28 呪い
シノさんの懸念は正しかった。今はまだ完成されていないけど、意思疎通の手段を手に入れたちーちゃんの力は強すぎるのかもしれない。
「お願いだ! 助けて欲しい人がいるんだ! 命に危険がある訳じゃない、だけど何故か体を動かせなくて――何をしていいかも……分からなくて……」
僕から全身大火傷を負わされたというのに、ここまで縋ってしまうほど知識というのは貴重なものだから。
『――……――?』
ちーちゃんはアレンさんの必死の願いに、どうしていいか分からないというようにシノさんを見上げている。
「ちーちゃんはこれから誰に知識を渡していいか、自分でも決めなくちゃいけないね」
『――!?』
そんなシノさんの言葉にビックリして、今度は僕を見上げてくる。
正に天真爛漫、誰かの役に立つの大好き! って、ちーちゃんはあまり考えた事ないだろうけど、僕もそう思う。だからそんな目で見ないで……
別に大いなる力を持つものは、それ相応の責任がある――なんて、勝手で押し付けがましいことを言うつもりはない。
他人に言われると腹立つんだよこれ。百歩譲っても人間側の理屈だしね。
「ちーちゃんが助けたいと思う人を助けてあげればいいんだって。何も考えず求められるままってのはダメだよって事」
『……――♪』
「甘ぁぁぁ」
そんな僕の言葉にシノさんが腹の立つ顔でケチをつけてくる。
む。エレのお母さんの教育方針に何か問題が?
あの人のお陰で僕は僕らしい倫理観を持ったままでいられたというのに。
「さっきみたいに全然話聞かないまま、『ようやく私の出番?』なんて登場してたらいつか――」
「な、なぁ、その話し今じゃなきゃダメか? 俺の大事な人なんだ、すぐにでも助けてあげたいんだ――」
「…………」
アレンさん……気持ちはとても分かるけど、もうちょっと周りをよく見てよ……取り引きしたがってるのって、実は僕だけなんだよ……?
「……別に私は後でもいいよ。好きに話してれば?」
ほら完全にため口になってる!
ただでさえシノさんにとってはマイナスからのスタートなのに気を付けて下さいよ!
「え? い、いや、話すって……」
「……僕、通訳がいないと錬成なんてできないからね? シノさんが持ってきた素材も勝手に使えないし」
アレンさんは僕の言葉に、サーっと顔を青くする。
「す、すまん!! あなたを軽視していたわけじゃないんだ! ただ、妹のことで頭がいっぱいで――本当に、申し訳ない!!」
「……もう少し危機感を持ってね。アレンさんは僕たちの能力を知ってしまっているんだから」
何の力も持たない今の時点じゃ、そんな迂闊な人とは協力出来ないんだよ……
「本当に、すまない……」
「……はぁ、ちーちゃんごめん、力の使い方の話は後ででね。今回はまぁ、ユウが大部分を勝ち取った交渉だからさ……」
『――!? ――♪』
あーあ、すっごい嬉しそう。
自分の力なんだから思うように使いたいだろうけど、自衛の為にも覚えなくちゃ駄目だからね?
はぁー、始めよ。これ以上ダラダラして、火傷のスリップダメージでアレンさんが死んだら笑えないもん。
そんな事を考えながら、僕はさっき使った鍋の前に座る。
「ま、まさか本当に――作れるのか? 妹を……治せる薬を……?」
「作れるみたいだよ。もちろん交換条件はあるから、アレンさんは先にその火傷治してくれると」
「――わ、分かった、すぐに――」
「この子の前で脱ぐな!! 足から治して向こう行け!!」
勢いよく裸になろうとする姿にシノさんが怒る。
あああ、戦ってるときはかっこよかったのに、シスコンって結構厄介かも。
しかも今チラッと見えた脇腹の怪我、もう見るからに不自然で……またなんか騙されていそうだ。
♢
夜も更けて、辺りはすっかり真っ暗になっている。
アレンさんの火傷も怪我も治療して動けるようになったので、僕たちは近くの森へと移動した。
より一層暗くなってしまったけど、シノさんが光の精霊に頼んで明るくしてもらって錬成には支障はなさそうだ。
なんでも騎士団戦で大分レベルが上がったようで、一晩中でも平気との事。
怪我の治療はサービスだ。素材不足で簡単な応急措置で済ませたことと、なんか可哀そうだったから……
あの団員達が持ってきた薬草を律義にお礼を言って塗ってたみたい。
「……もういい大人なんだからオムツは卒業して下さい」
「…………すまない」
とはいえ申し訳ないけど嫌味は言っておく。信じる心ってのも考えものだよね。
そんな寄り道もあって時間が掛かったけど、目的のアイテムもようやく完成が見えてきた。
だけどこれってなんだか……
「――これとこれ? 違うの? えーと……ああ、最後はこれを何本にも束ねてくれだって」
「…………最後って……本当に? なんか全く想像もしてなかった形になってきたんだけど……」
王国ルート以外でアレンさんを仲間にするイベントアイテムって、豪華な見た目の草だってエレには聞いていたのに。
言う通りに最後まで完成させたこれは……藁人形?
