第8章:逆流プログラムの誕生
「侵入プログラムの開発は、俺に任せろ」
壁に寄りかかっていた男が、腕を組んだまま言った。
カゲツキ・ユーマ。レジスタンスの天才ハッカーだ。
30代前半、痩せた体に黒いパーカー。常に無表情で、感情を表に出さない。
「お前の脳波パターンを解析して、システムに『逆流』するプログラムを作る。アーカスが人々の思考を吸い上げるなら、逆にそのルートを使ってシステムに侵入すればいい」
カゲツキは、パソコンに向かって作業を始めた。
「ただし、成功率は50%以下だ。下手をすれば、お前の意識がシステムに吸収されて、二度と戻れなくなる」
淡々とした口調。まるで他人事のように。
「それでも、やるのか?」
カゲツキは、こちらを見ずに聞いた。
「ああ」
俺は即答した。
カゲツキの指が、一瞬止まった。
「……馬鹿だな」
小さく、つぶやいた。
その声に、わずかに感情が滲んだ気がした。
作業が続く中、俺はカゲツキに話しかけた。
「なぜ、お前はレジスタンスに?」
カゲツキは、画面を見たまま答えた。
「……理由が必要か?」
「いや、ただ……」
沈黙。
やがて、カゲツキが口を開いた。
「俺の家族は、ネットの誹謗中傷で壊された」
その声は、冷たかった。
「母親が、匿名掲示板で執拗に叩かれた。根も葉もない噂、悪意のあるデマ。それが拡散されて、母親は精神を病んだ」
カゲツキの指が、キーボードを叩く音が響く。
「やがて、母親は『無思慮病』になった。何も考えず、ただスマホを見続けるだけの存在になった。父親は、それに耐えられず自殺した」
俺は、息を呑んだ。
「俺も一度は、『考えることをやめよう』と思った。こんな世界で、考えることに何の意味がある? 思考することが、ただ苦痛を生むだけなら、いっそ何も考えない方が楽だ」
カゲツキは、キーボードから手を離した。
「でも、最後の瞬間に気づいたんだ。『考えることをやめる』のは、自分を殺すのと同じだって」
彼は、初めてこちらを見た。
その目には、冷たい炎が燃えていた。
「だから俺は、デジタルの暴力と戦うことにした。感情は捨てた。論理だけで動くことにした。そうすれば、二度と傷つかない」
「それが……お前のやり方か」
「ああ」
カゲツキは、再び画面に向き直った。
「感情的な選択は、間違いを招く。だから俺は、常に最も効率的で、論理的な選択をする。それが、俺なりの『誰かを守る方法』だ」
俺は、カゲツキの背中を見つめた。
冷徹で、論理的で、感情を排除している。
でも、その奥に、誰よりも深い傷がある。
「プログラムが完成した」
カゲツキが、画面を指差した。
「これが、お前の『武器』だ。システムに逆流し、中枢に到達するためのプログラム。『逆流』と名付けた」
俺は、画面を見つめた。
複雑なコードが、流れるように表示されている。
「ありがとう」
俺は、カゲツキに言った。
「……礼はいらない」
カゲツキは、そっぽを向いた。
「失敗したら、お前の脳は廃人になる。成功を祈ってるよ」
その言葉には、わずかに温度があった。
私たち姉弟で小説を書いています、畠山ゆなと申します。
機械音痴な姉と二人三脚で共作している作品です。
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