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第6話

 江戸は、怪物が届かないと思われる高度まで一気に急上昇した。

 このまま上を通りぬけようとすると、水の塊が飛んできた。


「おいおい、届くのかよ。勘弁してくれ」


 酸素の層で防ぎながらなんとか島にたどり着いた。

 海はまだ騒がしいが、陸に上がってくる様子もないので、放置した。


 防波堤はくずれ、海沿いの家はひどいありさまで、人は見当たらない。

 急いで、自分の家に向かった。家は島の中でも中心にあるので、被害は見受けられなかった。


「父さん!母さん!」


 鍵のかかっていない家は、とても静かだった。


「父さん!母さん!どこいんだよ!」


「おーい、誰かいんのか!」


 その声は、とても懐かしい声だった。


「しん兄、しん兄だよね!」


 そいつは、俺の友達である中本修也の弟で中本明人といい、小さいころとても仲が良かった。


「明人か!でかくなったな。それよりも父さんと母さんを知らねえか?」


 明人から久しぶりの再会の笑顔は消え、黙り込む。


「おい、どうしたんだ。何かあったのか」


 明人は、戸惑っているように見えた。


「まさか、あの二人に限ってそれはねえか、はは」


「ごめん、とにかくついてきて、早く」


 何も考えたくない。答えを知りたくない。それでも、江戸は明人についていった。


 つれていかれたのは、中本の家だった。そこは、避難所となっていて、包帯を巻いた人が多くいて、江戸を見ていた。


 修也の部屋に案内された。


「おーい、明人ー。修也には、あとで会うから、、」


 明人は黙って、部屋をノックし、開ける。

 そこで、修也の布団に横たわっていたのは、江戸真理の母、江戸知子であった。


 静かな部屋で、真理の荒い息が響く。


「ともおばちゃん、車に轢かれて、怪我のせいでもう半日も持ちそうにないって。かんさんは漁に出たっきり帰ってきてない」


 突然告げられた母の余命宣告と、父の安否不明。


(考えが甘かった。なんだかんだ無事だと思ってたんだ。なんだかんだ久しぶりに会うから話すこととか考えてたんだ)


「母さん」


 ふり絞った声は届かない。


「母さん!」


 握った手は知らない人の手のようだった。知子は真理を50すぎで産み、育てた。

 立ち尽くす真理に、明人が状況を説明する。


「島中の人が化け物に襲われて、みんな山に避難してる。物資が補給されないからって、ともおばちゃんが後回しにしてくれって。ごめん」


(明人が謝ることじゃない。この人らしいな。ちょっと高い餅は誰にも譲らないくせに、ご飯はたくさん盛ってくれる人だった。この話はちょっと違うか)


(かんさんも漁から帰ってきてないんだ。俺の兄ちゃんも)


 真理はここでウジウジしてたら、どついてくる父親だったことを思い出し、少し冷静になる。


「俺、母さんを病院に連れてく」


「連れてく?病院って言ったって、海には、、」


「大丈夫、俺飛べる力があるんだ。それで、抱えていく」


 真理は知子を抱え、窓から出て、屋根に乗る。

 しかし、上昇しようとしてもうまく体が浮かない。


「く、ふざけやがって。何で飛ばないんだよ!」


 少し宙には浮くが、体が不安定だ。真理がごり押しで屋根から飛ぶと、すぐに地面に落ちた。


「しん兄大丈夫?!」


「いててて」


 すると、知子が目を覚ます。


「あ、母さん!母さん大丈夫か!」


「なんだい、騒がしいね。おー、真理じゃないか。勘十郎さんが帰ってきたと思ったよ。おかえり。」


 知子は寝起きのように喋りだす。


「母さん、大丈夫なのか」


「大丈夫なもんか。うるさい声が聞こえたから起きただけだよ。勘十郎さんは帰ってきたかい?」


「まだ、」


「そうかい、それなら家で寝かせてくれ。ベッドは落ち着かんからね」


 窓から顔を出す明人と目が合わせる。二人ともこのパワフルばあさんに度肝を抜かれていた。


「い、行ってくる」


「う、うん」


 江戸は母親をお姫様だっこしながら揺れないようにゆっくり歩く。


「なんだかこっぱずかしいねー、息子にこんなこと」


「安静にしときなよ」


 元気すぎる母親に江戸が困惑する。


「なんだい、辛気臭い顔して、みっともない」


(一人で歩けるんじゃないのか、このおばさん)


 家に着くと、敷きっぱなしの布団に横たわらせる。


「ふー、落ち着くわ。やっぱり、いつも通りでないとね。でも、あの子には、ちゃんとお礼言っといてね。倒れてたとこをあそこまで連れてきてくれたんだから」


「わかった。伝えておくよ。体は平気なの?」


「はー、心配性だねー。ウダウダしたってしょうがないの。それに大分前から覚悟はできてるから」


「それってどういう」


「病気でね。もうそんな長くなかったんだよ。この神書ってのが来たときは、お迎えが来た!って思ったよ」


 真理は知らなかった。69歳の母親が病気を持っていたなんて。


「なんで、教えてくれなかったんだよ。そしたら、もっと、、、」


「あたしの人生にいつだって後悔は無いんだよ。死ぬから来てなんて言わない。会うべき人ならちゃんと会うさ。まあ、せっかくだからあんたに遺書なんてもんを勘十郎さんと書いたけどね。ははは」


 笑いの後に激しく咳き込む。


「大丈夫か!」


「もう、あんまり喋らせてくれないね。あんたにあって興奮しちまったよ。じゃ、最期に」


 真理はもう何かを言うのをやめた。この偉大な母の言葉をしっかり聞こうと。


「勘十郎さんに会えたら、『幸せでした』と伝えておいて。町内会の皆さんには、『ありがとうございました』と。夏子には『お先に』と。あと、冷蔵庫にあるものは全部食べちゃって」


「わかったよ、伝えておく」


「じゃあ」


 そのままゆっくり目を閉じる。


「え、俺は?俺にも何かないの?」


「なんだいもー、あんたには書いたわよ。そうねー、じゃあ『何がなんでも生きなさい』。絶対に死ぬんじゃないわよ」


「なんかさ、俺、死ななきゃいけないやつみたいなんだよ。だから、俺は、、、母さん?」


 知子からの返事はなかった。

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