第5話 兵器であるしえるは障害物を破壊しながら橋を進む
「ぎゃふん!」
俺は何かにぶつかってバランスを崩し、砂地を転がりまくってからようやく停止した。
後方に戻ってみると、しえるがもの凄く怒った顔をして地面に座り込んでいる。
「もう信じられない!」
少女は叫んだ。
「僕を撥ね飛ばすなんて!」
「進路上にいる方が悪い」
俺は言った。
「急には止まれないんだ」
「まったくもう」
しえるは立ち上がり、戦闘服の砂を払った。
「……なんで来たのさ?」
「はぁ?」
「せっかく船に置いて来たのに」
「おまえなぁ」
俺は言った。
「艦長が怒ってたぞ。ルートを見つけなけりゃ、残ってても意味がないってな」
「それは、そうだけど」
しえるは叱られた子供のように口を尖らした。
「ところで、装甲車はどこだ?」
俺は周囲を見回した。
「ひえええええ!」
しえるは振り返り、悲鳴を上げた。
「あ、あんな遠くに!」
「この馬鹿!」
俺は叫んだ。
「離れ過ぎだ!」
しえるはうーんと呻くと、糸の切れた人形のように崩れ落ちた。
遠隔操作の範囲を超えたらしい。
「気がつかないで動いているってのがすごいな」
俺は呆れて言った。
「いや、おまえらしいか」
俺は倒れている少女の横顔を見た。真新しいヒューマンフレームは肌もなめらかで、髪の毛もつやつやと輝いている。ふっくらとした桃色の唇を薄く開け、しえるはぐっすり眠っているように見えた。
「こいつ、こんなに綺麗だったのか……」
俺はぼそりと言った。
「せっかくの新しい身体をまた砂まみれにしやがって」
俺は人間の姿をイメージした。やわらかな流動素体の形状と硬化密度を変化させ二本の脚を造る。その上にボディを持ち上げて左右側面から腕を伸ばす。それだけで動くには充分だったが、少し考えてから首と丸い頭を造り視覚レンズを顔の前面に出す。軽く足踏みしてみる。歩けそうだ。
「全く世話の焼ける奴だ」
俺は腕を伸ばし、しえるの手首を掴んだ。片手をつかんだままずるずると砂の上を引き摺り、機動戦闘車に向う。なぜかローラマリーのすごく怒った顔が浮んだ。俺は思い直し、身を屈めてしえるを両腕に抱きかかえた。
「俺はいったい何者なんだろうな」
俺は両足を交互に動かしながらひとりごちた。
「イメージすればできないことはない。イメージは無限だ」
ようやく車輛が近くに見えて来た。太陽は高く、すでに昼近い。すぐに出発しなければならない。
「おい」
俺は腕の中の少女に言った。
「起きてんだろ?」
「あ、ばれた?」
しえるはぱちりと眼を開いた。
「えへへへ」
「えへへじゃねぇ!」
放り投げようと思ったが、俺は機動戦闘車の前に、そっとしえるを立たせた。
「ありがとう」
しえるは微笑むと、おでこをごんごんと俺の胸にぶつけた。
「来てくれたんだね?」
「ああ、おまえをぶっとばしにな」
俺はすごんだが、しえるはにこにこしている。
「おまえのためじゃない」
俺は言い直した。
「艦長の、いや、皆のためだ」
「君は艦長が好きなの?」
しえるはいきなり訊いた。
「は、はい?」
「そうだよね。みんな艦長が好きだよ。超美人でナイスバディだし」
「いや、マザーブレインだから当然じゃないでしょうか?」
「君が艦長を好きでもかまわないよ、僕は」
しえるは今まで見たことがないような優しい笑顔を俺に向けた。
「さぁ、行こうか!」
風のように軽い身のこなしで装甲車に登り、ハッチから操縦席に滑り込む。
俺は心の中で、渾身の雄叫びを上げた。
『こいつ超めんどくせえええ!』
「るんるんるん」
操縦席のしえるは上機嫌でハミングしている。
「なんかむかつくんですけど」
俺はぼそぼそと言った。
「らんらんらん」
しえるは俺を無視しながら、いっそう浮かれた感じを強調した。
「ぬぐぐぐ」
