に三ヶ所と川下の方に二ヶ所危険な場所があります」

「時間的にやばいのはどっちです?」

「どちらの方も同じくらい危険です」

「マジかよ……」


 全てを隠す事をやめた侑人の目の前に、再び問題が立ちふさがる。さすがの侑人も二ヶ所同時に直す事などできない。

 優先順位を付けようとあれこれ村人から聞き出したのだが、どうやらどちらの方も切羽詰った状況のようだ。


『アンナ! どうにかならない!?』

『先ほどからわらわも手伝おうと努力しておる。でもわらわの力では外に出られんのじゃ……』


 無理を承知で頼み込んだ必死な侑人の願いを少しも叶えられないアンナは、心底悔しそうな声をあげる。

 溢れるほどの魔力量を誇るアンナだったが、侑人の中に閉じ込められている今の状況では手も足も出なかった。


『すまんユート……』

『無理を言ってるのは俺だよ。こっちこそすまん』


 自分の意思ではどうにもならない状況を前にして、アンナは悲痛な声を上げる。助ける力があるのにそれができない辛さ。侑人にはその辛さが痛いほど判るのだ。

 アンナの事もどうにかしなければ。そんな事を考えた侑人の脳裏に、とあるアイディアが浮かぶ。成功するかは未知数だが、成功すれば全ての問題が解決する究極の一手だと思われた。


『上手くいくか判らんが、上手くいったらアンナも手伝え!』

『よく判らんが了解したぞ! わらわにできることならば何でも言うがよい!』


 魔法に必要なものは魔力とイメージ力と意志の力。魔法の基本要素を思い返しながら侑人は魔力をどんどん高めていく。見えないはずの魔力が可視化し、魔力に包まれている侑人の姿は金色に輝いていた。

 動揺する村人達を他所に、自らの変化に臆する事もなく侑人は目を瞑り深く集中し、脳内に作り出した一つのイメージを極限まで具現化する。そして一人の少女の姿が明確になった瞬間、溜まりきった魔力を両手から一気に開放した。

 暗闇に閉ざされていた堤防が眩いばかりの光に包まれ、侑人の側に居た村人達は余りの明るさに目を逸らす。

 数秒の間、辺りは光に包まれていたが、やがてその光も弱まっていく。そして再び暴風雨が吹き荒れる暗黒の世界に戻った堤防の前には、赤い髪を長く伸ばし瞳の色が若干赤みがかっている女の子が、きょとんとした表情で座り込んでいた。

 侑人が考えたのは魔法としてアンナを使う事――アンナを召喚する事だった。


「アンナ!」

「おっ?」

「よっしゃー! 上手くいっ……あ、眩暈が……」

「おおおお! でかしたぞユートって馬鹿者! 魔力の使いすぎじゃ!」


 侑人の目の前にいるアンナは少し怒った素振りを見せつつも、嬉しそうな表情で抱きついてくる。アンナはかなり興奮した様子を隠そうともしない。

 侑人は年頃の少女が男に抱きつくのはどうかと一瞬だけ考えつつも、嬉しそうなアンナに流されてされるがままになっていたのだが、今はそんな状況ではないと気づいて、首の辺りに貼り付いているアンナを引き剥がした。


「って、喜んでいる場合じゃねえ。早くどうにかしないと間に合わんかも」

「そうじゃったな。ふむ……どうやら今の姿なら問題なく魔法が使えるようじゃ。わらわは一度約束した事は必ず守るゆえ、何なりと申せ」

「内容は判ってると思うけど」

「土の魔法は苦手じゃが、岩壁生成(クアイヌルム)程度なら難なく使用できると思うぞ。わらわが川上にいくゆえ、ユートは川下を終わらせたら川上へと仕上げに来て欲しい。これで良いかの」

