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初めてのバイト

作者: yuran

僕ら~首吊り死体が思ったよりも長引きそうなので息抜きに作りました。自分では結構良い出来だと思います!

 僕は今、恋をしている。

 それは思春期を迎えた若者ならば誰でも訪れる人類最大の欲だ。

 中には例外はいるが、ほとんどの人間がこの道を避けては通れないだろう。

 しかしこの世に生を受けてから十七年間、

 僕はろくに女の子と会話したことすら無かった。

 正直に言って僕は世間一般的に言う典型的なオタクだ。

 学校では休み時間になると一人でライトノベルを読み漁り、昼食は一人で食べているとまるで一緒に弁当を食べる友達すらいないみたいだから(実際そうなのだが)トイレの個室で隠れて食べている。

 しかし僕の心臓は、接客をしている彼女を見るだけで高鳴っていく。それは胸に手をやると地震が起こっているのではないかと勘違いするほどだった。

 彼女が『いらっしゃいませー』とただ笑顔で応対してくれるだけなのに、目を合わせることもできない。きっとそのときの僕の顔は真っ赤だろう。

 そう。僕が好きになった人は学校の近くにあるファミレスのウェイトレスさんだ。

 

 それはある日のことだった。

 そこに初めて訪れた理由は大したこと無いものだった。

 ただ僕がいつも放課後に利用している図書館。そこが大規模な全面清掃をするとのことで閉まっていた。

 親には部活に入っている事になっているから僕はどこかで時間を潰さなくてはならなかった。

 どこか手ごろな場所を探しているそのとき、そのファミレスが目に入ったのだ。

 普段ファミレスなんて家族としか行かないようなところなので、一人で入るということにすごく悩んだ。

 何度もここじゃなくてもいいじゃないかと自分に問いかけた。

 しかし、一応こんな僕でも自分を変えたいとは思っていて、

 逃げてては駄目だ!

 こんなこともできなくてどうする!

 自問自答の果てに僕は勇気を出してそのファミレスに入った。

 

 カラン。

 入店を告げるベルが鳴る。

 しかしそれはまるで教会の鐘のように僕の心に音色を響かせた。

「いらっしゃいませー! 一名様でしょうか」

 一目惚れだった。

 それまで女子とは無縁だった男がこうもあっけなく恋に落ちるものなのかと自分でも思った。

 ああ、そうか。

 だから恋は『落ちる』なのか。

 なんて、バカなことを考えている間に、

 

 僕はそこに一週間通い詰めていた。

 

 毎日、コーヒーだけを頼み読書をする振りをして彼女を見ていた。

 僕はそれだけでまるで生きがいを見つけたように幸せだったのだが、たまに彼女がいない日があった。

 そんな日は心の中で酷く意気消沈している自分がいた。

 冷静に考えてみると、おそらく同い年くらいの学生であろう彼女が毎日シフトを入れていることのほうが不思議なのである。

 もっと彼女のことが知りたい。

 いや、むしろ彼女とお知り合いになりたい!

 いつものコーヒーを口に運び、窓際の席に接客する彼女を眺めながらそんなことを考えていたときだった。

 僕の目に一つの張り紙が飛び込んできた。



 バイト募集中。

 16時~20時に入れる方。

 自給850円(十八歳以下は800円)

 未経験者・学生大歓迎。

 うちのスタッフが優しく丁寧にお教えします。

 TEL○ ○ ○ ○ ―○ ○ ○ ○ ―○ ○ ○ ○



 それは今までの僕の人生とはどれほど無関係なものだっただろう。

 しかし、その張り紙にはまるで現在の自分のことを誰かが見ているのではないかと思えるほどに条件が合致していた。

 ……僕には無理だろう。

 ただでさえ自分は接客業には向いていない人間なのだ。

 なのに彼女と一緒にバイトするだなんて!

 ――いや、

 違う。

 そうやって自分に言い訳をして逃げていたから、僕には友達がいない寂しい高校生活を送っているんだ。

 ここで踏み出すんだ。

 彼女と知り合いになるために僕は変わるんだ。

 僕は手を高らかに上げた。

 彼女は僕に気付きこちらへ走ってくる。

「追加のご注文でしょうか」

「あっいや、注文じゃなくて……!」

 言え!言ってしまえ!

「あの張り紙なんですけど」

 僕が指差した方向に彼女は顔を向ける。

「ああ、バイトの募集ですね」

「あ あれってまだ受け付けてますか」

 それを聞くと彼女は眼を輝かせた。

「もしかして!?」

 僕は照れながら言う。

「は はい……チョット入りたいな~って思ってて」

 言うや否や彼女は僕の手を取る。

 一気に心臓の鼓動が激しくなる。

「ありがとうございますっ! ちょっと店長呼んできますねっ!!」

 そう言うと彼女は店の奥へと入って、やがて中年の男性を連れて戻ってきた。

「店長、彼がここでバイトしたいって」

 店長らしいその男性は大きな熊のような体だったが、それに不釣合いなやさしそうな顔立ちをしていた。

「君、裏の高校の子?」

 店長は学校の方を指差した。

「はい、……そうです」

 僕が緊張して答えると店長は笑って言った。

「うん、いいよいいよ。採用!」

 それは拍子抜けするほど簡単なもので、あっという間の出来事だった。

「ええっ!? 良いんですか!? こんな簡単な……」

「いやいや面接ってさ、お客様に失礼な態度や身なりをしていないかを問うものだから――君みたいな大人しいそうな子なら全然問題ないよ。一応明日当たりに履歴書持ってきてもらうけど」

 その笑顔からは人の良さがにじみ出ているようだった。

 僕は初めてのバイトとしては恵まれた場所を選んだんじゃないだろうか。

 そして、彼女の姿を見てそれを確信のものとする。

「うわーー! やったーー! これからこの店をよろしくね」

 彼女は店の中だというのに僕の手を握って飛び跳ねている。

 本当にやめてほしい。

 心臓がビートを刻みすぎて死んでしまいそうだ。

 しかしこれくらいのことはこれから慣れていくのだろう。

「ホラ、君はもう仕事をして、まだ三十分以上あるじゃない」

「えー! ブー、わかりましたよぉ」

 店長に仕事をするよう促されて彼女はまた店の奥へと行ってしまった。

 彼女がいなくなってしまい僕は少し残念だったがまぁいい。

 これからはうんと一緒にいられるのだから。

 初心者の俺に仕事を教えてもらったりして。

 休日には二人で遊びに行ったりして。

 『これからこの店をよろしくね』かぁ。

 顔の緩みが締まらなかった。

 …………ん?

 これからこの店をよろしくね?

 おかしくないか。

 普通、あの場面では『これからよろしくね』でいいはず。

 『この店を』って……。

 僕はまさかと思いつつも店長に確かめる。

「あのー……彼女はこの店のアルバイトなんですよね?」

「え? そうだよ」

 店長は何でそんなこと聞くのかと不思議そうに答えるとそのまま続けた。

「もうやめるんだけどね。そんで君がその代わり」

 谷に突き落とされたようだった。

 恋に落ちたのはまさに自分だった。

「じゃあ早速明日からということでよろしくな!」

 何も知らない店長は大笑いしながら僕の肩に手をのせた。

 それはさっきまで僕の手を握っていた綺麗な細い白い手とは違い、毛深くてとても太いものだった。






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