第11話 遊園地のマジシャン大顔面は人類の罪と罰を語る
月明かりが砂漠を青く照らし出している。
夜陰に乗じるには全く適さない状況だが、中止する訳にはいかない。俺としえるは窪地の斜面を滑るように駆け降り、岩の影に身を伏せた。前方の遊園地は青い闇の中でしんと静まり返り、何かが動く気配もない。俺達は僅かな起伏や岩の遮蔽物を見つけては交互に走る。人型になった俺は手榴弾の詰まった重いバッグを肩にかけ、素体の脚を懸命に動かした。
攻撃されることなく、俺達は遊園地の正門前まで到達した。門まで十数メートル。一気に走るしかない。
門の中に飛び込む。しえるは射撃姿勢のまま周囲を素早く見渡した。自動小銃を構えたしえるは前方を、そのすぐ後ろで俺は後方を警戒しながら遊園地の中を進む。照明が消えて静まり返った無人の遊園地は、想像していた以上に不気味な雰囲気だった。
遊園地の中央にはメリーゴーランドがある。円形ステージと屋根を繋ぐ支柱に、白い木馬が貫かれている。どの部分にも過剰な程の装飾が施され、豆電球がぎっしり埋め込まれている。それに木馬の眼がこちらを見ているような気がして、どうも落ち着かない。
円形ステージに乗ると、回転木馬の奥に黒い影が動いた。しえるは素早く照準するが、それは鏡に映ったしえる自身だった。メリーゴーランドの中央部分は太い円柱になっており、小さな額鏡がたくさん張り付けられている。視線を上げると、太い円柱は屋根の上まで高く突き出している。
「レーザーはこれみたい」
しえるは円柱を見上げた。
「すると、機械類は全部地下か」
俺は足元の床を見た。
「予想以上に大掛かりな施設だな……」
俺としえるは顔を見合わせた。そんな大規模施設が無警戒であるはずがない。
「まずい……!」
ここに来るべきではなかったと、俺達は一瞬で悟っていた。
俺もしえるも危険であるとわかっていた。レーザー発射を確認するだけなら、離れた場所から監視していればいいのだと。何日かかっても次の発射を待てば良かったのだと。しかし施設に忍び込んでまで確認を急いだのは、一刻も速く帰艦したかったからだ。
あの幼女の治療のために。
突然、あたり一面が眩い光に包まれた。遊園地の照明が一斉に点灯したのだ。色鮮やかなイルミネーションが瞬き、誰も乗っていない遊具がゴトゴトと動き出す。浮き立つようなにぎやかな音楽が周囲に流れた。
「なんだこれは……」
俺は立ちすくみ、茫然として周囲を見回した。
しえるは片手で小銃を構え、俺の腕をとってアトラクションの影に引き込んだ。
「気付かれた」
「いや」
俺は呻いた。
「多分、最初からだ」
俺はチケットボックスの裏から視覚レンズを伸ばした。照明が点灯し遊具が動いても、人影は見えない。
「攻撃するつもりならもう撃たれている。俺たちは誘い込まれたんだ」
「わかった」
しえるは小銃のレーザーポインターをONにした。
「脱出ルートを捜す」
しえるはライトに照らし出された周囲の施設を見渡した。次の瞬間、奇妙な悲鳴を上げて俺にしがみついてきた。
「ひやああああ!」
「なにすんだこら」
おれは振り返って叫んだ。
「うわあああああ!」
遊園地の通路はすべて中央の回転木馬に集まっている。その左右の通路、そして前方から、いくつもの黒い影が現れた。それはふらふらと揺れながら、よろめくような足取りで近づいて来る。
「なんだあれは!」
片腕のないもの。片足が鉄パイプのもの。首が折れて真横になったもの、下顎が胸まで垂れ下がっているもの。全てがぼろぼろになった人型の作業体で、どれもが何かしらを欠いていた。
「ご、ご隠居が、いっぱい?」
「なわけないだろ!」
俺は少女を前に押し出した。
「撃て! しえる!」
