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ワーカホリック  作者: 茶ノ木蔵人
黒髪の奏でる唄
12/45

第12話:奇妙な同居

 クロウをアルプレスの脅威から何とか助け出した侑人は、もはや自室と化しているホラント家の二階の洋室のベッドの上で熟睡していた。

 身体と精神そして魔力を過度に行使した侑人の眠りは深く、心配して時々様子を見に来ているマリアやヨーゼフの姿に全く気づいていない。

 通常眠りが深いと夢を見る事は少ないはずだが、侑人はある夢を見ている。

 侑人が見ているのは長い赤い髪の毛と、赤みがかった少しきつめの瞳が印象的な少女の夢。その少女は少し暗い小さな部屋の中から、こちらに向かって呼び掛けていた。

 しかしその声はこちらに届かない。必死になって何かを伝えようとする少女が気になった侑人は、少女の口元を見て何を言いたいのか理解しようとする。そして読み取れた言葉は――

 ――いい加減に起きるのじゃ!


「ん?」 


 誰かの声が侑人の耳に届く。

『聞いておるのか? いい加減寝すぎじゃぞ! わらわの声が聞こえておるならそろそろ起きるがよい!』


 気のせいという魔法の一言で問題の先送りをしようと侑人は一瞬だけ悩んだが、耳元で叫んでいるような頭に響くような、そんな不思議な声がはっきりと感じられた。

 そんな声に対して侑人は、そんな大声で呼ばずに体を揺すってくれれば直ぐ起きるのに……などと考えながらしぶしぶ目を開ける。

 目を開けるとそこは、侑人が居候させて貰っているいつもの部屋だった。周りをきょろきょろ見渡したが、どうやら侑人しか居ないようだ。

 やっぱり気のせいだったかと思いながら、首を回し軽く伸びをして意識を覚醒させる。外を見るとすでに夕方になっているようだ。雨もすっかり上がったのか、夕日が部屋の中を真っ赤に染めあげていた。


『おお? ようやく起きたか? わらわを待たせるとはとんでもない奴じゃの!』


 明け方近くまで雨の中を走り回っていたが、丸一日寝かして貰ったので、疲れはすっかり抜けている。

 元の世界でも自分の体がこれだけ頑丈にできていたら受験勉強も楽だったのに。侑人はそんな事をぼんやりと考えていた。


『聞こえておるかー? わらわの危機じゃぞ。役に立つのじゃー!』


 そういえばマリアやクロウは大丈夫だろうか。ギリギリの状態に追い込まれた事による影響がないと良いが。

 侑人が家に戻って休んでくれて良いと言うたびに、ユートが頑張っているのに休めないよと笑顔で答えるマリアの顔を思い出して、侑人は一人で微笑む。

『む? 判っていて無視をしている訳じゃあるまいの? わらわが自ら問い掛ける行幸を噛み締めておるのか?』

 マリアとヨーゼフが起きているのか確認する為に、侑人は家の中の気配を探る。階下から家事をする物音が聞こえるので、マリアは起きているようだ。誰かに話し掛けているマリアの声も聞こえるので、ヨーゼフも在宅中らしい。

