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魔王就任裏  作者: 市太郎
【魔王様と討伐隊】
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討伐隊と魔王様 ■ 01

 リオークア国王より直々に魔王討伐の任命を受け、十名という少人数にて魔界へと出立した。

 神官である二人は魔王討伐の意気込みを漲らせていたが、他八名は生きて戻れない事を覚悟して向かったのである。

 元から我々八名で魔界へ向かう予定であったのだが、神殿側からの横槍により、神官二名が付いてくる事になったのだ。

 リオークア国王は我々八名に対し、勿体無くも自ら頭を下げて詫びて下さった。

 王の剣となり盾となる将軍の令嬢が行方知れずとなった事を発端とし、宮殿内は勢力の拮抗が崩れ疑心暗鬼に凝り固まっていた。

 国の要が不安定となれば、いずれ国は傾いていくもの。

 王に忠誠を誓ったリオークア国王室師団に所属する一軍人として、死にに行くだけの任務であるとはいえ任務は任務である。

 己の命で国が安定するのであれば、安い物である。

 我々八名はその思いを胸に抱き、国を後にしたのだ。

 クショーレア山脈に至るまでは楽な行程であったが、クショーレア山脈に入ってからは途端に苦しく厳しい行程となった。

 荷物を持たせる為に引き連れていた馬も、三頭の内二頭を潰す事を余儀無くされた程の険しさである。

 山脈を越える者の行く手を阻むその厳しい険しさに、何度も挫けそうになりながら、漸く魔界の領地へと入る事が出来たのである。

 正直、軍人として日々鍛錬に勤しんでは来たが、山脈を無事に越えられた事は奇跡に思える程疲労は激しく、この後押し寄せてくるであろう魔族を散らすのも精一杯な有様で、魔王の首を取る事など到底無理だろうと覚悟を決めていた。

 しかし、足を踏み入れた魔界の領地は賑わいこそ少ないものの、リオークア国の王都よりも整備が整っているように見えた。

 道は整えられ、魔族の住んでいる家のどれもがしっかりとしており、我が国の辺鄙な村よりも綺麗であった。

 後に知るが、我々が驚かされたその町並みでさえも、魔界では田舎とされていたのだ。

 領地の末端まで統治が行き届いており、思い返すも魔王殿の統治力は素晴らしい物であると感嘆する。

 暫し呆然としていた我々であったが、目の前に大きな獣が現れ、改めて呆けていた気を引き締め直した。

 双頭双尾の狼の姿をした魔族は、剣を引き抜く我々を嘲笑するかのように、目を細めて距離を取ったまま告げる。

 獣曰く、魔王は我々の事は既に知っており、魔王の元へ案内するよう命じられて来たと言うのだ。

 死を覚悟して魔界には来たが、侮られているという思いに気弱になった心が奮い立った。

 ならば魔王に一太刀でも浴びせ、その鼻を明かしてやろう、魔王を滅ぼす事は叶わなくとも、その驕りに傷を付けてやろうと意気込み、獣の案内にて魔城へと向かったのである。

 途中、幾人もの魔族と擦れ違う事はあったが、誰一人として殺伐とした雰囲気を持っておらず、我々と擦れ違う事で襲う者も無く、魔界の領土を物々しく歩く人間を、誰も気に留めていない様子に些か拍子抜けした程だった。

 そうして目の前に現れた魔城は、我が国は勿論、俺が見たどの国の建物よりも美しかった。

 人間界では珍しさ故に高価な虹水晶で外壁を飾る魔城の中へと案内され、その内装の美しさにも驚かされた。


 王の間まで案内した獣は、務めは終えたとばかりに我々から離れ、正面に座る少女へと駆け寄っていったのである。

 中央の椅子は玉座であろうから、そこに座る少女が魔王なのだろう。

 獣が緩やかに尾を振りながら少女の膝に顎を乗せ撫でられている。

 初めて見る黒い髪に、少しばかり黄色味掛かった肌。

 興味深く我々を見る瞳は大きくて黒い。

 獣に語り掛ける声は、子供特有の幾分高い声だったが穏やかで、とても魔族の王であるとは思えなかったのである。

 王の間には我々と、我々を案内してきた獣を始め、後に知る魔王に一番近しい大公達、そして魔王のみで、他の魔族の姿は無かった。

 高が四名の近衛で我等と対峙するのかと、見縊られている、侮られているといった憤りを感じた。

 しかし、スナイ殿の先走りで、魔王の力の片鱗を見せ付けられた我々は、その場で殺されるのだろうと覚悟した。

 一時は我等と対峙するべく前へと出た大公達が、魔王が玉座を下りた途端に緊張の表情を浮かべ、直様に下がった程その場の空気が突然重たく感じたのだ。

 幾度か戦場へ出て、命を失う危機感を覚えた事も数度はあるが、この時程恐怖に足が竦んだ事はなかった。

 仲間が振り上げた剣は砂と化し、唯睨み付けられただけで身動きも取れない程の圧力を受け、神術を以ってしても傷一つ付けられなかった。

 ゆっくりと歩み寄ってくる魔王に、本能が恐怖を訴えていた。

 一太刀でもと思った己の傲慢さを思い知らされ、また魔族の王は我々が太刀打ちできる存在では無いのだと痛恨したのだ。

 人間が小さな虫を殺すのと同様の手間で、魔王は我々を意とも容易く殺す事が出来る。

 その圧倒的な力の差に、我々は愕然としたのである。

 しかし魔王は我々を殺さず、持て成しまでしてくれた。

 夕食時に一度は仲間とは離されたが、その後は我々の行動を縛る事もせず、魔界へ来るに至った経緯を尋ね、事の原因となった娘達の保護に、協力までしてくれると言ってきたのだ。