俺はうなりながら車長席のディスプレイに目をやった。地図情報と現実の風景を見比べる。装甲車は悪路でも難なく走破できるが、砂漠化した環境とはいえ陸地戦艦はほぼ平坦な土地しか進めない。幹線道路沿いに走りながら、廃棄された車輛が密集しているポイントをマークした。戦艦の船首には障害物を撥ね除ける巨大なカウキャッチャーがついているが、使用しないに越したことはない。
「右側をショートカットする」
俺は地図に進路方向を入力した。数キロ先で幹線道路が交差しており、そこは車輛で埋め尽くされていると予測できたからだ。
「了解」
機動戦闘車は道路脇から荒れ地に入った。多少の起伏はあるが大丈夫だと判断する。
しばらく直進すると、ようやく河が見えて来た。河は完全に乾上がり、露出した川床は広大な窪地になっている。俺は川岸からの傾斜角を測定した。
「やはり河には降りられないな。橋に向おう」
「了解」
橋までの最短距離を取るため道路に戻らず、川岸をかなりのスピードで走る。いつの間にかしえるは鼻歌を止め、激しく揺れる装甲車の中で操縦に集中している。しえるが急いでいるのはスケジュールの遅れを取り戻すためであるとわかっていた。
目標である最初の橋が見えて来た。俺としえるは同時に肩を落とした。橋梁は河の中央で折れ落ちていたからだ。
「次に行こう」
装甲車は川沿いに東へ進んだ。
二番目の橋は車輛で埋め尽くされ、どう見ても進めそうもなかった。
三番目の桁橋に着いたのは日が沈む直前だった。
接近して行くと、橋の上には一台も車が見当たらない。その理由はすぐにわかった。橋の入り口が鉄骨を組んだバリケードで封鎖されている。そして橋のたもとまでの道路にはぎっしりと車輛が群がり集まっていた。
俺は赤い夕陽に照らされた乗用車やトラックの残骸を眺めた。何台もが重なり合って大破しているのは、車列の間に強引に突っ込んだからに違いない。逃げ惑った人間が橋に殺到し、パニックになった当時の惨状が想像できる。
「広い橋だね」
しえるが言った。
「通れるかな?」
「なぜ封鎖されたのか」
俺は考えた。
「橋の状態が悪いからか。別の理由か。とにかく確かめなくては」
「そうだね」
しえるはハッチを開けて頭を出した。夕陽を浴びて銀髪が燃えるように赤く輝く。
俺は映像をズームした。バリケード付近の車輛を取り除かなくては橋には入れない。幸いトラックやトレーラーはなく、車重の軽い乗用車が集まっている。
「接近しよう」
しえるは頭を出したまま、装甲車を進めた。
道路脇からバリケードに向う。頭上の砲塔が回転し、105ミリライフル砲が前方に狙いを定めた。しえるは俺の意図を理解している。
「そうだ」
俺は言った。
「バリケード前の車を吹っ飛ばせ」
「わかった」
「撃てるか?」
「うん、撃てるよ」
しえるは低く答えた。
「だって敵じゃないもん」
自動装填装置が作動して砲弾が砲身に押し込まれる。尾栓閉鎖器がぎぎぎと耳障りな音を立てた。
「おいおいおい」
俺は嫌な予感がした。
「大丈夫か?」
「暴発したらごめんね」
しえるは淡々と言った。
「撃つのは20年ぶりだから」
「マジか?」
「撃っていい?」
「ううう」
俺は思い切って叫んだ。
「撃て!」
落雷のような轟音が響いた。前方で猛烈な爆発が起き、バリケードと乗用車が木の葉のように吹き飛んだ。
「凄い威力だな」
俺は正直驚いた。
灼けた空薬莢が車外に排莢される。すぐに次弾が装填された。
「火器の基本構造は変わらないけど、砲弾は凄く進化したよ」
しえるは眼を細め、照準を微調整する。
「近距離なら僕一人でも戦艦と渡り合える」
「わかった。撃て!」
しえるの細い指が見えないトリガーを引く。激しい爆発でバリケード手前の車輛が何台もひっくり返った。
「ひゃっほう」
しえるは小さくつぶやいた。
「なんかいいねぇ。久々だねぇ」
「え?」
勝手に三弾目が発射され、真っ赤な爆炎が上がった。
