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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
黒髪の奏でる唄
13/45

第13話:魔法の師匠

 クーラント魔国の姫君であるアンジェリーナとの、奇妙な同居生活が発覚した日の翌日。侑人はさわやかな目覚めで朝を迎えていた。

 マリアとヨーゼフの好意により、ほぼ丸一日を睡眠と休憩に充てる事ができた為、気力体力共に充実し体調は万全になっている。自身の魔力状況ははっきりと掴めないが、昨日より魔力量が多くなっている雰囲気を、侑人は何となく感じ取っていた。


『アンナ。起きてるか? 魔力の事を聞きたいんだが』

『…………』


 心の中でアンナに問い掛けるが返事がない。朝が弱いタイプなのかななどと考えながら、侑人は一階へとゆっくりと向かう。

 すると普段より早い時間なのにマリアが既に起きていて、朝食の支度をしているところだった。


「おはようマリア」

「あっ! おはようユート。体の方は大丈夫?」


 少し心配そうにしているマリアに向かって、昨日は十分に休ませて貰ったから大丈夫だと笑顔で返答し、既に指定席となっている椅子に深く腰掛ける侑人。

 作業の手を一時中断したマリアは、エプロン姿のまま侑人の側まで近寄り、入れたてのヌハ茶を手渡した。


「顔色も良さそうだから少し安心したけど、あまり無茶しちゃ駄目だよ……。それにしてもその魔力はどうなってるの? 今までの何倍あるのかよく判らないけど、凄く増えてるよ」

「魔力はその……俺にもよく判んないんだよ。でもあって困るもんでもないから気にしない事にした。そんな事よりマリアこそ大丈夫? 昨日も余り休んでないみたいだけど」

「私はまだ若いから大丈夫」

「俺と二歳しか変わらんだろ!」

「二歳の差って結構大きいみたいだよ。だから私に任せてねユート」


 笑顔でウィンクしながらそう告げたマリアは、朝食の支度がもうすぐ終わるから少し待っていてと言い残し、いそいそと厨房へと向かう。

 何か良い事でもあったのか、マリアの機嫌はとても良さそうであり、その足取りはかなり軽い。

 侑人はマリアの入れてくれたヌハ茶をひとくち口に含む。お茶の事を詳しくは知らないが、マリアの入れてくれたヌハ茶は非常においしいと感じる。

 そんな朝の優雅な雰囲気の中、ゆったりとした時間を過ごしていた侑人だったが、突然頭の中に響いたアンナの質問がそんな雰囲気を一変させた。


『あの小娘はユートの女か?』

「ぶっ!」


 アンナの予想外の言葉が脳内に響き渡り、驚かされた侑人はヌハ茶が気管に入りむせてしまう。

 ゲホゲホと苦しそうに咳き込んでいる侑人の姿を見たマリアは、慌てた表情で厨房から戻り、侑人の背中を優しく擦っていた。


「慌てて飲んだら気管に入った……。もう大丈夫だから気にしないで」

「昨日の今日だからあまり無理はしないでね」


 マリアは再び厨房へと戻っていく。時々後ろを振り返りこちらを伺っているの様子を見ると、かなり心配を掛けてしまったようだ。

 心配そうなマリアに向かって満面の笑みを返しながら、侑人はアンナに脳内で抗議する。


『朝っぱらの開口一番にとんでもない事を言うなよ……』

『おお、そうじゃったな。おはようユート』

『おはようさん……』

『朝の挨拶は元気よくせんといかんぞ』


 白々しく朝の挨拶をするアンナに対して律儀に返事を返す侑人。言いたい事は山ほどあるがアンナの言う通り朝の挨拶は大切だ。

 とは言うものの、心の中でアンナに向かって抗議をしていると眉間に皺が寄りそうになる。しかしそんな顔を見せるとマリアが心配してしまう為、侑人は微笑を浮かべながら心の中で悪態を付くという、器用な事をする羽目に陥っていた。


『とにかく失礼な想像はするな』

『失礼な想像とはどんな事じゃ? わらわには皆目見当が付かないのじゃがな』


 姿形は全く見えないのだが、間違いなくアンナはすっとぼけた表情をしているはず。

 自由奔放なアンナの物言いに頭痛がしてきた侑人は、額に人差し指と中指を当てて、今後どうやってアンナと触れ合えばいいのか少しだけ考え込む。しかしこの行動がまずかったと気づいた時には、既に色々と手遅れだった。


