不遜な魔神(ジン)との契約
祖国奪還を願った私に、最強のジン・シンドバッドは不遜な態度で接してくる。彼の気まぐれに翻弄される日々。けれど、その規格外の力は、私が知らなかった敵の真実を暴き出していく!
「対価はお前自身だ」。
そう言い放ったジン――シンドバッドとの、奇妙な契約生活が始まった。私はてっきり、すぐにでも叔父ジャファルの元へ乗り込み、魔法で懲らしめてくれるものだと思っていたが、彼の行動は私の予想の斜め上をいっていた。
「おい、主人。飯はまだか。腹が減った」
「私はあなたの召使いじゃないわ!」
「つれないことを言うな。俺はお前の願いを叶えてやるんだぞ?」
彼は私の狭い部屋にふんぞり返り、あれこれと命令してくる。私が反発すると、彼は指を一つ鳴らした。すると、何もない空間から、豪華絢爛な食事が並んだテーブルが出現する。羊の丸焼き、宝石のように輝く果物、蜜のたっぷりかかった菓子。
「……なっ」
「まあ、お前に作らせるより、俺がやった方が早いし美味いからな」
彼は私をからかうことを、心底楽しんでいるようだった。ある朝、目を覚ますと、私の安宿の一室が、なぜか大理石と金でできた豪奢な宮殿の一室に変わっていたこともあった。彼の気まぐれと、規格外の魔法に振り回され、私の頭痛は絶えなかった。
「いい加減にして! あなたは私の願いを叶える気があるの!?」
ついに堪忍袋の緒が切れた私がそう叫ぶと、シンドバッドは初めて真面目な顔つきになった。
「もちろん、そのつもりだ。だがな、ファラ。お前のやり方では、ジャファルには勝てん」
「どういうこと?」
彼は宙に指で円を描いた。すると、そこに一枚の水鏡が現れ、王宮の内部が映し出された。玉座に座る叔父ジャファルと、その傍らに立つ、黒いローブを纏った不気味な男の姿。
「お前はジャファル個人を憎んでいるようだが、問題の本質はそいつじゃない。その隣にいる、西方の魔術師だ」
水鏡の映像は、魔術師の研究室らしき場所を映し出す。そこには、巨大な水晶が置かれ、青白い光を放っていた。そして、その光が、王都に住む人々から、目に見えない何か――生命力のようなものを、細く、長く吸い上げているのが見えた。
「奴は、古代の遺物を使って、民から生命力を奪い、ジャファルの寿命と魔力に変換している。ただジャファルを討ったところで、第二、第三の傀儡を立てられるだけだ。元凶である、あの魔術師と水晶をどうにかしない限り、お前の国は救われん」
私は言葉を失った。叔父への憎しみだけで、物事の全体が見えていなかったのだ。シンドバッドは、私が考えるよりもずっと深く、この国の問題を見抜いていた。
「どうすれば……」
「簡単だ。奴らの力の源を断てばいい」
シンドバッドは不敵に笑うと、一枚の絨毯を取り出した。それは、夜空の色を織り込んだ、美しい魔法の絨毯だった。
「手始めに、あの魔術師が隠し持っているという、もう一つの力の源――『太陽の石』でも盗み出してやろうか。宝物庫の奥深くに眠っているらしいぞ」
彼は絨毯にひらりと飛び乗ると、私に向かって手を差し伸べた。その瞳は、いつものからかうような色ではなく、冒険を前にした少年のようにきらきらと輝いていた。
「どうする、ファラ? 俺と、スリリングな夜の散歩と洒落込む気はないか?」
この不遜で、気まぐれで、けれど誰よりも頼りになる魔神。彼の手を取ることが、私の運命を大きく動かすのだと、私は確信していた。