表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/16

第九話

迎えたクラスマッチ当日。体育館は、各クラスのカラフルなハチマキと、尋常じゃない熱気に包まれていた。

女子たちの本気のぶつかり合いは、正直、元の世界の男子の試合よりも迫力があるかもしれない。


「陽太くん、タオル!」

「橘、作戦盤持ってきて!」


俺はマネージャーとして、コートサイドを走り回る。美月との秘密の特訓の甲斐あって、俺たちのクラスは快進撃を続けていた。

美月のシュートは面白いように決まり、クラスメイトたちもその活躍に引っ張られるように最高のパフォーマンスを発揮している。


「美月と陽太くんのコンビ、最強じゃん!」

「もうあんたたち、付き合っちゃえよー!」


そんなクラスメイトたちの冷やかしに、俺は「馬鹿言え!」と返し、美月は「もう! からかわないで!」と顔を赤くして否定する。そんなやり取りも、もはや日常になっていた。他の女子たちも、俺と美月の特別な関係を、なんとなく察しているような雰囲気だ。


そして、俺たちのクラスは、ついに決勝戦へと駒を進めた。

相手は優勝候補筆頭の3組。序盤から一進一退の攻防が続き、体育館のボルテージは最高潮に達している。


試合終了まで、残り1分を切った。

1点ビハインドの絶体絶命の状況。

体育館中の視線がコートに注がれる中、美月が相手のファウルを誘い、フリースローを得た。

これが入れば同点、そして逆転の可能性もある、まさに天王山。


フリースローラインに立つ美月に、体育館の静寂が、重くのしかかる。

俺はベンチから固唾をのんで見守っていたが、美月の様子が明らかにおかしいことに気づいた。肩で大きく息をしていて、顔が真っ青だ。ボールを持つ手が、小さく震えている。極度のプレッシャーに、押しつぶされそうになっているのだ。


「――タイムアウト!」


俺は、気づいたら叫んでいた。

審判の笛が鳴り響き、驚く顧問とクラスメイトを尻目に、俺はタオルとドリンクを持ってコートのライン際まで駆け寄った。


「天野、これ飲んで落ち着け。顔、真っ青だぞ」


俺が差し出したドリンクを、彼女は震える手で受け取る。その瞳は、不安で揺れていた。


「……無理かも。手が、言うこと聞かなくて……」


弱々しい声。いつもの完璧な委員長の姿からは、想像もつかない。

俺は周りに聞こえないように、声を潜めて言った。


「あの日の放課後、体育館で何て言ったか覚えてるか? 俺が、見てるって言っただろ」


俺の言葉に、彼女の瞳が、わずかに揺れる。


「あんたのシュートフォームは、俺が保証する。誰よりも綺麗で、正確だ。だから、何も考えんな。観客も、点差も、全部忘れろ。いつもの練習通り、ただ腕を振るだけだ。大丈夫。俺が、ちゃんと見てるから」


まっすぐに、彼女の瞳を見つめて言う。

二人だけの、秘密の練習。その記憶が、彼女の強張った心を少しずつ解かしていく。

俺の言葉に、美月はこくりと小さく頷くと、深く、息を吸った。その瞳には、もう迷いはなかった。


試合再開のブザーが鳴る。

美月が放った一本目のシュートは、綺麗な放物線を描いてゴールに吸い込まれた。同点。

続く二本目も、迷いなく放たれる。ボールは再び、ザシュッと心地よい音を立ててネットを揺らし、逆転。

俺たちのクラスのベンチが、爆発的な歓声に包まれた。


だが、試合はまだ終わらない。

相手チームの猛攻が始まる。鬼気迫る表情でゴールに迫り、残り10秒、ついに同点に追いつかれてしまった。

そして、試合終了間際。3組のエースが放ったシュートが、ブザーと同時にリングに吸い込まれ――ようとした、その時。


「きゃっ……!」


ブロックに跳んだ俺たちのクラスの選手と空中で激しく接触し、相手のエースが大きくバランスを崩した。

ボールはリングに弾かれ、試合終了のブザーが鳴り響く。

同点。試合は延長戦にもつれ込むことになった。


だが、そんなこと、誰も気にしていられなかった。

バランスを崩した相手選手が、もつれるようにしてコートサイドへと倒れ込んできたのだ。

その先には――ベンチのすぐ前で立ち上がっていた、俺がいた。


「うおっ!?」


咄嗟に身構える暇もなかった。

猛烈な勢いでぶつかってきた彼女を受け止めきれず、俺は後ろにあった得点掲示板の支柱に、後頭部を強く打ち付けた。


ガンッ、と鈍い音がして、目の前が真っ白になる。


「……陽太くんっ!!」


誰かの、悲鳴のような声が聞こえた。

美月の声だ、となぜか冷静に思った。


視界が、ぐにゃりと歪む。

床に倒れ込んだ俺の周りに、クラスメイトたちが駆け寄ってくる気配。

体育館の喧騒が、まるで水の中にいるみたいに、遠く、くぐもって聞こえる。


(やべえ……、結構、強く、打った、かも……)


大丈夫か、と誰かが俺の肩を揺さぶる。

でも、もう、うまく声が出せない。

指一本、動かせない。


薄れゆく意識の中、最後に聞こえたのは、俺の名前を必死に呼ぶ、泣きそうな声だった。


「陽太くん! 陽太くん……!しっかりして……!」


ああ、委員長が、泣いてる。

そんな心配そうな顔、させたくなかったんだけどな。


そんなことを考えながら、俺の意識は、ぷつりと、深い闇の中へ落ちていった。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白いな」「続きが気になるな」と思っていただけたら、ぜひ下の評価ボタン(★★★★★)をポチッと押して応援していただけると、作者がめちゃくちゃ喜びます。


スポーツは怖いですね。次回は今日の20時ごろに更新します。

あと、新作の「口だけ賢者」のほのぼの辺境開拓記を書き始めたので、興味を持った方はぜひ読んでみてください。作者マイページから飛べると思います!お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