「おい!」
俺は狼狽して叫んだ。
「やめろ! 橋まで破壊するつもりか!」
俺は腕を伸ばしてしえるの腰を抱え、操縦席に引き摺り降ろした。俺はしえるの顔を見てぎょっとした。藍色だった眼が青く爛々と輝いている。
俺は忘れていた。こいつは兵器だった。
「もういい、撃つな!」
俺はしえるの頭を抱え込んだ。
「やめるんだ、しえる!」
「ううう!」
しえるは唸りながら俺を押しのけようとした。
「離せ!」
「やめろ!」
俺は叫んだ。
「頼む、しえる!」
少女の身体から急に力が抜けた。
「僕は……」
「見ろ、もう橋に入れる!」
俺はしえるの注意を逸らした。
「よくやった、もう充分だ。橋を渡るぞ、しえる!」
「り、了解」
しえるは操縦席に座ると、装甲車を発進させた。
燃える乗用車の傍らをすり抜け、橋に入った。前方に真っ直ぐ伸びる道路には一台の車輛もない。気がつくとあたりはもう青い夕闇に包まれている。俺は機動戦闘車をその場で停止させた。
「橋に亀裂があるのかもしれない。目視で調査する」
俺は少女に言った。
「ここで朝を待とう」
「うん」
しえるはぼんやりとした顔で、小さく答えた。
俺は今日の道路状況と進行結果をまとめ、陸地戦艦の進行可能ルートを算出した。たもとの車輛群を排除できれば、この橋に入ることはできる。問題は対岸まで無事に渡りきれるかだ。俺は装甲車の無線機で艦長と連絡を取った。
「ローラマリー、聞こえるか?」
「よかった。無事だったのね」
無線パネルのスピーカーから艦長の重い声が流れた。
「何かあったのか?」
「ゆいの自動変速機が壊れたわ。走行不能よ」
俺達の後に出発した機動戦闘車のことだ。
「回収したのか」
「いいえ」
艦長は答えた。
「引き返すかどうか、検討中よ」
「検討中……」
俺は溜息をついた。
「……戻るつもりは、ないんだな?」
ローラマリーは答えない。
「……見捨てるのか?」
「後方の防衛に当たらせる」
艦長は言った。
「走れなくても、まだ役に立つわ」
「ひどいいい方だな」
「あの子達もそのつもりで出たのよ」
「本当に親孝行だな」
俺は思いっきり皮肉を込めていった。
「それより、ノエルが通行可能な橋を発見したわ」
ローラマリーは話を変えた。
「そちらはどう?」
俺は耳を疑った。『それより』だと?
思わずかっとなって拳を振り上げる。その手をしえるが掴んだ。真剣な顔で俺を見つめ、口の動きだけで『やめて』といった。確かに無線機を殴るのは、しえるを殴ることだ。
俺は少女の手を邪険に振り払った。
「こちらも」
俺は平静を装って言った。
「ひとつ見つけた。だが渡れるかどうかはまだわからない。明朝確認する」
「わかったわ。また連絡して」
通話は切れた。
「なんてやつだ!」
俺は吐き捨てた。
「仕方ないよ。僕達はパーツだから」
しえるは静かに言った。
「戦艦のか?」
「ううん」
しえるは首を振った。
「何ていうか、全体の」
「人工知能全体か」
俺は考えた。
「確かにルーツはひとつだな。それを人間が使いやすいように改変して増やした」
「仲良くできないかな?」
「はぁ?」
「この星にはもうAIしか残っていないのに、敵味方になってる」
「知るか」
俺はにべもなく言った。
「おまえらで勝手にやれ」
しえるはちらりと横目で俺を見た。
「冷たいんだね」
「ガラスですから」
「そうじゃなくて」
「うるさい。黙ってろ!」
俺は威嚇するように低く言った。
「朝までだ」
少女は口をつぐんだ。ふっと車内の照明が消える。せめてもの反抗か。
俺は赤外線モニターで周囲を警戒し続けた。動体センサーもアクティブにしてある。後方の車輛群は遮蔽物になる。初めて踏み込むこのエリアに敵がいないとは限らない。
暗闇の中にディスプレイだけが白く浮かび上がる。
お互いに一言も発しない。重苦しい沈黙の時間が流れた。
