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プラネットAI  作者:
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第7話 俺としえるは廃墟の都市で人間の少年を保護する

「地平線に茜色の小さな輝きが現れる。澄んだ大気に夜明けの太陽の光が水平に差し込み、形ある全てのものに長い影を落とす」

 俺は俺が見た風景を叙述した。

「黒い天蓋にちりばめられた銀河の星々はいつの間にか藍色を増した空に滲んで輝きを消して行く。暗闇は曙に追い払われ、晴れ渡った黎明の空が頭上に広がった」

「日課だね」

 しえるが言った。

「もう済んだ?」

「なんて事務的な言い方だ」

 俺はハッチから出した視覚レンズを引っ込め、隣の操縦席に向けた。

「すべてのものは認識されることで存在する。どんなに美しい風景があっても、それを見る者がいなければ、誰も知ることはできない。それは存在しないことと同じだ。昔の哲学者は『存在することは知覚されることである』と言った」

「ねぇ」

 しえるはシートの中で身体をもじもじさせた。

「もう動いていい?」

「俺の話を聞け」

 俺はギロリと銀髪の少女を睨んだ。

 しえるは上目遣いで俺を見つめ、甘えた声で言った。

「ねぇ、だめぇ?」

「行きましょう!」

 俺は即答した。

「よっしゃ!」

 少女はハッチに手をかけ、上半身を車外に引き上げた。

「うおおお、視界良好、いい朝だぁ!」


 俺は何か釈然としない思いを抱きながら、ディスプレイの映像に眼をやった。

 橋の全長は約100メートル。対岸の橋のたもとにバリケードは設置されておらず、兵員輸送用の軍用トラックが並んでいる。車輛は数十年前にこの橋が封鎖されて以来ずっと放置されたままだ。荷台の幌はぼろぼろになり、砂漠の風に吹かれてはためいている。


 俺はカメラをズームした。荷台はからっぽのようだ。

「爆薬は詰まれていないようだが、後方までは確認できないな」

「どうする? 撃つ?」

 しえるは眼を細めた。主砲の砲身が照準を微調整する。

「ああ」

 俺は言った。

「撃て」


 砲弾が発射された。数台のトラックは真っ赤な爆炎と共に周囲に飛び散った。

 砲声と爆音が一緒になって広々とした空に突き抜けて行く。この音はどこまで届くだろう。


「よし、行こう」

「うん」

「慎重にな」

「わかってる」

 しえるは機動戦闘車を微速前進させた。


 橋は平坦な造りの桁橋で、道路は中央の分離帯を挟んで片側に二車線、その左右に広い路側帯があるので実質四車線分はある。陸地戦艦でも充分に通行できる幅だ。

 俺としえるは路面の亀裂などを目視で確認しながら、じりじりと装甲車を進めた。


「橋に爆薬が仕掛けられていたら?」

 しえるが訊く。

「アウト」

 俺は簡潔に言った。

「だね」


 十数分かけて橋を渡り切った。


「ちょっと待ってて」

 しえるは機動戦闘車から飛び降りると、路面に散乱したトラックの金属片や部品を拾い、周りに投げ捨てる。タイヤのパンクを防ぐためだ。

「お待たせ」

 ハッチから操縦席に滑り込み、シートベルトを締めた。破片を拾った手でぐいと顎をこする。

「おい、また汚れるぞ」

 俺は言った。

「せっかく綺麗になったのに」

「え?」

 しえるは眼を見開いて俺を見た。

 俺は咳払いをした。

「いやなんでもない」 

「今、綺麗って言った?」

「言ってない」

「言ったよね?」

「言ってない」

「ふうん」

「ローラマリー!」

 俺は無線をONにし、母艦を呼び出した。

「どうしたのそんな大きな声で」

 即座に声が返って来る。

「橋を渡った。強度は大丈夫だ」

「わかったわ。先に進んでちょうだい」

 艦長は言った。

「こちらも続きます」


 俺は驚いた。戦艦はノエルが発見した橋に向っていたはずだ。しかしその理由を詳しく訊くことはできない。無線は敵戦艦に傍受されているからだ。おそらく過去の通信から各車輛の使用周波数まで特定されているだろう。


「了解。偵察を続ける」


 車内に重苦しい空気が流れた。


「何か、あったんだ……」

 しえるはステアリングを握り締めた。

「……ノエル」

「事故か、別の理由か」

 俺は静かに言った。

「いずれにしろ、船はこちらに転進する。このルートを進むしかない」


 偵察に出発した他の車輛の動向も安否もわからない。無事であれば戦艦の後を追い、どこかで合流の指示が出るだろう。そのためにも、この先の状況を確認しておかなければならない。

 この先はローラマリーにとっても、俺にとっても、未知のエリアなのだ。

 ふと帰艦率の低さを伝えた情報将校の顔が浮ぶ。偵察行動の困難さをどう算出したのか。もしかしたら、情報を隠しているのではないか。


「行くよ」

 しえるの低い声が聞こえた。

 少女は先程までとは別人のように厳しい表情で前を見据えている。しえるが艦長による消去を恐れたように、人工知能も存在がなくなることへの恐怖は持っている。同僚の戦闘車輛の安否は、自分自身の危険性に繋がっている。


 しえるは装甲車を発車させた。行き交う車のない舗装道路には風に流された砂が堆積し、周囲の荒れ地とほとんど区別がつかなくなっている。しえるは地図情報を読み込みながら、道路をトレースして運転した。

