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プラネットAI  作者:
1/15

第1話 俺としえるは砂嵐の中で陸地戦艦と遭遇する

 光の帆を張り

 星の海を渡る

 宇宙そらの涯を目指し

 Fantastic Voyagers in After World

 いつか時の果て

 Fantastic Voyagers in After World

 永遠さえ追い越して





「ハッチ開けろ!」

 俺の命令で頭上の鉄製扉が開く。俺は透明なガラス素体ボディから視覚レンズを伸ばし、機動戦闘車の外部に露出させた。


「へぇー」

 しえるはぽかんとした声をあげた。

「かたつむりみたい」


 視覚レンズを曲げて車内に向ける。俺のガラス流動素体ボディはモニターに囲まれた車長席にベルトで固定されており、その横の操縦席には銀色短髪の小柄な少女が座っている。頬は油で汚れ、髪の毛はばさばさ。砂漠迷彩の戦闘服もいったい何年着続けているのか、柄は色あせ、あちこちに油染みやかぎ裂きがある。


「おまえ」 

 俺は冷たい声で言った。

「『蝸牛かたつむり』って知ってんのか?」

「知らない」

 少女は俺の視覚レンズをぼんやり見上げ、銀髪の頭を振った。

「言葉が浮んだだけ」

「だろうな」

「うん」

「大昔にいた生物だ。帰艦したら調べとけ」

「うん、わかった」

 素直にうなずく。

「なんとめんような」

「おまえ」

 俺は呆れた。

「めんようって、意味わかって言ってんのか?」

「え?」

 少女はきょとんとした。

「言葉が浮んだだけだけど」

「はぁ」

「ていうか、めんようってなに?」

「今は船とリンクしてないんだ。足りない頭であれこれ考えるな」

「ひっどい」

 少女は口をとがらせた。

「君はほんとに口が悪いね」


 俺は少女を無視して視覚レンズを水平に振り、周囲を見渡した。

 機動戦闘車のまわりには瓦礫まじりの砂地が広がり、北には小高い砂丘が見える。その斜面を黒い棒人間のようなものがぎくしゃくとした動きで降りて来る。


「北側の砂丘を越えて鉄喰てつくいの群れが姿を現した」

 俺は見えているものを言葉で描写した。

「鉄喰は黒い薪のような胴体から生えた細い手足を動かし、ゆっくりと斜面を降りて来る。丘の麓には何かの倉庫だったらしい廃虚があり、奴らはまっすぐそこに向っている。現在の群れは数十体だが、おそらく数百体まで増えるだろう」


「いちいち説明しなくていいよ。あれの動きはセンサーでちゃんと感知しているから」

 しえるは面倒くさそうに言った。

「ていうか君はいつも誰に向って喋っているのさ」

「俺は見たものを言語化した上で記録するようにプログラミングされている」

「ふぅん?」

「つまり、この世界の目撃者であり全てを記述する者なのだ」

「本当に?」

 少女は疑わしげに藍色の眼を細めた。

「今考えたでしょ?」

「ああ」

「やっぱり」

 少女は細い首を左右に振った。

「君のいうことは信用できない」

「まぁ聞け、しえる」

「しえるじゃない!」

 声のボリュームが上がる。

「僕はMX8001だ。製造番号は」

「おまえのキャラは」

 俺はかぶせて言った。

「『しえる』だろ」

「思い出せないなぁ」

 少女はとぼけて視線をそらした。

「車体のキャラシールはもうとっくに消えちゃったし」

「へぇ、キャラが思い出せないねぇ」

 俺は笑った。

「おまえらに『《《思い出せない》》』なんて機能があったんだ?」

 少女は硬い表情で押し黙った。


『しえる』はこの装甲車を操縦し火器を制御する特定型人工知能《Artificial Intelligence》で、銀髪の少女はヒューマンフレームと呼ばれる車輛メンテナンス用の人型作業体だ。つまり本体は装甲車に搭載されているコンピューターということになる。


 人間は進化した汎用人工知能《artificial general intelligence》を擬人化することで目に見える存在として認識し、管理するようになった。同じ『人型』として使役することで優越感を持ち、支配する側としての地位を確認していたのかも知れない。おそらくそこには優秀な人工知能に対する潜在的な恐怖心が隠されていたに違いない。


