17 精霊の王
「違うってちーちゃん! これは、こうした方が分かりやすくない?」
『!? ――♪』
村を出て、数時間程経っただろうか。
整備などされている筈のない、石ころだらけの道らしき道を歩いているが、後ろでは二人が元気いっぱいで手話の開発をしている。
最初は僕も混ざっていたけれど、二人の頭の回転に付いていけず早々に撤退する事となった。
撤退――しなきゃ良かったかもなぁ……
「待て、確かにそれは分かりやすいが、元々言葉を使える者がいないと伝わらないだろう?」
後ろから新しい声が聞こえる。
なんか知らない人がいつの間にか参加してるから……
どちら様か尋ねたら、物凄い威圧感で「失せろ人間」と一蹴されたので未だに誰か分からない。
それでいて全く不快な気分にならないから多分、僕にとって雲の上の存在なんだと思う。
黄金に赤が混じった、とんでもなく綺麗な長髪に、目は鋭くて大きな態度がとても良く似合う、カッコ良過ぎる女性。
まず歩いていない所が只者じゃない。
宙にふわりと浮いて、こんな軽い話題を高みから話してくるのに、凄くしっくり来てしまう。
ちーちゃんが懐いてるし、精霊のお偉いさんとかかな……?
「余が自ら出向いて教えていたら、種全体に広まるまで時間が掛かりすぎる。他の方法はないのか?」
「あー……手話については私もさっき初めて知ったばかりで……詳しくはあの人間が知ってます」
『――♪』
「――ほう?」
……見てる見てる怖い! ちーちゃんもおいでおいでしてるけど、行っていいの……?
余とか言ってて多分めちゃくちゃ偉い人だし……高校生礼儀作法とか知らないよ?
「人間、聞いていたな? 良い案はあるか?」
あ、ある訳なくない? 見てよ、僕一人話についていけなくて輪から外れてたじゃん!
あぁぁぁ、いや、ただシンプルでいいって事なら……。
「あの……そういう事であれば、右手で母音、左手で子音をそれぞれの指で対応させるのはどうでしょうか? あ、母音というのは――」
♢
「かああああ、くうううう。……本当だ。『ん』以外は伸ばすと最後にはその母音ってのになる。凄い……かも」
「い、いや僕もこれ教わっただけだからね? だからちーちゃんその尊敬の表情やめてね、本当に」
手話というよりこれは、指文字を何倍も劣化させたような物だし……。
「母音と子音――聞いた事はある。が、成程。人間は下らん事を考えるものだと思っていたが……
ふふ、ふふふ、ふははは! いいぞ! それならルールを教えるだけで済む。効率のいい言語にするのはその後でいい!」
あ、悪役笑いやめろおっ! 敵か? 思うだろ!!
精霊間で意思疎通取れるようになるとか、種族バランス壊してるような気がして怖いのに……流石にこの未完成さなら、役立てるのは難しいと思うけど。
「……だが待て。それでは不定形の者共はどうする? 国が不穏な動きを見せている今、王として、種全体の意思を統一せねばならんのだ」
分からない知らない……。
というか王って……これ絶対答えなきゃいけないやつ!
「おい、この者が見えるか?」
王様はそう言って自らの手のひらを上に向けて示してくるが、何を聞いているのかも分からない。シノさんに目を向けても首を振っている。
なんなんだろう――いや、少し光ってる?
「生まれたばかりだが、『光』の精霊だ。余をここに連れてきたのもこやつらだ。見てほしい物があるとでも言いたげにな」
「な、なるほど……」
へー、凄いな。九條星羅はなんでこんなの創っ……え? もしかして……その儚げ過ぎる光とも意思疎通を取れるようにしろって言ってる!?
「こやつらはこの世界の何処にでも遍在していてな。介せば、遥か彼方の者とも意思を通わせる事が叶うのだが――可能か?」
言ってた……無茶振りなんだよもう……えーと、えーと
「……よ、よくは知らないのですが、僕の地元にはモールス信号というものがありまして……」
♢
「――ふむ。短点を母音、長点を子音として、指に相当するものは光の強弱で表す、か――」
「は、はい、そんな感じで、へへっ」
あ、ああ……ごめんなさいモールスさん! 全く洗練されていない、伝達効率最悪の物をあなたの名前を付けて渡しちゃいました……!
そもそも作ったのってモールスさん? それすらも知らないのに!