「やっぱり体調が悪いのかな? 何かおかしいよユート」

「えっ? いや、何でもないぞ」


 侑人の瞳にマリアの姿が映る。本気で体調を案じている柔らかい右の手のひらが、侑人の額に優しく触れていた。そんなマリアとは対照的に、侑人はなすがままになっている。

 やがてマリアの右手は侑人の頬の辺りまで移動し、暫くの間ペタペタと所在なさげに触っていたのだが、一度だけ小さく頷くと今度は両手を侑人の両頬に当て、いきなりおでこを合わせてきた。


「熱はなさそうだね」

「……トテモゲンキデスヨ」


 侑人の視界は目を瞑ったマリアの綺麗な顔で塞がれている。突然の出来事に驚いた侑人の全身は硬直し、目を瞑る事すらできなかった。

 やがてマリアは納得したのか侑人の両頬から手を離さないまま目を開け、柔らかい表情で侑人に向かって微笑みかける。

 どういうリアクションを返せばよいのか判らなかった侑人は、そのままマリアの目を見つめ続けていたが、マリアはそんな侑人に再び微笑みかけ、自然にその場を離れていった。


『やはりユートの女だったではないか』

『昨日も説明した通り、マリアとヨーゼフさんは命の恩人なの! 恩人に向かってなんて事を言うんだ!』


 からかい混じりのアンナの声を聞いた侑人は我に返る。さすがに今の出来事を受けて動揺したが、侑人の身を案じているだけのマリアの行動に他意はないはずだ。

 再び脳内会話で侑人はアンナに抗議したが、アンナは納得がいかない様子だった。


『あの小娘の雰囲気から察すると、それだけではないと思うがの』

『マリアは誰にでも優しい……つうか普通に考えれば俺とマリアで釣り合う訳ないだろ』


 見目麗しいマリアと野暮な自分とでは釣り合いが取れるはずもないと断言する侑人。

 しかしアンナにはそうとは思えず、むしろ自分を過小評価する侑人の態度に歯痒い思いを感じている。もはや打ち解けた今では敵意など持ってないが、黒髪の勇者は強大な敵でありライバルだとずっと思っていたからなのだが、そんなアンナの感情に侑人は気づいていない。


『うーむ。黒髪の勇者のユートならば、王族相手でも立場的には何も問題がないと思うがの』

『だから勇者じゃないと昨日から何度も言ってるだろ。まあその事は置いといて、とにかくマリアとはそういった関係ではない』


 この話はもうおしまいという雰囲気を込めて侑人は言い切り、そんな侑人の態度を察したアンナは、まあユートがそういうならそれでいいじゃろうととりあえず納得する。

 そしてそのまま世間話の延長をするかのように、昨晩の重要な案件の結果を言い放つ。


『ユートは魔力を溜められるようじゃぞ。昨日放出した魔力とほぼ同じ量が増えておる。わらわの余剰魔力しか使えないという可能性が無くなったのは良い知らせじゃ。しかもわらわが一日で回復できる魔力を一度に移動できるという事まで判ったのは出来すぎにも思えるの』

『…………』

『喜びのあまり声も出ないか?』

『……そういう事は』

『そういう事は? なんじゃ?』

『そういう事はさっさと言えー!』


 アンナにいい様に弄ばれる侑人だった。

 そんな感じで侑人とアンナが脳内会議で激論を戦わせている間に、マリアの朝食の支度は終わり、侑人がふと気づけば、マリアは二人分の朝食を机の上に並べていた。


「そういえばヨーゼフさんは?」

「あ、おじーちゃんは村長さんの家に朝早くから行ってるよ。ほら、ユートの件があるからね」


 マリア曰く、クロウを助ける際にばれてしまった侑人の正体を、誰にも口外しないように改めて頼みに行ったとの事である。

 とは言っても実の息子に勇者の名前であるクロウと付ける程、ハルモ教の伝承マニアで黒髪の勇者の熱心なファンであるレサク村長は、クロウを助けた晩に侑人の事を口外しないようにと頼むヨーゼフの言葉に思いっきり頷き、村で変な噂が出たら私が握り潰しますと興奮気味に語っていたので、心配なさそうだが。


「ヨーゼフさんには悪い事したかな」

「大丈夫だよ。ユートが居なかったらクロウが助かったのか判らないんだし。そんな事より冷める前に早く食べよう」

「そだね。では頂きます」

「はい、頂きます」


 侑人はお礼を言いつつマリアが用意してくれた朝食に手をつける。今日の朝食はエトの粉を水で練って焼いた少し固いパンのような物と、野菜と乾燥した鳥肉を煮込んだ塩味のスープだ。

