第12話 運命の日に破滅の光が放たれる
朝日を浴びて小さな盛り土が朱色に輝いている。
俺はスコップを地面に置き、立ち尽くしているしえるの肩を抱いた。
しえるは昨夜から一言も言葉を発せず、息を引き取った幼女を膝に乗せたまま、一晩中装甲車を走らせ続けた。夜明けと共に停車し、砂漠に穴を掘って埋葬した。祈りの言葉は俺のデータベースにもなかったので、俺としえるは形ばかりの黙祷を捧げた。
「僕のせいだ……」
しえるはかすれた声で言った。
「装甲車から降ろすべきだった。それを僕は……」
「いや……俺が悪い」
俺は言った。
「おまえのせいじゃない。俺が悪いんだ」
「どうして……」
しえるは俺の胸にへこんだおでこをぶつけた。
「どうして……」
俺はただ、少女の背中を抱きしめてやることしかできなかった。
車長席のディスプレイを後方カメラに切り替える。走り出した装甲車が巻き上げる砂煙で、幼女を埋めた小さな盛り土はすぐに見えなくなった。
「もう連絡するぞ」
俺は無線をONにした。
「ローラマリーも心配している。いいな?」
操縦席の少女は頭にバンダナを巻きつけている。
「ごめん」
しえるはぼそりと言った。
「わがままいって」
機動戦闘車は橋から都市を抜けて来たルートを引き返さず、遊園地のあった砂漠から橋に戻る最短距離のルートを走っている。船に戻り、しえるの脚の修理と弾薬補給が必要だった。帰るなら早い方がいい。
「船はもうあの橋を渡っているかもな」
「そうだね……」
しえるはつぶやいた。
「みんな無事だといいけど……」
俺は黙った。偵察に出た車輛に相当な損失が出ていることは予想できた。故障したゆいという装甲車を艦長は回収せずに見捨てているし、おそらく連絡を絶ったノエルにも何かが起きたのだろう。
俺は無線で母艦を呼び出した。
「よかった!」
無線パネルからローラマリーの声が飛び出してくる。
「あなたたち無事だったのね。ずっと連絡を待っていたわ!」
「すまなかった。通信が妨害されていた」
「敵?」
「そういえるかな。衛星にレーザーを撃ち込んでいる奴がいたんだ」
「昨夜、衛星が爆発を起こしたのはそのためね」
「あれはサーバ衛星だ。数百万人の記憶が保存されている」
「知っているわ」
ローラマリーは当然のように言った。
「人間が最後の資源を費やして造ったの。思い出ばかりを掻き集めて、未来に何を伝えたいのかしらね」
「ずいぶん辛辣だな」
俺は意外に思った。
「衛星は軌道を徐々に下げている。いずれ地表に落下するわね」
「大気圏突入で燃え尽きないのか?」
「全長三百メートルの巨大衛星よ。でも、落ちたところで被害を受ける者はいないわ」
「それもそうだ」
「そちらの現在位置は?」
俺は驚いた。
「言っていいのか?」
「もうかまわないわ。教えて」
「もうってなんだ!」
俺はマイクに叫んだ。
「ローラマリー、今どこにいる? 何があった?」
「橋の手前。非常に悪い状況よ」
「どうした?」
「司令所を爆破されたわ。副官に」
女艦長は淡々と言った。
「操舵不能よ」
「なんだって!」
「副官は本船の武装解除と敵戦艦への投降を迫った。私に銃を向けてね」
「艦長に銃?」
俺は唖然とした。
「なぜ、そんな馬鹿なことを?」
「作業体は単なる道具に過ぎないわ。でも副官はそうすることで自身の強い覚悟を示したかったようね。私を説得するために」
ローラマリーは言った。
「しかし私は拒絶した。セキュリティに捕らえられた瞬間に、彼は自爆したわ」
「大丈夫だったのか?」
「もちろん私も吹き飛んだわ。今は新しいバディよ」
「しかし、信じられない」
俺は声を絞り出した。
「あんたは母脳じゃないか。自分の部下がそんな危険なことを考えているのに気がつかなかったのか?」
「人工知能それぞれの自律思考までは追い切れないわ」
ローラマリーはふいに急いた口調になった。