『⭐︎――⭐︎ 〜〜〜♪♪』
「いやちーちゃん! 私たちはまず手話を作らないとでしょ!? というかそれすらしてる場合じゃ……」
「…………………………」
後ろの2人は新しい知識にキャッキャはしゃいでる。
こっちはこの王様に、凄い間を作られてドキドキが止まらないってのに……!
「――余にはない発想だった。これよりだいぶ詰めさせてはもらうが――まあいいだろう」
「!? こ、光栄です!」
「褒美を与える。何が欲しい」
ご褒美、いや流石に貰えない。
大元の知識すら僕のじゃないんだから――じゃない! 今そんな事言ってられないんだった!
だって――
「で、では、何か、この整備されていない道を歩くのに役立つような、靴のような物を頂けたりしないでしょうか……足が凄く痛くて……」
僕はもう……これ以上、歩けないんだから……。
「アンタ、これから騎士団長に戦いを挑むんじゃないの……? 凄い情けない事言ってるけど大丈夫なの?」
こんな田舎で育ってきた君らには分からない……現代人は、こんなデコボコな道を長時間歩けないんだよ……。
「――ふむ、では余の権能の一つをやろう。人間にとなると相当格は落ちるだろうが、その程度の望みであれば叶うだろうな」
そう言ってその白く透き通った指を伸ばし、僕の頭に触れると――
「っ!?」
僕の体が淡く発光する。
何これ! 体が光ってるのに感覚無くて怖い!!
「そして『知』と、その主。貴様らは何を望む」
僕に何かを渡し終わったのか、次はシノさん達に話しかけている。
……足の痛みは治っていない、靴はボロ靴のまま。
何が変わったのか? とメ二ューを開いてみるとスキル欄に「オートリカバリー(弱)」の文字。
ぱ、パッシブスキル!? こんなもの貰っていいの!?
……なんだか意識してみると、確かに……少しずつではあるけど体が癒されていく感覚が……ぁ、ああ、あああっ!!
――っじゃない! 配信されてるのにこんなに恍惚としちゃダメだろ!! 落ち着けぇ、これは僕だけのアドバンテージにするんだ。
だって僕が渡したのは知識の本当に触りの触りだけ、たまたまこの方の求めてた取っ掛かりと合致しただけだ。
ライバルだってこの世界の痛みには苦労する筈、出来ればそのまま苦しんでいてもらいたい。
――痛みのある世界を舐めていた。
コンクリートで道は整備され、いくら歩いても疲れない靴がごろごろあった時代に生きた僕が、散々イキっててほんと恥ずかしい。
こんなの想像を遥かに超えて欲しかったものだったけど、失礼のないレベルの喜びに抑えろ僕……!
「い、いや! 私は何もしていないですし、とんでもないです!」
幸い精霊王様はシノさんに話しかけていてこちらを見ていない。僕は小さく「ありがたき幸せ」と、喜びを抑えて跪く。
そしてちーちゃんは僕があげたリボンを何か強化してもらってる。なにそれ、凄く嬉しい……!!
「――その手話だが、これより洗練された物は、貴様たちが作るのであろう?」
「そ、それは! はい、えーと、そうなると思います。ちーちゃんと色々話したいですし」
『――◯♪』
「では完成後には使いを同行させる。見て覚えさせるつもりで構う必要はないが、その間そやつは好きに使うがいい」
「――え? ええっ!?」
「余の片腕だ。必ず役に立つだろう」
「あ、ありがとうございます!」
そしてシノさんにも、物凄いパワーアップフラグが立ってる。気前が良過ぎるよこのお方……
「さて余はそろそろ行くとする。すぐにでもこれを広めねばな。
ふっ、もし……もし近い未来、みなが言語を操れるようになれば……ふふっ」
こ、こっちに聞こえるか微妙な声量で、未来を語るのやめろお! 敵か? 思うだろ!!
「――――――」
「――ふ。どうやら『光』達も楽しみにしているようでな。精霊術師が願えばいつでも力を貸す、だそうだ」
「わ、私!? あ、ありがとう、よろしくね、えーと、みんな?」
光は何処にでも存在するからいつでも呼んでいいらしい。なんだか凄い展開……それに何処にでもって――
ああ、この世界電灯もないのに、夜が真っ暗闇にはならないのはこの子達のお陰かな?
何も見えない時間があるなんて、ゲームとしては欠陥だから――
無粋過ぎる……目の前で、二人が空に浮かぶ無数の『光』に向かって笑顔で挨拶している微笑ましい光景を見て、僕は考えるのをやめた。