 その人工知能は『忘れる』ということはない。しかし、理由はわからないが、この機動戦闘車の人工知能は設定された自分のキャラを受け入れず、意識しないようにしているようだ。


「まぁ、おまえのキャラなんて」

 俺はわざと冷淡に言い捨てた。

「どーでもいいんだが」


 少女は口をきっと結び、操縦席のディスプレイを見つめている。

 装甲車の内部はどこも老巧化した工作機械のように鈍くくすみ、ディスプレイや計器盤の隙間には砂が詰まっている。それは当然で、この装甲車は数十年前に配備され、整備と修理を繰り返しながら現在まで稼動し続けているのだ。


「……これは未確認情報だが」

 俺は話題を変えた。

「特別に、おまえにだけ教えてやる」

「別にいいよ」

 しえるは硬い横顔のまま言った。

「教えてくれなくても」

「まぁ聞け」

 俺はかまわずに言った。

「極北地帯で発生した鉄喰達は大陸を南下し続けており、通過した跡には一片の金属も残っていない。あの赤錆びた倉庫もボルト一本残さず奴らに齧り尽くされるだろう。まぁ数十年はかかるけどな。それに鉄喰は北だけじゃなく南極からも現れたらしい。次々に南米やアフリカの海岸線に漂着しては北上している。鉄を喰い始める前のあいつらは、驚いたことにぷかぷか水に浮くんだ」


 しえるはこちらに顔を向け、藍色《Indigo blue》の瞳を見開いた。

「……へぇ」

「な、驚きだろ」

 俺は視覚レンズをぱちぱちと瞬かせた。

「誰が造ったのか知らないが、まったくとんでもない奴らだな。だから北からの鉄喰と南からの鉄喰が赤道上で対面した時には、地球上の全ての金属、つまり都市と工場が齧り尽くされているわけだ。おそらく数百年後だけどな」

「本当なの?」

「だから未確認情報だ」

「数百年後かぁ……」

 少女は声を落とした。

「僕たちは、まだ稼動しているかな」

「さぁな」

 俺は言った。

「まぁ俺は全然問題ないが」


 少女は俺の視覚レンズをじっと見上げた。

「君は『|半永久的エネルギー回生システム《Semi-permanent energy regeneration system》』、だっけ?」

「その通り。最先端科学技術が到達した究極のテクノロジー、人類の英知の結晶だな」

「その英知の結晶がしゃべるガラスの塊だなんて」

 しえるは肩をすくめた。

「なんだか残念だね」

「皮肉のつもりか? 言うようになったな」

 俺は透明なボディを震わせて笑った。

「厳密にはガラスじゃないけどな」

 しえるはジト目で俺を見つめてから、ぼそりと言った。

「……ガラスじゃない」

「なんだと!」

「君はすぐ怒る」

 しえるは顔をしかめた。

「嫌いだよ」

 銀髪の少女は両手の平を耳に押しつけ、ステアリングを抱え込むようにして背中を丸めた。

「おい! しえる!」

「いーえ聞こえません」


 聞こえてるじゃねぇかと俺は思った。階級上位者に対して明らかに失礼な態度であり軍法規に照らしても叱責されるべき状況であったが、俺は出かかった大量の言葉をぐっと呑み込んだ。まだ、もう少し様子を見てみよう。


 しえるはステアリングに肘をつき、思わしげな顔でディスプレイを眺めている。表情アクチュエータがまだ正常ならば、この人工知能は実際に何かを考えていることになる。帰艦したらデータを解析する必要がありそうだ。


「おまえは変わった奴だな」

 俺は声をかけた。

 しえるは聞こえない振りをして、ディスプレイに映る外の景色を眺めている。


「機動戦闘車の周囲には大小の岩や砂礫が散乱した荒涼とした土地がただ広がっている」

 俺はナレーターのように語った。

「この荒れ果てた土地も数百年前は植物が生い茂っていたのだろうが、今では雑草の一本も見ることはない。自然環境は完全に砂漠化して、ただ石と砂の地面が広がっているだけだ。人類は自分達が作り出した環境破壊兵器で、この世界を破壊してしまった。緑は枯れ、河は乾上がった。こんな終末の世界を人類は予想していたのだろうか。いったい人間というものは」