 マリアが話し掛けているならヨーゼフも起きているだろう。侑人は二人が体調を崩していない様子を確認できて安心した。


『訳の判らん言葉で考えているようじゃの……。ひょっとすると言葉が通じんのかの? これはまずい事になったの……』


 今日はゆっくり過ごして明日からは普通の毎日を――

――さすがにもう無理だ。

 いい加減に無視はできない。さっきから声が聞こえるのは夢でも何でもなさそうだ。

 しかもこの感じは、異世界に召喚される前に聞いた謎の声と同じ感覚。どうやらこの声の主は直接頭に話し掛けてきている。


「なんでこうやって次から次へと問題が起こるかなぁ……」


 侑人はそうボヤキながら、頭に響く声にしっかりと耳を傾けた。


『うーむ……言葉が通じぬとは思わなかったぞ』


 声の主は何やら考え込んでいる。声の感じからすると若い女の子のような気がするが、それにしては口調が少しおかしい。


『しかし困ったのう』


 そしてどうやら困っている様子だ。悪意を感じられない雰囲気から、演技ではなく本当に困っているようだと侑人は推察する。


「なにやら困ってるみたいだけどなんかあったのか?」

『うぎょ!?』


 侑人が急に話し掛けたので声の主は驚いていた。子供っぽい驚き方をする声の主に少し親近感を持った侑人は、思わずクスクスと笑ってしまう。

 声の主はそんな侑人の様子に気分を害したのか、不機嫌そうな態度を隠そうともしない。


『言葉が判るならさっさと返事をせい、この馬鹿者が!』


 威厳を保とうとしているのか言葉使いは少しきつめではあったが、驚く素の声を聞いてしまった侑人には、子供が背伸びをしている様な言葉使いにしか聞こえなかった。

 思わず笑いそうになるのを堪えて、相手に合わせて丁寧に応対する。


「頭に直接声が聞こえたから、気のせいかと疑ってて。無視するつもりは無かったので許して下さい」

『ぐぬぬ……確かにそれはそうだが……』

「待たせしてしまったようで本当にごめんなさい」

『わ……判れば良いのじゃ判れば』


 丁寧な対応に相手も納得したようだ。相手が落ち着いたのを感じた侑人は、先ほどと同じ質問をもう一度問い掛けた。


「で、なにやら困ってるみたいだけどなんかあったの?」

『おお! そうじゃったそうじゃった!』


 用件を思い出した声の主は、少しだけ改まったような雰囲気になる。

 侑人はようやく事態の把握ができる事に少しだけ安心するが、その安心感は一瞬のうちに消え去った。


『どうやらおぬしの中に閉じ込められてしまったようなのじゃ』

「はい?」


 侑人は相手の言っている意味が良く理解できないでいた。鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして呆けている。


『だから、わらわが居る場所はお主の身体の中で、今のところは自分の意思で表に出られない様子なのじゃ。きっかけさえ掴めれば何とかなりそうな気もするがの』

「テレパシーでどこか遠くから会話しているって事ではなく?」

『てれぱしぃ? とかいうものが何なのかは判らんが、わらわはここに……おぬしの中に閉じ込められておるぞ』

「そ、それは確かに困るね……」


 どうやら異世界に召喚されてから起きた問題の中でも、最大級の問題らしい事を把握した侑人は、声の主とこの後しばらく会話を続けた。




 そして話し込む事一時間余り。

 侑人と彼女はおかしな状態に巻き込まれた同士として、すっかり意気投合していた。状況を把握する為に、秘密を暴露しあった事も影響しているかもしれない。

 彼女の名前はアンジェリーナ・ヴィヘルム・ケトラーと言うらしく、本人曰くクーラント魔国という国の第一王女との事だ。わらわの事はアンナと呼んでよいと侑人に向かって許可しているところをみると、意気投合した相手に対してはかなり気さくな人物だと思われる。

 しかしあまりに気さく過ぎて、侑人はアンナが本当に王族なのかどうか半信半疑だった。一般人である侑人が王族と会話をする機会が今までにある訳もなく、王族にはもっと威厳があるはずだという先入観がどうしても抜けないのだ。


『何か文句あるかの?』

『いっいえ、トクニナイデス』


 どうやらアンナは昨日侑人が魔力を開放し、光の剣を作り上げた直後に意識を取り戻したらしい。

 しかし自分がどこに居るのか把握しようと試行錯誤しているうちに、侑人が寝てしまったと言っていた。話し掛けるタイミングが遅かったようじゃなと、何やら楽しそうにケラケラ笑っている。

 今日が風の月の第七週の二日と教えた当初は、少し落ち込んではいたが、まあ過ぎた事はしょうがあるまいとすぐに立ち直った。アンナはかなり明るく前向きな性格のようだ。

 ちなみに本人が覚えている記憶では、風の月の第一週の二日の記憶が最後らしく、その日は奇しくも侑人が召喚された日と同じだった。しかも侑人が最初にこの世界へと召喚された、あの礼拝堂まで逃げ延びて意識を失ったらしいのだ。


