第四話
「部活、何にする?」
教室のあちこちで聞こえてくるそんな会話に、私は小さくため息をついた。
この高校に入学して、私がずっと夢だった『文芸部』を新しく作った。
壁一面の本棚に囲まれて、静かに物語の世界に浸る……そんな穏やかな場所が欲しかったから。
でも、現実は甘くない。
新入部員募集のポスターを貼っても、足を止める人はほとんどいない。たまに興味を示すのは、「女子しかいないんでしょ?」みたいな下心丸出しの男子ばかり。
数が少ないからって自分が選ぶ側だと思い込んでる男子も、女子に媚びてくる男子も、どっちも大嫌い。
だから、部員が私一人でも、まあいっか、なんて思い始めていた。
そして今日が、部活設立の最終締め切り日。
結局、入部届を出したのは私だけ。これじゃあ正式な「部」としては認められず、「同好会」扱いになってしまう。
(まあ、いいか。一人でのんびり本が読めるなら、その方が……)
そう自分に言い聞かせながら、放課後の部室で一人、本を読んでいた。
その、静寂を破るように、コンコン、とドアがノックされた。
「あのー、失礼します」
そこに立っていたのは、クラスメイトの橘陽太くんだった。
「え、橘くん? どうしたの?」
「いや、先生に部活どれか入れって言われちゃってさ。なんかこう、運動部とかは柄じゃないし、静かなとこないかなーって探してたら、このポスター見つけて」
彼は、私が作った拙いポスターを指差して、少し気まずそうに頭をかいた。
下心とか、そういう感じは一切しない。ただ、本当に困ってここに来た、という顔だ。
「……ごめんね。実はこの部、今日で同好会に格下げになっちゃうんだ。部員、私一人しか集まらなくて」
期待させてしまったら申し訳ない。そう思って正直に言うと、彼は「え、そうなの?」と驚いた顔をした。
きっと、「じゃあ意味ないや」って帰ってしまうだろう。
ところが、彼は次の瞬間、意外な言葉を口にした。
「同好会? へえ、そっちの方がむしろいいかも」
「……え?」
「だって、正式な部活って、なんか活動報告とか色々面倒くさそうじゃん。同好会なら、もっと気楽に本読めるだろ? それに、正直言って、俺、大人数って苦手だからさ」
――どくん、と心臓が大きく跳ねた。
面倒くさそう? 気楽な方がいい?
他の男子みたいに「女子がいっぱいいる部活がいい」とか、そういうことを一切言わない。
ただ、自分のペースで、静かに過ごせる場所が欲しい。
それだけ?
彼のその、あまりにも「普通」な感覚が、私にとっては、とてつもなく新鮮で、衝撃的だった。
「……橘くんって、変わってるね」
思わず口から漏れた言葉に、彼は「そうか?」と首を傾げた。
「別に普通だと思うけどな。じゃ、そういうわけで、俺もここ入れてくんない? 部長」
――ああ、もう、ダメだ。
何のてらいもなく向けられる、その人の好い笑顔。
冗談めかして呼ばれた、「部長」という響き。
私の心の壁が、ガラガラと音を立てて崩れていく。
この人となら、私が夢見た、穏やかで楽しい部室が作れるかもしれない。
「……うん!」
私は、今までで一番の笑顔で頷いた。
「よろしくね、橘くん! 私たちの、二人だけの文芸同好会へようこそ!」
顔が、熱い。心臓が、痛いくらいにドキドキしてる。
でも、そんなこと、どうでもいい。
部員が集まらなくてよかった、なんて、心の底から思った。
だって、この静かな部室は、今日から、私と彼の「特別」な場所になったのだから。
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