15 村の人々
二日目の朝。目覚めても未だにゲームの中にいる現実にガックリと肩を落とす。
だけど落ち込んでなんかいられない。今日は朝イチで出掛けて、なるべく万全の状態で騎士団を迎えたいんだから。
パンパンと頬を叩いて気合いを入れ直すと、昨日作った『やることリスト』を確認する。
スクリーンショット機能で暗闇を撮り、その上に落書き機能で書いた疑似メモ帳だ
『騎士団を追っ払う事(できれば団長を仲間に)』
『失敗したときは他国へ』
『成功したらインベントリで持ち運べる拠点の作成依頼』
『失敗したらお金稼ぎ』
『成功したら仲間集め』
……うん、まとめると大したことないように思えていいね。過程は大幅に省いているけど。
そうして目標を再確認し、出かける準備を終えた僕が外に出ると――
「あら、おはよう。見送りに来てくれたの? ありがとうね」
『――♪』
外では眩しい朝日と共に、大きな荷物を持って2人が待っていてくれた。
ちーちゃんは今日も元気いっぱい――だけどリボンは自分で結んだのかな、どうにもバランスが悪い。
全く……仕方ないなあ。今日はおしゃれさ重視で、頭頂に結び目を作ってみよう。
『――!? ――⭐︎⭐︎』
パパっと結びなおしてあげると、目を輝かせながら『ほほー』と感心した表情でお辞儀をくれる。こちらこそ元気をありがとう。
反対にシノさんは昨日から無言ですっごい気まずい……失敗した時は僕が責任取ると言っても、普通信用なんて出来ないもんな。
「…………」
だからと言って、シノさんは代案を出せないから何も言えないのだろう。視線をそらしている。
ストレスかけて申し訳ないけど、僕もここは譲れない。
「……私達も、途中まで一緒に行くから」
「――え?」
予想外の提案に、思わず間抜けな声が出た。
「いやダメでしょ……途中までって、魔物が存在する世界で帰りはどうすんの。見張りたくなる気持ちはわかるけどさぁ」
「あのさぁ! まだこっちは全然話についていけてないんだって!
それにこう見えて料理や、針仕事なんかは誰にも負ける気ないから。ちーちゃんと遊ぶ為に家事の終わらせ方は2人でずっと研究してたんだから、迷惑は掛けないつもり」
そう言ってシノさんは持ってきていた荷物を叩く。
裁縫道具かなんかかな。ど、どうしよう、物凄く助かるけど、流石に断らなきゃダメだよな……。
「あのね、だからそういう問題じゃ──」
「あとはまあ、おかげ様で? 私も結構レベルアップしてるし、ここらの魔物になんかやられないから」
「……荷物……持たせて下さい。お世話になります」
でもこれは、助かりすぎて断れない……!
シノさんがどういうつもりか知らないけど、寮生活で学食一本で生活してきた僕は前回、適当に生えてる草で空腹ゲージを凌いできたんだから……!