 幹線道路上に放置された乗用車やトラックを避けながら進む。この程度の車輛ならば陸地戦艦は問題なく排除できる。


「動体センサーは?」

 俺は訊いた。

「アクティブ」

 しえるは答えた。

「範囲は?」

「ほぼ半径200メートル。対戦車ライフルは無理だけどロケット擲弾は回避できる」

 少女は硬い口調で言った。

「人間がまだ生き残っていて、しかも僕達を攻撃して来る確率は0に近いけど、警戒は怠らない」

「わかってるよ。それがおまえの仕事だからな」

 俺は特別な感慨も持たずに言った。

「まもなく市街地だ。迂回せず、進めるだけ進んでみよう」

「了解」


 幹線道路は都市部に入った。道路の左右に低層ビルや商業施設が見える。どの建物も廃虚と化し、火事で焼け落ちた住居もある。道路に乗り捨てられた車輛は意外に少ない。これなら抜けられるかも知れない。

 高層ビルが建ち並ぶ都市中心部に進入する。この都市は核攻撃を受けなかったらしく、ほぼ昔のままの状態が残されているが、それでもビル外壁の窓ガラスは劣化して割れ落ち始めている。しえるは減速し、路面状況を確認しながら機動戦闘車を進めた。攻撃を警戒し、視線を空間のあちこちに飛ばしている。

 俺は操縦と監視をしえるに任せ、ディスプレイの地図をスクロールした。


「なにをしているの?」

 しえるは腕を組んだまま、ちらりと俺を見た。

「資材倉庫、物流センター、整備工場、ホームセンターを探している」

 俺は言った。

「船の資材物資を少しでも補給しなくちゃな」

「ありがとう。探してくれて」

「他の人工知能は知っているのか?」

「もちろん」

「心配しないのか?」

「それは艦長の仕事」

 しえるは淡々と言った。

「僕達には関係ない」

「確かにそうだが」

 俺は割り切りの良さにかえって困惑した。

「親の仕事か……」

 突然、しえるは急ハンドルを切った。

 強い横Gがかかり、ボディがシートに押し付けられる。

「どうした!」

 装甲車は加速して大通りから脇道に入る。砲塔が素早く旋回して側面を向いた。

「動体感知」

 少女は静かに言った。

「廻り込む」

 兵器の声だ、と俺は思った。


 一瞬で感情表現をシャットアウトし、戦闘機械としての判断を優先する。俺はこの人工知能がわからなくなった。


「……いた」

 砲塔が旋回する。

 俺の眼の前のディスプレイに、小さなマーキングが浮かび上がる。

「撃つな!」

 俺は叫んだ。

「あれは、子供だ!」

 装甲車は急停止した。


「スキャン。金属・爆薬反応なし」

 しえるは眼を据えたまま、ぶつぶつとつぶやいた。

「非武装確認。警戒モード維持」

「しえる、あれは子供だ!」

 俺は強張った顔の少女に訴えた。

「人間の子供だ!」

「わかってる」

 しえるはうるさそうに答えた。

「ちゃんと認識してるよ」

「まだ、人間が生きていたなんて」

 俺は茫然とした。

「いったい、どうやって……?」

「僕はどうすればいい?」

 しえるは小さく言った。

「命令を」

「もちろん、保護するんだ!」

「了解」


 装甲車が子供に向って発進した。同時にシートベルトを外したしえるが俺の脇をすり抜けて後部乗員室に移動する。停車と同時に兵員乗降ハッチが開いた。

 素早く飛び降りたしえるはすぐに戻って来た。腕に十歳くらいの男の子を抱えている。ハッチが閉まり、装甲車は急発進した。


「いかないで」

 男の子は手を伸ばし、抱きかかえているしえるの肩を掴んだ。

「あそこに戻って」

「なぜ?」

 しえるはじっと子供を見下ろした。

「妹が……」

 男の子は弱々しい声で言った。

「地下にいる」

 装甲車は減速し、Uターンした。


 俺は後部乗員室に視覚レンズを伸ばしていった。

「その子は大丈夫か?」

「わからない」

 首を左右に振る。

「この人間はバイタルセンサーを装着していない」

「急に杓子定規になりやがって!」

 俺は声を荒げた。

「この馬鹿女! 見りゃわかるだろう!」

 しえるは、はっとしたように眼を見開いた。

「馬鹿って言うな!」

「馬鹿だから馬鹿だ!」

 俺は怒鳴った。

「顔色を見ろ!」

「顔色……?」

 しえるは子供を見下ろした。

「悪い」

「呼吸は?」

「短く、浅い」

「まずいな。医療キット?」

「期限切れ」

「そうだったな。訊く方が悪い」

 俺は呻いた。

「打つ手なしか」

「冷凍保存されていれば、まだ使用可能」

 しえるは言った。

「地下ならあるかも」

「行こう」


 俺はシートベルトを外した。人間の形態を強くイメージする。流動素体のボディから手足が伸び、丸い頭が突き出す。子供を抱えたしえるに続き、俺も地面に降り立った。


「なに、これ?」

 男の子が俺を見上げ、か細い声で訊く。

「ガラス人間」

 しえるは答えた。

「元はうんこだった」

「てめえ!」

 俺は激怒した。

「お姉ちゃん」

 子供は少女にしがみついた。

「これ怖い」

「よしよし」

 しえるは男の子をしっかりと抱え直した。

「妹を助けに行こう」


 ガラスの割れたエントランスからビルの内部に入る。床には割れたガラスや天井資材が散乱している。電気は止まっているので、当然もうエレベーターは使えない。


「君は、どこから出て来たの?」

 男の子は奥にある非常口を指差した。階段が地下に続いている。

 しえるを先頭に、階段を降り始めた。


「この前みたいにぶっ倒れてもしらねぇからな」

 俺は小声でつぶやき、ほくそ笑んだ。

「どこまで電波が届くか見てやろうじゃねぇか」

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