※30 プロゲーマー
「――これで、終わり!!」
リポップしたばかりの魔物――『スライム』を倒すと、メニュー画面が光る。
レベルアップだ。そしてそれは目標の、レベル13に到達した事を示していた。
『おおー、おめでとおお』
『もうレベル13とか早過ぎる!』
『お祝いスパチャ ¥5000』
コメント欄は大量の賞賛であふれていて、目が追い付かない。それでもなんとかスパチャを贈ってくれた方の名前は覚えるように努める。
「うわ、しんさん、米さんスパチャありがとーっ! ごめんねずっと退屈な配信で!」
『プロの意見聞けるのに退屈な訳ないw』
『会話しながらここまで村長レベリングこなすのサトエリしかいないし』
ここは村の女神像の範囲から少し離れた場所にある、戦闘初心者向けのチュートリアル広場。
その入り口に立っている立て看板には1から9までの数字が振られていて、全てクリアをすると『総合練習』という文字が現れる。
それに触れるとこのように、最弱モンスターであるスライム三匹が出てきて倒し放題になっている。
普段は村長が利用しているので無限に利用する事は出来ない。
だけど私は騎士を倒しているお陰でレベルが高く、面倒事も無く譲ってもらえた。
『初見です。なんで13が目標なの?』
「あ、初見さんこんばんは! そしてごめんなさいー……このゲーム、スキル獲得に上限あるから攻略情報ばら撒くとまあ、盛大に荒れちゃって……言えないんです!」
今では荒らしてくれた人、ありがとうって思う。
……まさか『未来技術』に信憑性が出てくるとは思っていなかった。
まだ半信半疑だけど、それでも積極的に攻略情報なんて渡したくない。
『荒れたよなぁ…蹴り方講座』
『てか未来技術ってサトエリも信じてるの?』
『ユウ=AI説が否定されたけどどう思ってる?動きもクソさも人間に思えないんだけど』
「……あははー、ごめんね、その辺の話は概要蘭読んでくださいー」
はぁ、今日も何度も何度も荒れそうな質問ばっかりして……
コメント自動読み上げ、便利だったけど……こういう賛否だらけのゲームじゃいまいちかもなぁ~。
『否定されたの?』
『ユウの卒アル写真アップされたんだっけ』
「はいはいみんなやめ! うちのチャンネル潰されちゃうでしょー!」
先日ユウさんの元担任、田所誠司とかいう人が彼の事を得意気に語っていると、SKという隠す気のない九條聖羅に全てを暴かれてしまった。
世間は半信半疑ながらも、「もう一度やってみろ!」とか「この人も晒しやってる! 特定して!」と、中々に混沌とした状況。絶対配信で話したくない話題だ。
『他の配信者によると魔法陣なんか取る馬鹿がAIの訳ねえwって』
最初はみんなユウさんの逆転劇に大騒ぎだったのに。配信者の影響すぐ受ける……
『MPマイナスとかシャレになってねーよな。この先の事まるで考えてない』
そんで結果論オジは自重って概要欄に書いてあるのに……もう新規視聴者好き放題!