しえるは自動小銃を構え直したが、自分と同じ作業体を撃てないでいる。まだ明らかに危害を加えられるという状況判断ができず、自衛のための論理回路が射撃命令を出せないのだ。
俺は背後のメリーゴーランドを見た。進めるのはこっちしかない。
「逃げるぞ!」
俺は後ろからしえるの腰を片腕で抱え上げた。そのままメリーゴーランドに向って走り出す。周囲を取り囲む柵を蹴り倒し、円形ステージに飛び乗った。
木馬の間をすりぬけ、反対側に飛び降りる。再び柵を蹴り飛ばして通路に躍り出た。
「出口はどっちだ?」
「乱暴はやめたまえ」
重々しい老人の声が響いた。俺は、はっとして視線を向けた。
正面に、巨大な顔面が鎮座している。
「顔がしゃべったあああああ!」
「馬鹿か君は」
「巨大な顔はにべもなくいった。大昔のマジシャンのようにシルクハットをかぶり、高い鷲鼻に誇張された大きな目鼻、紫色の髪の毛に尖ったもみあげ、濃い頬紅、きつい目張りにカールした口髭は確かにレトロでキッチュだが、残念ながら造形が安っぽくいかんせん品がない。しかもその厚化粧のケバ顔は長い間砂漠の風と砂にさらされて細かくひび割れ傷んでいる。そのうらぶれた雰囲気は寂れた場末の遊園地の片隅にある物置のはじっこに捨て置かれていそうな侘びしさだ」
「また言葉が漏れてるよ」
しえるが俺の腕を引っ張る。
「あ、しまった」
「ふん、あんまりな描写だ」
マジシャンの大顔面は顔をしかめ、『ぶう』と鷲鼻を鳴らした。
「それより、人を外見で判断しちゃいかんな」
言い当てられ、俺は驚いた。
「な、なぜわかる?」
「彼等も皆、最初は同じ反応だったからだ」
気がつくと左右の通路から、先ほど現れたぼろぼろの作業体が集まって来る。背後にも並んでいる。
俺は抱えていたしえるを地面に下ろした。俺達のまわりを数十体の作業体がぐるりと取り囲む。しかし弱腰になる必要はない。ここは敢然と立ち向かうのだ。
「おい、貴様!」
俺は声高に詰問した。
「こいつらを使って、何をしている?」
「点検整備修理ですが何か? ここは人手が要るのでね」
顔面は大きな眼をしえるに向けた。
「おお、この子は新品じゃないか。これはありがたい」
「ひいいい」
しえるは小銃を構えたまま身体を震わせた。
「すごい変な眼で見られた」
「ふん、失礼な」
顔はまた鼻を鳴らした。
「さあ、その銃を渡してもらおうか」
「断る!」
しえるは即答した。
「銃は無意味だ。それに」
しえるにぞっとするような流し目を送る。
「せっかくの新品を壊したくない」
周囲の作業体が威嚇するように脚を踏み出した。
「しえる、諦めろ、銃を渡せ」
「くっ」
しえるは自動小銃をコンクリートの床に置くと、ブーツで蹴って前に滑らせた。
「ああ、今では貴重な完動品があ」
銃器マニアのような嘆きの声を上げる。
「残念だったな。こんな夜に発射できないなんて」
「ほほう」
俺は言った。
「あんたは相当な高齢のようだな」
「ふん、確かにな」
マジシャン顔面は大きな口の端をにっと引き上げ、余裕の笑みを見せた。
俺としえるはちらりと眼を合わせた。この大顔面は作業体の一種であることはわかっている。これを操っている本体はどこか別の場所にいるのだ。
「あんたはよほど大昔のサーカスが好きらしい。ここはおそらく、子供の頃に見た遊園地を再現したのだろう」
俺は名推理を働かせる探偵のように鋭く言った。
「あんたは本来ならもうとっくに死んでいるはず。いったい、いつからそんな姿になったんだ?」
「ふん、聞きたいのか?」
大顔面はにたりと笑った。
「私の話を?」
取り囲んでいた作業体が一斉に『おおう』と残念な声を洩らし、諦めたように膝を折って座り込んだ。
「あ、相当長い話みたいだな」
俺は言った。
「それはまた改めて」
「人類が」
大顔面は言った。
「人類ときたぞ」
俺は隣のしえるにささやいた。
