第六話
「数字」が、すべてだった。
チャンネル登録者数、同時接続数、スーパーチャットの金額。
きらびやかな世界の裏側で、私はいつも、無機質な数字の羅列に心をすり減らしていた。
『最近の道雪しらべ、ちょっとマンネリじゃね?』
『数字、落ちてきてるしオワコンか』
心無いコメントが、ナイフみたいに突き刺さる。
好きで始めたはずのVTuber活動が、いつの間にか私を縛り付ける呪いになっていた。
「はあ……」
配信を終え、がらんとした部屋で一人、私は深いため息をついた。
もう、何も考えたくない。逃げ出したい。
そんな思いで、私はほとんど衝動的に、PCに一本のMMORPGをインストールした。
昔、少しだけ遊んだことのある、懐かしいゲーム。
ここなら、「道雪しらべ」じゃない、「私」でいられるかもしれない。
銀髪のヒーラー、『Yuki』。
それが、私の新しい名前。
始めたばかりの頃、私は操作もおぼつかないまま、一人で初心者用の森をさまよっていた。
その時だった。地面が大きく揺れ、突如としてフィールドボスが出現したのだ。推奨レベルを遥かに超えた、巨大なモンスター。周りにいたプレイヤーたちは、悲鳴のようなチャットを残して一斉に逃げ出していく。
(う、動けない……!)
あまりの恐怖に、私の指はキーボードの上で固まってしまった。
絶望的な状況。為すすべもなく死を覚悟した私の前に、一人のタンク職プレイヤーが立ちはだかった。
『回復よろしく』
簡潔な、でも諦めていないことが伝わってくるその言葉に、私ははっと我に返る。
夢中で回復魔法のキーを叩いた。彼はずっと、私の前でボロボロになりながら盾を構え続けてくれた。
結局、私たちは駆けつけてくれた高レベルプレイヤーたちに助けられたけど。
『大丈夫だったか?』
全てが終わった後、彼が私にかけてくれた最初の言葉は、とてもシンプルだった。
『ありがとうございます……!あの、私のせいで……』
『いや、気にすんなって。なんか、ほっとけなかっただけだから。俺も死ぬかと思ったけど、まあ、助かってよかったわ』
その、あまりにも真っ直гуな優しさが、乾ききった私の心に、じんわりと染み込んでいくのを感じた。
『俺、Hiyota。よかったら、フレンドにならないか? またどっかで会ったら、よろしくな』
それが、Hiyotaさんとの出会いだった。
それから私たちは自然と二人で遊ぶようになり、彼の存在は、いつしか私の唯一の癒やしになっていた。
ある日、私はとあるクエストで行き詰まっていた。
特定のモンスターがごく稀にドロップするという、小さな花のアイテムが、どうしても必要だったのだ。
でも、一時間狩り続けても、二時間狩り続けても、その花は一向に手に入らない。
『はあ……もう、無理かも……』
思わず、クランチャットで弱音を吐いた。
別に、慰めてほしいわけじゃない。ただ、誰かに聞いてほしかっただけ。
きっと、彼も「大変だね」とだけ返すだろう。そう、思っていた。
『マジ? じゃあ俺もそっち行くわ。二人でやった方が早いだろ』
え、と思った瞬間にはもう、ミニマップに彼のアイコンが表示されていた。
『Hiyotaさん!? いいですよ、悪いから……!』
『暇だし、こういう単純作業、結構好きなんだよ。気にすんなって』
彼はそう言うと、私の隣で、当たり前のようにモンスターを狩り始めた。
何のてらいもない、その優しさ。
VTuberの「道雪しらべ」じゃない、ただの「Yuki」として、誰かとこんなに長い時間を過ごすのは、いつぶりだろう。
そして、深夜を回った頃。
『――あ、出た』
彼の短いチャット。トレードウィンドウが開かれ、そこには、私がずっと探していた、小さな花のアイテムが表示されていた。
『やったな!』
彼は、まるで自分のことのように、喜ぶスタンプを連打してくれた。
『ありがとうございます……! 本当に、ありがとうございます……!』
『いいってことよ。仲間だろ?』
――どくん、と心臓が大きく跳ねた。
仲間。
そうだ。私たちは、仲間なんだ。
数字で繋がっているわけじゃない。利害関係もない。ただ、一緒にいてくれる、大切な仲間。
その日を境に、私の世界はHiyotaさんを中心に回り始めた。
ログインすると、まずHiyotaさんを探すのが日課になった。
彼がいないと、ダンジョンに行く気になれない。
彼が他のプレイヤーと話していると、胸の奥が、ちりちりと痛んだ。
『Yukiと二人でやるのが一番楽しいのは当たり前じゃん!』
彼がそう言ってくれた日。
私の灰色だった世界は、鮮やかに色づいた。
ああ、この人は、私だけのヒーローなんだと。
だから、この世界は、私とHiyotaさんだけのものじゃなきゃ、ダメなんだ。
配信用のマイクのスイッチを切ると、モニターには過去最高の同時接続数が表示されていた。マネージャーからの絶賛のメッセージ通知も鳴り止まない。
今日の配信も、大成功。数字の上では、私は順風満帆な人気VTuberだ。
でも、そんな数字なんて、どうでもいい。
私はそっと、もう一つのウィンドウを開く。
そこに並ぶ、Hiyotaさんとのチャットログ。
彼の優しい言葉の一つ一つが、すり減った私の心を、温かく満たしていく。
「……Hiyotaさん」
私の居場所は、もう、ここしかない。
彼の隣以外、どこにもないのだから。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
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次は20時頃更新です。お楽しみに!夢のブックマーク100まで頑張ります!