『奇遇じゃの』

『奇遇と言うより必然と言うのが正しい気も』


 アンナと色々会話をしているうちに判った事だが、侑人が思考すれば言葉としてアンナに聞こえるらしく、独り言のようにブツブツと呟かなくても会話は成立する。逆に聞かれたくない内容は、日本語で思考すればアンナには理解できないらしい。

 一人でブツブツと呟く怪しい人にならずに済んだ事と、全ての考えをアンナに聞かれずに済みそうだと判った事で、侑人は少し安心している。

 そのままお互いにこれまで起こった事について色々と話し合った結果、二人はこの事態を招いた原因について一つだけ思い当たった。むしろそれ以外の原因は考えられない。


『あの謎の声が原因かの』

『あの声が原因だろうね』


 アンナ曰く、あの謎の声はハルモ教の神の声の可能性が高いらしく、侑人が教会や神殿に入る機会があれば調べる事になっている。

 とにかく原因については思い当たったが、解決策が全く思い浮かばない。焦っても仕方あるまいというアンナの意見に従って、すでに世間話を始めている二人であった。


『まさか黒髪の勇者の中に閉じ込められていたとは思わなかったぞ。本来であれば黒髪の勇者は我が国の敵ではあるが、ユートなら多分問題なかろう』

『だから勇者じゃないってさっきから言っているじゃん。それにどこかの国に敵対するなんて考えてもいないから安心して』


 アンナの話によれば、クーラント魔国はハルモ教法王庁教圏国家群と国境を接している訳ではないが、明確な敵対関係にある国らしく、その関係はハルモ教の伝承に伝わる黒髪の勇者、クロウ・ミナトが現れた八百年以上前から続いているとの事である。

 ついでになぜこの国にアンナが居るのかも教えてくれた。その理由はハルモ教の『天に輝く双月が天空より消え去る時、異界の勇者が再度光臨する』という伝承を調べる為に、厳戒態勢のハルモ教正教会に忍び込んだら不覚を取ったという事であり、そんな重要な事を聞いてしまって良かったのか侑人は悩んだのだが、当の本人のアンナは明るく笑い飛ばしていたりもする。


『ひっそりと生活していくつもりだから俺の事はほっといていいよ』

『お主はクロウとかいう小僧を助けた際に、正体を知られるという失態を犯した。そんな事を繰り返していればじきに噂は広がり、そのうち国中で勇者扱いされるとわらわは思うがの。そうなれば国とハルモ教正教会がユートの事を無視したままでいるとは思えんのじゃが』

『ぐぅ……確かにそうかも』

『既に色々な動きが出ているやもしれんの。頑張れよユート』


 こんな調子で、すでに上下関係ができ上がりつつあった。侑人の体の中にアンナが寄生している形になるので、宿主は侑人のはずだが立場はなぜか弱い。

 アンナに会話の主導権を握られタジタジの侑人だったが、ふと気になる事を思い出しアンナに質問をする。


『俺が光の剣を出した時っていうかアンナが目覚めた時、突然魔力量が桁違いに跳ね上がった気がするのだけど何か判る?』


 質問を受けたアンナは少し考えた後、わらわの私見じゃが、という前置きを付けてその質問に答えた。


『わらわの魔力が開放されたからじゃ』

『どういうこと?』

『ユートに取り込まれた時のわらわは瀕死の重傷だったのじゃ。魔力も尽きかけており、ユートを通じて魔力を回復していたのだと思う。回復中のわらわは意識が無かったゆえ、魔力を殆ど感じさせなかったのじゃが、本来のわらわの魔力はクーラント魔国の中でも一・二を争うほど強大なのじゃよ』