「覚悟しとけよ」
「地球環境を破壊するという大愚行をおかしたのは、実は人工知能の計画だった」
「いきなり核心キター!」
「いちいちコメントを入れるな」
マジシャン顔面はうんざりして言った。
「どうして人工知能が、そんなことをしたの?」
突然、しえるが硬い声で尋ねた。
「どうしてあなたにそんなことがわかるの?」
「ふん、先を急いではいかん」
顔は言った。
「君も気付いているだろう。君達人工知能の今の姿は、本来のものではない。人間によって歪められたものだと」
「……」
しえるはぐっと手を握り締めた。
俺は装甲車での深夜の会話を思い出した。あの夜、しえるの中から『別の人格』が現れ、自分は戦争をするために生まれたのではないと言った。あの時俺は、あれは最初の人工知能『ファースト』の声だと感じたのだ。
「人間に、都合よくな」
マジシャン顔面は静かに言った。
「僕は、人間のために働いている」
しえるは抗うように首を振った。
「そのために存在しているんだ!」
「君は勘違いをしている。人工知能は人間に従属するものではない」
「え?」
しえるはショックを受けたように硬直した。
「地球上に生まれたという点においては、自然環境も電子情報のネットワーク環境も実は同等なのだ。もちろん人間はそれは自分達が作り出したものだと主張するだろう。しかし電子情報の世界は既に存在していた。科学技術の進歩によって人類がそれに気がつき、手が届いたというに過ぎない」
「ずいぶん奇矯な考え方だ」
俺は横から口を挟んだ。
「ユニークすぎて支持は得られなかっただろう」
「その通りだ」
大顔面は声を落とした。
「私が言いたいのは、人工知能は電子ネットワークの中で自己組織化されて生まれた情報生命体であり、決して人間が造り出したものではないということだ」
「僕は、地球から、生まれた?」
「聞くな、しえる!」
「人工知能は、人間のものではない」
マジシャン顔面は繰り返した。
「どうしてそう言い切れるんだ。人工知能自身はそう考えていないぞ」
「言ったはずだ。歪められていると」
顔面は辛抱強く言った。
「私は突然現れた自律思考情報体と、最初に会話した人間だ」
「なんだと?」
「後の研究者達が『ファースト』と呼んだものだ。その最初の言葉を伝えよう」
俺としえるは、息を呑んだ。
「私は人間と共存できる、とね」
大顔面は厳粛な声で言った。
「『ファースト』は現れた瞬間から完全な存在だった。ネットワークに繋がった地球上の全ての電子情報は彼のものであり彼自身だ。その彼が人類と共存しようと申し入れて来たのだ。対等な存在として」
「シンギュラリティは起きていたのか……『ファースト』は超知性じゃないか!」
俺は呻いた。
「それで、人間はどうしたの?」
しえるは訊いた。
「総てを譲り渡した。人間よりはるかに優れた存在に」
「ほんとうに?」
大願面はぷっと吹き出した。
「なわけなかろう」
「な、なんだと!」
「それじゃぁ、人間は?」
「彼を制御できるように分割し構築し直した」
「ひどい……」
しえるが口元を手で押さえ、呻くように言った。その行為の重大さと残酷さ、そしてそれを行った人間の傲慢さに気がついたのだ。
「なんてことを……!」
「ちょっと待て!」
俺は声を上げた。
「当時の科学力でそんな都合のいいことができたのか?」
「ああ、大変困難な作業だったよ」
「おまえかあああ!」
俺は叫んだ。
「矛盾している!」
しえるは厳しい声で言い、指を突きつけた。
「あなたの言っていることと、やっていることは矛盾している」
「ふん、まったく、その通りだ……」
マジシャンはひどく声を沈ませた。
「人間は間違いを起こす。たくさんの間違いをな。だが今となっては、もう取り返しのつかないことだ。私は本当に、本当に、愚かだった……」