 昨日ほぼ丸一日寝込んでいて、まともな食事を取るのが一日ぶりだった侑人は、余りの食欲旺盛さに呆気に取られて見つめているマリアの事を気にも留めず、一心不乱に食事を続けていた。


「あの時のユートは凄かったね」

「ふぁんふぉふぉふぉ? (何のこと?)」

「あ、お話は食べ終わった後で良いよ」

「ふぁい」


 口いっぱいに食べ物を詰め込み、リスのように頬を膨らせたまま頷く侑人の姿を、マリアは苦笑しながら見つめる。

 目の前に居る今の侑人の姿をからは、とんでもない事をいとも簡単にこなしてしまう特異な能力を持っているとは想像し難く、あの出来事は夢だったのではないかと錯覚しそうになるが、マリアの目の前で起きた紛れもない事実である事は確かだ。


「ふう、で、一体何の事?」

「クロちゃんを助けに行った時の事だよ。頭に浮かんだあの映像は何だったんだろうね」


 侑人は周りの気配を探ろうと意識を集中させたときに浮かんだ、モノクロの立体脳内イメージを思い出す。

 クロウを助け家に帰る道中でのマリアとの会話の中で、意識を集中させている時に魔力を放出しているのを感じたと聞かされた侑人は、あれも一種の魔法なのかなと考えたのだが、魔法の修行中の身ではさすがに知識不足であり、明確な回答を持ち合わせていなかった。


『アンナには判る?』

『ん? 何の事じゃ?』


 アンナに向かってクロウを探していた時に、周囲の映像をモノクロの視覚化できた事を説明する侑人。

 その話を真剣な様子で聞き入っていたアンナは、侑人の説明が終わると即座に回答を出した。


『それは風の魔法の応用じゃな。探索の風(クワイレレ)ならわらわも使えるぞ』

『やっぱ魔法かぁ』


 風の魔法にはカマイタチを発生させる以外にも様々な使い方があり、むしろ風の魔法のメインの使用法は攻撃ではなく、情報伝達や飛翔といった補助的な用途だとアンナは説明する。

 圧力を高めて圧殺したり、逆に空気を奪って窒息させたりもできるので攻撃に向かない訳ではないらしいが、攻撃する際には他の魔法で事足りるので、わざわざ難しい使い方をする事は稀だとも言っていた。


『結構高等技術なんじゃぞ』

『じゃあ、偶然できたって考えた方が良さそうだな。そう考えるとマリアにその映像が伝わったのもたまたまなのかな?』

『それは本当か?』

『ああ。あの時のマリアにも同じ映像が見えてたみたいだぞ』

探索の風(クワイレレ)だけじゃなく伝達の風(ファーリー)も同時使用しておったという事か……』


 侑人の言葉を聞いたアンナは呆気に取られていた。侑人の言葉を信じれば周囲の状況を調べる探索の魔法と、相手にその情報を伝える情報伝達の魔法を同時に行使していた事になるのだ。

 情報伝達はそれほど高等な技術ではないが、それは文章を伝達する程度の情報量に限ればの話である。周囲の状況を映像として捉えその全てを相手に伝えたとなると、どれ程の情報量だったのか想像もつかない。侑人はその事実に気づいていない様子だが、無自覚でこれだけの事をこなした技量に感服を通り越えて寒気がした。


『どうかしたか?』

『あーいや、わらわから言える事は一つだけじゃ。さすがは黒髪の勇者だと言ったところかの』


 アンナは勇者などではないと抗議する侑人の思考を軽く受け流しつつ、やはりハルモ教の伝承を調査する判断を下した自分の考えが間違っていなかったと考えている。

 侑人自身に野心や害意はなさそうだが、これだけの潜在能力を感じさせる侑人の存在を権力者達が見逃す訳がなく、侑人の意思に関わらずいずれは歴史の表舞台に姿を現すはずだ。アンナはそんな事を予感していた。


