26 獄炎
「あんた今……とんでもない物で殴ってなかった……?」
『――!! ――!』
女神像をさり気なく回収していると、いつの間にか二人が駆け寄ってきている。団長が吹き飛ばされて皆が呆然としている隙を突いたらしい。
ちーちゃんは女神像を武器にした僕にプンスカだ。ごめんって。
「……それと、結局巻き込んじゃったのも、ごめん。本当に助かりました」
僕の言葉に少し困った顔になるシノさん。
今も声震えてたし、危険な真似をさせてしまった。
「――っ、いや、そうじゃないだろ! あんだけの隙でいいなら、もっと早く合図でもなんでも出せたでしょうが!」
「あー、中々敵対状態になれなくて……二人には感謝が止まりません」
「……どんだけ言うのよ。ただ光って叫んだだけで、そこまで言われると居心地悪いんだけど」
今更になって足が震えてる癖に……気丈な態度を崩さないこの人はなんなんだろうな。
いきなり目の前に莫大な金貨相当が出現したんだから、それはもう物凄い囮効果だったのに。
――そんな語りたい事は山ほどあるけど今はこっちが先かな。
メニュー画面を開いて、目的のスキルを探す。
まさかこれを取る事が出来るようになるとは思っていなかったから、見つけるまで少し時間が掛かる。
「それで──後は任せていいの?」
「いいよ」
「こっち来る時倒れてる団長さんと目があったから、今のもそこまで効いてないと思うけど」
「問題ないから。ちーちゃんも、本当にありがとうね。出来るなら今すぐお礼したいんだけど……今は下がっててもらっていい?」
『……。~~、――!』
怒っていたのに、ため息一つついて親指を立て、了承してくれるちーちゃんのカッコ良さに涙が出そうになる。
そう、何も問題ない。
もう錬成スキルで取り引き――なんて不確かな事にも頼らない。
二人を巻き込んだんだ、確実に決めてやる。
「そうだよ。私と違ってちーちゃんのは100%善意だからね? この子にだけはもっと感謝を――」
シノさんの言葉が途中で止まる。視線の先には――
「――なあ、確認するのも怖いんだが……俺は今、一体なにで殴られたんだ……?」
アレンさんが、ゆっくりと起き上がって話に割り込んでくる。
第一声がそれって、もしかして本当にヤバい事しちゃった? 外野はちーちゃんに夢中だったし、証拠は残してないから平気なはずだよな……。
「……はぁ。答えないならいいけど、教会の人間に見つかったらその場で処刑だからな? これから気を付けてくれよ」
……また急にフレンドリーに話してくるけどなんなの? それに――
「これから?」
んー、いや分かった。そのホッとした顔、僕たちを保護しようとしてるのね。
甘い甘い。だけどそんな激甘なアレンさんが本当好き。
もうさ、ここに来てから出会う人達みんな素敵過ぎるんだよ。
弱くてビビりなのに誰にでも立ち向かうシノさんに、全てが愛おしいちーちゃん。妹思いのお兄ちゃん。
最後に現代人の僕でもこれから殺すのに一切躊躇いを感じさせない、騎士団員のクズの皆さん。
それに今回盛大にガバガバだった僕の作戦を、色んな人がフォローしてくれて……もう……テンションがどうにかなりそうなんだよ僕はっ!!
「そう、君たちは国で保護する事になる。全く……只者じゃないとは思っていたけど――アイテムボックス持ちとは、恐れ入ったよ」
「あ、アイテムボックス……?」
「それに、精霊術師。悪いが、ここまでの貴重なスキル持ちを、見逃す訳にはいかないんだ」
「何言ってるか全然分からない……保護なんてごめんだし、逃げさせてもらうから」
適当に会話をしながら目的のスキルを見つけると、躊躇う事なく取得する。
予想外にダメージを稼げた分、大量に貰えたSP全ても注ぎ込んで――。
もう自分でもこの勢いは止められない!
「……女性や、子供を連れてかい?」
丁度よく僕を追い詰めるようなセリフが来たので、僕はその言葉に動揺したように、落ち着きなく足を動かしながらシノさんに小声で話しかける。
(シノさんシノさん、あいつら全員一直線に並べたいから、僕が合図したら後ろに逃げてもらっていい?)
(はぁ……そのどうなるか、まるで想像つかない頼みはなんなのよ……了解)
よし、これで仕込みは終わり。
そういえば今も配信見てるやつっているのかな――いるよね、あんな退屈なシーンにまでいたんだから。
人の生活を好き勝手見てくれて……心底うざいと思ってたけどこの際だ。
もうせっかくなら大注目を浴びて――幼馴染達にまで、この僕の姿を届けてやる!