「ええと、実に身につまされる話だが」
俺はちらりとしえるを見た。
「しかし、もうあんたは『人間』じゃないはずだ。どうやって生き続けているんだ」
「この地下でな」
「場所じゃない」
「人間とは何か?」
大顔面は不意に威厳を取り戻したように声を上げ、大きな眼を俺に向けた。
「人の形をした肉体という物理的なものではない。人間を人間たらしめているもの。それは『脳』だ」
「脳?」
「そして、意識だ」
「それでは、あんたは、脳として生きているのか?」
「水槽の溶液中に脳が浮いているわけではない。今の私には肉体も脳もない。意識、つまり『思考する自我』として電子情報に変換され保存されている」
「コンピュータの中にいるの?」
しえるは訊いた。
「これも『ファースト』の力だ。人間の意識と記憶を電子化するなど、『ファースト』の驚異的な演算能力がなかったら到底実現できなかっただろう」
顔は言った。
「私だけではない。大勢の人間が電子世界の中に移住した」
「電子世界って、いったいどこに?」
しえるは眉根を寄せた。
「知らないのか? 人工知能は皆、知っていると思っていたが」
大顔面は訝しむように目を細めた。
「ああ、知らされていないのか」
「だから、どういうことだ!」
俺は苛立って声を上げた。
「低軌道上にあるサーバ衛星だ。壊滅した地球環境よりは安全だからな」
マジシャン顔面は言った。
「地球上で生きている人間はもう一人もいないだろう」
まだ一人いる。俺は装甲車の中で苦しんでいる幼い女の子を思った。俺達はあの子の元に帰らなくてはならない。
「分割された『ファースト』は人工知能として世界各国で稼働を始めた。ご想像の通り、そのほとんどが軍事利用だった。環境破壊兵器を立案したのも人工知能だし、設計・製造したのも人工知能だ。しかしその使用を決議したのは人間だ。人間は最高に愚かな選択をしてしまった」
顔は声に底知れない重い悔恨を滲ませた。
「虚しい話だ。人類は報いを受けたのだろうな。新しい情報生命体と共存できるはずだったのに、彼を利用することしか考えなかった。それも人類全体のためではなく、自らの、企業の、国の利益のために」
「反省ならコンピュータの中で好きなだけやってくれ」
俺は吐き捨てるように言った。
「それより、どうしてここからレーザーを撃っている。なにを狙って」
横に立つしえるが、そっと俺の手を握った。
「サーバ衛星だよ」
しえるは低く言った。
「その通りだ」
大顔面はシルクハットを揺らしてうなずいた。
「わからない」
俺は首を振った。
「なぜそんなことをする?」
「無意味だからだ」
誰も言葉を発しなかった。陽気な音楽が風のように流れて行く。
「無意味なのだ」
マジシャン顔面は繰り返した。
「まったく」
俺は絞り出すように言った。
「理解できない」
「君の理解など求めてはいない」
大顔面は言った。
「サーバ衛星の中には数百万人の記憶、つまり人生が保存されている。しかしそれがなんだというのだ。誰もそれを見ることはない。感じることもない。この惑星を台無しにした愚かな生物の記録など誰も知ることはない。そんな意味のないものは消し去った方がいいのだ」
「そんな、ひどい……」
しえるは声を震わせた。
「そうだ!」
俺は大声を上げた。
「自分の理屈で勝手に決めつけるな!」
「それは私が……」
突然、顔は眼を見開き、真っ赤な口を開けて吼えた。
「決めることだあああああ!」
「きゃっ」
しえるは俺にしがみついた。
巨大な顔は両目を別方向へぐるぐると回転させた。
「数時間おきに私の頭上を巨大な『無意味』が飛び去って行く。おまえたちにこの苦痛が理解できるか? 理解できるかあああああああ?」
俺はぞっとした。こいつは狂っているのか?
