討伐隊と魔王様 ■ 02
一向に妥協を見せない神官達だったが、令嬢を救う機会は刻一刻と迫ってきている。
だが、既に国王の許可は頂いている為、神官達の意見は無視する形で魔王殿へ正式に協力を仰ぐ事を告げたのだ。
詳細な段取り、意識合わせと魔王殿の采配は素晴らしく、また娘達を保護した後の気遣いまでと、我々にとっては至れり尽くせりな話であった。
この協力の条件が、魔族に関わってくれるなというだけで良いのかと、不安に思った程である。
しかし、話が纏まり掛けたその時、スナイ殿の凶行で全てが元の木阿弥となる所であったが、それも魔王殿の寛大な処置で不問となった。
もし、我が国王にスナイ殿のような振る舞いをする者がいたら、俺は直ちにその場で切り捨てていたであろう。
実際、魔王殿の傍で控えていた大公方も、本気で我等を殺そうとしていた。
殺された所で文句の一つも言えないし、文句を言うのもお門違いであり、我々は疎か攫われた娘達に対する魔王殿の配慮に対し、スナイ殿の凶行は忘恩の徒としか言いようがないのである。
魔王殿の寛大な対応に感謝はしたが、大公方の苦労には同情を覚えずにはいられなかったのも確かである。
そして、娘達の保護は呆気無い程簡単に済んで一安心と思ったのも束の間、今度は救出できたセネミアリナ嬢が魔王殿へ暴言を吐かれる有様。
我々は軍人である為戦場での苦境に耐えられても、政治上での苦境は不慣れなのだ。
スナイ殿に引き続きセネミアリナ嬢までもと心痛に苛まれたが、呆れながらも諭して下さる魔王殿のお言葉に、セネミアリナ嬢も貴族の令嬢としての認識を自覚されるようになったのは嬉しい誤算だったといえる。
以前に見掛けた際のセネミアリナ嬢は、下々の者に対して思いやる心をお持ちでは無かったが、魔王殿の言葉で色々と考えられたのか、同じ攫われた娘達を気遣う心を見せられるようになったのだ。
元々美しく賢い娘であったのだから、人を思いやる気持ちを持てば、この先引く手数多な求婚者達が押し寄せる事だろう。
魔王殿の厚意により魔界に残る事を決めた娘達と別れ、俺とロゼアイア殿を残し令嬢は他の娘達と一緒に帰国されたのである。
俺とロゼアイア殿が残った理由。
魔王殿へ対し、凶行に及び軟禁されている神官達の処遇に付いて見届ける為である。
リオークア国王は、例え神官二人が殺される事になっても、致し方ないと割り切られ、魔界側の決める処遇に付いては、異を唱えない姿勢を見せた。
神官、神殿側の魔族に対する嫌悪感情は、魔族の被害が少なかったリオークア国では予想を上回る程であった。
今回の件で、魔族の仕業ではないかと言い出したのは、神官ではないかと俺とロゼアイア殿は思っている。
討伐に向かうと決まった際に、神殿側から神官を加えるようにと言ってきた事も合点がいく。
実際に魔族や魔物による被害が出ている場所にしか、神殿側が進んで軍を動かす事は出来ない。
しかし、一国が軍を率いて魔界へ討伐に向かうのであれば、神殿側はそれに加わる事は可能なのである。
魔王殿は、魔族は人間から忌み嫌われている事は知っていても、目の当たりにしてない分実感が薄く、魔王殿自身もそう思われているようである。
折に触れ話す機会が多くなり、魔王殿の慧眼や、他者への思いやりを知るにつれ、魔族でありながらも尊敬の念を抱かずにはいられなくなった。
少女の姿で無邪気に笑う表情は愛らしくも見え、その鋭い洞察力には舌を巻き、愚者を圧倒する威厳、屈強の戦士達に膝を付かせる力と常に驚かされてばかりだ。
リオークア国王に忠誠を誓っていなかったら、小さな魔王殿がどのように魔界を統治なされるのかを傍で見てみたい。
あの小さな体を、心を傷付かぬように護りたい。