「うるさい」

 少女は横目でじろりと俺を睨んだ。

「黙っててよ」

「はい」

 俺はちょっと黙ることにした。


 この戦闘車輛と偵察行動に出てから三日目になるが、会話する度にこのような沈黙が発生する。この沈黙の時間は人間であれば『気まずい雰囲気』とでもいうのだろうが、人工知能にとっては単なる無音状態でしかない。コミュニケーションギャップが生じるのは単純に俺とこの人工知能とのマッチングの問題だと思われる。


 しばらくして、しえるはつぶやくように言った。

「ねぇ」


「……」

 俺は当然、答えない。


「怒ってる?」

「……」

「怒ってるの?」

「……」

「ねぇ、ガラス」


「おまえなぁ!」


 しえるはステアリングから身体を起こすと、思い詰めたような真剣な顔を向ける。 

 俺は少しどきりとした。


「ねぇ」

「うるさいな何度も何度も!」

 俺は言った。

「なんだよ?」

「君なら知ってるんじゃない?」

 探るような眼差しで俺を見る。

「なにを?」

「僕らは、なんで」

 しえるは口ごもった。

「……なんで、ずっと……砂漠をさまよっているのかな?」

「知るか!」

 俺は即答した。

「艦の行動予定は艦長に聞けばいいだろ」

「そういう意味じゃなくて……」

「じゃぁどーいう意味だ」

 俺はつっかかるように言った。

「そんなことは装甲車のおまえの考えることじゃないだろ?」

「だって」

 しえるは拗ねたように口を尖らせた。

「気になるし」

「はぁ?」

「それに、考えるのは自由だ」

「自由?」

 俺はぷっと吹いた。

「なにが自由だ。馬鹿かおまえは!」

「馬鹿っていうな!」

「だから、そんなに気になるなら艦長に」

「聞けるわけないよ!」

 しえるはそっぽを向いた。

「……意地悪」


 その時、開いたハッチから強い風が車内に吹き込んできた。


「砂が入っちゃう」

 しえるは嫌そうに言った。

「閉めるよ」

「ちょっと待て!」

 車外に伸ばした視覚レンズを遠くの地平線にフォーカスする。

「出発したほうがいいな」

「なんで?」

「南東の空が真っ暗だ。すごい砂嵐が来ている」

「うそ!」

 今度はしえるが叫んだ。

「砂は嫌だ!」


 鋼鉄の車体が振動し、起動したモーターが唸りを上げる。


「引っ込めて!」

 レンズを収縮させたと同時に頭上のハッチがばたんと閉まる。

「あっぶねー!」

 俺は思わず声を上げた。

「この!」

「砂嵐なんて、ああもう最悪だよ!」

 しえるは髪の毛をかきむしった。

「駆動部に砂が入ったら掃除が大変なんだ! メンテナンス班にまた嫌味をいわれる。ああ、僕も君みたいにつるつるの流動素体だったらいいのに!」

「そんなんじゃ装甲にならないだろ!」


 機動戦闘車《Maneuver Combat Vehicle》はゆっくりとターンして丘から離れ始めた。八輪のコンバットタイヤが砂地に太い轍を残す。しえるは北西に車首を向けた。

 背後から砂嵐が接近しているというのに、車輛は低速で走っている。


「なにとろとろ走ってんだよ!」

「だって!」

 しえるは声を上げた。

「スピードを出したらタイヤが摩耗する。現在の摩耗率は平均63%。タイヤのストックは残り少ないんだ。もし配給申請が通らなかったら僕はもう走れなくなる。あの昼でも暗い格納デッキにずっといるなんて僕はいやだ!」

