39 奇襲
「ぅぅ……っ」
「いてぇ、いてぇーよぉぉ」
壁に掛かった笛に手を伸ばした別の職員と、入り口近くで逃げ出そうとした酔っ払いが、呻き声をあげている。
外に助けを求められると困るから、道中拾った推定ドングリを投げつけ警告をさせてもらった。
「銀貨20枚、どうしてここまで時間が掛かる?」
極振りした力のみを見せたんだ、今僕は圧倒的な格上に見えているはずなのに。
こんなのギルドからしたらはした金だよね。
時間稼ぎ、いや面子が潰れるとか? うーん。
「──おいおい、なんだァこの騒ぎは」
なんて考えていると、2階から低い声と共に降りてきたのは身長2メートルはある厳つい男。
見た目五十代半ばのツルッとした頭に鋭い目つき。腰には上質そうな剣を提げている。
「……ギ、ギルドマスター!」
「元A級冒険者……おいおいこんな大物までくんのかよ……」
その登場に職員が待ってましたと、そして冒険者は動揺したように囁きはじめた。
この反応からギルドでも相当な実力者である事が伺える。
「こ、この男が私たちの査定にケチをつけて暴れてるんです! 私たちじゃどうにも出来なくて……」
「……ほーう、なあ爺さん、これはいったいどういう了見だ? 俺にも教えてくれよ」
「そっちこそ……随分と強気な詐欺をやってくれたよね」
散々好き勝手した後だから無駄だと思うけど念のため、僕の怒りも理解してよと、回収しておいた魔石を懐から出して見せながら説明を試みる。
「どう? これで銀貨2枚――」
「俺はなァ、お前がどう責任取ってくれるのかという話をしているんだが」
「…………はーん?」
「職員への暴行に営業妨害、今の名誉棄損と――」
「カ、カウンターの修繕費と清掃料、査定料の踏み倒しです!」
……まあそうだよね。僕の正当性は置いておいて、組織全体で腐ってなきゃあそこまで大っぴらに出来ないか。
こんな職場の見積もりがどうなるか楽しみなくらいだ。
「ならしめて──金貨20枚といったところか」
うーん小学生のガバ計算。銀貨100枚で金貨1枚。
銀貨一枚千円くらい。百億万円のノリだね。
「君らはなんでこんな組織に従ってるわけ? 腐ってるよここ」
「…………」
他の奴らは白けたように答えない。従順にしてればいいギルドなのかね。
「──お前、この状況分かってんのか?」
「お前こそ分かってるのか? ここまでやられて私の正体に、少しでも見当がつかないのか?」
「…………正体、だあ?」
「ふぅー、全く呆れるな。まあいい、手持ちはないからツケといてよ」
もはやここまでくると銀貨なんてどうでもいい。
まともな会話が出来ないならこんなところに長居する理由なんか一つもない。
後の対策の為の匂わせだけ適当にして帰らせてもらう。
「……テメェが誰だか知らねェが、ここまでしておいて無事帰れるとか思ってん……おい……なにして――」
大層な肩書まで持った人間が、ここまで開き直ったお客さんを前になんで無防備でいられるんだろうね。
僕は目の前にある木製のカウンターの、鼻が潰れたお姉さんのすぐ横を掴む。
そこの彼女もそうだったけど、国がバックに付くと自分は安心とか思っちゃうのかな。この平和ボケは理解できないや。
ずば抜けたステータスに任せて力を入れるとメキメキメキメキッ──と、凄まじい音を立てながら、カウンターが根元から破壊されていく。
「……ま、待て待て、テメェ!! なにしてやが――!?」
「この修繕費もツケてくれていいからね!」
そういう諸々の経費なんかは残しておいてあげるから――!
釘が抜け、木材がひしゃげ、「っああっ!」という床にずり落ちた女性の呻き声を聞きながら、僕は長さ3メートルほどのカウンターをそのまま持ち上げた。
「――くっ、キチガイがよおおっ!!」
ここに至ってようやく腰に下げた剣に手を掛ける男。引退してから長いのかな、この気の抜け方はどうしようもないね。
「遅いよアホ」
その質量で、横なぎ一閃。
風を切る轟音と共に男の体を壁に叩きつけた。
「――ぐぅッ!?」
「マ、マスターっ!!」
その衝撃に結構な血を流れているのが見えた。動きも止まっている。
なら僕のすることは――
「──ああああああッ!!」
わざとらしく大声で、持っているカウンターを全身を回転させながらぐるぐると回す。
「――ひっ!?」
「な、なにを!? ちょ、ちょっと待って、誰かあれを止めなさい!」
「…………止めるって、あんなんどうやってだよ」
観客と化した周囲はすっかり冷めた表情で傍観している。
僕はそんな彼らを回転しながら確認し、少しづつ入口へ近寄って――
「あ、手が滑った」
「――は?」
「――くッ!」
追ってくるであろう冒険者に向かって放り投げ、同時に外へと駆ける。
「はああああああ!?」
「う、うおおおおおおっ殺すぞおお!?」
ちょっと集中する時間が欲しかったから、ごめんね!
