砂塵の決戦と魔人の真意
ついに、王都へ進軍する反乱軍。しかし、私たちの前に、伝説の古代兵器バハムートが立ちはだかる! 絶望的な力の差を前に、シンドバッドが隠していた真の力と、私への想いが明かされる。彼の覚悟を、私は…。
アズラール砦を制圧した勢いのまま、私たち反乱軍は、王都へと進軍した。道中、私たちの噂を聞きつけた多くの民衆が、義勇兵として次々と合流し、その数は、一万を超えていた。私は、その先頭に立ち、女王として、彼らを導いていた。
しかし、王都を目前にした広大な砂漠で、私たちは、絶望と対峙することになる。
地平線の彼方から、巨大な砂嵐が巻き起こった。いや、違う。それは、砂嵐ではなかった。砂の中から、山のように巨大な何かが、その姿を現したのだ。
それは、全身が岩と砂でできた、巨大な竜だった。その翼の一振りで竜巻が起こり、その咆哮は、大地を揺るがした。
「……バハムート……!」
ラシード国王が、戦慄の声を上げる。魔術師が、ついに、この国を滅ぼす古代兵器を目覚めさせてしまったのだ。
その背中には、黒いローブを纏った魔術師の姿があった。彼は、高笑いしている。
「ハハハハ! 愚かな反乱軍どもめ! 神の力の前には、お前たちなど、ただの虫けらよ!」
バハムートは、その巨大な口を開き、灼熱のブレスを吐き出した。それは、私たちの前衛部隊を、一瞬で蒸発させた。
兵士たちの間に、恐怖と絶望が伝染していく。もはや、戦意を保つことすら難しい。これが、伝説の力。人の力では、到底太刀打ちできる相手ではない。
「……チッ。やはり、こうなったか」
私の隣で、シンドバッドが、忌々しそうに舌打ちした。彼の表情は、いつになく真剣だった。
「ファラ。少し、二人で話がある」
彼は、私の腕を取り、本陣の天幕の中へと入った。
「どうしたの、シンドバッド。何か、策があるの?」
私の問いに、彼は、答えなかった。ただ、悲しそうな目で、私をじっと見つめた。そして、彼は、今まで一度も話したことのない、彼自身の秘密を、語り始めた。
「俺は、ただの風のジンではない。俺は、元々、このバハムートを封印するために、古代の王によって創り出された、対なる存在……『封印の魔神』なのだ」
「封印の……魔神?」
「そうだ。俺の本来の力は、風を操ることではない。あらゆる事象を『無に還す』力だ。その力をもって、バハムートの存在そのものを、この世界から消し去ることが、俺に与えられた、唯一の使命」
私は、言葉を失った。彼が、そんな重い宿命を背負っていたなんて。
「だが、その力を使うには、あまりに大きな代償が必要だ。俺の力の源は、俺自身の存在そのもの。つまり、封印の力を使えば、俺もまた、この世界から消滅する」
「……そんな……!」
「だから、俺は、その宿命から逃げ続けてきた。何千年もの間、ただの気まぐれなジンとして、退屈を紛らわすためだけに生きてきた。お前に出会うまでは」
彼は、私の頬に、そっと触れた。
「ファラ。お前と出会って、俺は初めて、生きたいと願った。この世界が、愛おしいと思った。お前の隣で、お前の笑顔を見て、ずっと生きていたいと。だが、それも、もう終わりだ」
彼の瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。私は、彼が泣くのを、初めて見た。
「嫌よ……! そんなの、絶対に嫌! あなたがいなくなって、国を取り戻したって、何の意味もない!」
私は、彼の胸にすがりつき、泣きじゃくった。
「……すまない、ファラ」
彼は、私を優しく抱きしめた。
「だが、これが、俺がお前にできる、最初で最後の、贈り物だ。お前が生きる、美しい世界を、俺が守ってやる」
彼は、私から体を離すと、天幕の外へと歩き出した。
「待って! 行かないで、シンドバッド!」
私が追いかけようとすると、見えない風の壁が、私を阻んだ。
「達者でな、ファラ。お前は、最高の女王になれ」
彼は、一度だけ振り返り、そして、今までで一番優しい笑顔で、そう言った。
シンドバッドは、バハムートの前に、一人で立ちはだかった。
「さあ、始めようか、相棒。長すぎた鬼ごっこは、もう終わりだ」
彼の体から、青白い光が溢れ出す。それは、風の力とは全く違う、静かで、冷たく、そして全てを飲み込むような、虚無の力だった。
彼の姿が、少しずつ、光の粒子となって、透けていく。
「やめてええええええっ!!」
私の絶叫が、戦場に響き渡った。
その時だった。私の胸の奥で、何かが弾けた。それは、舞姫としての誇りでも、女王としての責任でもない。ただ、愛する一人の男を、失いたくないという、純粋で、強烈な想い。
私の体から、金色の光が、溢れ出した。それは、王家の血に宿るという、古代の太陽の力。バハムートの『破壊』と、シンドバッドの『無』の力とは対極にある、『創造』と『生命』の力。
私は、風の壁を、その光の力で突き破り、シンドバッドの元へと駆けた。そして、光の粒子となって消えかけている、彼の体を、後ろから強く抱きしめた。
「一人で、逝かせない……! あなたの宿命は、私の宿命でもある! 二人でなら、きっと、乗り越えられる!」
私の金色の光が、彼の青白い光と混じり合う。破壊と創造、無と生命。二つの相反する力が、ぶつかり合い、そして、新たな奇跡を生み出そうとしていた。
バハムートが、その異変に気づき、私たちめがけて、最大のブレスを放とうとする。
もう、間に合わないかもしれない。けれど、私の心に、不思議と恐れはなかった。この腕の中に、彼がいる。それだけで、よかった。
私たちの運命は、灼熱の光の中に、飲み込まれていった。