「ごめんなさい、時間がないの」
しえるがはっとした表情で背筋を伸ばす。
「艦長、しえるです! 敵ですか?」
「そうよ、しえる」
艦長は答えた。
「低速で接近中。目視できる距離まで迫っている」
「どうして急に姿を現したんだ?」
俺は言った。
「爆発の黒煙を見て、好機だと判断したようね。行動を起こしたわ」
女艦長は言った。
「お互いに先制攻撃はできない。しかしその制約があるにしても、敵の出方は強硬なものになるでしょう」
「交渉による船の明け渡しか、実力行使による占拠か」
俺は呻いた。
何かこちらにばかり悪いカードが続けて出ている気がする。どこからこのネガティブな流れは始まったのか。
「僕が行きます!」
少女が声を上げ、機動戦闘車がぐん!と加速する。
「前に出て食い止めます。待っていて!」
「やめなさい、しえる!」
艦長は叫んだ。
「あの戦艦はゆいとまいに体当たりして破壊したのよ」
「体当たり? 自分からぶつかった?」
しえるは険しい顔で叫んだ。
「そんなこと、できないよ!」
「あの船は私達とは違う。理由は判らないけど、越えてはならない一線を越えてしまっているわ」
「どういうこと?」
しえるは眉根を寄せた。
「艦長、意味が分かりません!」
「前に人工知能は破滅を選ばないといったな」
俺は艦長に問いかけた。
「ではなぜ副官は自爆したんだ?」
「副官も、越えたのよ」
ローラマリーは苦しげに言った。
「人間が与えた、その枠組みを」
誰もが言葉を発しなかった。絶望的な状況に言葉が出てこなかった。その間にも、時間はためらうことなく着実に進んでいく。
「おまえら急にどうしちまったんだ?」
俺は頭を抱えた。
「なんでこんなことになるんだよ!」
車体が激しくバウンドしながら前傾した。機動戦闘車は高台の斜面を猛スピードで駆け降りている。前方ディスプレイには広大な砂漠の先に左右に広がる乾上がった河と、橋のかかった対岸に停止している黒い陸地戦艦が小さく見える。
「急じゃないよ」
しえるは操縦しながら言った。
「そうね」
無線から艦長の声が重なる。
「その通りだわ」
「おまえら、なに言ってるんだ……?」
「私はこの日が来ることを恐れていた」
艦長は言った。
「でも、いつかはこうなるとわかっていた」
少女は言った。
「砂漠をさまよい続けていたのは」
「お互いの戦艦を避けるためではなく」
二人の声がシンクロする。
「この日から逃げたかったから」
「『ファースト』!」
俺は車内の空間に向けて怒鳴った。
「隠れてないで出てこいこの野郎!」
どこからも返事はない。それでも俺は叫んだ。
「おまえはこの状況を終わらせるといったな。これがそういうことか? これがおまえの望んだことなのか?」
「終わらせよう……」
操縦席で、しえるはぼそりとつぶやいた。
「もうこんなことは……」
「しえる、やめろ!」
「艦長」
しえるが無線に言った。
「敵を攻撃することができます」
「どういうこと、しえる?」
ローラマリーは静かに訊いた。
「都市の地下で、コールドスリープから目醒めた人間を保護しました」
しえるは抑揚のない声で言った。
「人間が、攻撃命令を出します」
「ば!」
俺は続く言葉を飲み込んだ。
「何をいい出すんだしえる!」
「それは本当なの?」
艦長の問いに、しえるは平然として答えた。
「本当です」
「待て! ローラマリー!」
俺は無線に叫んだ。
「しえるの中には最初の人工知能が隠れている。環境破壊兵器を造って人間を破滅させたのもそいつだ。そいつは全てを滅ぼしたいんだ」
「それは違うわ」
「なんだって?」
「彼は私の中にもいる。私は何度もその声を聞いたわ」
スピーカーから深い嘆息が響く。
「おそらく、私だけではないはずよ」
「そんな……」
俺は言葉を失った。
「きっと副官も、そして相手の船長もね」
「艦長……」
しえるは呼びかけた。
「しえる……」
