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魔王就任裏  作者: 市太郎
【魔王様と討伐隊】
3/4

討伐隊と魔王様 ■ 03

 呆然と魔王殿のいなくなった場所を見つめていたら、突然ロゼアイア殿が腹を抱えて笑い出した。

 こんな笑い方もするのかと、頭の片隅で思いつつも、些か決まりの悪さに憮然とした表情を浮かべながら立ち上がる。

 俺の気持ちは、魔王殿には受け入れてもらえなかったという事ではないか。

「いや……すまないっ。魔王殿が、余りにも……その、アレですよ。初心というか、可愛らしいというか、つい」

 笑い過ぎて滲んだ涙を拭いながら、ロゼアイア殿が詫びてくるが、再び笑いの発作に襲われて肩を震わせている。

「しかし、魔族は淫行を好むと聞いているが? それに、私の行った事よりも、大公方はもっと過剰な行為を行っているではないか」

 ロゼアイア殿の言う通り、確かに魔王殿の反応は魔族にしては、初心な人間の娘のようにも見えるが、時折大公に押し倒されているのを見掛けた事もある。

「まぁ、そうなんですが……魔王殿を見ていると、淫行を好んでるようには見えませんけどね。イシュアレナ大公やガルマエアータ大公の毒気が強いせいかもしれませんが」

 あのお二方に関しては、精を好む性質の為か、見るからに蠱惑そのものであり、それに比べれば魔王殿は清純と思えなくも無い。

「そうでなければ、ラズアル殿を男性として意識されているのかもしれませんね」

「魔王殿が、私を?」

 ロゼアイア殿の言葉は、思い掛けないものだった。

「人間の娘であれば、意識してしまった余りにと解釈致しますが……私が同じ事をして、同じように突き飛ばされるのであれば、人間の男に慣れてはいないとも思えますし。いやはや、魔王殿はなかなか興味深い方ですなぁ。是非、私も突き飛ばされるのか試してみたくなります」

「ロゼアイア殿には奥方がいらっしゃるではありませんか」

 好奇心旺盛な様子のロゼアイア殿を横目に、思わず忠告めいた事を言ってから、その一言が余計だったと気付き、俺は誤魔化すように廊下を歩き出す。

「冗談です。大公方には睨まれたくありませんからね。でも、魔王殿が人間の男に不慣れというのも、不思議な感じが致しますねぇ」

 その後、ロゼアイア殿と共に、其々に与えられた部屋へと戻ったのだが、部屋で一人になった途端、ロゼアイア殿の言葉が気になりだした。

 魔王殿が、人間である俺を意識しているのかもしれないと思うと、心做しか高揚とした気分になるのだ。

 逆に、ロゼアイア殿の言う通り、単に人間の男に不慣れだった故と思うと、些か気落ちもしてくる。

 だが、離宮にも人間の男がいる訳だから、決して不慣れなのだとも思えないし、過剰な行為を行っている大公達に対して、あそこまで慌てふためく様子も見た事はない。

 俺の事を意識して下さっているのだろうか。

 とは言え、相手は少女だ。

 しかし、魔族だから本当の意味での少女とは言えないのかもしれない。

 現に、大公方は優に一〇〇歳は超えているのだから、魔王殿も見掛け通りの年齢とは限らないのではないのか?