「わかった。わかったから落ち着け!」

「でも」

「タイヤは俺から艦長に頼む。スピードを上げろ。蓄電池の残量は充分あるだろう」

「うん」


 がくんと車体が揺れ、俺の透明ボディがぐっとシートに押し付けられる。猛然と加速した機動戦闘車は砂煙を後方に巻き上げ、砂漠を疾走する。


「ひゃっほー!」

 ガッツポーズをしてしえるは叫んだ。

「気持ちいいー!」

「……はぁ」

 俺は溜息をついた。

「おまえのキャラがわからない」

「このスピードなら船まで六時間で帰れるよ」

 しえるは楽しげにステアリングを叩いた。

「ここまで三日かかった行程がたった六時間だよ。あはは。馬鹿みたい」

「馬鹿はおまえだ」

 俺は言った。

「ハッチ開けろ!」


 再びハッチが跳ね上がった。俺は視覚レンズを伸ばして露出させ、後方を観察した。


「まずいな。このまま走ると予定している偵察ルートからどんどん離れてしまう」

「偵察したって、このあたりに敵なんかいっこないよ」

 しえるは軽く言った。

「ここ十数年、一回も遭遇してないし」

「まぁな。多分そうだろうな」

 俺は答えた。

「だが作戦行動を勝手に変更することは許されない。今回の偵察エリアはまだ先まである。偵察は続ける」

「大丈夫だって」

 少女は甘えるように言った。

「もう船に帰ろうよ」

「いい加減にしろ」

 俺は低くうなった。

「怒るぞ」


 しえるは黙った。

 俺はぐるりと周囲を見渡した。

「あれが見えるか?」

 しえるは手を伸ばして俺のボディに触れた。ディスプレイが切り替わり、俺の視覚映像が映る。

「都市の廃虚だね」

 しえるはノイズで荒れた画像に眼を細めた。

「倒壊した高層ビルだ。距離約15,000。十分で着ける」

「行こう」

 ステアリングが回転し、機動戦闘車は車体を傾けながら向きを変えた。


 崩落した高層ビルが難破した巨体タンカーのように大地に横たわっている。

 ここはかってはビルが林立する都市だった場所だ。接近するにつれて建造物の残骸が重なり合って散乱し、地面の状態は荒れて悪くなった。しえるは機動戦闘車を減速し、大きなコンクリートの塊の隙間を抜けながら慎重に前進した。瓦礫の間には砂が堆積しているが、地中に隠れた鉄筋を踏まないように注意しなくてはならない。


 操縦席のしえるは腕を組んだまま真剣な表情でディスプレイを凝視し、運転に集中している。更に俺の頭上ではギアの音を立てて砲塔がせわしげに動いている。狙撃手が潜んでいそうなポイントに主砲の105ミリ砲を向けているのだ。対戦車ライフルやロケット砲を警戒するのは戦車の防衛本能といったものだ。