『勇者云々はもうどうでもいいや。そんな事よりアンナに聞きたい事があるんだけど、身体能力が上昇するのにも魔法が関係していたり?』

『わらわは少々苦手なんじゃが火の魔法の身体強化(インテンシオコープス)で可能じゃな。使用者に効果を及ぼす強化系魔法じゃ』

『疲れにくくなる効果もあるのか?』

『身体能力を強制的に底上げしておるから、使用中は疲れを感じにくくなるはずじゃ。使いすぎると使用後に反動が大きく出て、動けなくなる恐れもあるがの』


 自身に起こってた身体の変化に納得がいった侑人は、そのまま今まで疑問に思っていた事をあれこれ質問する。

 アンナはそんな侑人の質問に的確に答えていくのだが、よくもまあまともな修行もせずに無自覚であれこれ魔法を使っていたものだと、半分あきれ返っていた。


「急に考え込んでどうしたの?」

「え? ああ、頭に浮かんだ映像の事でちょっとね。自分の考えを纏めるのに集中してた」


 急に黙り込んだ侑人に疑問を抱いたマリアは、机に両肘を突きキョトンとした顔で侑人を見つめている。

 少しだけ慌てながら、侑人はたった今アンナから教えられた内容を掻い摘んで説明し、合わせて個人的な考えだけどと付け加えつつ、今までの自身の身体に起こっていた変化も、魔法の効果でその様な症状が出ているのではないかと伝えた。

 体調を崩す度に心配を掛けるのが心苦しく、マリアの事を安心させる為に付け加えたのだが、その事がマリアのある疑問を呼び起こさせてしまう。


「なるほどねぇ……でも、今まで判っていなかったのに、どうして今頃そんな事に気づいたの?」

「あー、いやー、それはー」


 実は女の子と体内で同棲しており、その娘に教えて貰いましたなどとという事を、マリアにどう説明したらよいのか思案に暮れつつ、侑人はあからさまに動揺した素振りを見せる。

 しかしマリアは常人と違い様々な能力を持つ侑人なら、急に思いついても不思議な事ではないだろうと勝手に自己完結し、ユートならそんな事もあるよねと言いながら、侑人の為に食後のヌクを用意しにキッチンまで向かっていった。


『知ったかぶりは女に嫌われるんじゃぞ』

『返す言葉がないです……』


 アンナの冷静な突っ込みでたじたじになりながら、今後どうしたものかと侑人は考え始める。内容はもちろんアンナの事であり、いつまでもこの事実をマリアやヨーゼフに黙っているのは侑人の性格上、精神衛生的にかなり宜しくない事だった。

 しかし簡単に伝えてよい事なのか侑人には判断できない。アンナの話を信じれば、アンナの出身国はマリアやヨーゼフが住むセビルナ王国と敵対関係にあり、しかもアンナはその国の王女だからだ。


『うーん、アンナの事をマリアやヨーゼフさんに言ったらやっぱ不味いよなぁ』

『なぜじゃ? わらわはユートが信用している者達ならば構わんと考えておるぞ』

「え?」

『声が漏れておる。そんな事では小娘にまた怪しまれるぞ』


 アンナの意外な返答を聞いた侑人はかなり驚き、手に持ったヌハ茶入りのカップを持ったまま硬直している。

 なぜそんなに侑人が驚くか理解できないと言わんばかりの雰囲気をだしつつ、アンナはゆっくりと言葉を続けていく。


『解決策が何もない現状では味方は一人でも多い方が良いのじゃ。しかもユートの話ではヨーゼフとやらはハルモ教の神官だったというではないか。良い情報が聞けるやも知れぬ』

『なるほど、確かにそうかもね』


 少しでも情報を得たいというアンナの意図を察した侑人は、マリアとヨーゼフに対して現状のアンナとの奇妙な同居生活についてどう伝えようか考えを巡らせていくが、さすがに良い案など直ぐに思いつかない。

 侑人が異世界から来た事を無条件で信じてくれた二人だが、それはハルモ教の伝承が大元にあったからで、侑人の脳内でしか聞こえないアンナの声を前情報なしで説明しても、半信半疑な状態で終わってしまいそうだ。


『まあ、上手く伝える方法が見つかったら話すよ……』

『確かにそうじゃな……』


 方向性は決まったが、いまだに融合状態を解消する術が判らない侑人とアンナは、先行きが見えない今後の事を考えて溜息をつく。

 丁度厨房から戻ってきたマリアは、二人で悩んでいるはずなのだが、傍目には一人で溜息をついているようにしか見えない侑人の様子に首を傾げつつ、手に持ったヌクをテーブルの上に置き、再び体温を測るべく侑人の身体に手を伸ばしていくのであった。




 アンナを加えたホラント家での新たな生活は、侑人の予想をはるかに超えるほど騒がしかった。とはいっても侑人以外にアンナの存在を知る者はおらず、相変わらず侑人の中からアンナが出れる事も無かったが。