 魔族が人間に協力をする等、前代未聞であり、未だ嘗て聞いた事も無い話であった。

 神官であるスナイ殿とライカエッタ殿は、魔族の罠であると強固なまでに反対を貫いていたが、令嬢が無事に救出されれば宮廷内の争いも安定するのである。

 機会を見付けては話す場を設けてくれた魔王からの話だと、魔族は絡んでいる事は無く他国で娘達を攫っている人間がいるとの話だった。

 あれ程探しても見付からなかった娘達だ。

 神官達が言うように魔族の罠かもしれないと危惧したが、そんな我々の危惧そのものが、無駄である事に気付き知らず苦笑が漏れる。

 魔王の力を以ってすれば、我々等容易く殺せるというのに、ここまで手間を掛ける必要があるだろうか。

 神官二人以外は、全員俺と同じ意見であった。

 自分達で決断が難しいのであれば、国と連絡するのも構わないと魔王が言ってくれる。

 死を覚悟してこの魔界までやって来たのだ。

 中には期待を抱かせた後、絶望する様子を楽しむ魔族も居るという。

 しかし、仮に魔王の甘言だったとしても、今の状況で損になるとは思えなかった。

 魔王との連絡係として残された魔族も、国と連絡をする時は部屋から出るといった気の使いようである。

 他にも魔界に住む人達を紹介され、自由にして構わないとの事だ。

 幾ら力の差が歴然であるとはいえ、自分を殺そうとした者達を自由に振舞わせるものなのだろうか。

 魔王がここまでして得られる利点が思い浮かばない。

 少女の姿で我々を騙しているのかもしれないが、騙した所で魔王にどのような利点があるというのだろうか。

 油断せずに、気を引き締めておく事には問題はなかろうと我々は話し合った。

 しかし、次第に我々は過っていたのではないかという気持ちを抱くようになっていく。


 国から正式に魔族の協力を仰ぐ事に決まったと、国との通信を担っていたロゼアイア殿より報告を受けた。

 国の決定を告げても尚断固として反対をする神官を、交互に説得を試みる傍ら、魔界で暮らす人々がいるという離宮へ暇を見ては訪れる者も多かった。

 特に術者達は暇さえあれば離宮へと入り浸る程である。

 入り浸る程に術者達の興味を惹いたのが、離宮に住む人々が世話をしている畑や果樹園だった。

 少ないながらも人間界の家畜も世話がされ、魔界に住む人々はここで出来た作物を食べて暮らしていると聞いた。

 この離宮での耕作方法に、一番関心を強く示していたのは、ロゼアイア殿である。

「凄いですよ、ラズアル殿。私はこれ程複雑で入り組んだ術が構成されているのも初めて見ましたが、そのような高度な術を大地に組み込み、作物を豊かにさせる方法というのに驚かされました。本来でしたら、魔界の厳しい気候では育たない作物も、ここでは豊かに実っています。これらの方法を、魔王殿がお一人でお考えになられたそうです。この術を魔王殿に伺ったら教えてくれるかもしれません」

 ロゼアイア殿の言葉に、俺は驚かされた。

 自分で考えた術を他人に教える術師等聞いた事も無い。

 ましてや、普段は陰の薄いロゼアイア殿が興奮する程の高度な術を、そうも簡単に教えてくれるものなのであろうか。

「離宮に住む方達が魔王殿の事をお話されてましてね。大変気さくな方だそうで、大公方にいつも怒られているそうです。我々術師が、作物に与えている術に興味があるのなら、魔王殿へ伺ってはどうかと教えてもらいました。術の構成を聞いたからといって怒る方では無いし、術によって貧しい村が少しでも良くなるのであれば検討もして下さるだろうと」

 思い出した様子で目を細めるロゼアイア殿が更に続けて言う。

「離宮に住む方達の意見もなるべく聞き入れて尊重して下さるそうです。出来ない場合は、きちんと出来ない理由も説明して下さるそうで……離宮に住む方達は、皆さん魔王殿を敬愛しているのが良く分かります。皆さん其々の事情で魔界に留まっているようですが、当初は魔王殿も人間界へ戻られるようにお心を砕かれていたらしく、実際に人間界へ戻りはしたが、馴染めずに魔界へ戻ってきた方もいらっしゃいました。魔族の王ではありますが、離宮の方達に慕われる王ですから、今回の件は魔王殿へお任せしも問題無いのではと思うのです」

 そう言って、ロゼアイア殿は離宮へ向かわれてしまった。

 陰が薄い割には堅物と揶揄されるロゼアイア殿が、熱心に通ってる様子に俺を始め部下達も興味を惹かれ、離宮へ暇を見ては訪れるようになり、魔界にいながら穏やかな時間を過ごせたのである。

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