「……ふ、ふふふ……ふざけんな……ふざけんじゃねええええ!! お前ら絶対に逃がすんじゃねエエエエ!!」
扉を閉める直前ヴォルグの声がする。流石大物と言われるだけあるね、騎士でもないのに結構タフだ。
それとチラッと見えたのは、我関せずを貫いていた冒険者がカウンターを防いでいた光景だ。
完全に不意打ちしたはずなのに、冒険者の方もちょっと舐めてたかな。
まあもう関係ないけどね。
すぐにギルドの裏手へ向かい、人の視線が無くなる位置まで行けばもう安心。
『集中』
心で唱えて深く心を整える。
インベントリに回収するのは変装用に、羽織った上着とズボンだけ。
やりすぎると裸になって、直接インベントリから着ることは出来ないから要集中。
ようやくギルド前から騒ぎ声が聞こえたところだ、何の問題もない。
はい成功。これでもう別人だし、この時代なら完全犯罪達成──あとはせっかく大騒ぎを起こしたんだ。奇襲する時は、畳みかけてこそだよね!
顔を手頃な布で巻いて隠し、足場を取り出して――ギルドの裏手へと立てかける。
あとは一気に駆け上がって二階の窓に張り付けたら足場を回収、そっと中を覗き込むけど暗くて良く見えない。
隣の部屋は──いいね、明かりはつけっぱなしで誰もいない。下の騒ぎを聞いてそのまま出掛けちゃったかな。
主の体躯を象徴するような、巨大な革張りの椅子。高級そうな皮を惜しみなく使ったそれは、座る者の権力を容易に想像できる。
「遅くまでお仕事ご苦労様。でも少し不用心だよ?」
窓にカギは掛かっていない。そのまま中へと入りこんで、すぐさま扉に最初の騎士が持ってた『折れた剣』で閂をかける。
下であんな大騒ぎが起きて、ギルド長は大怪我。仕事に戻るはずもないけど念の為。
濃厚な葉巻の煙と高級な蒸留酒の匂いが染み付いた空間。
その四隅には《一切の死角を許さない、目玉の形を模した魔道具》が設置されている。
登録された魔力の波長の持ち主以外に反応して、恐ろしい音と光を発生させる、現代でも通用するほどの超魔法技術。
壊そうとしても同じ、泥棒にでも入ろうものならいくら対策しても気絶は免れない。
魔力の波長も登録されて、逃げる事も許されない。
『-MP』の僕には関係がないんだけどね!
これがある場所こそ最も安全な場所ともいえるから、窓にカギもかかっていないのも納得だ。
そしてこれが設置されているということは、貴重なものがあると言っているようなもので――ふふふ。
予想通り観葉植物の陰に、小癪にもカギを掛けた『金庫』が隠されていた。
「――南京錠、ね」
なら分厚いマントを取り出してカギをくるんで音が鳴らないように――はい!
マントの中で「ゴキャッ」という小さな音を出してあっさりと斬鉄する。
犯人はおなじみ『聖剣シルフィード』、うーん、名前負けの前科二犯。君はそろそろ魔剣と名乗ったほうがいい。
「さて中身は――――うふ」
うふふふふっ。いいの?
こんなに莫大な──100枚? いや200枚はある金貨の山をぎっしりと詰め込んじゃってさああ!!
まずは僕のせいで無関係の人が攻められたら可哀そうだから、誰の犯行か分かるように奥に問題の魔石を二つ突っ込んで、と。
ギルドに来る前に見た街並みは、規模に反してお世辞にも活気があるとは言えなくて――
この国はどこも重税、当然だ。なのにこの金貨の山は……僕以外にも相当数の被害者を出しているに…………違いない!!
そう、これはたった数分で金貨20枚の負債、立派な被害者代表からの──天誅だ!!
勢いと偏見で被害者意識を全身に巡らせて、インベントリには僕の罪悪感が許す限りの金貨を一斉に取り込んだ。