「あー、うん、よろしく──そっか、なんでも出来る訳じゃないんだね。そこは少し安心した」
「……今はレベルが上がりやすいから出来る事多いってだけで、これからは嫌って程安心出来ると思うよ……」
こんなに甘えていいのかな……なんて、内心不安な思いを抱えながらも、2人とも準備は済ませてくれたみたいだし早速出発する。
そして3人で村へと続く道を歩いていると――
「……今度はなに」
少し先に見える人影は、この村の人達のようだ。
比較的豪華な服を着た40、50くらいの男女と、20歳くらいの青年3人が遠巻きからこちらを警戒するように見ている。
「お父さん……?」
後ろでシノさんの呟く声が聞こえた。と同時にちーちゃんには隠れるよう小声で指示を出している。
お父さん……ああ、村長さんか、シノさんを脅迫してるっていう。本当かどうかはさておき、敵対は避けた方が良さそうだな。
「ん! んん! あのー――」
「シノ!! こちらにいらした騎士様が、もう帰ったとはどういう事だ!?」
娘さんを預かるから挨拶でもと声を掛けるが、こっちを見もしないで村長は怒鳴り声をあげる。
「な、なんでそんな嘘吐くんだよ! 騎士様は、この村に滞在されるって言っていたぞ!? それに、蔵の食料をいつでも出せるようにしておけとも……」
後ろの青年の1人も、こちらに近づいてきてシノさんを問い詰め始める。
あの騎士余計な事を……何これ、また一から説明するの? 絶対面倒なことになりそう。
どうしようと、シノさんへと目を向けると――
「あのさぁ、今まで娘のピンチを放ってた癖に、騎士がいなくなったと聞いて急に偉そうにするのはどうなの?」
「――ぐ! で、でたらめを言うんじゃない! 私は準備を万全にしてから、騎士様をお迎えしようとしただけで――」
「はいはい。というか騎士様があんたらに何言ったか知らないけど、帰ったんだから仕方ないでしょ?」
このふてぶてしい態度で迎撃してくれる。
凄い、証拠はなくなったと聞いてすぐ、ここまで強く出れるもん? なんて面の皮の厚さだ……。
「ふ、ふざけるな!! これは――村の存続に関わる重大な問題だという事も、お前には分からんのか!?」
「はぁぁぁ、そんなに疑うなら見てくればいいじゃん。もう帰ったってのに、さっきからビクビク警戒しちゃって。見ていて恥ずかしいんだよ」
「――っ! どけっ!」
あからさまな挑発に、村長は顔を真っ赤にしてシノさんを乱暴にどけて道を進む。
いや……確かに僕は証拠なんて残してないけど――
「…………な、なんだこれは!? こ、ここで爆発でも起きたかのように……なんだ、これは一体どういう事だ!?」
視線の先には、更地になった地面と抉れた土。そして辺り一面に散らばる家の残骸を見て、村長が絶句している。
だよね……何も考えずにその辺に色々捨てまくったし、不自然過ぎるって。
どういう事って、あー、理由、理由は――
「なんか壊れてました」
「……ふ、ふざけるな!? 一昨日にシノの事で会った時には何ともなかった筈だろう!?」
「だったら何?」
「っ!?」
不法投棄は――本当にすみません。
でも僕はあの騎士を対処したんだからの精神で開き直る。
この状況を推理なんて不可能なんだし、堂々としていればマウントは取られない。
まあ、精神的に負けていないだけで何の解決にもなっていないんだけど、弱みを見せたら駄目な人みたいだし。
「お、おい、村長がそいつと会ってたって、どういう事だよ? シノの事って、なんなんだよ?」
先ほどとは違う青年が、村長に恐る恐る問いかけている。
なんだよ、僕が誰と会ったっていいだろ。僕の彼氏か? 村長も僕と同じような顔で問い返している。
「――俺は! おかしいと思ってたんだ! 昨日になって突然シノがこいつの所に嫁ぐとか――」
あー、さっきシノさんが言ってたやつ――「ねえちょっと……」って、何、どうしたの?