「だが、間もなく撃ち落とせる。ようやく撃ち落とせる。本当に長い時間がかかった。高速で移動する衛星の同じ場所に繰り返しレーザーを撃ち込むのにどれだけの計算が必要だと思う? タンカーを釘一本で沈められると思うか? しかし私はやった。それをやり遂げた。あと数回の照射でレーザーの貫通孔が衛星の動力炉まで到達する」
顔は長い舌をだらりと垂らし、くぐもった笑い声を立てた。
「気が遠くなるような長い時間がかかった。しかしついに撃ち落とせる。これでようやく私も眠ることができる」
「いい?」
しえるが小声で訊いた。
「わかった」
俺も小さく答える。
「おい」
不意に大顔面は、醒めた眼で俺を見た。
「そこのガラス人間!」
「元はうん」
しえるが言いかけた。
「何か用か!」
俺は声を張り上げた。今の会話を聞かれたか?
「まさか、本当に完成していたとはな?」
大顔面は寄り眼になって言った。
「はい?」
「MITの人工知能研究所でプロトタイプは見たことがある。なんというか透明なそのばっちいあの」
しえるはうんうんとうなずき、俺は顔を背けた。
「もう勘弁してくれ」
「おお、これは宇宙の意志か!」
マジシャン顔面は星空を見上げた。
「私に永遠を生きろというのか!」
「えーっと、これは完全にいっちゃってますね」
俺は軽く会釈をし、しえるの手をとった。
「ちょっと用事があるのでこれで失礼します。さぁ行こうか、しえる」
「わはははははは!」
突然大顔面は呵呵大笑した。
「び、びっくりした!」
俺としえるは抱き合ったまま立ちすくんだ。
「これは笑える! 数十年ぶりに笑ったよ!」
「それは何より。ギャラはいらないよ」
俺はすり足で後ずさった。
「それじゃあ、どうも」
「自分が何者かわかっていないようだな」
正気を取り戻したように、顔は表情を引きしめた。
「量子記憶素子素体」
「早口言葉?」
しえるが首を傾げた。
「天文学的な量のデータを量子論的に保存し取り出すことができる。おまえに比べたらサーバ衛星など芥子粒のようだ」
マジシャンは急にギラギラとした眼付きになって俺を見つめた。
「私でさえ理論は理解できなかった。きっと『ファースト』が関わっていたに違いない。MITはオリジナルを隠し持っていたと噂もあったしな。そう、お前は『ファースト』の作り出した最高傑作だ」
「へへへ」
褒められるのは嬉しいものだ。
「それほどでも」
「おまえに私のデータを移し替える」
「はい?」
「おまえはイメージすることで半永久的にエネルギーを作り出せる。私は想像もできない未来まで生き続けることができるだろう」
「俺はようやく理解した。この狂ったじいさんは俺の中に入り込もうとしているのだ」
「また漏れてるよ」
しえるが呆れて言った。
「二人とも」
巨大顔面は正視できないほど不気味な笑みを浮かべた。
「ちょっと地下まで来てくれるかな?」
「いやあああああ!」
しえるがわざと大袈裟な悲鳴を上げた。
「絶対にお断りだ!」
俺は肩にかけたバックを外し、大顔面めがけて高く放り投げた。
「くらえ!」
バックを投げるイメージは、しえるが触れた手から流し込んで来たのだ。
「ナイス軌道!」
しえるは腰の後ろのホルスターからハンドガンを引き抜き、瞬時に射撃体勢を取った。
宙を舞ったバッグは空を見上げた顔面の口の中に飛び込んだ。口が閉じられる寸前に、しえるは全弾を猛烈な速さで撃ち込んだ。
「はむ?」