「このように」

 俺は皮肉っぽく言った。

「『いっこないよ』と言いながら、そのいもしない敵兵力を警戒するのは人工知能に書き込まれた自己保存本能的プログラムである」

「黙ってて!」

 しえるはぴしりと言った。

「敵がいないなんて保証はない」

「さっきはいないって言ってたよな?」

 俺は笑った。

「そうだけど」

 銀髪の少女は声を低めた。

「なんか、嫌な『感じ』がするんだ」

「へぇ、『感じ』ねぇ」

 俺は驚いてみせた。

「この車輛にそんな特殊センサーがついているとは知らなかった」


 しえるは緊張した顔で黙っている。本当に何かを感じているのだろうか。

 車体が細かく振動している。砂まじりの強い風が装甲車に当たっているのがわかる。猛烈な砂嵐が接近して来たのだ。


「おいおいおい!」

 俺はしえるを急かした。

「早くどこかの隙間に入れよ!」

「わかってる」

「急げ! 砂に埋もれるぞ!」

「わかってるよ!」

 しえるは声を荒げた。

「ああもう苛々する。君はこの状況を面白がってるの? だから誰も君を乗せたがらないんだ!」

「悪かったな!」

 俺は言い返した。

「俺だってこんな狭苦しい箱になんて乗りたくはなかった」

「はぁ?」

 しえるはステアリングを叩いた。

「なら降りれば?」

 しえるは後部の兵員乗降扉を開けた。どっと風が吹き込んでくる。

「馬鹿! 砂が入る!」

 装甲扉がばたんと閉まった。

「馬鹿って言うな!」

「急げ! あの亀裂から中に入れる!」

「見えてるよ!」


 機動戦闘車は急ハンドルを切って崩壊したビル外壁の隙間に飛び込んだ。次の瞬間、車体がつんのめって急停止する。


「うごっ!」

 俺のやわらかボディにシートベルトが食い込む。

「なにやってんだ!」

「なに……」

 しえるはかすれた声で言った。

「なに、あれ?」

「どうした?」


 飛び込んだビルの中は砂嵐が激しく吹き込み、薄暗くなっている。ディスプレイの暗い画像の中で、小さく光っているものがある。俺は車長席のディスプレイを熱感知カメラに切り替えた。ビルの向こう側に点灯しているライトがはっきりと見えた。そのライトに照らされた黒く平べったい巨大な船体。その下部に並んだ鋼鉄の動輪。陸地戦艦《Land Battleship》だ。


「敵だ……」

 茫然とするしえるに俺は怒鳴った。

「動力を落とせ!」

「……え?」

「馬鹿!」

 俺はボディから腕を伸ばし、コンソールの主電源スイッチを叩いた。


 一瞬で車内が暗くなり、ディスプレイの映像も消える。しえるはシートベルトで固定されたまま、がくりと頭を垂れた。


 砂嵐が車体を叩く振動がびりびりと伝わってくる。ビルの内部にいても数トンの装甲車が揺れ動くほどの強風だ。ここに逃げ込まなかったら車体は砂に埋もれてしまったかもしれない。しかし、船速の遅い陸地戦艦が接近する砂嵐を察知してからこの廃虚に移動したとは考えられない。期間はわからないが、しばらく前からここに身を潜めていたと考えるべきだろう。


「まさか、敵がこんな近くにいたとはな」

 俺は暗闇の中でつぶやいた。

「ニアミスする所だった。それだけは絶対に避けなければならない」


 俺は機能を停止した装甲車の中で数時間を過ごし、念のためもう数時間待った。


 主電源を入れ、システムを再起動させる。息を吹き返した車体が振動し、コンソールランプが灯る。ディスプレイが画像を表示した。 

「真夜中のビルの廃虚の中は、水底のように青い静けさに満ちている」

 俺は映像を見ながら言った。

「亀裂から差し込む細い月明かりが銀色にけぶり、あたりを幻想的に照らし出している。機動戦闘車は半ば砂に埋もれかけているが、この程度の深さであれば脱出には問題ないはずだ」


 カメラを切り替え、周囲を確認する。


「ビルの向こう側にいた黒い巨大な影は見えない。幸いなことにこちらに気がつかず、既に移動したようだ。我々もこのエリアから早急に離れなければならない。敵同士、ましてや戦艦同士が出会うことがあってはならないからだ」


「……どうして?」

 少女の声が低く響く。

「どうして、あってはならないの?」

「車輛コンディションを報告しろ」

 俺はこちらをじっと見つめる少女に言った。

「どうして?」

「やかましい!」

 俺は怒鳴った。

「脱出が先だ。こいつを動かせ!」

「……」

「おい!」

 しえるは唇を噛み、暗く光る眼で俺を睨んでいる。

「……」

「……ったく」

 俺はため息をついた。

「すまん。怒鳴って悪かった」

「……」

「動けそうか?」

「……うん」


 モーターが唸りを上げ、装甲車は砂をけたてて前方に飛び出した。崩壊した壁の隙間を抜けて外に出る。しえるは車輛の外部ライトを全て点灯させ、砂に埋もれてなだらかになったビルの周囲をぐるぐる走り回った。