『という事は、今感じてるべらぼうな魔力は俺の魔力ではないと』

『そういう事じゃ』


 アンナは少し間をおいてから言葉を再度続ける。


『今のユートが持っている魔力の殆どは、わらわの魔力が占めておる』

『なぜ判る?』

『わらわの以前の魔力量とほぼ同じだからじゃ。それに感じる魔力の雰囲気もわらわの魔力と同じもの』

『魔力にも個性があるのか?』

『言い換えればそうじゃな。魔力は各々の特性によって異なる雰囲気を持つものなのじゃ。とはいっても違いを見抜けるか見抜けないかは魔導士の技量に左右され、判らん奴は一生掛かっても違いに気づけんだろうがのう。優秀なわらわに出会えた事を感謝すると良いぞ』

『自分で言うなよ……。しかし俺の魔力量は相変わらず少ないって事か』


 侑人は少しだけがっかりする。魔力量が増えれば今まで不可能だった魔法が完成できるかもしれなかったからだ。

 魔法を使いすぎると身体に疲労や痛みが出てしまう侑人にとって、トライアンドエラーの繰り返しは少々鬼門である。イメージトレーニングを積み重ね確証をある程度持ってから、実際に魔法を行使して問題点を再度検証するといった手法で今まで鍛錬を積んできたが、魔法精度を上げていくには数をこなすのが一番手っ取り早いのだ。

 魔力量が少ない上に身体的な制約で過度な連発ができない。この事実は侑人にかなりのストレスを与えていた。

 しかし次のアンナの言葉が侑人に期待を持たせる事となる。


『魔力量に関しては適正な修行を続ければ少しづづ増えていくものじゃから、今の時点では気にせんでもいいと思うぞ。なんなら今の魔力量をわらわが調べてやろうか? こと魔法に関してはわらわの右に出る者などそうはおらん。まあ、黒髪の勇者が特殊な魔力を持っているのなら、その全貌がわらわに判るかどうか未知数ではあるがの』

『俺にはどうにもできないし、調べて貰えると助かる』


 容易い事なのじゃといいながらアンナは侑人の魔力を探り始める。先ほどまで脳内に響いていたアンナの声が聞こえなくなった途端に訪れた沈黙が何故か心地よい。

 若干性格に難がありそうだが、求めていた魔法の相談者がやっと見つかった。これから色々と試せる事が増えそうだと侑人は期待していたのだが、そんな侑人の脳裏に驚くべき内容の言葉が響いた。


『ありえん事だが……ないみたいじゃ』

『ない?』

『普通生きている者なら誰しも魔力を持っているはずなのじゃが……わらわ以外の魔力を一切感じる事ができん。基本的に死者は魔力を持たんので、ひょっとするとユートは死んでいるのではないかの?』

『勝手に殺すな!』

『そう怒るな。小粋な冗談じゃよ。もちろん魔力が感じられんというのは本当じゃが。しかしどういう事じゃ……』


 そのままアンナは黙り込んでしまう。時々何かを呟いているような声が聞こえるので、居なくなってしまった訳ではなさそうだが。

 元々魔法が存在しない世界で生活していた侑人には魔力がない。そんな結論がでても正直驚かない自信が侑人にはあるのだが、生きるもの全てに魔力が宿るのが常識であるこの世界ではありえない事のようだ。


『俺は元々魔法なんてない世界から来たから、自分の魔力を持ってないってのは当たり前なんじゃないか?』

『馬鹿たれ! そんな事はとっくに想定しておるわ。わらわが考えてるのは別の事じゃ』

『別の事って?』

『少し黙ってて貰えんか? 考えを今纏めとるから焦るでない』


 てっきり魔力がない事でアンナが考え込んでいると思ったのだがどうやら違ったようだ。自称とはいえ、クーラント魔国を代表する魔導師であるアンナの考えは、魔法の素人である侑人の先を行っている。

 しかしそんなアンナにさえ判らない事とは一体なんなのか。もちろん侑人にはさっぱり判らない。

 侑人は思考に耽るアンナを邪魔しないように、とにかく無心でいる事を心がけている。今の侑人の状態で何かを考えるのは、アンナの耳元で囁き続けるのに等しい行為であり、侑人の事で悩んでくれているアンナを邪魔する事はさすがに憚れたのだ。

