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月下の盗賊、王宮を舞う

ジンとのスリリングな夜間飛行! 狙うは王宮の宝物庫に眠る「太陽の石」。魔法の罠と屈強な衛兵を切り抜け、私と彼は獲物へと迫る。これはただの盗みじゃない。祖国を取り戻すための、危険な舞踏の始まり!

「しっかり捕まっていろよ、ファラ!」


シンドバッドの楽しげな声と共に、魔法の絨毯は夜の闇へと急上昇した。眼下には、宝石をちりばめたようにきらめく王都の夜景が広がる。しかし、感傷に浸っている暇はなかった。私たちの目的地は、あの光の中心、叔父ジャファルが支配する王宮だ。


「本当に、大丈夫なの……? 王宮の警備は、昔の比じゃないと聞くわ」


「案ずるな。俺にかかれば、どんな警備も無力だ」


風圧に煽られないよう、彼の背中にしがみつきながら尋ねる私に、シンドバッドは自信満々に言い放った。彼の言葉通り、私たちは誰にも気づかれることなく、王宮の屋根の上へと静かに着地した。

王宮の構造は、私の頭の中に完璧に入っている。かつて、私が生まれ育った場所なのだから。


「宝物庫は、東の塔の地下にあるわ。問題は、そこへ至る道筋に、何重もの魔法の罠が仕掛けられていること」


「ほう。ならば、腕が鳴るな」


シンドバッドは、まるで子供の遊び場にでも来たかのように目を輝かせた。私たちは音もなく屋根を伝い、一つの窓から宮殿内部へと侵入した。

ひんやりとした大理石の廊下は、静まり返っている。しかし、ここからは一歩間違えれば命はない。私は息を殺し、壁に刻まれた微かな模様に注意を払いながら進んだ。


「待って。この先の床、圧力感知式の罠よ。一定の重さがかかると、毒矢が飛んでくる」


「なるほどな」


シンドバッドは私をひょいと抱きかかえると、まるで重さなどないかのように、ふわりと床に触れずにその区間を飛び越えてしまった。


「なっ……! あなたねぇ!」


「文句を言うな。これが一番早い」


彼の強引さに呆れながらも、私たちは次々と罠を突破していく。炎が噴き出す廊下は、彼の起こした突風で鎮め、幻覚を見せる魔法陣は、彼が指を鳴らしただけで霧散した。あまりに一方的な彼の力に、私はもはや驚きを通り越して感心すら覚えていた。

ついに、私たちは宝物庫の巨大な扉の前にたどり着いた。


「この扉は、王家の血を引く者しか開けられない」


私はそう言うと、覚悟を決めて自分の指先を小さなナイフで傷つけ、その血を扉の中央にある紋章に垂らした。ゴゴゴ、と重々しい音を立てて、巨大な扉がゆっくりと開いていく。

宝物庫の中は、金銀財宝で埋め尽くされていた。しかし、私たちの目当てはそんなものではない。その中心、ひときわ厳重な台座の上に、それはあった。


「太陽の石……」


人の頭ほどの大きさの、燃えるような赤い宝石。それ自体が熱を放ち、周囲の空気を揺らめかせている。魔術師の力の源の一つ。これを破壊すれば、彼の力は確実に弱まるはずだ。

私が石に手を伸ばそうとした、その瞬間だった。


「グルルルルル……」


台座の周りの闇が蠢き、巨大な影が立ち上がった。それは、獅子の体に蠍の尾を持つ、伝説の魔獣マンティコアだった。その目は憎悪に燃え、口からは毒々しい涎が滴っている。魔術師が作り出した、宝物庫の守護獣ガーディアンだ。


「チッ、面倒な番犬がいるな」


シンドバッドは舌打ちすると、私を背後に庇い、マンティコアと対峙した。風の刃がマンティコアを襲うが、その硬い甲殻に弾かれてしまう。マンティコアの鋭い爪が、シンドバッドの頬を浅く切り裂いた。


「シンドバッド!」


「案ずるな、この程度!」


彼は好戦的な笑みを浮かべ、さらに強力な魔法を放とうとする。しかし、私はただ守られているだけではなかった。私は必死に、かつて父から教わった王家の書物の内容を思い出していた。

『マンティコアの力の源は、額にある第三の目。されど、その目は強固な魔力障壁に守られている。弱点はただ一つ――そのプライド。己の影に映る姿を、同族の敵と誤認し、激高する習性あり』

これだ!


「シンドバッド! あの燭台を! 影を作るのよ!」


私は部屋の隅にある、巨大な銀の燭台を指さして叫んだ。私の意図を瞬時に理解した彼は、ニヤリと笑うと、風の魔法で燭台をマンティコアの背後へと移動させた。強い光がマンティコアを照らし、その巨大な影が、正面の壁に映し出される。


「グルオオオオォォッ!?」


マンティコアは己の影を敵とみなし、猛然と壁に向かって突進した。その瞬間、守りに使われていた魔力が攻撃へと転じ、額の第三の目を覆う障壁が一瞬だけ、薄くなった。


「今よ!」


「任せろ!」


シンドバッドの手のひらに、凝縮された風の槍が出現する。それは閃光となって放たれ、マンティコアの額の第三の目を、正確に貫いた。断末魔の叫びと共に、巨大な守護獣は塵となって消えていった。


「……やるじゃないか、ファラ。ただのお姫様ではないと思っていたが」


シンドバッドは汗を拭い、感心したように言った。


「あなたこそ。私の言うことを、よく信じてくれたわね」


私たちは一瞬、見つめ合い、そしてどちらからともなく笑った。初めて、彼と心が通じ合った気がした。

しかし、感傷に浸る時間はなかった。守護獣が倒されたことで警報が鳴り響き、宝物庫の外から、大勢の衛兵が駆けつけてくる足音が聞こえる。


「まずい!」


私たちは急いで「太陽の石」を手に取り、出口へと向かう。しかし、時すでに遅く、廊下は屈強な衛兵たちで埋め尽くされていた。


「そこまでだ、盗人め!」


絶体絶命。私が覚悟を決めたその時、シンドバッドは私の腰を強く引き寄せ、抱きかかえた。


「掴まってろ!」


彼はそう言うと、窓に向かって一直線に走り、ためらうことなく夜空へと身を投げ出した。眼下に広がるのは、石畳の中庭。落ちる! 私が悲鳴を上げかけた瞬間、どこからともなく魔法の絨毯が飛来し、私たちの体を優しく受け止めた。


「さらばだ、諸君!」


シンドバッドは衛兵たちに手を振ると、絨毯は急上昇し、王宮の屋根を飛び越えていった。彼の腕の中で、私は高鳴る心臓を抑えることができなかった。それは、恐怖のせいだけではない。この不遜で、強引で、そして誰よりも頼りになるジンと共にある、このスリルと興奮のせいなのだと、私は気づき始めていた。

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