己よりも力のある大公方が傍に居るにも拘らず、そんな愚にも付かない事を思った己に、自嘲が浮かんだりもしたのだ。
軟禁されているスナイ殿とライカエッタ殿と、対面する際には魔王殿の依頼もあり、俺とロゼアイア殿も同行する事となった。
外部からの情報も一切与えず、処遇に付いても知らされない日々を過ごした為か、二人の神官は随分と憔悴していたようだが、それでも魔王殿と対面したスナイ殿の鬼気迫る様子には、俺もロゼアイア殿も驚かされた。
しかし、そんなスナイ殿の言葉にも、魔王殿は怒る所か淡々と言葉を返す中、室内の空気は次第に下がり、ふと目の前に幻覚が見えた。
戦場で屍の山を見た時よりも陰惨な、見渡す全てが腐った屍の山を、魔物が、魔族が掘り返して貪り食う。
その魔族を、別の魔族が襲い食い散らかしていく。
饐えた匂いまでもが再現できそうな生々しい幻覚に、胃の中の物が迫り上がりそうになる。
魔王殿は、人間界をそのようにしたいのかと、スナイ殿に淡々と告げているのだ。
魔王殿の力を以ってすれば容易いが故に、人間を殺させるような事はしてくれるなと言う。
知らず鳥肌が立ち、背に冷や汗が流れ落ちる。
我々が愚かにも挑んだ相手は、人間の想像を遥かに超えた強大な力を持っているのだ。
その強大な力を以って、魔王殿が自身にどのような術を掛けているのかは知らないが、その術を人間が壊してしまうような事があれば、いずれは先に見た幻覚が人間界で現実となってしまうのだ。
スナイ殿やライカエッタ殿、ロゼアイア殿も俺と同じ幻覚を見たのであろう。
全員が青褪めた顔をしていた。
押し黙ったスナイ殿に用件を簡潔に告げ、魔王殿が部屋を出ていった為、俺とロゼアイア殿も後に続いた。
陰惨な幻覚がぶり返す中、思い返せば僅かな期間とは言え、我々は魔王殿へ無礼な事ばかりを行っている。
言い掛かりとしか言いようが無い魔王討伐に始まり、スナイ殿が凶行に走った時は、イシュアレナ大公が魔王殿へ苦言を呈していた程でもあり、セネミアリナ嬢の言動に付いても然りだ。
本来であれば、疾うに怒りに任せて我々を殺しても当然と思える事ばかりだが、それでも魔王殿は激情にかられる事なく、言葉を以って我々と接している。
目の前を歩く少女の首は、俺の片手で容易く絞め殺せる程細く、唯の力であれば、小さな肩や腕、足を折る事も容易い程に細く柔らかい。
しかし、内包する力は我々の想像を絶する程強大であり、目の前を歩く少女はその力を厳しく自身で律しているのだ。
何と言う『強さ』なのだろうか。
離宮の人々が、魔王殿を敬愛し傾倒する気持ちが分かる。
少女の背を眩しい思いで見つめ、俺は思ったままを口にしていた。
振り返った魔王殿は、驚いたように大きな目を更に見開き、瞬きを繰り返して小首を傾げる。
魔王殿を敬愛する気持ちはロゼアイア殿も同じだった様子で、片膝を付いた俺の隣に並んで魔王殿を見ている。
今の『魔王』が、魔王殿で本当に良かった。
死を覚悟しての旅であったが、こうして魔王殿と巡り会えた事を神に感謝したい。
そう思いながら、敬愛の気持ちを伝えたく、自然と手に取った魔王殿の手の甲へと口付けていた。
忠誠はリオークア国王へ捧げたが、俺如きの力で役に立つとも思えないが、魔王殿に何かあればいつなりとも馳せ参じようと心に決めたのだ。
が、思いがけずも魔王殿に突き飛ばされた。
我が国の騎士が女性の手の甲へ口付けて、喜ばれる事は多々あれど、突き飛ばされる事は未だ嘗て見た事が無く、ましてや自分が突き飛ばされるとは思っていなかっただけに、正直かなり驚いた。
驚きのまま魔王殿を見れば、湯気が立ちそうな程顔を紅潮させ、吃りながら頻りに謝り後退った挙句に、転移術にて消え去ってしまった。