「さすが話が早いね、では任せ――」

「待つのじゃ!」


 走り出しそうになる侑人の右腕を掴みアンナが制止する。

 急いでるのに今度はどんな用件だと文句を言おうとした侑人の身体に、かなりの量の魔力が注ぎ込まれた。


「とにかく魔力の使いすぎじゃ。無理やり半分ほど魔力を送り込んだが、魔力の移動は何とかなったらしいの。さすが黒髪の勇者じゃ。いや、この場合凄いのはわらわの方かの」

「アンナ……お前……」


 少し疲れた表情を浮かべていたが、アンナはそう言って微笑む。

 先ほどまで侑人が感じていた眩暈は治まり、節々に感じていた痛みも大幅に緩和されたのだが、それに反してアンナはかなりきつそうだった。


「俺は助かるけど大丈夫なのか?」

「正直に言うとこのままだと少々しんどいが、わらわにも考えがあるのじゃ。えーと、お、居た居た。そこの小娘、ちょっとこっちに来てくれんかの」


 少し離れたところで呆気に取られた表情を浮かべていたマリアをアンナが手招きする。

 マリアはキョロキョロと辺りを見回す素振りを見せていたが、自分の事を呼んでいる事に気づいて駆け足でアンナの側までやって来ると、侑人に向かって矢継ぎ早に問い掛けた。


「何がなんだか判ってないんだけど、何で私が呼ばれたの?」

「大丈夫、俺にも判ってない」

「それにこの人は誰なの? ユートの知り合い?」

「話すと長くなるから後でいいかな? それよりアンナ、何故マリアを呼んだ――」

「それは後で説明するのじゃ。ユートはユートの仕事をせい」


 侑人の問い掛けを最後まで聞かず、アンナはマリアを引きずって川上へと走って行く。

 その足取りは風の様に軽く、先ほどまで見せていた疲れを殆ど感じさせない動きだった。


「うひょー! 久々の自由じゃ! 動けるというのは素晴らしい事じゃ!」

「ちょっとちょっと! いきなり何なのよ!」

「まあまあ、道中で説明してやるからわらわに任せい。わらわに全部任せれば、村を救う事など容易いことじゃ」

「村を救って貰えるのはありがたいけど、私が一緒に行く理由を先に説明してくれないかな?」


 マリアとアンナの声がどんどん遠ざかっていく。訳の判らない事に巻き込まれてマリアは動揺していたが、アンナの機嫌は今までで一番といえるほど良かった。

 アンナは久々の自由を満喫しつつも、自分を完全な姿で召喚した侑人の技量に舌を巻いていた。古代魔法の一種である召喚魔法を駆使できる魔導士は、マグマナテル全土で考えても数えるほどしか居ないはずなのだ。

 しかも練習もせずにぶっつけ本番で、さらに詠唱もなしで召喚を成功させた者の話など、一度も聞いた事がなかった。

 侑人の存在がマグナマテルを大きく動かしていく予感を感じながら、それに深く関わる事ができそうな自分の立ち位置にアンナは興奮していたのだ。

 そんなアンナの心中に気づいていない侑人は、アンナ達を笑顔で見送る。そして気合を入れなおすと、真顔で村人達へと振り返った。

 川上側はアンナとマリアに任せておけば大丈夫。そんな確信が侑人の中に浮かび、自分も今できる事をやるだけだと改めて決意したのだ。

 侑人の言葉に従って次の危険箇所へと向かう村人達の表情は、先ほどまでなかった希望の光に満ち溢れている。

 ティルト村の危機は突如現れた黒髪の勇者によって救われるのだ。そんな空気が村中を満たしていた。


 その後一晩中、侑人と村人達は堤防の補強に奔走した。


「他に危険な場所はあります?」

「あっちの一部が崩れかかっているみたいです!」


 アンナとマリアのコンビとは一度も出会えなかった。しかし固まって動くよりも分散して作業した方が効率が良いため、あえて探す事はせず侑人はそのまま作業を続ける。

 全ての作業を終わらせた侑人がホラント家に帰宅した頃には、辺りは明るくなり風雨が若干収まってきていた。

 雨に打たれずぶ濡れになっていた衣服を着替えてベッドに横たわった侑人は、今後の対応は起きてから考えようと問題を先送りする事に決め、そのまま泥のような眠りに落ちる。

 侑人の寝顔には一仕事終えた満足感が漂っていた。


「ユートは帰ってる?」

「どうやら寝ているようじゃな。わしはこのまま村長の所に顔を出してくるから、マリアはアンナ殿を部屋に案内してやってくれんか」

「判った。アンナはこっちの部屋だよ」

「迷惑をかけてすまんの。さすがのわらわも少し疲れたわい」


 ホラント家にはつかの間の平穏が戻り、皆の顔にも満足げな表情が浮かんでいた。

2014/2/10:改訂

2014/5/25:魔法名追加

2014/5/27:魔石の描写を追記

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