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第十四話

VTuber『道雪しらべ』として活動を始めて、一年が経った。

ありがたいことに、チャンネル登録者数は70万人を超え、今では誰もが知る人気VTuberの一人、なんて言われるようにもなった。


でも、光が強ければ、影もまた濃くなる。


『最近のしらべ、守りに入っててつまんない』

『事務所のゴリ押しだろ』

『大型企画とか、こいつにはまだ早いって』


大型コラボ企画の発表があってから、そんな心無いコメントが、まるで虫みたいに私の視界の隅でうごめいている。無視すればいいと頭では分かっているのに、一度気にしてしまえばもうダメだ。

期待の大きさに比例して、プレッシャーが、コンクリートみたいに重く私の肩にのしかかる。

好きで始めたはずの配信が、いつからか、失敗が許されない、ただひたすらに怖いだけのものになっていた。


「はあ……」


配信を終え、がらんとした部屋で一人、私は深いため息をついた。

モニターの電源を落とすと、画面に映るのは疲れ切った自分の顔。もう、何も考えたくない。逃げ出したい。

そんな思いで、私はほとんど衝動的に、デスクトップの片隅にある古びたアイコンをダブルクリックした。


銀髪のヒーラー、『Yuki』。

ここだけが、「道雪しらべ」じゃない、ただの私でいられる場所だから。


ログインすると、クランハウスの暖炉の前で、私を待っていてくれる人がいた。


『よう、Yuki。今日も一日お疲れさん』


Hiyotaさん。私の、たった一人のヒーロー。

彼のチャットを見るだけで、ささくれた心が、やすりで撫でられたみたいに少しだけ和らいでいく。


『Hiyotaさん、こんばんは』

『ダンジョンでも行くか?』

『はい、お願いします』


でも、その日の私は、ダメだった。

心ここにあらず、というやつだ。

彼の隣にいられるだけで嬉しいはずなのに、頭の中は配信のことでいっぱいだった。回復のタイミングは遅れるし、敵の赤い範囲攻撃の予兆が見えていても避けられない。簡単なギミックですら、何度もミスをしてしまう。


『ごめんなさい……!』

『また、私のせいで……!』


何度もパーティを全滅させてしまい、チャットを打つ指が、自分の意思とは関係なくカタカタと震える。

画面の向こうの彼に、呆れられてしまったかもしれない。嫌われてしまったかもしれない。

そう思うと、胸が潰れそうだった。


『気にすんなって。誰だって、そういう日もあるだろ』

でも、彼の返事は、いつだって優しい。


『大丈夫か? なんか、悩み事でもあるのか?』


その言葉に、ずっと心に溜め込んでいた黒い澱が、決壊寸前のダムの水みたいに溢れ出してしまいそうになる。

ダメだ、こんなネットの世界で、弱音なんて吐いちゃ。見ず知らずの人に、迷惑をかけちゃいけない。

でも――。


『てかさ、チャット打つのも大変だろ。そんな落ち込んでる時こそ、話聞くのが一番だと思うんだけどな』


彼のチャットが、続く。

そして、彼は、この世界の常識を知らない、あまりにも無邪気な爆弾を、私に投下したのだ。


『なあ、一回ボイスチャット、繋いでみねえ?』


時が、止まった気がした。

PCのファンの音だけが、やけに大きく聞こえる。

心臓が、大きく、ドクンと鳴った。


(ダメ、だめだめだめだめだめだめ!)


頭の中で、警報が鳴り響く。

ネトゲで、ボイスチャットなんて、絶対にありえない。マナー違反だ。キャラクターのイメージを壊す、ご法度中のご法度。

それに、なにより――。


(私の声は、「道雪しらべ」の商品なんだから……!)


もし、この声を聞かれて、正体がバレたら?

もし、VTuberじゃない、素の声に、彼が幻滅してしまったら?