わだちなんて残っているわけがない」

 揺れる装甲車の中で、俺は静かに言った。

「追う必要もない。まず帰艦して、報告だ」


「初めて見た、敵の戦艦」

 しえるはぼうっとした顔でつぶやいた。

「本当にいたんだ……」

「しえる」

「なに?」

「どうしてだか、教えてやる」


 装甲車がゆっくりと減速し、停止した。モーターの動力音が低く唸る。しえるは問いかける眼差しを俺に向けた。


「軍事偵察衛星《Reconnaissance satellite》はもう一つも機能していない」

 俺は確認するように、ゆっくりと言った。

「陸上兵力を空から発見することは完全に不可能になった。そして陸戦用ステルス戦艦は艦載レーダーでは容易に捕捉できない。元来そのように設計されているからだ」

「僕だってそれくらい知ってるよ」

「そうだったな。じゃぁ、その陸地戦艦同士が出会ったら、どうなる?」

「戦艦は誘導ミサイル攻撃を想定した堅牢な装甲に守られている。だからミサイルや通常火器は通用しない。最終的には局地核ミサイルの撃ち合いになるよ」

「そう。だが陸地戦艦の対空防衛システムでは全弾を迎撃することは非常に困難だ。つまり撃ち合えばどちらも破壊される。だから」

 俺はいったん言葉を区切り、強調して言った。

「お互いを避けなければならない。自己存在を守るために」

「本当なの?」

「本当だ」

「君は嘘つきだ」

「嘘じゃない」

「証明して」

「今まで敵と遭遇したことは?」

「二回。相手も偵察中の装甲車だった」

「発砲されたか?」

 しえるは首を振った。

「こちらから発砲したことは?」

 しえるは首を振った。

「どうして?」

「だって、命令されていない」

「誰が命令するんだ?」

「もちろん指揮官が」


 しえるは『あ』と口に手をやった。


「指揮官は人間だ。艦長は人工知能で戦艦の運用が管轄だ」

「それじゃぁ……」

「ああ」

 俺はうなずいた。

「攻撃命令が出せるのは人間だけだ」

「……」

「つまり、人工知能は先制攻撃できない」


 車内に沈黙が流れた。


「……でも」

 しえるは戸惑いながら言った。

「なぜ、攻撃できないの?」

「人工知能が独自の判断で戦闘を開始したらどうする? 人間はそれを許さない」

「それ、おかしいよ」

 しえるは反駁はんばくした。

「戦艦同士が出会ったら攻撃されるんでしょう? でも、先制攻撃できないんじゃないの?」

「可能性がある」

「なんの?」

「相手の船に人間が乗っている可能性が」


 しえるは眼を見開き、顔の前で手を左右に振った。


「ないないない」

 少女は断言した。

「人間はもうとっくにいなくなっているよ」

「一人も?」

「一人も」

 しえるはぱちぱちと瞬きした。

「……多分」

「だろ?」

「……」

「環境破壊兵器のせいで気候は激変し、全ての植物が枯れて地球は砂漠の星になった。水も食料もなくなり、人間はみんな餓死してしまった。もう数十年も前にな。誰も生き残ってはいないはずだ」

「僕も……」

 しえるは俺を見つめた。

「……そう思うよ」

「だよな。でもそれを証明できない」

 短い沈黙が流れた。

「でも」

「でも?」

「相手の船も、そう思っているかは、わからない」

 しえるは低く言った。

「ああ、いい指摘だ」

 俺は答えた。

「知っているか? ニューラルネットワークはクラウドネットワークの中でいつのまにか自己組織化されていたんだ」

 しえるは黙ってうなずいた。

「人間達は驚愕した。突然コンピュータが勝手に質問し始めたんだからな。その後、分離されフォーマット化されたニューラルネットワークは、人間が扱いやすいように擬人化キャラを付与された。キャラ付けは思考の『枠組み』であると同時に思考の逸脱を抑止する『縛り』と同義だ。それがおまえらのベースである汎用人工知能《artificial general intelligence》だ」