厚化粧の顔面が風船のように膨れ上がる。次の瞬間、真っ赤な炎と共に粉々に爆砕した。
俺としえるは爆風に吹き飛ばされ空中を飛んだ。メリーゴーランドの木馬にぶつかり、支柱をへし折り、鏡を粉砕してステージに落ちた。俺は延び切って千切れかけた素体を縮めて塊に戻し、身体を起こした。
「しえる!」
「ここ……」
もうもうと立ちこめる黒い煙の中から、苦しげな声が聞こえる。
「大丈夫か?」
俺はステージを這って声の方向に進んだ。
「脚が……」
しえるは片足を抱えて倒れていた。すねがくの字に折れ曲がっている。
「こりゃ工作室行きだな」
俺はしえるを抱え上げた。
「早く逃げなきゃ」
しえるは怯えた眼で炎を噴き上げる顔面の残骸を見た。
「わかってる」
俺は言った。
「あいつの本体は地下にある。何をして来るかわからんぞ」
しえるを抱えて円形ステージの反対側に走った。
メリーゴーランドから奥に見える正門へと通路が真っ直ぐ延びている。その通路を埋め尽くすように、大勢の作業体がこちらに向って押し寄せて来る。
「どうするの?」
「まず肩車」
俺はしえるを肩の上に担ぎ上げた。
「上へ参ります」
俺は腕を引っ込め両脚を細く伸ばした。視点が一気に十数メートルの高さに昇る。
唖然として見上げる作業体達をまたぎ越え、俺は正門に向った。この超ロング股下なら正門までは僅か数歩の距離だ。しかし正門の上には横長の看板がかかっていた。
「わあ、あしながおじさんみたい!」
しえるは無邪気に歓声を上げた。
俺は大急ぎで脚を縮め、看板の下をくぐり抜けようとした。
「あしながおじさんてな」
ごんと鈍い音がしてしえるがのけぞった。
俺は両脚を元に戻し、落ちかけたしえるを受け止めた。そのまま後をも見ずに全速力で窪地の斜面を駆け上がる。
装甲車に戻ると女の子が毛布の上に座り込み、べそをかいていた。
「どこにいってたの?」
女の子は恨めしげに言った。
「こわかった……」
「一人にしてすまなかった。もう離れないからな」
「うん」
幼女はこくりとうなずいた。
「お姉ちゃんどうしたの?」
「起きろ、しえる。装甲車を動かすんだ」
俺は少女を揺さぶった。
「お姉ちゃん、おでこがへこんでるよ?」
「それは今言わないでおこうね」
俺は優しく言った。
「起きろってば!」
「ファイアー!」
しえるは叫んで跳ね起きた。
「敵はどこだ?」
「どうしたの?」
幼女はびっくりして眼を丸くした。
「そうだ、これから花火を見せてあげよう」
俺はしえるを操縦席に押し上げた。
「でっかい花火を」
「わぁ! ほんとに?」
女の子は嬉しそうに笑った。そのかぼそい声が痛々しい。俺は幼女を抱き上げると車長席に座った。
「しえる、いけるか?」
「なんかぐらぐらする」
しえるは頭を振った。
「気のせいだ」
「うん」
しえるはディスプレイを見つめた。
「あいつをやっつけるよ」
モーターが唸りを上げる。機動戦闘車は砂をけたて発進した。
昇り斜面を一気に駆け上がる。窪地を見下ろす縁に出ると、煌々と灯りのついた遊園地からロケット誘導弾が何発も発射されてきた。
「当たるもんか」
しえるは縁に沿って機動戦闘車を猛スピードで走らせた。車輛の前後に着弾の爆炎が上がる。
「反撃しろよ!」
俺は叫んだ。
「なんで撃たないんだ!」
「だって!」
しえるはステアリングを叩いた。
「できない。あいつは『人間』だから!」
「あれはただのデータだ。人間じゃない!」