様々な恐怖が、ぐちゃぐちゃになって頭を駆け巡る。


もちろん、断らないと。当たり前だ。

でも、弱りきった心の片隅で、「彼の声が聞きたい」「私の話を聞いてほしい」と叫ぶ、もう一人の私がいた。


『……だめ、です。そんなの、絶対に……ルール違反、だから……』


震える指で、なんとかそれだけを打ち返すのが、私の精一杯だった。


『そっか、わりぃわりぃ!なんかそういうルールとかあんのかもしれねえしな!俺、よく知らなくてさ!じゃあ、今の話は忘れてくれ!』


彼は、驚くほどあっさりと引き下がってくれた。

そのことに安堵しながらも、私の心には、大きな石を投げ込まれた水面のように、波紋が広がっていた。


『ごめんな、変なこと言って。気にせず、また狩り行こうぜ!』


優しい彼のチャット。

でも、その文字は、もう私の頭には入ってこなかった。


(もし、この声で話したら……)

(彼は、どんな反応をするんだろう……)


その夜、私はベッドに入っても一向に眠れず、枕元のスマホを手に取った。

ボイスメモのアプリを立ち上げて、赤い録音ボタンを、おそるおそるタップする。


しん、と静まり返った部屋。

自分の心臓の音だけが、やけに大きく聞こえる。

何を話せばいいんだろう。


「……あ、……あの……」


やっとのことで絞り出した声は、自分でも驚くほど、か細くて、震えていた。

全然、「道雪しらべ」の声じゃない。ただの、西川優紀の声だ。


すぐに録音を停止して、再生ボタンを押す。

スマホのスピーカーから流れてくる、頼りない自分の声。

こんな声、彼に聞かせたら……きっと、幻滅される。

Yukiは、もっと物静かで、芯のあるヒーラーのはずだから。


私は慌てて、そのデータを削除した。

でも、もう一度。もう一度だけ。


今度は、少しだけ「道雪しらべ」を意識して、声を張ってみる。

「……こんばんは、Yukiです」

ダメだ、気持ち悪い。作った声なんて、すぐにバレる。それに、これはゲームの中の私であって、「私」じゃない。


また、削除。

じゃあ、もっと自然に?

「Hiyotaさん、いつもありがとう」

……独り言みたいで、もっと変だ。


削除。

録音、再生、削除。録音、再生、削除。

その行為を、何度も、何度も、意味もなく繰り返してしまう。


Hiyotaさんに話したいことは、たくさんあるはずなのに。

ありがとうも、ごめんなさいも、楽しいも、つらいも。全部、伝えたいのに。

たった一言が、どうしても、出てこなかった。


Yukiのやつ、なんか今日、めちゃくちゃ様子がおかしかったな。

いつものあいつなら絶対にやらないようなミスを、ダンジョンで立て続けにやっていた。


チャットで聞いても「大丈夫です」の一点張りだし、こっちもどう踏み込んでいいか分からなくて、つい、口が滑っちまった。


『なあ、一回ボイスチャット、繋いでみねえ?』


我ながら、アホな提案だったと思う。

速攻で「絶対にダメです」って返ってきた時には、さすがに焦った。しかも、なんだかものすごい剣幕だった気がする。

ネトゲにはネトゲの常識があるんだろう。貞操観念だけじゃなく、この世界は俺の知らないルールが多すぎる。


『わりぃわりぃ!』ってすぐに謝ったけど、それからYukiは、ますます口数が少なくなってしまった。

完全に、地雷を踏んだっぽい。

どうにも気まずい空気のまま、その日は早めに解散することになった。


「はあ……」


俺はベッドに倒れ込み、天井を見上げる。

蛍光灯の白い光が、やけに目に染みた。


あいつ、本当に大丈夫だろうか。

チャットだけじゃ、相手の顔も声も分からない。だからこそ、ちょっとした文面で、相手の気持ちを勝手に想像して、どんどん悪い方向に考えちまうことがある。

俺も、この世界に来たばかりの頃は、そうだった。


(……やっぱ、声、聞きてえな)


別に、下心とかそういうのじゃない。

ただ、あいつが本当に辛い時に、もっと、ちゃんと力になってやりたい。

キーボードを叩いて変換された無機質な文字だけじゃなくて、声のトーンとか、息遣いとか、そういうの全部で、話を聞いてやりたいんだ。


そう思っただけなんだが、まあ、ルール違反なら仕方ないか。

俺は頭をガシガシとかくと、無理やり思考を切り替えることにした。

明日は、いつも通り、普通に接しよう。それが一番だ。


そう心に決めて、俺はゆっくりと目を閉じた。

瞼の裏で、あの時の、Yukiの必死な拒絶のチャットの文字が、なぜか何度も点滅しているような気がした。

最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!

少しでも「面白いな」「続きが気になるな」と思っていただけたら、ぜひ下の評価ボタン(★★★★★)をポチッと押して応援していただけると、作者がめちゃくちゃ喜びます。


この作品はAIを使って加筆修正を行っています。作品のトップに記載すべきでしたね。すいません。次回もお楽しみに!

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