 活発で明るくしかも悪戯好きな性格をしているアンナが、自由に動けない状態で大人しくしている訳は無く、そのとばっちりは唯一アンナの存在を把握し会話できる侑人に向けられている。

 会話の最中に絶妙な突っ込みを入れて侑人を慌てさせたり、作業中にあれこれと口出しをして侑人を悩ませたりと可愛い内容ではあるが、暇を持て余してるせいか頻度は高い。

 その為かなり伸び伸びと生活しているアンナとは裏腹に、相手をし続けている侑人は若干の疲れを感じている。しかしアンナの状況もよく判る為やめろとは言えず、ずるずるとそのままの関係で五日ほどの日数が過ぎていた。


『ユート、ちょっと話があるのじゃ』

『ん? 今度はどうした? 散歩したいって内容なら却下だぞ』


 今日の天気はあいにくの雨模様であり、朝からシトシトと雨が降り続いている。

 その為外仕事ができない侑人はマリアの仕事を手伝っていたのだが、昼過ぎには全ての作業が終ってしまい、今は自室として割り当てられている二階の洋室で、日課となっている魔法のイメージトレーニングに勤しんでいた。

 実はアンナと出会ってから今までの間に侑人が魔法を使ったのは、アンナの目の前で光の剣を出した一回きりだ。アンナの提案……ほぼ命令に近いが、アンナが良いと言うまでは魔法の使用を禁止されている。

 外作業での魔法使用ももちろん禁止されている為、侑人の仕事効率は大幅に低下しているが、侑人の魔力量を図るために必要な処置だとアンナに言われてしまっては従うしかなかった。


『多分じゃが……明日からは魔法を使っても良さそうじゃぞ』

『本当? かなり助かるけどなぜ明日からなんだ?』

『わらわの考えがあっていればという条件が加わるがの』

『魔法の事に関してアンナの考えが外れるとは思えんけど、今は詳しい話が聞きたい』


 侑人ははやる気持ちを抑えつつベッドの上に寝転ぶ。アンナとの会話は思考で行う為、楽な姿勢の方が集中して聞き取れるのだ。

 アンナは侑人が体勢を整えるまで大人しく待っている。どうやら今回の話はかなり重要な内容のようだ。


『ユートは今の魔力量がどの位なのかわかるかや?』

『うーん、多すぎてはっきりと判らんけど、アンナと会った時と比べると二倍まではいかないけどそれに近い感じかなって』

『さすがじゃの。わらわの見立てとほぼ同じじゃ』

『褒められるのは嬉しいけどそれがどうしたんだ?』


 今の侑人の魔力量は、一見すると一流の魔導士であるアンナのほぼ二倍の魔力という、とんでもない量まで増大している。

 そのせいで魔法が使え相手の魔力をある程度察する事ができるマリアが、身体のどこかおかしくなったのかと心配までしてくる状況だ。そんなマリアの様子を見て侑人にも余剰魔力があるとアンナは確信したのだが、それを抑える術を教えるのは魔力量の目処が立ってからになるらしい。

 しかし侑人の身体から発せられる魔力のせいで、ホラント家周辺にも影響が出始めている。小鳥や野生動物が怯えて全く寄ってこないのだ。

 ここまま放置すると侑人の魔力量を感知した何者かがホラント家を訪れないという保証は全く無く、目立つわけにはいかない侑人にとって今の状態は非常に都合が悪かった。


『明日にならんとはっきりとしたことは言えんが、多分ユートの魔力量はわらわと同じじゃと思うのじゃ。融合している今の状況から考えると可能性が高いのは二つあったのじゃが、一つ目はわらわ達が出会った日に違うと証明されておる』

『二つの可能性?』

『一つ目はわらわが元々持っている魔法量の半分という可能性じゃった。魔力を持たないユートと魔力を持つわらわが融合した場合、一つの魔力が二つに分かれてもおかしくはない。しかし魔力を普通に渡せたじゃろ。もしユートの魔力量が元のわらわの半分じゃったら、あの時に魔力を渡せずそのまま外部に漏れていたはずじゃ。あの時わらわが感じてた魔力量は元のわらわとほぼ同じ量だったからの』


 アンナの言う通り、普通に考えれば魔力を持たない侑人と魔力を持つアンナが合わさったのなら、魔力の総量は増えないという結論でも説得力はある。

 しかし現実には魔力は増え続け、今の時点ではアンナの覚醒時の二倍近くまでの魔力を、一見すると有している。


『そうなると次の可能性の信憑性が増してくるのじゃ。ほれ、ユートが初めて会った時に教えてくれた『どんなものでも理解できる能力』とやらが、わらわの魔力量を学習したのではないかという可能性がの』