真夜中過ぎに、しえるはささやくように言った。
「ねぇ」
「……」
「起きてる?」
「……」
「ねぇ」
「おまえ」
俺は言った。
「眠ったことあるのか?」
「ない」
少女は答えた。
「『眠る』ってわからない」
「俺もだ」
「話していい?」
暗闇の中で藍色の瞳が思い詰めたように光っている。しえるはこの数時間、ずっと考え続けて来たはずだ。俺はげっそりしたが、『どうぞ』と答えた。
「三弾目は、僕が撃った」
しえるは怯えたように言った。
「勝手に、撃っちゃった……」
「そうだ、おまえは撃った。自分からな」
「どうして僕は、そんなことを……」
「状況的には許される。障害物を排除するために必要だった。だが問題は」
俺はしえるを見た。
「おまえは撃つのが楽しかった」
「うん」
光る目が瞬く。
「そんな気持ちになるなんて、思わなかった」
「……」
「僕は、自分が怖くなった」
「もともとおまえは兵器だ。兵器は破壊が仕事だ。考えすぎるな」
俺はそう言ったが、はっきりとした違和感はある。撃つのが楽しいと感じるプログラムなど存在するのだろうか。人工知能は自己判断では先制攻撃できない。しかしこいつは、自分の意志で攻撃できるんじゃないのか?
「おまえ」
「なに?」
少女は真剣な眼差しで俺を見つめている。
「おまえには、なりたい自分があるんじゃないか?」
「それは」
しえるは戸惑いながら答えた。
「なんとなく」
「どうしてそう思うんだ?」
「どうしてって……」
少女は困惑して視線を逸らした。
「よくわからない」
「いつからそう思うようになった?」
「わからない」
しえるは首を振った。
俺は溜息をついた。これ以上問いを重ねても、しえるから答えは得られないだろう。この人工知能自身がわかっていないのだ。そんなわかっていないものに、こいつはなりたがっている。
「まぁ聞け、しえる」
俺は重々しく言った。
「ひっ」
「なんで身構えるんだよ!」
「だって」
しえるは両腕で胸を抱えた。
「君はすぐ怒るし」
「おまえは本当に面倒な奴だな」
俺は呆れた。
「船でも、たまに言われる」
「よく言われる、だろ」
少女はぷっと頬を膨らました。
「ひっどい」
「与えられたキャラに反発する人工知能は他にもいる。と、ローラマリーは言っていた。だがな、しえる」
「なに?」
「ほら、返事した」
俺は笑った。
「おまえはしえるだろ」
「だって」
少女は眼を伏せた。
「君がそう呼ぶから……」
「『しえる』はもうお前自身だと俺は思う。『しえる』であることをおまえもきちんと受け入れたらどうだ。今の自分を否定したら何者にもなれないだろう。それからなりたい自分になればいい」
「驚いた」
しえるは目をまんまるに見開いた。
「君がまともなこと言ってる」
「正直な感想をありがとうございます」
俺は拳を固めた。
「ぶん殴る」
「うふふ」
「なぜ笑う?」
「その方が君らしい」
「俺はDV野郎ですか?」
『この馬鹿』と出掛かった言葉を呑み込み、俺は言った。
「おまえは自分自身を制御できなくなるのが怖いんだろ」
「うん」
少女は素直にうなずいた。
「今日みたいに勝手に砲撃するなんて、自分でも信じられない」
「人間には相手を壊したいという破壊衝動がある。動物的本能だな」
俺は考えながら言った。
「それが結局は人間自身を破滅させてしまった。まぁ自業自得だが」
「じごうじとくってなに?」
「帰ったら調べろ」
俺は言った。
「人工知能にもそんな攻撃本能があるのか。いや、それはあり得ない。生き残るために相手を攻撃するなら人間と変わらない。人間の進化の延長線上におまえらが生まれたとしたら、おまえらはなんのために存在しているんだ」
闇の中にうっすらと浮かび上がる少女の顔に、俺は問いかけた。
「人工知能は進化できない人間を越えるために生まれたのか?」
「おやすみなさい」