「安心して欲しい、国は君たちに危害を加えるつもりは――っ!?」
「――逃げるよ!」
話の途中で悪いけど言う事は予想が付くし、さっさと始めさせてもらう。
「だ、だから逃げても無駄だと――――うおっ! な、何だこれはっ!? くそ、また土魔法か!」
僕が選んだスキルは『魔法陣』
この世界の魔法は念じる事で発動する通常起動と、魔法陣スキルで陣を描く事で威力や範囲が跳ね上がる、陣起動の二つがある。
これで僕は土を柔らかくする効果範囲を広げて、一番に追ってくる彼の足を沈めて動きを鈍くしておく。
入門魔法は魔法陣が単純で、僕なら会話中に足で描く事だって造作もない。
モタモタしているうちに、すぐに後ろへと駆けさせてもらう。
「――馬鹿な! 俺たちが毎日どれだけ訓練してると思っている!? 逃げ切れる訳がないだろう!?」
「つ、捕まえろおお! 精霊術師なんて、どれだけの金が貰えるか分かんねーぞ!?」
アレンさんの叫びに呼応するように、後ろにいた団員達も慌てて僕たちを捕まえるべく走り出す。
──だけどもう遅い。これだけ距離を取れば十分だ。
シノさん達にはそのまま距離を取ってもらって振り返り、魔力を纏わせた指で目の前に大きな魔法陣を描き始める。
『集中しろ』
心で唱えた瞬間――僕の世界から音が消え、色も消える。
目に映るのはアレンさんと後ろの騎士だけで、時間すら止まったように感じる。
なんだか……ここまで集中出来たのは久しぶりだな。
テンション上がり過ぎてこうなるってバカっぽくて嫌だけど――ふふっ、今回は凄いものが描けそうだ。
魔法陣は魔法を習得した時点で自動的に頭に入る。だから本来僕は土の陣しか持っていない。
だけど――僕だけはこの世界二周目というチートオブチート。前の周で紋様を記憶した魔法陣は全て使用可能――その中でもこの魔法陣は――
「――っ! 待て! みんな気を付けろ! あれは……ま、魔族の魔法陣!!」
──正解。勉強家だねぇ。でもちょっと言葉足らずかな。
「──あ、あのガキが魔族って!? ばかな事言ってんじゃねーっすよ!」
その証拠に団員達は急停止する者もいるが、殆どの人間がそのまま突貫してくる。
もうどうしようが関係ないけどね! 僕は構わず陣の完成を目指す。
「この紋様は……火……? 火の魔法陣!」
「っ!! 火って! おいおいマジかよ!?」
「総員防御姿勢!!」
おっとそれは――んー、不正解! ベースはそうだけど火じゃないんだよ。
あー、今の言葉を信じてみんな盾を構えちゃった。
使用者の指遣いをトレースしてパクったこれは――魔王を除いて魔族の頂点に君臨する、エレが何度挑んでも勝てなかった『赤髪の魔人』の切り札の魔法陣。
世界で唯一あいつを追い詰めた僕だけが知る魔法陣! 火なんて言葉じゃ、何もかもが足りないんだよぉ!!
「――そう、言うなればこれは……『インフェルノ』だっ!!」
完成した魔法陣から吹き出す猛火は視界一杯に広がって、耳が馬鹿になりそうな程の轟音を出して騎士達へと向かう。
「……う、嘘だよな」
「な、なんなんだよこれはあああ!?」
そんな声が途切れ途切れに聞こえてくるが、数秒で何が起こっているのかすらも分からなくなる。
──あはっ。
あはははっ! はははははは!! 何だこれ! カッコつけてインフェルノだなんて言ったけど、それでも言葉足らずじゃん!
最早これは太陽――凄いよ! 僕のMPがもの凄い勢いでマイナスになっていくもん! 次いつ魔法が使えるようになるかまるで想像がつかない!
熱風で空気が歪む、灰が舞う、鎧の金属が悲鳴を上げる。
そして一度は騒音と化した、20人もの騎士団員の叫び声も間も無く止んで、目の前には辺り一面を覆う真っ赤な景色だけが残る。
――うんうん、この魔法陣は僕の特技を惜しみなく使った超絶美麗版、あんな雑な奴とは違うんだよおおっ!
って、いけないいけない。二人はパーティを組んでるから平気な筈だけど――
「……ふ……ふふ、ふふふ――あは、あははははっ!」
うん良かった平気だね。
ちーちゃんを膝に抱えて座りながら元気に笑ってる。
「あーーはっはっ! あんたもう――馬鹿! 意味分からん過ぎて、逆に馬鹿なんだよそれはもうっ!」
『!? ――♪』
……そうだね。僕じゃなくて、リザにこんな魔法覚えさせた九條星羅がね。
まあシノさんがこんなに笑ってるの初めて見たし、涙ボロボロ流しながらだから何も言えないけどさ。
少し前からストレス続きだったもんね、どれも超特大の。本当にお疲れ様でした。
ちーちゃんもシノさんが元気になって嬉しいのか、綺麗な炎を前に「見て見てー!」とばかりに大はしゃぎ。それを見た僕もニッコリ。
後はアレンさんだけど……大丈夫だよね?
前の週でも僕を庇って、1発は耐えてくれたもんね。聖騎士の魔法耐性スキル、信じてるからね?
そして――ようやく炎が消え去った時、目の前には聖剣を杖に膝立ちの、予想を遥かに超えて満身創痍になっている――1人の男だけ。
「……ぐ、ぐぅっ……なんだ、な、なにが起こった……?」
おお……あ、あぶなぁぁ良かった。美しすぎた魔法陣のせいでダメージ計算めちゃくちゃ狂ってる!
一緒に巻き込んだ団員はプスプス音を立てて焼け焦げているのに、よくぞ生きててくれたよ。
アレンさんは目の前の団員だった物に気付くと、身体が震え、怯えたような目で僕を見つめる。
「……な、なんだこれは……こんな、こんなでたらめな魔法が……あってたまるか!! ば、化け物……!」
アレンさんは肩が震えて、剣は握り落して、呼吸は心配になるほど浅くなっている。
けどなんとか──話も出来そうで一安心。そう、僕は化け物。
本当はMPをマイナス4桁まで伸ばしたザ木っ端だけど、そんな素振りは一切見せないで――
「――さぁ、取り引きしよっか」
飛び切りの笑顔を浮かべて切り出した。