 第一、俺は少女趣味は持ち合わせていないし、抱く対象として見た事等断じて無い。

 そこまで考えて、俺は頭を抱え込んでしまった。

 何を自分に言い訳をしているんだ。

 仮に魔王殿をこの腕に抱いたとしても、その思いは父兄が感じる物と同じであるはずだ。

 そう自分を信じ、想像をしてみた結果、俺は一晩を通して部屋に面した庭で、剣を振るい己の心の鍛錬を行う破目となった。

 魔王殿の命令に従い、未だ我等の傍で控えてくれているサナリラナイア大公が、夜通し一人で剣を振るう俺を覗きに来て、不思議そうに眺めていたが構う余裕等今の俺には無い。

 空が白みだした頃、漸く俺は剣を振るうのを止め、汗を流す為に湯浴みを利用した。

 無理を承知で続けた鍛錬に、些か疲労感を覚えたが、騎士としてあるまじき思いを抱いたまま横になるよりかはマシである。


 その日の午後、機会あって魔王殿とお茶を飲む時間を共にした。

 昨日の事を気にされてか、小さい体を更に小さくされて、俺へ詫びる姿に思わず頬が緩む。

 愛らしい幼子を見て可愛いと自然に思う感情であるのか、魔王殿故に思ってしまう感情なのか、次第に自分でも分からなくなりだしていて実に由々しき事態だ。

 こうして他愛無い話をしながら改めて魔王殿を見ていれば、その表情で凡その感情が窺い知れる。

 昨日スナイ殿と対面していた時、身も凍るような凍て付いた空気を纏わせていた人と同じとは思えない程だ。

 残り僅かな時間が過ぎて魔界を離れてしまえば、二度と会う事も無いのだと改めて気が付いた途端、言い様の無い焦燥感に胸の内が掻き乱れる。

 俺が再び魔界へ訪れるには理由が必要となるが、そう簡単に魔界へ訪れる理由があるはずも無く、そう思うと一層焦燥感が募っていく。

 暫しの間、見詰め合っていた事に気付かれた魔王殿が、頬を薄く色付かせながら微かに泳がせた視線を伏せられた。

 (うら)恥ずかしげに色付く頬に触れ、更に俺の手で朱へと染めていきたい、間近で覗き込むその瞳が濡れていく様を余す所なく見ていたい。

 その唇に、と思った所で慌てて我に返る。

 今しがた抱いた思いを誤魔化すように、僅かな期待を潜めた俺の問い掛けに、問うた俺が驚く程魔王殿は身を乗り出して答えてきた。

 その後、乗り気になった魔王殿の勢いに、後からやって来たロゼアイア殿も加わり、予想外の展開だったが俺に好機が残された結果となった。

 いつになるかは分からなくとも、我が国に仮住まいの家を用意するのであれば、魔王殿が来る機会もあるだろうし、術に関して教えを請うに至ってはロゼアイア殿は必ず実現させる事だろう。

 そうすれば、再び魔界へ来る機会も生まれる。

 魔王殿と別れてから、ロゼアイア殿は今までとは打って変わった張り切りようだった。

 明日は魔界を去る晩、折角だからと魔王殿と晩餐を共にした後、ロゼアイア殿の与えられた部屋で一杯飲みながら暫し話し込んでいた。

「魔王殿から確約も頂けた事ですし、戻ったら色々と忙しくなります」

「忙しくなるとは?」

「好んで魔界に来たがる者はいないでしょうが、万が一の為にも横から口を挟まれない程度の地位を確保しておこうかと思いまして。魔王殿の人柄や、今の魔界の現状を知れば、来たいと思う者が居ないとも言えませんからね」

 成る程、と納得する。

 然程出世に興味は持たなかったが、一人の男として欲しい人を得る為に、必要があれば中将以上の地位を狙うのも悪くは無い。

「しかし、随分と安易に魔王殿は術について請け負って下さったが、我々人間が襲ってくるといった考えは無いのだろうか」

「勿論考えてはいらっしゃいますでしょう。ですが、我々が魔族の持つ術を知った所で、実際に使えるのはほんの僅かです。その辺りも踏まえた上、条件付で術を教えて下さるのですよ」

 俺の問い掛けに、ロゼアイア殿が苦笑を浮かべる。

「竜族の方とお会いした事はありませんが、妖精族や魔族の下位が持つ魔力にさえも、我々では及ばないのが現状です。稀に魔力を多く持つ者も居ますが、魔族の上位、大公達には遠く及びません。仮に離宮で使用されている術の一つを、我が国で同じように構成させた場合、師団所属の術師だけでは足りないでしょう。圧倒的に力の差があり過ぎるんです。少なくとも、今回魔界に来れて良かった一つは、我々人間と魔族との力の差を知れたという事でしょうね」

 ロゼアイア殿の言葉は、俺も思っていた事だけに苦笑が浮かぶ。

「魔族の術を、我々がその通りに構成出来る訳ではないのですが、魔王殿が教えて下さるとおっしゃっているのは、応用するという発想です。我々の出来る術を用いて、いかにその術をより高度に仕上げられるか。我々にはその応用する発想がありませんでしたからね。条件の一つに、出来た術を見せるというのも加わっておりますし、術の経緯に付いて監視はなされるのだと思いますよ。なので、必ずしも安易という訳ではないのです」

「我々にとっては好条件にも思えたが」

「確かに好条件ではありますが、油断して増長すれば手酷くしっぺ返しがあるでしょうね。その辺りは、魔王殿も計算済みだと思いますよ。幼い少女と侮ると、後のツケが大変です」

 今回は運が良かったのだと、ロゼアイア殿が笑って言う。

「確かに、離宮に人間も居ますが、あからさまな敵意を持って、魔界へやって来た人間を見るのは、魔王殿にとって今回が初めてなのだそうです。そういった意味で、我々が未だ無事でいられる事については幸運だったのだと思いますが、二度目は無いと思います。私の憶測ですが、今回の件で、魔王殿自身の折り合いというのを計っていたのではないでしょうか」

「折り合いと申しますと? 何に対してです?」

「どこで人間を切り捨てて良いのか。その辺りを」

「…………ロゼアイア殿。いつの間に、魔王殿の事をそこまでご理解されるようになられたのですか?」

「細かな条件を纏める為に、何度か魔王殿にはお時間を取って頂きまして。会話をしている内に人柄というのは垣間見えるものですからね」

 なぜか釈然としない気持ちの中、ロゼアイア殿の話しが暫し続き、夜も更けてきた所で与えられた自室へと引き上げたが、床に付いた所で、ロゼアイア殿を羨む気持ちだったと思い至り些か呆然とした最後の夜であった。


 こうして魔界を去る事となったが、魔王殿と会話が出来る魔具を直々に頂いた。

 国札を渡すにあたってもう一度会う機会を得られるかもしれず、術師達が魔界へ向かう際には付き添う事も可能だろう。

 魔王殿が我が国へ来られる際にも、会える機会が生じる可能性もある。

 ロゼアイア殿では無いが、魔王殿と会う好機を得る為に、俺も国へ戻ってからは俄かに忙しくなりそうだ。

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