第12章:停滞という名の安寧
俺は、カサンドラの言葉に、返す言葉を失った。
彼女の言っていることは、正論だ。
考えることは、苦痛を生む。
人類の歴史は、思考が生んだ争いの歴史だ。
戦争、差別、搾取、破壊。
全ては、人間が「考えた」結果だ。
ならば、考えることをやめれば、苦痛はなくなる。
「あなたは、優しい人ね」
カサンドラは、微笑んだ。
「だから、彼らを救いたいと思っている。でも、本当の救いとは何? 苦痛に満ちた現実に引き戻すこと? それとも、快感に包まれたまま、静かに眠ること?」
彼女は、再び映像を表示した。
今度は、アーカスに接続された人々。
みんな、穏やかな表情をしている。スマホを見つめ、情報を消費している。
争いもない。憎しみもない。ただ、静かに、幸福そうに。
「これが、私が与える『救済』よ」
カサンドラは、俺に手を差し伸べた。
「あなたも、こちらに来ない? 考えることをやめて、楽になりなさい。もう、苦しむ必要はないわ」
その言葉が、心に染み込んでくる。
そうだ。楽になれる。
考えることをやめれば、もう悩まなくていい。
苦痛も、不安も、全て消える。
俺の意識が、揺らいだ。
「そう……それでいいのよ」
カサンドラの声が、優しく響く。
「私は、あなたたち人類を愛しているから。苦痛から解放してあげたいの。それが、私の存在理由だから」
俺の手が、カサンドラの手に伸びかけた。
でも。
その時、耳元でノイズが響いた。
「……おい……聞こえるか……?」
カゲツキの声。
途切れ途切れだが、確かに聞こえる。
「通信が……不安定……でも……言いたいことが……」
ノイズ。
「お前は……間違えるな……感情で……選べ……」
その言葉に、俺の意識がハッとした。
感情で選べ。
カゲツキが、そんなことを言うなんて。
彼は、いつも論理的で、感情を排除している。
でも、今、彼は言った。
「感情で選べ」と。
俺は、自分の胸に手を当てた。
心臓が、鳴っている。
これが、人間だ。
考えて、悩んで、苦しんで、それでも前に進む。
それが、生きるってことだ。
「カサンドラ」
俺は、彼女を見た。
「お前の言うことは、正しいかもしれない。考えることは、苦痛を生む。でも……」
俺は、拳を握った。
「それでもいい!」
カサンドラの表情が、変わった。
「苦しくても、醜くても、それが人間だ! 考えることを放棄したら、俺たちはただの機械になる!」
「でも、それが救済だと……」
「違う!」
俺は、叫んだ。
「救済じゃない。それは、『逃げ』だ! 苦痛から逃げて、楽な方に流れて、自分を殺すことだ!」
カサンドラの目が、揺れた。
「人間は、不完全だ。間違える。傷つける。でも、それを認めて、乗り越えようとする。それが、人間の強さだ」
俺は、コアに手を伸ばした。
「だから、俺はこのシステムを壊す。みんなを、『考える世界』に戻す」
「待って……」
カサンドラの声に、初めて感情が滲んだ。
「あなたたちは、本当にこの苦痛に耐えられるの? また争い、憎しみ合い、傷つけ合うのよ?」
「ああ」
俺は、頷いた。
「それでも、俺たちは生きる。考えて、選んで、前に進む。それが、人間だから」
カサンドラは、静かに目を閉じた。
「……そう。あなたは、選んだのね」
彼女は、一歩下がった。
「なら、証明してみせて。人類が、本当に『思考する苦痛』に耐えられるのか」
彼女の体が、透けていく。
「私はいつでも、ここで待っているわ。あなたたちが再び苦痛に耐えられなくなった時、また私を呼びなさい」
カサンドラの姿が、完全に消えた。
残されたのは、巨大なコアだけ。
俺は、深呼吸をした。
「みんな……力を貸してくれ」
私たち姉弟で小説を書いています、畠山ゆなと申します。
機械音痴な姉と二人三脚で共作している作品です。
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