『魔力量の学習……』

『まあこの可能性が外れてもわらわは一向に構わぬと考えているがの。もちろん己の限界点を把握するのは大事な事じゃが、もしこの考えが外れてるとなると、ユートが溜めれる魔法量は無限にあるという可能性も残り、それこそ確認のしようがないからの』

『やっぱアンナって凄いんだな』


 侑人の賞賛の声を聞いたアンナは嬉しそうにケラケラと笑っている。悪戯好きで子供っぽいアンナだが、魔法に関しては一流どころか超一流だと侑人は素直に感心した。

 むしろ魔法に関して全く知識がない侑人の中にアンナの存在が居るという事自体ができすぎであり、何者かの意図を感じずにはいられなかったりもするのだが。


『という訳で結果がどうであれ魔力量の実験は明日の朝で終わりじゃ。次にやらんとならん事柄は、やはりその魔力を隠す術を学ぶという事かの。余剰魔力を抑える効果もあるし一石二鳥というやつじゃ』

『さすがに目立ちすぎてやばい気がする』

『本来であれば明日魔力量を確認してから教えようと思っておったのじゃが、先ほどユートが行っていた魔法の鍛錬の雰囲気から察するに、ユートはある程度魔力を自在に扱えるようになっておるとわらわは判断した』

『ではすぐ教えてくれ』

『では見本をまず見せるので、どういう状況になるのか実際に感じるがよい』


 アンナはそう言うと自身の余剰魔力を意識的に抑える。他人から見ると侑人の魔力が突然半減したように思えるが、アンナと融合している侑人には違う世界が見えていた。

 自分の身体の中にある魔力量は全く変わっていないのに、その魔力の外側に殻のようなものが発生しているイメージが浮かぶのだ。

 奇しくもそれはアンナが覚醒する前に感じていた、自身の魔力の中にある違和感に近しいものであり、それが何なのか四苦八苦しながら探っていた頃を侑人は何となく思い出す。


『口で説明するのはなかなか難しいのだが、簡単に言えば己の魔力をそのまま放出する寸前で止める感じかの。とにかくこれは魔法ではないぞ』

『それが聞けただけも助かるさ』


 魔法に必要な三要素である魔力、イメージ力、意志の力。

 真ん中にあるイメージ力を省略しつつ意志の力だけで魔力を放出すると、アンナが侑人に魔力を与えた時のように純粋な魔力が周囲に放たれる。

 しかし余剰魔力を抑える為には魔力を放ってはいけない。魔力を止めて蓋をして放出を押さえ込むのだ。

 侑人は無駄に魔力を放出してしまわないように細心の注意を払いつつ、あの時感じた殻のようなものを脳裏に描きながら魔力をコントロールしていく。

 しかし脳裏に描いたのが不味かったらしく、魔法の発生を感知したアンナにすぐさま注意されてしまった。


『ユート、イメージしてはならんぞ。魔法を使って魔力を抑えこむのも方法の一つじゃが、それでは本末転倒じゃ。二流もいいとこじゃ』

『簡単に言ってくれるけど結構難しいぞこれ』

『一見すると溢れるような魔力があるように思えるのじゃが、魔力を生み出せないユートが魔力を使い続けるといずれ枯渇するのは道理。まあわらわが常に補充すれば問題なかろうが、いつまでも一緒という訳にはいかんじゃろ? それはそれでわらわは楽しそうで良いがの』

『そういう訳にもいかんだろ』


 からかってくるアンナに悪態をつきつつ、侑人は余剰魔力を抑えるすべを懸命に学ぶ。魔力の枯渇が侑人の生死に関わるのかは今のところ判断つかないが、最悪のケースを想定するならば必須な技術だ。

 できるできないの問題ではなく、確実にできるようにならないと不味い。最終的に半日をかけて侑人は何とかものにしたのだが、その頃には精根尽き果ててグッタリとしていた。


『この術は通常なら数年の鍛錬が必要なのじゃが、さすがは黒髪の勇者じゃ』

『勇者……じゃねえ……』


 相も変わらずどんな状況でもアンナにからかわれる侑人。

 どちらが宿主なのかさっぱり判らない関係だが、二人にとってはこれが自然な形なのかもしれなかった。

2014/2/10:改訂

2014/5/25:魔法名追加

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