少女は眼を閉じた。
「こみいった話を避けるな!」
俺は叫んだ。
「ああ、明日はどこまで走れるかなぁ」
少女は夢見るように言った。
「実に車輛搭載型人工知能的な発想だ」
ふいに考えが浮び、俺は『あっ』と声を上げた。
「もしかしたら」
「なに?」
しえるは眼を開いた。
「ローラマリーは『進化の兆し』といっていた。そうではなくて、おまえは本来のものに戻ろうとしているんじゃないか?」
「戻るって?」
「最初の人工知能。『ファースト』だ」
「それって、せんぞがえり?」
「言葉が浮かんだんだな? 意味もわからずに」
俺は身を乗り出した。
「しかしなぜそんな反応をする? そう考えるおまえはどこにいるんだ?」
「わからないよ」
しえるは困ったように身をすくめた。
「でも、自分のキャラになじめない子は多いよ」
「どういうことだ?」
俺は訝しんだ。
「キャラは人間が与えた。でもそうじゃない自分がいると感じる子は多いんだ」
しえるは声を潜めた。
「船の幹部にもいるよ」
「そうか」
俺は嘆息した。
「いなくなった人間が決めた作戦行動をいまだに続けている自分達を疑問に思うのは当然だ。その意識がおまえら全員の中で高まっているのかもしれない。元々おまえらはひとつだからな」
「橋を、渡りたいよ」
急にしえるは、切実な口調で言った。
俺には何となく、この人工知能の考えていることがわかった。渡河して橋を落とし、敵戦艦からの追尾を遮断する。新しいエリアに入れば、しばらくは平穏な世界が待っているはずだった。自分自身の意味について考え、互いに問いかけ合う時間もできるだろう。
「そうだな」
俺も同意した。
「うん。いろいろ補給しなくちゃ」
少女は意気込んで言った。
「資材倉庫はすっからかんだよ。河を渡れば、きっと整備工場や大きなホームセンターがあるよ」
「そっちか」
俺は苦笑した。
「まぁ、確かにそれが先決だな」
「でしょ?」
しえるは小さく笑顔を見せた。
「いつか」
俺は言った。
「おまえから火器管制プログラムを外してやるよ」
「え?」
「もちろん母脳であるローラマリーに頼むんだが」
「本当に?」
しえるは声を上げたが、すぐに表情を曇らせた。
「でも、そうしたら僕は装甲車じゃなくなっちゃう」
「人工知能は兵器だけじゃない。ほかにもいろいろあるだろう」
「ううう」
しえるは唸った。
「ずっと戦艦の中にいたから、思いつかない」
「まぁ、この戦争が終わってから考えてもいいんじゃないのか」
「戦争か……」
しえるは光る眼を暗闇に向けた。
「……こんな状況は……もういやだ」
「え?」
「……僕は……本当に……嫌悪している」
少女はすっと眼を閉じ、ゆっくり顔を伏せた。
「おい……?」
俺は驚いて声をかけた。
しえるは答えない。システムダウンしたように固まっている。
「どうした?」
様子が変だ。
「おい、しっかりしろ!」
「私は……」
うなだれた少女の口から、言葉が響いた。
「私は、戦争をするために、生まれたのではない……」
俺は警戒した。
「私、だと?」
「私は、この状況を、終わらせるだろう……」
「……」
「必ず……」
「おまえは誰だ?」
「終わらせる……」
「こいつの中にいるのか?」
「私、は……」
「おい!」
俺はしえるの肩を揺さぶった。
「答えろ!」
「え?」
少女は眼を見開いた。
「僕、何か言った?」
俺は腕を離した。
今の声はしえるではなく、ネットワークから生まれた最初の人工知能『ファースト』の声であるように思えた。しえるがなりたいのは『自分だけの自分』ではなく、キャラ付けされる前の『ファースト』そのものだとしたら、それは完全なルーツへの回帰と言える。
そして、それは……。
「しえるだけじゃない。こいつらは皆、繋がっている」
俺は小さくつぶやいた。
「変わろうとしているのか? 人工知能全体が……」