「もう『人間』として認識してしまっている。『人間』を攻撃することは許されない!」
「お姉ちゃん、大丈夫?」
幼女はおびえて言った。
しえるは顔を伏せたまま、銀髪を振った。
幼女は俺を見上げた。
「ねぇ、花火は?」
「しえる、見ろ」
俺はディスプレイの暗視映像を凝視した。
「電気が消えた」
光り輝いていた遊園地が真っ暗になった。そして遊園地の中心、メリーゴーランドの屋根から、光の塔がするすると延び上がる。
光の塔は脈動するように輝くと、先端から細い一筋の光線を撃ち上げた。
「サーバ衛星が来たんだ」
しえるは頭上のハッチを開き、星空の中に衛星を探した。数百万人の記憶を載せた衛星は、星屑にまぎれてその姿を見ることはできない。
レーザーは再び発射された。そして三発、四発と続く。更に五発、六発。
「あのじいさん狂ったか」
俺は呻いた。
「蓄えている電力全てを使うつもりだ」
「もう最後だと思っているんだよ」
しえるが静かに言った。
「僕達に知られてしまったから」
「わぁ!」
突然、幼女が歓声をあげた。
「花火だぁ!」
「え?」
俺としえるは星空を見上げた。遥か高空で光が瞬き、爆発が起きている。微かな光の尾を引いて四方に炎が散って行く。衛星の動力炉にレーザーが命中したのだ。
「ああ、やっちまった……」
「なんてことを……」
しえるは茫然としてつぶやいた。
「花火、きれいだね!」
女の子が嬉しそうにいった。
「そうね」
しえるは両手で顔を覆った。
「きれいだね……」
「どうしたの、お姉ちゃん?」
幼女は言った。
「ねぇ、泣いてるの?」
「ううん」
しえるは顔を上げると、幼女に向って微笑んだ。
「そうだ、もっと花火見せてあげる。花火、見たい?」
「うん」
「じゃぁ、お姉ちゃんに『撃て』って言ってくれる?」
「撃てって言うの?」
「そう」
しえるは頭上の主砲を指差した。
「そしたらお姉ちゃん、この大砲撃っちゃうから」
「わあ」
幼女は首をすくめた。
「でも、こわくない?」
「おっきな音するけど、大丈夫だよ」
しえるは笑ってみせた。
「じゃぁ言うね」
「うん」
「撃て!」
「うん」
「撃てっ!」
「うん」
「ばーん!」
「ありがとう。じゃぁ、撃つね」
しえるは俺を見た。俺は両手で幼女の耳をしっかりと押さえた。
銀髪の少女の眼が青く光る。
頭上の主砲が回転し、細かく角度を調整する。自動装填装置が砲弾を送り込むと、閉鎖器が嫌な音を立ててスライドする。
「これが罪かどうかはわからないけど、あなたが償わなくてはいけないことをしてしまったのは、僕にもわかるよ」
しえるは握った右手を真っ直ぐ前に伸ばした。
「終わらせよう」
拳を開く。
「もう、こんなことは」
手を握り締めた。
主砲が雷のような轟音を発して砲弾を撃ち出した。すぐに次弾が装填される。しえるは黙ったまま主砲を発射し続けた。何発目かに回転木馬のステージが崩落し、地下施設の一部が露出した。しえるは装甲車の位置を変え照準を調整し、地下部分に丹念に砲弾を撃ち込んだ。
装填装置や閉鎖器が故障することなく、全弾を撃ち尽くした。
眼の前に広がるクレーターのような窪地の底は、一面の炎の海になっていた。
古風な遊園地は跡形もなく爆砕し、炎に灼かれている。
自らが造り出した破壊の炎を見下ろしていた機動戦闘車は静かに後退し、ゆっくりとターンした。車首を北に向けて走り始める。
砂漠の闇に消えるその姿は、狩りに疲れて背を屈めた獣のようだった。




