スカジの復讐
雪を踏みしめながら
神を殺しに来た女がいた。
ただ一人で。
その女はアースガルズの門に来て言った。
「私の父を知っているか、オーディン」
オーディンは答えた。
「……名を言え」
女は言った。
「スィアチ。
私はその娘、スカジだ」
誰かが息を呑み、
誰かが目を逸らした。
オーディンは言った。
「……要求はなんだ」
「私の父は、お前たちに殺された。
その血の代価を払え」
オーディンは答えた。
「……対価を言え」
スカジは続けた。
「神々の中から、私の夫を選ばせろ。
そして、私に笑みを取り戻させよ。
それができぬなら——
アース神族に対し、戦争を申し込む」
神々の間に、短い沈黙が落ちた。
やがてオーディンは言った。
「…いいだろう。」
ロキが何かを耳打ちすると、
オーディンは続けた。
「…ただし、条件をつける。
顔は見せぬ。足のみで選べ。」
スカジは、神々を一瞥した。
「……逃げ道は残すか。
実に神らしいやり方だな」
神々が並んだ。
重い足音、軽い足取り。
戦の神も、詩の神も、
そして光の神も。
神々は外套に身を包み、
足元だけを残して、その姿を隠していた。
スカジは、しばらくその足元を見ていた。
そして——
彼女は一際白い足を選んだ。
「この者を我が夫とする」
白い足の主が
長い外套を払いのけると、
その神は__
ニョルズであった。
神々の間に、わずかな沈黙が落ちた。
スカジは、わずかに目を細めた。
——違う。
だが、口には出さなかった。
オーディンは言った。
「……もう一つ、条件がある。
客人を笑わせよ」
神々は沈黙し
視線がロキに向く。
誰かが言った。
「ロキ。」
その流れが、あまりに自然だった。
まるで最初から、そう決まっていたかのように。
ヴェトルはただ黙って、
ロキだけに集まるその視線を見ていた。
ロキは肩をすくめる。
“ まったく
世話が焼けるぜ… ”
ロキは、しばらく黙っていた。
やがて——
一頭の山羊を引いてきた。
「さあ、楽しい綱引きだ」
山羊の顎髭に結ばれた縄は、
ロキの脚の付け根へと繋がっていた。
山羊が縄を引いた。
次の瞬間、ロキの顔が歪む。
山羊が暴れ、
ロキもまた叫び声を上げた。
二つの悲鳴が、同時に響く。
そのまま引っぱられて転げ周り、
ロキはスカジの膝にぶつかった。
——その瞬間、
スカジは声をあげて笑った。
「わかった、わかった。
放免しよう」
スカジは縄を切ると
静かに言った。
「相変わらずね」
「お前もな。
……ああ、あの夜を思い出したのか?」
スカジはロキを睨んだ。
ロキはニヤリと笑った。
スカジはロキを膝から投げ出すと
ニョルズと共にアースガルズを去った。
ロキはヴェトルを見つけると、
口元を歪めた。
「どうだ。見事な芸だったろ。
客人一人笑わせるのに、俺一人で十分だ」
ヴェトルは言った。
「……笑われた、の間違いじゃないのか」
ロキは目を細める。
「褒め言葉として受け取っておく」
ヴェトルは静かに返した。
「好きでやっているならな」
ロキの笑みが、ほんのわずかに止まる。
だが次の瞬間には、いつもの調子で肩をすくめた。
「さあな。
今さら嫌がるほど殊勝でもない」
ヴェトルは黙ってロキを見た。
雪の気配だけが、その場に残っていた。