「な、なんだ、何かまずいのか……? 俺に何か出来ることはあるか……?」
「なんかさ、病気を治すには、強靭な身体を作るっていう『神竜草』みたいな名前の薬が必要なんじゃなかった?」
『――!? ――!!』
僕が聞くとちーちゃんは驚いたような表情を浮かべて、ぺチと僕を叩く。
「…………あー、作れないって。怒ってるから『そんな貴重なもの作れるわけないでしょ!!』かな」
「か、金ならある!! いくらでも払う!! だから――」
『!!?』
「この子を怖がらすな」
シノさんがアレンさんに蹴りを入れている。
僕も怒られることは多々あれど、あんなぞんざいに扱われたことはないのにアレンさん……
この様子なら大丈夫そうかな……シノさんはちーちゃんからこの藁人形の使い方を教えて貰ってくれているし、僕は僕で話を進めちゃおう。
「アレンさん、先に交換条件を言っておきます」
「なんでもする、いやさせてくれ」
「僕達の仲間になって下さい。もちろん妹さんが元気になってからで大丈夫ですし、連れてくるのも自由です」
「それは……ありがたい。それで?」
「給料は当分出ません。その間食事なんかは用意しますが、生活基盤を整えるところから始めるので、基本野宿になります」
「ああ……助かる、他には?」
「魔族との戦いや、僕らの護衛など危険な目にも遭うと思います」
「勿論だ。だが……なあ、そろそろ本題に入ってくれないか。そんな当たり前の事じゃなく……対価を先に聞かせて欲しい。覚悟は出来ているんだ」
……思わず敬語になる程のブラックな環境を用意したんだけど、これで疑心暗鬼に陥る事ある?
まあスキル習得の事を知らないなら、最初からこの取り引きを持ちかけろよとか思っちゃうのかな。
「これで取り引き成立なんだけど……」
「………………いや待ってくれ。俺はこれから、国に追われる事になるんだぞ……? 君たちは何も悪くないのに……匿う事になってしまうんだぞ?」
「追われる原因の半分は僕だからね。見ての通り人手不足なのこっちは」
「……な、何を言っている……こんなの取り引きにすらなっていないじゃないか……」
「一国の騎士団長にまで登り詰めたのに……それでいいって言うの?」
そう聞くけど、アレンさんもこっちの心配を理解出来た表情じゃない。
タイミングを伺ってたのに、なんかすごいお得な条件で仲間になってくれそうだ……
これ……目的、達成でいいの? こんなにアッサリ行って実感が湧いてこない……いや、簡単に行けたのはみんなで頑張ったお陰で――
胸が熱くなる、ここに来てたった3日のことだけど、エレ達もいないのにずっと頑張ってきて――!
~~~~っ!!
「上手くいった? ならこっちも色々教えてもらえたから伝えたいんだけど」
遅れてやってきた達成感を感じていると、丁度シノさんから全く温度を感じない声を掛けられる。
元々僕だけの目的だったから分かってたけど、少し寂しい……
「…………うん、ありがとう、聞かせて」
「今作ったのは『身代わり人形』ってアイテムなんだって。妹さんの症状からいって、病気じゃなくて呪術師による呪いだから、移し替える頑丈な対象さえあればすぐ元気になるんだとか――」
『――!』
へぇそんな裏設定があったんだ。
僕はちーちゃんに拍手を送ると、人差し指でこめかみをトントン叩いて得意気になっている。
そんな姿に癒されていると――
「――――は?」
目から光を失くしたアレンさんがそこに立っていた。
「……なによ、続けるからね。それで――そう、再度呪いを掛けられたら意味無いから、引っ越しはした方がいいって。あと使い方は――」
「な、なあ。妹が動けなくなったのは――5年前から、なんだが……?」
「……はあ」
「5年間! 妹は……誰かの悪意なんかで苦しんで来たとでも言うのか? そんな筈、ないよな……?」
「…………そう言えば私達の紹介はまだだったね。この子はちーちゃん、『知識の精霊』ね。診断に間違いはあり得ないから」
その重過ぎる説得力に、アレンさんのボロボロの体は――支えきれなくなって膝から崩れ落ちていた。