なんだなんだケンカか? と見ていると、シノさんが焦ったように僕の服を引っ張る。
「悪いんだけど、今裏の森にちーちゃん隠れてるから――一旦どこか遠くに連れてってもらえない?」
「? まあ、いいけど」
「――急いで!」
僕達が小さく会話している間も、村人達は村長に対して、シノさんを売ったんじゃないかと問い詰めている。
その隙に、よく分からないけど言われるままちーちゃんのもとへ向かおうとしたところで――気付いた。
「――ええい、うるさいうるさい!! お前らは、こいつがしでかした事を知らんのだ! いいか? シノはこの村を裏切――ぐっ!!」
村長は保身の為か、詰められるとあっさり2人を切り捨てようとしている事に。
近くにいた僕は咄嗟に村長の口を塞いで黙らせたが――
「――そ、そうよ! 私が苦労して産んだ、せっかくの精霊術師なのよ!? なのにこの子は村に何の役にも立たない無能な精霊と、勝手に契約なんかしてっ!!」
離れた場所に立っていた村長の奥さんらしき女性が、ヒステリックな大声でぶちまけてしまった。
こういう事か……ちーちゃん、近くに隠れているなら、聞こえてるよね、今の。
あーあ、シノさんの言う通りだった。自分達が追い詰められたら間違いなく、両親は2人を売るって。
「せ、精霊術師……? シノが……? 嘘だろ」
「いや、で、でもさ、それがもし本当だったら……これからは魔物なんかも狩り放題なんじゃないか!?」
「馬鹿か、国に連れてかれるに決まってんだろ! でもその代わり、報奨金はたんまりって話……なんだけど……」
「そうだよ……シノは、さっき無能の精霊と契約しちゃったって……」
契約破棄のスキルの事は誰も知らないのだろう。
周りは今の言葉を理解し始めると同時に、若い青年達は途端にざわつき始める。
それだけ昔の人は苦労してるって事なのかな、正直こういう汚い感情を目の前で見るのはきっつい……
「――ユウ、あんたはちーちゃんの凄さは分かってるよね?」
「え? それはまあ。なんならシノさんより分かってるまであるよ」
意外にも冷静なシノさんにそう問いかけられる。
こっちは既にちーちゃんの知識に頼りっぱなしなんだが? それに僕は今より未来の人間なんだし、色々思い付きもする。
「そんな訳! いや……いい、じゃあさ、ここはいいからユウはちーちゃんを迎えに行ってあげられない?」
「……大丈夫なの? なんかあっち、シノさんに敵意を向け始めてる人もいるんだけど」
「いいから。――あのさ、ちーちゃんは最初、私が契約をお願いしても、自分は無力だからって断ってたんだ」
あー、ちーちゃん単体だと知識って中々活かせないかもねぇ……
「だから、ユウにはあの子の魅力を余す事なく語ってあげて欲しいんだよ。私が言っても、昔私を助けた恩で言ってるだけだと思っちゃうから」
活かす環境がないとそうなっちゃうか。
了解。僕はそう返事をしてすぐに向かおうとすると――
「おい待て! こっちはお前に言っておく事があるんだ。勝手に動くんじゃない!」
「――へ?」
なぜか村長に呼び止められる。
あれ、シノさんに聞いた限りじゃ、僕とは円満に話は済んだみたいなのに。なんで怒ってんだろ?
「ふぅ、そこで驚くか。本当にどうしようもないなお前は」
――む。シノさんとドヤ顔似てて腹立つ。
「一昨日ワシが求めた情報を、お前はシノが貰えるならとあっさり渡したが――馬鹿が、渡していい情報と悪い情報の、区別もつかんのか?」
もう昨日以前の僕の話はやめてくれない……? 別人なんだってその人!
「最弱職『村人』でもレベルを上げる方法。素晴らしかったぞ。お陰で昨日は徹夜だったがな、レベル4まで伸ばす事が出来た」
ああ、見返りってそういう……。
村の外れの戦闘チュートリアル広場かな? 主人公なら知っててもおかしくないけど……教えちゃうんだ、以前の僕……。
「それは凄いですね」
本当に。完璧にしてやられてる。流石シノさんのお父さん、しっかりと盤面をひっくり返してる。
「──分かってないのか? これはつまり、お前との取り引きなんぞ、もう守る必要などないという事だ!!」
勝ち誇った村長の高笑い。でもそれは騎士を倒してなかったらの話だからね?
あ、いや、僕は今レベル10だから問題ないけど、シノさんは――大丈夫そうだ。こっちに向かって「早く行け」と手を振ってくれてる。
はいはい、じゃあ後はよろしく。
僕は背中越しに聞こえる村長の怒鳴り声を無視して、1人裏の森へと向かった。