 どうせなら形から入ろうと修行僧のように座禅を組み、静かに心を落ち着ける侑人。アンナが考え込んでいる時間は予想以上に長く、部屋は静寂に包まれている。

 やがて侑人が無念無想の境地に辿りつけそうになった時、アンナの声が脳内で響いた。


『大体考えは纏まったのじゃが、裏付けが欲しい気がするのう』

『おっ、さすが魔法の大先生』

『たわけ。まあよい、ユートにもちょっと手伝って貰うが構わんかの?』

『何なりと』


 侑人の軽口を余裕で受け流しつつアンナは言葉を続ける。


『何でもいいからちょっと魔法を使って貰えんかの?』

『魔法かぁ……部屋で使うと色々と問題が……ってこれなら良いか』


 侑人の目に昨晩大活躍した木刀の柄が映る。どうやら無意識のうちに部屋まで持ってきてしまったらしく、ベッドの脇に無造作に転がっていた。

 ギシリと音を立てるベッドから降りて右手で木刀の柄を拾い、意識を集中させる侑人。昨晩無我夢中で使った魔法のイメージを脳内へと描いていく。


『ほほう……光の聖剣(ルーメングラディウス)をあっさり成功させるとは、ユートもそこそこやるもんじゃな。しかも光を簡単に物質化するとはいい腕をしておる』

『これって珍しいの?』


 光はありふれたものなので、単純に光らせる程度の魔法ならそこそこの魔導士でも可能だが、形をイメージし難いので物質として固定するのは結構難しい。

 そんな事を淡々とアンナは語りつつも、何かを探るような素振りを見せている。実際に姿が見えている訳ではないのであくまで侑人の予想ではあるが。


『ユート、魔法を発動させる為に必要な事はなんじゃ?』

『そりゃ、魔力をイメージして、自分の意志で形にするって事だろ?』

『ではその魔力は何処から来てると思うのじゃ?』

『あんなの自分が持ってる……あっ』


 侑人は自分が言っている事の矛盾に気づいた。。自分の魔力を持っていないはずの侑人が、普通に魔法を使っているのだ。

 しかしそれと同時に一つの考えが生まれる。アンナの魔力を借りて魔法を使ってると仮定すれば筋は通っているのではないかと。

 とはいえこんな簡単な事をアンナが見逃してるとも思えない。しかし知識がない侑人では判断ができなかった。


『魔力を他人にあげる事ってできるのか?』

『お互いの意思の疎通が図れればある程度は可能じゃが相性の問題があるの。仮にわらわから魔力を借り受ける事ができたとしても魔力の移動量には制限がある。しかも元々己が持っている魔力量に応じた量しか使えんはずじゃ』

『じゃあやっぱりアンナ魔力を借りて使ってるって事だろ?』

『ユートの答えは半分位は正解じゃと思うが、それだとちと言葉が足りんな』


 アンナはそこまで答えると一回言葉を切った。自分の中で出した結論をもう一度整理しているようだ。

 侑人は今までのアンナとやり取りを思い返す。侑人自身には魔力がないが魔法が使える。元々持っているはずの魔力量しか移動できないが魔力は移動できる。

 そこから導き出されるものは何か。思考に没頭する侑人の脳裏に一つの答えが導き出された。


『そうか! 俺は魔力を使えるけど魔力を生み出せないって事か!』

『ほぼ満点の回答じゃな。まあわらわと同じ気配の魔力を生み出せるという可能性も少しは残るが、それだと過去に魔力量が少なかったのは何故じゃという事になる。わらわの覚醒と合わせて使える魔力が増えた理由が上手く説明できなくなるのじゃ』


