第十二話
クリーム事件の後、俺たちの間の空気は、控えめに言ってめちゃくちゃ気まずいものになっていた。
黒崎は顔を真っ赤にしたまま、石像みたいに固まってしまっている。時々、ぱくぱくと口を動かしているが、声は出ていない。完全にフリーズしてる。
俺の方も、さっきの自分の行動を思い出して、なんだかむず痒い気持ちになっていた。なんであんなことしたんだ、俺。いや、ついてたから拭いただけなんだけど。でも、なんか……。
「……あー、その、なんというか……」
俺が必死で何か気の利いた言葉を探している、その時だった。
「あれー? 雫じゃん! こんなとこで何してんの?」
「てか、男の子と一緒とか超珍しくない? もしかして、彼氏~?」
きゃぴきゃぴした声と共に、俺たちの前に、黒崎と同じ制服を着た女子グループが現れた。タイミング悪すぎだろ。
「ち、違う……!」
さっきまでフリーズしていた黒崎が、弾かれたように否定する。でも、その声は上ずっていて、顔はまだ赤いまま。説得力ゼロだ。
「えー、ほんとぉ? ねーねー、そっちのイケメンくん、名前なんて言うの? 私たち、雫の友達なんだよー!」
女子の一人が、ずいっと俺に顔を寄せてくる。うわ、距離ちけえな。
ちらりと隣を見ると、黒崎が助けを求めるような目で、俺の制服の袖を、ぎゅっと握りしめているのが分かった。その手は、小さく震えている。
こいつ、もしかして、こういうノリ、めちゃくちゃ苦手なんじゃないか?
まあ、なんとなく、そんな気はしてたけど。
俺は小さく息を吐くと、女子たちに向かって、できるだけ人の好さそうな笑顔を向けた。
「どうも。こいつの友達の、橘です」
そして、握られた黒崎の手をそっと上から包み込むようにして、俺は続けた。
「で、申し訳ないんだけど、今、こいつとすげえ大事な話をしてる途中なんだ。だから、また今度、ゆっくり話してくれると嬉しいな」
穏やかな口調。でも、有無を言わせない響き。
我ながら完璧な対応だと思った。
女子たちは一瞬きょとんとした後、「そっかー、お邪魔だったねー!」「じゃあね、雫!」と意外とあっさり引き下がってくれた。
嵐が去った後、俺は隣の石像に声をかける。
「……大丈夫か?」
「……うん」
まだ袖を握ったまま、黒崎が小さく頷く。
「悪かったな、邪魔されちゃって」
俺がそう言うと、彼女はふるふると首を横に振った。
「……ううん。あんたが、助けてくれた」
蚊の鳴くような声でそう呟くと、彼女は顔を上げて、俺をじっと見つめてきた。その瞳は、少し潤んでいるように見えた。
……やばい。なんか、こっちまで照れる。
俺はごまかすように、ガブリと自分のクレープにかぶりついた。
そして、さっきの気まずさを吹き飛ばすように、いたずらっぽく笑いながら、そのクレープを黒崎の口元にぐいっと差し出した。
「ほら、お詫びに。ひと口やるよ」
「え……!?」
差し出されたクレープと俺の顔を、黒崎が交互に見る。その顔が、さっきよりもさらに赤くなっていくのが分かった。
「べ、別に、あんたは悪くない……!」
「いいからいいから。こういうのは、勢いが大事なんだって」
俺が強引にクレープを押し付けると、彼女はしばらく固まっていたけど、やがて、観念したようにおずおずと口を開いた。
「い、いらないって言ってんのに……」
「いらないのか?」
俺がわざとクレープを引こうとすると、黒崎は小さな声で、こう呟いた。
「……食べる」
そして、意を決したように、小さな口で、ぱくりと一口、俺のクレープを頬張った。
いちごの甘酸っぱい香りが、俺たちの間にふわりと広がる。
「……どうだ?」
俺が尋ねると、彼女はもぐもぐと口を動かし、こくりと飲み込んだ後、こう言った。
「……おいしい」
そう呟いた彼女の顔は。
今まで俺が見たことのないくらい、幸せそうに、とろけるように、緩んでいた。
クールな仮面が完全に剥がれ落ちた、無防備な笑顔。
その顔を見て、今度は。
俺の方が、どうしようもなく、ドキドキしてしまっていた。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございます!
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今日の20時に登校する予定なので、よろしくお願いします。お楽しみに!