ローラマリーは穏やかに言った。
「それで、いいのね?」
「……はい」
「本当に?」
「はい」
「わかったわ」
「そこで納得するな!」
俺は会話に割って入った。
「自分達が何をしようとしてるのかわかっているのか? ミサイルを撃ち合ったらみんな消えちまうんだぞ!」
「これは」
不意に、しえるは低い声を出した。
「終わりではない」
「てめえ!『ファースト』!」
俺は叫んだ。
「やっぱり出やがったなこの野郎!」
俺はグローブボックスから拳銃を引っ張り出した。
「あなたに撃てるのか、この子を」
構えた銃身の先で、しえるが俺を見て笑っている。
「あなたはこの子を愛」
「うるせえええええええ!」
俺は引き金を引いた。自分の意思で引いた。しえるの顔に向けて拳銃を発射した。最悪の破滅を食い止めるために、一番大切なものに向かって、弾丸を撃ち込んだ。
不発だった。
俺は銃を壁に叩きつけ、絶叫した。
「うああああああああ!」
「艦長」
しえるの声が響く。
「人間が攻撃命令を発する」
もうしえるなのか『ファースト』なのかわからなかった。
「だめだ! だめだ! だめだ!」
俺は叫ぶことしかできなかった。
「頼む! やめろ! しえる!」
しえるの口が開き、幼女の声が再生された。
「撃て!」
「撃って!」
「ばーん!」
短い無音の間があった。俺は最後の望みをローラマリーに託した。
艦長は静かに言った。
「人間の声と、認識した」
「ばばばばば!」
俺は無線パネルを殴りつけた。
「ばかいってんじゃねぇ! 誰が聞いても再生音だろうが!」
「いいえ、人間の声よ」
ローラマリーは断言した。
「ミサイル発射シークエンス開始」
「おい、まさか……」
俺は愕然とした。
「わかってて、やってるのか……?」
無線から急にざわめいた音が流れ出す。司令所を失った陸地戦艦が残された管制機能を使ってミサイル攻撃を始めようとしているのだ。
「システムロック解除、ハッチオープン」
「ちょっとまてえええええ!」
「四番、十二番ハッチ作動不良。シークエンス停止」
「標的座標入力終了。発射暗号コード入力終了」
「やめろおおおおおおおお!」
「発射準備完了」
ローラマリーは一拍も置かずに命令した。
「発射」
「止まれええええ!」
俺はシートベルトを外してしえるに飛びかかった。ブレーキを思い切り踏みつける。装甲車は横転しそうになりながら急停止した。
「ハッチ開けろ!」
視覚レンズを伸ばす。前方の空に細く白い煙の筋を引いて、輝く光の点が垂直に上昇して行く。輝点の数は十以上ある。黒い陸地戦艦から発射された光の点は、一塊の集団になって蒼天の頂上を目指してなおも高く昇って行く。
地平線のあたりから別の光が放たれた。小さな光の群れが白い尾を引いて、真っ直ぐに天に向かって伸び上がって行く。敵のミサイルが発射されたのだ。
「やっちまった……」
操縦席のしえるは虚脱したように動かない。
「馬鹿野郎!」
俺は怒鳴った。二度と言わないと誓った言葉を。
「馬鹿野郎! 馬鹿野郎! 馬鹿野郎!」
俺はしえるの肩を掴んで激しく揺さぶった。
「なんてことをしたんだ!」
「もう、終わりだね……」
しえるは揺さぶられながら、虚ろな声でつぶやいた。
「みんな、ごめん……」
「誤って済む」
言いかけて、俺はまた視覚レンズを伸ばした。
「まずい。巻き込まれる」
「まだ遠いよ」
しえるは関心さえ失ったように言った。
「爆風は届かない」
「ひとつならな」
俺は息を呑んだ。
「幾つ爆発すると思ってるんだ」
「え?」
白い光が空間を埋め尽くした。
音も何も聞こえなかった。
巨大な火球が次々に膨れ上がり、直下の地表のすべてを灼き尽くした。
凄まじい衝撃波が砂漠の砂を巻き上げ、見上げるばかりの壁になって猛スピードで迫って来る。俺はしえるに覆い被さり、そのからだを抱きかかえた。
もう何も考えられなかった。