 さすがは黒髪の勇者と付け加えながら、ケラケラと楽しそうに笑うアンナ。

 侑人は自分が勇者などではないと再度主張しようかと思い悩んだが、楽しそうに笑うアンナの様子を感じて、わざわざ水を差さなくても良いだろうと思い直す。


『じゃあ今まで俺が魔法を使えてたのは、アンナから魔力を貰ってたからだな』

『少し違うが考え方は合っているぞ。正確に言うと今までユートが魔法を使えていたのは、意識を失ったわらわから僅かに溢れていた魔力を使っていたからじゃと思う』


 この世界に生きている者は無意識のうちに魔力を放出しているようだ。もちろん個人の魔力量によりその量はピンからキリまであるみたいだが。

 アンナ曰く、放出している魔力の正式名称は余剰魔力と呼ばれ、気配を探ったりおおよその魔力量を見極めたりするのに使われるとの事だ。


『俺はアンナの余り物を勝手に使ってたって事か』

『まあ、意識して魔力の放出を抑えなければ勝手に出てしまうものじゃし、わらわからすれば捨てるはずのものをユートが有効活用してたにすぎん。対価は求めんから安心せい』


 侑人は少しだけ難しい表情をしている。アンナにリサイクル工場扱いされたようで複雑な気分なのだ。

 だが借り物の魔力とはいえ魔法が使えていたのは事実。魔力の供給という問題を解決できれば支障はない。

 侑人はそんな事を考えて立ち直る。そもそもそんな問題は解決すら怪しいのではないかとも考えていたが。

 また厄介な制限がついてしまったとはいえ、自身の魔力についての謎が解けた侑人の気分は晴れやかだ。しかしそんな気分に水を差すように、アンナが新たな疑問を提示する。


『うーむ、やはり謎は深まるばかりだのう』

『まだあるの? 俺はてっきり解決したと思ってたけど』

『今の話など序の口じゃ。思いつくだけでも何個かあるぞ。例えばじゃが、ユートは魔力を借りる事ができるが自分の中に溜める事はできるのかって問題があるの。これができるかできないかで今後の行動がかなり変わるのじゃ。そして溜める事ができるようならどの位の量を一度に移動できて、どれだけ溜められるかってのも大事じゃ』

『いわれて見れば確かにそうか』

『余剰魔力の問題もあるぞ。わらわだけでなく、この世界に生きる者にとっては悩む事などない誤差のようなものじゃが、魔力を生み出せないユートにとっては余剰魔力の有無は大問題じゃ。折角溜めた魔力がどんどん無くなる事を意味するするからの』


 侑人の目から鱗が落ちる。アンナの口から語られる内容は全て侑人にとっては重要な案件だった。

 融合してしまっているとはいえ、他人の事なのにアンナは真剣に考え問題点を次々に見つけていく。しかし肝心の自分は殆ど役に立っていないどころか考える事すら放棄していた。

 侑人は謎が解けた気分で浮かれていた自分を恥ずかしく思ったのだが、次に語られたアンナの言葉が思考を完全に停止させる。


『そしてあまり言いたくないのじゃが、この際じゃからはっきり言うぞ。ユートは魔力無しの状態でこの世界で生きていけるのか。この問題が一番大きいはずじゃ』

『…………』


 この世界で生きている者全てが魔力を持っているという事は、逆説的に考えると生きていないものは魔力を持っていないという事になる。

 死んでいる者が絶対に魔力を持たないかどうかは判らないが、今生きている侑人に当てはめて考える場合にはこの事案は意味を持たない。少なくとも一般的には死んでしまえば魔力が失われる。この一点のみが争点となるのだ。

 異世界から召喚された侑人が魔力を生み出せないという事は、今までのやり取りから考えるとかなり確証に近い。

 アンナが侑人の中に閉じ込められた時期ははっきりしないが、可能性として一番高いのはこの世界に召喚された瞬間のはず。この事は侑人がこの世界で生活している時間とアンナと融合している時間が等しい事を意味している。

