第九話
迎えたクラスマッチ当日。体育館は、各クラスのカラフルなハチマキと、尋常じゃない熱気に包まれていた。
女子たちの本気のぶつかり合いは、正直、元の世界の男子の試合よりも迫力があるかもしれない。
「陽太くん、タオル!」
「橘、作戦盤持ってきて!」
俺はマネージャーとして、コートサイドを走り回る。美月との秘密の特訓の甲斐あって、俺たちのクラスは快進撃を続けていた。
美月のシュートは面白いように決まり、クラスメイトたちもその活躍に引っ張られるように最高のパフォーマンスを発揮している。
「美月と陽太くんのコンビ、最強じゃん!」
「もうあんたたち、付き合っちゃえよー!」
そんなクラスメイトたちの冷やかしに、俺は「馬鹿言え!」と返し、美月は「もう! からかわないで!」と顔を赤くして否定する。そんなやり取りも、もはや日常になっていた。他の女子たちも、俺と美月の特別な関係を、なんとなく察しているような雰囲気だ。
そして、俺たちのクラスは、ついに決勝戦へと駒を進めた。
相手は優勝候補筆頭の3組。序盤から一進一退の攻防が続き、体育館のボルテージは最高潮に達している。
試合終了まで、残り1分を切った。
1点ビハインドの絶体絶命の状況。
体育館中の視線がコートに注がれる中、美月が相手のファウルを誘い、フリースローを得た。
これが入れば同点、そして逆転の可能性もある、まさに天王山。
フリースローラインに立つ美月に、体育館の静寂が、重くのしかかる。
俺はベンチから固唾をのんで見守っていたが、美月の様子が明らかにおかしいことに気づいた。肩で大きく息をしていて、顔が真っ青だ。ボールを持つ手が、小さく震えている。極度のプレッシャーに、押しつぶされそうになっているのだ。
「――タイムアウト!」
俺は、気づいたら叫んでいた。
審判の笛が鳴り響き、驚く顧問とクラスメイトを尻目に、俺はタオルとドリンクを持ってコートのライン際まで駆け寄った。
「天野、これ飲んで落ち着け。顔、真っ青だぞ」
俺が差し出したドリンクを、彼女は震える手で受け取る。その瞳は、不安で揺れていた。
「……無理かも。手が、言うこと聞かなくて……」
弱々しい声。いつもの完璧な委員長の姿からは、想像もつかない。
俺は周りに聞こえないように、声を潜めて言った。
「あの日の放課後、体育館で何て言ったか覚えてるか? 俺が、見てるって言っただろ」
俺の言葉に、彼女の瞳が、わずかに揺れる。
「あんたのシュートフォームは、俺が保証する。誰よりも綺麗で、正確だ。だから、何も考えんな。観客も、点差も、全部忘れろ。いつもの練習通り、ただ腕を振るだけだ。大丈夫。俺が、ちゃんと見てるから」
まっすぐに、彼女の瞳を見つめて言う。
二人だけの、秘密の練習。その記憶が、彼女の強張った心を少しずつ解かしていく。
俺の言葉に、美月はこくりと小さく頷くと、深く、息を吸った。その瞳には、もう迷いはなかった。
試合再開のブザーが鳴る。
美月が放った一本目のシュートは、綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれた。同点。
続く二本目も、迷いなく放たれる。ボールは再び、ザシュッと心地よい音を立ててネットを揺らし、逆転。
俺たちのクラスのベンチが、爆発的な歓声に包まれた。
だが、試合はまだ終わらない。
相手チームの猛攻が始まる。鬼気迫る表情でゴールに迫り、残り10秒、ついに同点に追いつかれてしまった。
そして、試合終了間際。3組のエースが放ったシュートが、ブザーと同時にリングに吸い込まれ――ようとした、その時。
「きゃっ……!」
ブロックに跳んだ俺たちのクラスの選手と空中で激しく接触し、相手のエースが大きくバランスを崩した。
ボールはリングに弾かれ、試合終了のブザーが鳴り響く。
同点。試合は延長戦にもつれ込むことになった。
だが、そんなこと、誰も気にしていられなかった。
バランスを崩した相手選手が、もつれるようにしてコートサイドへと倒れ込んできたのだ。
その先には――ベンチのすぐ前で立ち上がっていた、俺がいた。
「うおっ!?」
咄嗟に身構える暇もなかった。
猛烈な勢いでぶつかってきた彼女を受け止めきれず、俺は後ろにあった得点掲示板の支柱に、後頭部を強く打ち付けた。
ガンッ、と鈍い音がして、目の前が真っ白になる。
「……陽太くんっ!!」
誰かの、悲鳴のような声が聞こえた。
美月の声だ、となぜか冷静に思った。
視界が、ぐにゃりと歪む。
床に倒れ込んだ俺の周りに、クラスメイトたちが駆け寄ってくる気配。
体育館の喧騒が、まるで水の中にいるみたいに、遠く、くぐもって聞こえる。
(やべえ……、結構、強く、打った、かも……)
大丈夫か、と誰かが俺の肩を揺さぶる。
でも、もう、うまく声が出せない。
指一本、動かせない。
薄れゆく意識の中、最後に聞こえたのは、俺の名前を必死に呼ぶ、泣きそうな声だった。
「陽太くん! 陽太くん……!しっかりして……!」
ああ、委員長が、泣いてる。
そんな心配そうな顔、させたくなかったんだけどな。
そんなことを考えながら、俺の意識は、ぷつりと、深い闇の中へ落ちていった。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
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スポーツは怖いですね。次回は今日の20時ごろに更新します。
あと、新作の「口だけ賢者」のほのぼの辺境開拓記を書き始めたので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。作者マイページから飛べると思います!お楽しみに!




