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第十六話

あれから、Hiyotaさんとの「片耳ボイスチャット」は、二人だけの秘密の日課になった。

私が彼の声を聞くだけの、一方的な時間。でも、その時間が、今の私にとっては、何よりも大切な心の支えだった。


彼の声を聞いていると、不思議と、あれだけ重かったプレッシャーが少しだけ軽くなる。

「道雪しらべ」としての自信が、ほんの少しだけ、湧いてくる。

おかげで、難航していた大型コラボの準備も、少しずつ前に進み始めていた。


そして、ついに、コラボ配信の前日。

いつものようにゲームにログインすると、丘の上で彼が待っていてくれた。


『よっ、Yuki。明日のプレゼン、頑張れよ』

彼はもうすっかり慣れた様子で、ボイスチャットを繋いでくれる。


『あんたのこと、まだ声も聞いたことねえし、顔も名前も知らねえけどさ』


彼の少し照れたような、でも真っ直ぐな声が、ヘッドセットから聞こえてくる。


『なんか、すげえ頑張ってるやつだってことだけは、なんとなく分かるから。だから、まあ、なんだ。……俺、応援してるぜ』


その、あまりにも不器用で、でも心の底から出てきたであろうエールに、私の胸はいっぱいになった。

涙で滲む視界で、私はチャットを打つ。


『……ありがとうございます』


大丈夫。

彼が応援してくれるなら、私は、きっと大丈夫だ。


コラボ配信当日。

最新鋭の機材が並ぶ、事務所の配信スタジオ。いつもよりずっと多くのスタッフが行き交い、独特の緊張感が漂っている。

今日の私の衣装は、この日のために作られた特別製。モーションキャプチャーのセンサーが取り付けられたスーツの上から、フリルとリボンがふんだんにあしらわれた、お姫様みたいなドレスを着せてもらう。


「しらべちゃん、準備OK?」

今日のコラボ相手は、私がデビュー前からずっと憧れていた、事務所の大先輩『月詠ルナ』さん。彼女の優雅な微笑みに、私の心臓はさらに速く脈打った。


モニターには、配信開始を待つ視聴者の数が、リアルタイムで表示されている。30万、40万……その数字は、今もなお恐ろしい勢いで増え続けていた。

コメント欄には、『ルナ先輩とのコラボ、楽しみすぎる!』『しらべ、先輩の足を引っ張るなよ』といった期待と不安の声が入り混じっている。


(……落ち着いて、私。いつも通りやればいい)


心の中で、何度も自分に言い聞かせる。

でも、コメント欄に流れるアンチコメントが、どうしても目に入ってしまう。


『しらべ、ガチガチじゃんw』

『やっぱ、この大役は無理だったか』


ああ、ダメだ。頭が真っ白になる。手足の感覚がなくなっていく。足がすくむ。台本の一行目が、思い出せない。声が、喉に張り付いて、出てこない。

私が黙り込んでしまったことで、オンエア開始直前のスタジオの空気が、一瞬にして凍りついた。

ルナ先輩が、心配そうにこちらを見ている。

マネージャーが、頭を抱えているのがガラスの向こうに見えた。


(どうしよう、どうしよう……!)


パニックになりかけた、その時。

ふと、私の脳裏に、昨日の彼の声が蘇った。


『俺、応援してるぜ』


――そうだ。

Hiyotaさんが、見ててくれる。

ううん、この配信を見ているかは分からないけど、でも、遠いどこかで、応援してくれてる。

私だけのヒーローが。


その事実が、暗闇の中で見つけた、たった一つの光になった。


「――ごめんなさい! ちょっと、お姫様になる準備運動してました!」


気づいたら、私はマイクに向かって、そう叫んでいた。

そして、カメラに向かって、満面の笑みを浮かべる。


「でも、もう大丈夫です! 私の、全力、見せてあげますっ!」


吹っ切れた。

そこからの私は、自分でも驚くほどのパフォーマンスを発揮できたと思う。

ルナ先輩からのアドリブ混じりの無茶振りにも、とっさに気の利いたジョークで切り返し、スタジオは爆笑に包まれた。コメント欄が『しらべ、覚醒したなw』『今の切り返し天才かよ』という賞賛で埋まっていく。

リスナー参加型のゲーム企画では、緊張していたのが嘘のようにリラックスしてプレイし、奇跡的なスーパープレイを連発。ルナ先輩と息の合った連携を見せつけ、コメント欄の一体感は最高潮に達した。


そして、クライマックスのデュエット曲。

イントロが流れ始めた瞬間、私は目を閉じて、たった一人を思い浮かべた。

歌い出しのソロパート。今までの練習で一度も出せなかった高音が、どこまでも伸びやかに、綺麗に出すことができた。ただ声が出ただけじゃない。歌詞の一言一句に、彼への「ありがとう」の気持ちを乗せた。


私の歌声は、スタジオの空気を震わせ、何十万のリスナーの心を、きっと掴んだはずだ。


配信が終わる頃には、コメント欄は私への賞賛の嵐で埋め尽くされていた。


アンチコメントなんて、もう、どこにも見当たらなかった。




夜、自室のベッドで寝転がりながら、俺はスマホをいじっていた。

特にやることもなく、動画サイトをだらだらと眺めていると、急上昇ランキングに一つの切り抜き動画が上がっているのが目に入った。


『【神回】道雪しらべ、プレッシャーを乗り越え覚醒の瞬間!』


「道雪しらべ……?」


確か、クラスの女子たちが騒いでいた、今大人気のVTuberの名前だ。

暇つぶしに、くらいの軽い気持ちで、俺はその動画をタップした。


画面の中で、銀髪の美少女アバターが、溌剌として、自信に満ち溢れた声で、楽しそうに笑っていた。

数十万人の前で、堂々と話すその姿。すごいな、と素直に思った。

Yukiも、今日のプレゼン、これくらい上手くいってるといいんだけどな。


そんなことを考えながら、俺はそのアイドルのような声を聴いていた。

すると、なぜだろう。


「……あれ?」


俺は、思わず首を傾げた。


「、んか……どこかで……?」


もちろん、こんな人気VTuberと話したことなんて、あるはずもない。

でも、その声の響きは、どこか懐かしくて、とても心地よかった。

俺は、不思議な感覚に包まれながら、その動画を最後まで見入ってしまった。




大成功を収めた配信の後。

ファンからの鳴りやまない賞賛コメントを、私は満ち足りた気持ちで眺めていた。


『しらべちゃん、最近なんか吹っ切れた? すごいキラキラしてる!』


そんなコメントを見つけて、私はモニターの前で、ふふっと小さく微笑んだ。


「そうかな? 私はいつでも元気もりもりだよっ!」


そうおどけて、リスナーに返信する。

でも、心の中では、たった一人のヒーローのことを、思い浮かべていた。


(……ううん、違うよ)


(私がこんなに頑張れるのは、Hiyotaさんが、私の声を聴いて、応援してくれているからなんだよ)


彼の存在が、私を最強のVTuberにする。

その秘密は、まだ、二人だけのもの。


いつか、この声で、直接「ありがとう」って言える日が来るまで。

私は、彼の応援を胸に、これからも歌い続けよう。

そう、固く、心に誓った。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!


少しでも「面白いな」「続きが気になるな」と思っていただけたら、ぜひ下の評価ボタン(★★★★★)をポチッと押して応援していただけると、作者がめちゃくちゃ喜びます。


サボってしまい申し訳ありません。新作を何個か投稿する予定なのでそちらもよろしくお願いします!ここから少しずつ展開を動かそうと思っているので、次回からもお楽しみに!

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