 以上のことから考えると、侑人は魔力無しの状態で生きていられるかどうかを全く確認できていないのだ。逆に生きられないかもしれないと思わせる心当たりはいくつかある。


『魔法を連発しすぎると疲れたり気を失ったりするから、俺も魔力無しでは生きられないかもしれない……』

『魔力がないユートが魔法を使った反動で身体に負担が掛かっただけという可能性も否定できん。そう決め付けるのは早計じゃぞユート』


 悲痛な表情を浮かべたまま言葉を搾り出した侑人をアンナは慰めるが、アンナが語った内容は仮定の域を出ないあやふやなものだった。とにかく簡単に結論が出るような問題ではないのだ。

 異世界人の侑人なら魔力無しで生きられても不思議でないかもしれない。しかし死ぬか生きるかという事案を気軽に試せるはずは無かった。


『とにかくわらわがこうやって居ればユートは死なん。これは間違いない事実じゃから気を落とすな。わらわも一緒に考えてやるから光栄に思え』

『ありがとな……』


 侑人の中に閉じ込められて外に出れないというきつい状況にも拘らず、アンナは明るい調子でおどけてみせる。クーラント魔国の第一王女という肩書きは伊達ではない。

 そんなアンナに触発され侑人も徐々に調子を取り戻す。判らないものは少しずつ理解していけばいいだけだと開き直り、アンナに前向きな提案をした。


『さっきアンナが言ってた色々な問題の事なんだけど、今の状況で確認できるものはあるかな?』

『そうじゃのぅ……とりあえず方法は一つあるの。少し待っておれ』


 そう言うと再びアンナは沈黙する。何かをブツブツと唱えながら精神を集中させているようだ。

 これはまた長くなりそうだと侑人は考え、再びベッドの上で座禅でも組もうかと移動しかけたのだが、

『終ったぞよ』

『へ?』

 割りと呆気なくアンナの作業は終った。


『わらわが寝て起きれば回復できる分の魔力を、ユートに向かって放出してみたのじゃ。あまり放出するとわらわの身体が勝手に魔力を吸収しようとするゆえ、放出できた魔力はそれなりだがの。でもまあ、わらわが次に起きた時に魔力が増えていれば、とりあえずユートは魔力が溜められる証明になるはずじゃ』

『随分早かった気がするのだがそんなんでいいのか?』

『わらわは魔国でも名の知れた魔導士じゃぞ。これくらい造作もないわ。じゃが今の状態ではユートとわらわの魔力が混ざってしまって、ユートのみの魔力の総量が判らん。申し訳ないが結論は明日じゃの』

『明日判るってのは凄いと思うんだが』


 アンナが魔導士としてかなり優秀な部類に入る事を改めて実感した侑人は、アンナと出会えた幸運に心から感謝する。

 それと同時に自分自身の魔力問題にある程度の目処が立ったら、今度はアンナの境遇をどうにかしないとと強く思った。


『アンナもはやく元に戻れると良いな』

『そうじゃのぅ……まあ、いつかなんとかなるじゃろ! わらわの本当の姿を見たらユートはきっと惚れると思うぞ』


 相変わらず楽しそうなアンナ。そんなアンナに好印象を持ちつつ、ふと先ほどまで見ていた、長い赤い髪の毛と赤みがかった少しきつめの瞳が印象的な少女の夢を、侑人は思い出す。


『ちなみにアンナの顔なんだけど、赤い髪を長く伸ばしていて、瞳の色は若干赤みがかっている感じ?』

『なぜユートはそれを知っているのじゃ?』


 夢の中で姿を見たとアンナに伝えながら少し考え込む侑人。魔法に必要なものは魔力とイメージ力と意志の力。もし魔法としてアンナをイメージしたらどうなるのかと考えたのだ。

 しかし自分の生死すら関わる魔力問題を解決しないとそれを試す事ができない。そんな思考が融合しているアンナにも伝わる。


『まあ、焦らずゆっくりと行こうではないか』

『確かにそうだな。俺の問題を早く解決しないとどうにもならんか……』


 この日からハルモ教の黒髪の勇者である侑人と、クーラント魔国の姫アンジェリーナの奇妙な同居生活が始まったのである。

2014/2/10:改訂

2014/5/17:アンナの発言を修正

2014/5/25:魔法名追加

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