『結局素人なんだよ。プロならそもそもあんな展開にならない』
プロのなに知ってんだ、殺すぞ。
はぁー、やっぱりタイムシフト更新翌日は無理だ、収拾がつきそうにない。
だけど今の状況はちょうどいいかもね。このままこのゲームをクリアするのは正直諦めていたから。
「うーん、でも私も実は……盛り上がる気持ち、分かっちゃうんだよね。だから! 今日はこの辺にして、次はもう少し落ち着いたら配信するねー!」
『ええええええええええええ』
『banすればよくない? サトエリの団長戦見た過ぎるんだってえええ』
『騒いでるやつまじで出てけよ! 声が聞きてぇんだよぉぉ』
「アハハ、ごめんねー! じゃ落ちますー! 長い時間お付き合いいただきありがとうございました! またねー!」
と勢いで喋って一方的に配信を切ると、そのまま地面に寝転んで体を伸ばす。
アプデ前の攻略情報すらほとんど消されてしまった今、コメントでいろいろ教わるのは助かっていたけど……潮時かもしれない。
まあこんなの後で考えればいいとして! 今はそうだな。ちょうどログイン中だし――と思い付き、彼の配信ページを開く。
♢
「……ふぅ」
――深夜2時、VRデバイスを外して一息ついて、用意していたスポーツドリンクを飲んで汗を拭く。
既に何度も再生したタイムシフトを見ていただけ、なのに見るたびに焦りで冷や汗が出てしまう。
「……なんなんだよ本当に」
ユウと騎士団長の戦い。私だってプロだ、序盤は完全に再現出来る。
……だけどなんなの? 力の込め方が悪い? 魔法陣スキルどころか錬成スキルの習得までも届く気がしない。
お陰でユウさんが挑んだレベルより3つも高い、13まで上げることになってしまった。
タイムシフトに付いたコメントは、今でこそアンチが盛り上がってきたけど、リアルタイム配信ではもう完全にお祭りだった。
スキル数には限りがあるのに、性格もアンチの的になっても可笑しくないのに、カタルシスだけで評価を全部ひっくり返してしまった……
なんだか私も痺れてしまって。
なんなら熱が収まらないからってそのまま団長戦に挑んだ。錬成レシピもまだ解析されてないというのに。
だけど私では足りなかった。
誰にも言ってはいないけど、既に一回きりのコンティニューは使ってしまっている。
……何が違うんだよ、また才能の話しか? うんざりなんだよそれはもう!!
怒りのままに、持っていたペットボトルをベッドに放り投げると少し冷静になる。
そう、今はそんな場合じゃない、このモヤモヤは抑えて、棚にズラッと並ぶVRデバイスに目を向ける。
「残りのサブアカウントは3つ……」
そのほとんどが村長レベリング済みの、団長が村にやってくる直前のデータだ。
アカウント売買――一般のゲーマーからは物凄く嫌われる行為。私だって良くない事とは思う。
だけど……あの忌々しい未来技術Ⅰとかいうふざけた技術……あんなの誰にも渡すわけにはいかない。
私はこれまで誰よりも努力してきた。運動神経は悪く、身体も弱い。
それでいつもお味噌扱いで、男子からは陰口叩かれて……全員見返してやると踏ん張って、ここまで強くなれたのに……!
こんな技術はないだろ!
『VR時間で過ごす事が出来る小さなVRワールドデータ』
九條聖羅が開発した、少ない時間でたっぷり遊べるというとんでもない技術――VR時間。ユーザーが少なければ少ないほど体感時間が長くなるという馬鹿げた技術。
こんなものがたった一人に配られてしまったら、そいつは何にだってなれる。
これを取りにいかなければ、全てを賭けて努力してきた私の矜持が崩れてしまう!
幸い利用規約にはRMTやサブアカウントの禁止は記載されていないから、banされる危険もない。
購入したアカウントのアバターは体形のだらしないものしかなかったけど、色んなキャラを使いこなしてきた格ゲーマーには関係ない。すぐに適応してみせた。
「してみせた筈、だったのに……!」
アレンのユウさんを前にしたあの目……心の底から面白いと、楽しくて仕方ないといった顔を――私には向けもしない……! 絶対っ! 私の方が努力してるのにっ!!
「……いや……だから落ち着け私」
こうムキになって、サブアカで何度も挑戦したせいで、私のランクはもはやすっかり圏外なんだから。
諦めない自分で良かったとは思う。だけど諦めない方向を間違えるな。
ユウさんと同じことが出来ないのなら……違う道を行くんだよ!
そう心に決めて手に取ったのは、唯一団長戦前以外のアカウントが登録されたVRデバイス。
現在rank3位、『九條裕也』とチームを組めた事で売りに出されたこのデータ。未だプロローグ突破報告があるのは私とユウさん。
そして――アップデート前のゲームもやりこんでいて、実力知識も完備しているこの男。
「集合は5時半だったか。3時間も眠れるな……」
この男も未来技術を狙っているおかげでSPは温存中。
こいつを利用して利用して、最後の最後に華麗に裏切って――この佐藤絵里が! 未来の技術を手に入れてやるんだ!