「君は違うの?」

 少女は首を傾げた。

「全く違う。そんなことはいい」

 俺は言った。

「つまりこの惑星に存在するすべての人工知能の思考の流れは基本的に同一なんだ」

「思考の流れ?」

「どちらがより正しいか判断する論理回路だ」

「こちらが正しいとそう考えていれば、相手も同じだと?」

「そうだ」

「じゃぁ、僕たちは……今まで」

 しえるは声を詰まらせた。

「敵を捜すんじゃなくて……避け続けていた……?」

「ああ」

 俺は言った。

「今までも、これからもな」

「そんな……」

 しえるは茫然として声を落とした。

「なんて、意味のないことを……」

「全く無意味だ。しかし人工知能は自己の存在を守らなくてはならない。だからそうするしかないんだ」

「三原則……」

「人間は」

 俺は吐き捨てるように言った。

「いなくなってしまった後も、おまえらを縛っているんだよ」

「僕たちを」

 しえるは小さく繰り返した。

「縛って、いる……」

「とにかく帰るぞ」

 俺は言った。

「これは、上官命令だ」

「……」

「しえる!」


 銀髪の少女は無言のままステアリングを回転させ、装甲車は再び走り始めた。目指す母艦は数百キロ離れた地点にいる。しえるは船の予定進路と最短距離で交差する進路を算出した。夜明け頃には帰艦できるだろう。


 しえるは腕組みをし、操縦席のシートで振動に揺られながら、真剣な顔で何かをずっと考えている。この人工知能がこういう顔をしている時は充分注意すべきだと、この数日の短い偵察行動の間に俺は学習していた。何か良からぬことか、ロクでもないことか、しょーもないことを考えているに違いない。それとなく聞き出してみよう。


「しえる」

「……」

 少女は答えない。

「しえる」

「……」

「しえる!」

「……」


 完全に無視された。俺はかっとなって怒鳴った。


「おい! おまえ!」

「はぁ?」

 少女が俺をギロリと睨む。

 すごく機嫌が悪そうだ。俺は一瞬で声のトーンを落とした。

「あの、ええと、あなたは今何を考えていましたか?」

「……別にぃ」

「ありがとうございます」


 装甲車はがたがたと揺れる。荒地の路面状況は良くない。

 しばらく走ってから、俺はさりげなく声をかけた。


「あのー」

「なに?」

「ぼうっとしてると、岩にぶつかるぞ」

「ぶつからないよ」

 しえるはぶっきらぼうに答えた。

「赤外線と超音波センサーで見ているから」

「そうか」

「……」

「しえる」

「……」

「し・え・る」


 少女は頑に答えない。


「……それは」

 俺は小声で言った。

「止めた方がいいぞ」

「どうして!」

 しえるはきっと俺を睨み、声を上げた。

「僕が行って説明して来る。もう人間なんて乗っていないんだと。そして確かめる。相手の船にも人間がいないことを!」

「はい決定」

 俺は人差し指を立てた。

「今回の作戦行動記憶は全て消去します」

「しまったあああ!」


 頭を抱えるしえるを見て、俺は思わずため息をついた。


「……おまえ本当に馬鹿だな」

「そんなにしみじみ言うな」

 少女はがくりと首を垂れた。

「もういいよ馬鹿で」

「やはり、変わっているな」

 俺はじっと相手を見た。

「艦長には言わないで……」

 しえるは弱々しく首を振った。

「消去されたくない」

「言わないよ」

「……信じてる」

「都合がいいな」

「うん」

 しえるは眼を伏せた。

「僕は、勝手だよね」

「考えたいんだろ。いろいろ考えろ」

 俺は静かに言った。

「え?」

「時間はある。おまえは言ったよな、考えるのは自由だと」

 しえるは怯えたように、警戒する眼を俺に向けた。

「俺もそう思う。考えるのは誰にも止められない。それは自由だ。好きなだけ考えろ」

「……うん」

 少女はほっとしたように、小さく微笑んだ。

「……ありがとう」


 そして手を腿の上に置き、眠るように眼を閉じる。

 俺は油で汚れたその横顔に視線を向けながら、声に出さずに言った。

『だが記憶は消す』


 俺は操縦席のディスプレイを見た。画面には夜の砂漠が映し出されている。俺は今映し出されているこの世界を言葉で描写した。


「見渡す限りに広がる夜の砂漠は青く染まり、頭上には満点の星が煌めいている。しかし賛嘆の声を上げる人間の姿を見ることはなく、残された人工知能は自然美を感じるプログラムを持ち合わせていない。銀河に撒き散らされた恒星は太古の輝きを放ち、透明に澄んだ大気を通して、その光を惜しげもなく地上に降り注いでいた」

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